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Episode5 正体

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「柳瀬。聞いてる?」
「…………………………」
「疲れてるなら、今日は解散にしよう」
「………………」
「俺。会計済ませて来るから、少し休んでて」
「…………!」

(あっ、僕。全然話聞いてなかった。何の話してたんだっけ?)

 知り合ってからだいぶ経った。

 今日は初めて、放課後ではなく日曜日に、バイト終わりの佐々と落ち合って夕飯を食べている。

 せっかくだからと、六時に現地集合で焼肉屋へ。

 いつもの如く向かい合って座り、あらゆる肉を制覇した。

(箸休めにチョコアイス食べたとこまでは覚えてるんだけど)

 僕は知らず知らずの内に、ボーッとしてしまっていたらしい。

(待って、そう言えばいま、会計って佐々!)

 立ち上がり、キョロキョロと佐々を探す。

 出入り口のすぐそばで、女性店員さんと談笑する佐々を視界に捕らえる。

 遠くから見る横顔も、白シャツに黒のゆったりカーディガンを羽織った立ち姿も、見惚れるほどにかっこいい。

(僕がもし女子なら……ってあれ??)

 佐々と話すお姉さんは、モデルさんみたいに可愛い人だ。

 それなのに。

 いま僕は、佐々を見付けてもなお、お姉さんではなく、佐々ばかり見てた。

(これって雛鳥とかによくある、アレなのかな?)

 雛鳥は、初めて餌をくれた人を、自分の親だと思い込む習性がある。

 その習性はかなり強烈で、一度そう信じたら、決して後ろを離れることはない。

(助けてもらって、僕。佐々に懐いてる?)

 良いヒトだ。

 優しく大らかで、喋れないことを、僕自身にほとんど感じさせないぐらい、自然体で接してくれる。

 かと言って、変な気遣いも感じない。
 すぐそばまで行ったところで、佐々の手が僕の頭に乗る。

「無理しなくていいんだぞ?」

(うん……。優しいなぁ)

 あたたかい。

 触れた部分も、それ以外も。

 佐々といると、まるで何かに包み込まれているような、そんな感覚に陥る時がある。

『大丈夫だよ。明日学校で自分の分払うね』
「いや、いいよ。俺が柳瀬と食いたかっただけだから」
『悪いよ。そんなの』
「ならこの後。もうちょっとだけ付き合ってくれるか?」 
「…………」

 コックンと小さく頷く僕の頭を、撫でるようにして触れた佐々の手が、離れて行こうとして、左手でギュッと掴む。

 慌ててパッと離したら、
「なんで離すんだよ?寂しいじゃんか」
 佐々の悲しげな目がそっと伏せられた。

(どうしてそんな目するんだよ)

 それだけじゃない。

 衝動的に伸びた自分の手へ、目線を遣る。

(触れたいって……離さないでって、僕いま思ったんだ)

 胸焼けの正体に、脳内で明確な名前が付く。

【恋煩い】

 いつからなんて解らない。

 でもきっと。助けてもらったその日からだ。

 だって僕はあの日から、毎日佐々のことを考えて、毎日佐々と話したいって思ってる。

 声なんて、生まれた時から出せやしないのに。

 前を行く。佐々のカーディガンの裾を、ちょこんと摘む。

「今日は満足行くまでちゃんと食えた?」

 気にしていてくれたんだ。あのファミレスでの出来事を。

(……って、えっ?じゃあ、今日の夕飯って)

『僕のファミレスリベンジのためじゃないよね??』
「いや。俺が来たかっただけだけど?」

 首裏を掻きながら、あっさり答えた佐々から、ふわりと石鹸の香りが舞う。

 お互いの肩が一瞬触れた。真隣で信号が変わるのを待つ。

(どうしよう。手、繋ぎたい)

 さっき触れ合った手が、まだ熱を保っている。

(尋ねるべき?でもなんて?)

 一歩間違えば変態扱いだ。ただでさえ僕は、訂正するための道具を、一つ持っていないというのに。

「公園にさ。寄りたいんだ」
「……………………」

 ゆっくりと呟かれた。台詞めいた言葉。

 それだって、佐々が発するだけで特別なものに思えた。
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