上 下
1 / 13

Episode1 ピンチ

しおりを挟む
 (誰か助けて)

 ある日僕は、心の中で叫んでた。

 僕は生まれつき、声が出せない。

 つまり何か遭った時、自分の喉で、助けを呼ぶことができないのだ。

「俺からだって」
「駄目。今週一度も抜いてねぇから、俺がやる」
「いやマジでえろいよな。柳瀬やなせ

 飢えに飢えた、中高一貫校の男子高校生。

 長く閉鎖的な空間にいるからか、トチ狂った奴らが紛れてる。

 放課後のトイレで、冷たいタイル壁に三人がかりで抑え付けられ、奴らを見上げる。

 お願いだから、正気を取り戻して。

 やめてほしい。

 どうして男同士なのにこんなこと。

 何度も何度も思っても、僕の意見は通らない。

 (こんなのって、生きてるって言えるのか?)

 そう思っていても。

 同じクラスの真田さなだの腕が、肺で大きく呼吸する僕の腰上に伸びてきた。

 無理だから!

 訴えは目元がじっと潤むだけ。

 悔しさで震える唇を噛み締める。

「涙目やべー!!テンション上がる」
「うわっ!真田ズリぃ。やっぱ変われ、俺からヤる」
「ぜってぇ、ヤダわ」

 ケラケラとわらう奴らを睨みながら、手で思いきり目元を拭う。

 せめて奴らが喜ばないよう、僕なりの必死の抵抗を示す。

 まぁたとえ、涙を拭ってみたところで、何かが変わることもない。

 伸びた手が、僕の右の腰骨を抑え付ける。

 もう片方の手で、手早く露わにした自分のものを、僕の中へと充てがおうとする。

 (嫌だっ!嫌だ!!!)

 されたくない。

 したくない。

 好きでもない人間とのセックスなんて。

 カタカタ震える握り拳を、真田の身体へ押しやって、嫌なのだと意思表示する。

 震えるその手を掴まれて、
「怖がんなって、すぐ良くしてやるから。な?」
 そう告げた真田の腰が上がる。

 (挿れられる!!)

 怖いのと気持ち悪いので、僕はギュッと目を瞑った。

 ガンッ!!!

「「「「!」」」」

 個室の扉が大きく鳴る。その場にいる四人全員の身体がビクリと揺れた。

 (っ!誰か来た!!)

 助けてもらえるかもしれない。

 一瞬にして、希望が拓く。教師かも。もしそうだったら最高だ。

 大人数対一人のせいで、勝ち目が全くなかった絶望的な状況も。

 これでようやく。

「なぁ?ここってだいぶ長く使用中じゃね?」

 扉の前から声がした。

 残念ながら、僕らと同じく生徒のようだ。

 三階角の突き当たり。窓がない方の個室トイレ。

 連れて来られ、三人がかりで押し込まれた。僕にとって、ついさっき、最悪の記憶が生まれた場所。

 気付いてくれる人が、いてくれた。

 それだけでも、驚きだった。

「んーー?そうかぁ??いいから行くぞ、きょう

 廊下の方から、その人の友だちらしき人の声が聞こえた。

 (いま逃げないと!)

 必死だった。

 思いきり、真田のモノを手で叩いた。

「イッテ!!」

 壁に腰を預けて立ち上がる。ガクガクと震える身体を抱え、奴らから身を守るようにして、歩き出す。

 僕よりガタイのいい人間たちに、引っ張って来られた時点で、

【もう終わりだ】

 そう思った。

 だってここは、旧校舎。

 しかも部活で使われてる一、二階はともかく。

 三階は、まず人が通らない。

 すんでのところで助かると、自覚した途端、吐きそうになった。

 緊張からの解放か、ついさきほどまでの恐怖のせいか。

 原因なんて、解らない。

 驚き固まる真田たちの間を一歩一歩、跨ぐようにして鍵へと手をかけた。

「やめろっ、開けんな」

 そこまで来て、やっと正気を取り戻したのか。

 真田の両サイドにいた二人の手が、鍵へと伸びて、小声で叫んだ。

 ダンダンダン!!

 固く握られたままの拳を願うようにして、ドアを打つ。

 (ここにいるから!お願い気付いて!!)

 祈るような気持ちだった。
「ほら、やっぱ誰かいるって」
「いるなら、勝手に出てくるだろ?先行くぞ?」
「んーー?まぁ、それもそうか」

 (待って!行かないで!!)

 ダン、ダン、ダン!!

 さっきよりも大きく叩く。

「やめろバカッ」
「大人しくしろっ」

 決死の形相で囁く奴らが、僕の身体をドアから剥ぐ。

 あっという間に、取り押さえられる。一人は肩を、一人は足を。残る一人は扉を背に立った。

 (あっ、駄目だ……。こんなチャンスもう二度と来ない)

 直感的にそう感じた。

 高等部に進級して半年。こんな絶望がやってくるなんて、思いもしなかった。

 この短時間で、本当に幾度となく、死にたくなった。

 やっと解放されると思ったのに。

 やがてドアの向こうからは、何の音もしなくなった。

 (あぁ……終わった)

 足元から崩れ落ちる。

 トイレの床にへたり込み、扉を塞いでいた榎原えはらの上履きが、小指を掠めた。

「マジであぶねー上級生か?」
「いや、同学年だろ。多分あれ、佐々ささだわ」
「えっ?!あいつ?!俺たちマジで命拾いじゃん」

 (佐々?!『きょう』って、あの、佐々ささきょうだったのか?)

 入学早々。先輩相手に喧嘩して、何人かを病院送りにしたにも関わらず、政治家の息子だとかで、一週間の休学で済んだ。同学年の裏のボス。

 クラスは一度だって一緒だったことはないけれど。

 何回か廊下で見かけて、周りより、頭一つ分くらい背が高かったことは覚えてる。

「ま、済んだもんは済んだもんっしょ」
「そそ。気を取り直してヤろうぜ?なっ?」

 肩を組まれ、真田の顔がすぐ真横まで迫ってくる。

 (来んな。触れるな。その腕離せ)

 睨み、肩を前後に払う。肘で真田の脇を突いて、逃げ出そうとして、

「おい。やっぱいるよな?しかも明らかに複数人」
「「「「!」」」」

 さっきよりもやや低い声が響いた。

 声は同じ。

 (佐々だ!戻って来た!)

 どうして解ったのかは、解らない。

 もしかしたら、佐々は耳が良いのだろうか。

 バレないよう、あんなに奴らは小声で話していたのに。

 動きを止めた真田の腕から、そろりそろりと抜け出した。

 (よしっ。行けた)

 ドア前へ。ゆっくり奴らがビビってる内に移動する。

強姦ごうかんか?」
「「「っ!」」」

 指摘され目を見開いた奴らを横目に、鍵のすぐそばへ。

 (いまだっ!)

 カチャッ。

「あっ!」
「待て!」
「柳瀬!」

 三者三様の声が飛ぶ。

 開けた勢いそのままに、上半身が大きく前のめりになった。

 ボスンっと鈍い音がして、誰かのぬくもりが僕を包んだ。

「歩けるか?」

 真上からしたその声に、僕はコクンと一つ頷いた。

「もうここはいいから、はやく降りてろ」

 同級生とは思えない。大人びた声の指示に、もう一度頷いて従う。

 黒髪の大柄の人に一礼して去る。

 (やった!助かった!!解放だ!!)

 生き長らえた心地がする。階段を駆け下りる足が軽い。

 (ありがとう!佐々様!!)

 勝手に佐々を、心の中で様付けして学校を出た。

 僕はその夜、恐怖の渦に飲まれかける度、一瞬見かけた彼の顔を思い出し、眠くなるのをひたすら待った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

キミの次に愛してる

Motoki
BL
社会人×高校生。 たった1人の家族である姉の由美を亡くした浩次は、姉の結婚相手、裕文と同居を続けている。 裕文の世話になり続ける事に遠慮する浩次は、大学受験を諦めて就職しようとするが……。 姉への愛と義兄への想いに悩む、ちょっぴり切ないほのぼのBL。

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

台風の目はどこだ

あこ
BL
とある学園で生徒会会長を務める本多政輝は、数年に一度起きる原因不明の体調不良により入院をする事に。 政輝の恋人が入院先に居座るのもいつものこと。 そんな入院生活中、二人がいない学園では嵐が吹き荒れていた。 ✔︎ いわゆる全寮制王道学園が舞台 ✔︎ 私の見果てぬ夢である『王道脇』を書こうとしたら、こうなりました(2019/05/11に書きました) ✔︎ 風紀委員会委員長×生徒会会長様 ✔︎ 恋人がいないと充電切れする委員長様 ✔︎ 時々原因不明の体調不良で入院する会長様 ✔︎ 会長様を見守るオカン気味な副会長様 ✔︎ アンチくんや他の役員はかけらほども出てきません。 ✔︎ ギャクになるといいなと思って書きました(目標にしましたが、叶いませんでした)

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

侯爵令息、はじめての婚約破棄

muku
BL
侯爵家三男のエヴァンは、家庭教師で魔術師のフィアリスと恋仲であった。 身分違いでありながらも両想いで楽しい日々を送っていた中、男爵令嬢ティリシアが、エヴァンと自分は婚約する予定だと言い始める。 ごたごたの末にティリシアは相思相愛のエヴァンとフィアリスを応援し始めるが、今度は尻込みしたフィアリスがエヴァンとティリシアが結婚するべきではと迷い始めてしまう。 両想い師弟の、両想いを確かめるための面倒くさい戦いが、ここに幕を開ける。 ※全年齢向け作品です。

【祝福の御子】黄金の瞳の王子が望むのは

尾高志咲/しさ
BL
「お前の結婚相手が決まったよ」父王の一言で、ぼくは侍従と守護騎士と共に隣国へと旅立った。 平凡顔王子の総愛され物語。 小国の第4王子イルマは、父王から大国の第2王子と結婚するよう言われる。 ところが、相手は美貌を鼻にかけた節操無しと評判の王子。 到着すれば婚約者は女性とベッドの中!イルマたちは早速、夜逃げをもくろむが…。 宰相の息子、忠誠を捧げる騎士、婚約者の浮気者王子。 3人からの愛情と思惑が入り乱れ!? ふんわりFT設定。 コメディ&シリアス取り交ぜてお送りします。 ◎長編です。R18※は後日談及び番外編に入ります。 2022.1.26 全体の構成を見直しました。本編後の番外編をそれぞれ第二部~第四部に名称変更しています。なお、それにともない、本編に『Ⅵ.番外編 レイとセツ』を追加しました。 🌟第9回BL小説大賞に参加。最終81位、ありがとうございました。 本編完結済み、今後たまに番外編を追加予定。 🌟園瀨もち先生に美麗な表紙を描いていただきました。本当にありがとうございました!

最愛の幼馴染みに大事な××を奪われました。

月夜野繭
BL
昔から片想いをしていた幼馴染みと、初めてセックスした。ずっと抑えてきた欲望に負けて夢中で抱いた。そして翌朝、彼は部屋からいなくなっていた。俺たちはもう、幼馴染みどころか親友ですらなくなってしまったのだ。 ――そう覚悟していたのに、なぜあいつのほうから連絡が来るんだ? しかも、一緒に出かけたい場所があるって!? DK×DKのこじらせ両片想いラブ。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ ※R18シーンには★印を付けています。 ※他サイトにも掲載しています。 ※2022年8月、改稿してタイトルを変更しました(旧題:俺の純情を返せ ~初恋の幼馴染みが小悪魔だった件~)。

【Dom/Subユニバース】Switch×Switchの日常

Laxia
BL
この世界には人を支配したいDom、人に支配されたいSub、どちらの欲求もないNormal、そしてどちらの欲求もあるSwitchという第三の性がある。その中でも、DomとSubの役割をどちらも果たすことができるSwitchはとても少なく、Switch同士でパートナーをやれる者などほとんどいない。 しかしそんな中で、時にはDom、時にはSubと交代しながら暮らしているSwitchの、そして男同士のパートナーがいた。 これはそんな男同士の日常である。 ※独自の解釈、設定が含まれます。1話完結です。 他にもR-18の長編BLや短編BLを執筆していますので、見て頂けると大変嬉しいです!!!

処理中です...