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Episode40 射手※祖父視点

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 丸一日。明日香と小僧と遊び尽くして、青空がだいだいに暮れた頃。


「帰る前にお手洗いいかなくてホントに良いの??」


 そう尋ねてきた明日香のことを、屋外のベンチを背に手で追い払う。


「良いって言っておるじゃろうが。はよぉ、いって来い」


「いきたくなったら幾月くんに言うんだよ?」


「解っとるわい」


(ほんっとに婆さんによく似てきたのう)


「そんなに似てんの?」


「お前さんはエスパーか」


「フッ。初めて会った時はマジシャンで、今度はエスパーかよ」


(ったく、なんでも解ったような口を利く若造じゃわ)


 明日香の姿が遠ざかり、何度か見せてもらった立方体をそばで控えた小僧から受け取る。


「いらんぞ?わしゃ出来んからのう」


 膝に置かれたそのおもちゃも、今のわしにはボケ防止にすら使えん代物。


 それをとおのとっくに知っとる小僧が、なんとも企んどる笑顔を向けて来よった。


「それは前座ぜんざ


「なんじゃ??また歌舞く気か?」


真打しんうちはこっち」


 そろそろと、後ろへ隠されていた小僧の片腕が前に回る。 


「…………。ほお、返すのを忘れとるのかと思っとったがな?」


「んなわけねぇじゃん。車からわざわざ取ってきたんだぜ?」


 この水族館が開設したばかりの頃。婆さんとの初デートを計画するために買ったノートが、ルービックーブの隣に並ぶ。


「A4がのう。売り切れとったんじゃ」


「過去の失敗は俺には解んねぇけどさ……。ちょいトラブルが遭ったなりに、明日香さんも楽しんでくれてたと思うよ?」


「生意気なこと言いおって。あの時も歌舞いて人を待たせとったじゃろうが」


「……そうだったか?」


(よう言うわ。用が済んだわしを、扉の前で待たせとった癖にのう)


「でも。お陰で願いは叶ったっしょ?」


 呆れるほどのふてぶてしさに腹が立ち、しゃがんだ小僧へとデコピンを喰らわす。


「ッテ!!」


「ホントに痛い時の反応じゃのう」


「別にさっきのだって。俺的には痛かったんだけど???」


 額を擦る小僧の表情が、ショーの手元も嘘ではないと異議を唱えた。


「頭の回転と口の上手さだけは、いっぱしじゃの」


「だから明日香さんを任せてくれる気になったんだろ?明日香さんが純粋過ぎるから」


「っ!!」


「爺ちゃんさ。素直なところは、明日香さんとそっくりだよね」


 きんぴかの前髪を掻き上げた人たらしな笑顔を目で咎める。


「圭介のことは聞いとるか??」


「中二の時に蒸発したって」


「あいつはお前さんと真逆じゃった」 


「…………………。真逆って?」


 助言を噛み締めようとする若人の眼差しが、恐れとともに尋ねてくる。


「お前さんと違って、気なんか回らない癖に。際限なく誰にでも優しくしようとするわ、大切じゃないもんばかり見とるわの男じゃった……」


「………クソチャラい奴ってこと??」


「逆じゃと言ったじゃろうが」


「その言い方だと、俺の見え方に誤解がある気がすっけどまぁ、いいや。じゃあ……、度がいき過ぎの真面目くんだったってこと?」


「そうじゃな。その上、お人好しのバカモンじゃった」


「…………………………」


 嫌なことに気付いた小僧の顔色が少し曇った。


「………それさ。明日香さんに」


「似とるところはかなり多いぞ??」


「!!!」


 ただでさえデカい目を、真ん丸くさせた小僧の鼻っ先に人差し指を立てる。


「でも明確な違いがある。それは……」


 寄り目になった小僧に言うてやる。


「お前さんみたいな歌舞いた小僧と、知り合って早々漫才が出来るところじゃ」


「!! ………って、俺たち別に漫才してるわけじゃねーけど?」


「じゃが、圭介には無理じゃ。ありゃあ、すぐに日和っておったからのう」


「なんだかなぁ~~……」


 納得いかん様子の小僧が、立ち上がって腰をひねった。


(本心では、どことのう解っとるじゃろうがな)


 他の誰と話す時より。


 小僧と話す明日香は最初から、喜怒哀楽を見せておった。


(お前さんみたいな、本音を引き出すのが上手いのがくっついとったら、自分を見失ったりはそうせんからのう)


『お義父さん。どうしたら良いんでしょう??勝手に涙が出てくるんです』


『僕は誰のためにどこまでしたら良いんでしょう?どうして苦しいのに、笑い顔しか出来ないんでしょうか???』


『なんのために生きてるのか解らなくて。誰にどうやって説明すれば良いかもチグハグなんです』


 口うるさくて、世話好きな婆さんと。


 自分や愛する特別なヒトが、それ以外に埋もれてしまった圭介に。


(お前さんと出会う前まで、似過ぎて怖いくらいじゃったぞ……)


 遠目で戻ってきた明日香を見遣る。


「結局お手洗い、いかなかったの??」


「じゃから良いと」


「それより、明日香さん。お土産は見なくて良いの?」


「あっ!見たいっ!!」


(ほれ。こやつの一言で簡単にわしより我欲に走るじゃろうが)


 ほんのちーーと前ならば。


『お土産屋さんよりお手洗いの方が優先でしょ?』


 だの、言っとったはずじゃ。


「んじゃ、いきますか!」


【今日は世話の一切を明日香にさせない。】


 そう約束を一方的に交わしてきた小僧の操縦で移動する。


「ペンギンのぬいぐるみとかあったら欲しいなぁ~」


「なら、お揃いにする?」


「えっ?!良いの???」


 キラキラ両目を光らせて、明日香の藍のスカートが舞う。


「小さいのなら、な」


(面倒くさそうな振りをしよって)


 その方が、【明日香には】かっこいいと思ってもらえると。


 歌舞く相手を見定めた。


 腹黒い小僧に、


「茶菓子もたんまり買うてくれ」


「こういう施設とかって、洋菓子しかねぇと思うんだけど」


「良いから買うてくれ」


 と、構ってもらえんくなった八つ当たりをした。

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