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Episode23 リスポーン
しおりを挟む「ごめん。おじいちゃん。夜まで任せちゃって」
「もう良いんか?明日香」
「うん。閉店作業は、さすがに私がやらないと」
お店のドアが開く度、心地良い夜風が舞い込む。
「ありがとうございました」
最後のお客さんを見送って、掃除用具とシャッターを下ろす棒を、レジ裏から出す。
(もう、こんな時間)
時計の針は、九時ニ分前。
(だいぶ寝ちゃった。意外と疲れてたんだな、私)
「ヘルパーさん来てたから出来たようなもんだよね。ホント、気を付けなきゃ」
そもそも、おじいちゃんがいなかったら。私が駄目になった時、お店は閉めなきゃならなくなる。
これからはもう、祖父の手も借りられない。
「のう。明日香。そんなになんでもやろうとせんでも」
「やりたいの。守りたいのよ。私自身が」
車椅子のおじいちゃんに、正面を向いて小さく微笑んだ。
たしかに。瑞生さんの言うことは一理ある。
手を伸ばす。
その勇気さえあれば。
瑞生さんに限らず、幾月くんだって……。多分、おそらく。
「良いから。おじいちゃんは夕飯食べてきて。ね?台所に作ったの並べといたから」
「そんならそうするが……」
『本当に、それで良いのか?孫娘』
おじいちゃんの心の声が、聴こえた気がする。
「疲れたら、お風呂明日で良いからねぇ~」
係員のお姉さんみたいに、顔の輪郭に手をやって言った。
今日を除いて、残り六日。
大事にしたい。
家族の時間。
「でも。良いなぁ……」
老いてなお、おばあちゃんと最期の地を同じにしたいと願う祖父。
(羨ましい)
一度きりの人生で。どれだけの人が、そう思える相手と巡り会えるのだろう。
「さっ、片付けしよ」
シャッターを下ろす棒を手に、外へ出て、地面と郵便受けを見る。
(挟まると面倒だからなぁ)
ポイ捨てが八割、障害物の原因なので。特に地面をチェックして。
(ん?)
ふと、視界の片隅の郵便受けに。A4サイズの茶封筒が、L字型に挿さってるのが目に付いた。
(こんな無茶な入れ方して)
抜き取ろうと引っ張るも、全くもって抜けそうにない。
(仕方ない)
改めて、両手で引き抜きにかかる。
その時点で諦めてしまえば、何かが変わっていたかもしれないのに。
「ふんっ」
小さなかけ声とともに。
茶封筒から飛び出して、ひらひらと舞う写真たち。
一番上に見えたのは。男女が腕を組み、色っぽく頬を桜色に染めた女性が、男性にしなだれかかっている写真。
互いに見つめ合い、幸せそうに微笑むものや。
高層ビルの前で。男性の肩に女性が腕をかけ、互いの頬に口付ける姿。
ご丁寧に、男性の腕が女性の腰元へと回り、ビルの中へ連れ立って消えて行く後ろ姿まで。
そのどれもが、幾月くんと。
初めて会った日に見かけた赤スーツの人で。
まるで。
『コッチが本物』
そう誰かに、無言の圧をかけられてるような。そんな気がして手が震えた。
(馬鹿だな、私)
『向き合いたい』なんて、偉そうなことを思っておきながら。いざ目にしたら怯むだなんて。
汚れた夜の街に散らばる写真を、一人しゃがんで封筒へと仕舞う。
(よく考えたら、ほとんど知らない。彼のこと)
土地のことだってそうだ。何一つ教えてもらえていなかった。
(この女性は、頼り甲斐もありそうだし。もしかして、彼から聞いてたりするのかな?それこそベッドの中でとか……)
私が彼個人について、
知っているのは。
告白理由と好物に利き手。運転と料理が出来ること。
片手で数え足りる数。
付き合い始めて二週間。抱き締められたのは最初の朝だけで、別々に暮らしているならともかく。
手も握られないのは……。
(やっぱり、一緒にスーパーへ行った朝。利き手を訊いたのが駄目だったのかな?)
左利きに。コンプレックスがあったのだろうか。
写真を拾う手の、爪の間に砂利が入った。
(彼の手は、指の先まで綺麗だったのに……)
両想い。付き合えた。さぁ、上手くいく。
そんなのは、映画の世界の話だし。
一瞬で、消えてく関係もあると知って。
「何してるんだい?」
「!」
恐る恐る正面を見る。
「瑞生さん?」
顔を上げた先、滲む視界で見えたのは。
履き古された黒い革靴。よく見たら、スーツだって。それなりに皺の入った安物そうだ。
彼の服とは大違い。
シンプルに見えるものだって、洗濯する時、手に取れば解るから。
「悪いことは言わない。俺にしとけ。明日香ちゃん」
「へっ……?」
屈んでるのに私より、だいぶ高い位置から腕が伸び、そっとその手が頬を撫でる。
(何をして)
「っ!」
その瞬間。
瑞生さんが、居酒屋さんの方へ吹っ飛んだ。
(えっ?)
「なっ、何するんだ?!」
「てめぇ。明日香に今、何しようとした?」
聞いたことのない。ドスの効いた声。
どこからどう見ても。
転ぶようにして、後ろへ投げ飛ばされた瑞生さんを。
真下に見下ろし、威嚇してるのは。
幾月くん。だけど。
(知らない彼が、また現れた)
反射的にそう思った。
色々な情報が、頭の中を駆け巡る。
優しく頭に触れてくれた彼。
同じ手で、優しく他の女性に触れていた彼。
何度だって見惚れてしまう素敵な笑顔に。溢れるほどの心遣い。
写真の女性と恋人みたいに、頬へ甘いキスを送る彼も。
全部。私が。向き合いたいと思った彼で。
彼……なのに。
「明日香ちゃん。俺と行こう。俺なら、君一人を選んであげられる」
「っ!」
無意識に、俯いていた私の前に。
立ち上がり再び屈んだ、瑞生さんの手が差し伸べられた。
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