上 下
23 / 47

Episode23 リスポーン

しおりを挟む


「ごめん。おじいちゃん。夜まで任せちゃって」


「もう良いんか?明日香」


「うん。閉店作業は、さすがに私がやらないと」


 お店のドアが開く度、心地良い夜風が舞い込む。


「ありがとうございました」


 最後のお客さんを見送って、掃除用具とシャッターを下ろす棒を、レジ裏から出す。


(もう、こんな時間)


 時計の針は、九時ニ分前。


(だいぶ寝ちゃった。意外と疲れてたんだな、私)


「ヘルパーさん来てたから出来たようなもんだよね。ホント、気を付けなきゃ」


 そもそも、おじいちゃんがいなかったら。私が駄目になった時、お店は閉めなきゃならなくなる。


 これからはもう、祖父の手も借りられない。


「のう。明日香。そんなになんでもやろうとせんでも」


「やりたいの。守りたいのよ。私自身が」


 車椅子のおじいちゃんに、正面を向いて小さく微笑んだ。


 たしかに。瑞生さんの言うことは一理ある。


 手を伸ばす。


 その勇気さえあれば。


 瑞生さんに限らず、幾月くんだって……。多分、おそらく。


「良いから。おじいちゃんは夕飯食べてきて。ね?台所に作ったの並べといたから」


「そんならそうするが……」


『本当に、それで良いのか?孫娘』


 おじいちゃんの心の声が、聴こえた気がする。


「疲れたら、お風呂明日で良いからねぇ~」


 係員のお姉さんみたいに、顔の輪郭りんかくに手をやって言った。


 今日を除いて、残り六日。


 大事にしたい。


 家族の時間。


「でも。良いなぁ……」


 老いてなお、おばあちゃんと最期の地を同じにしたいと願う祖父。


(羨ましい)


 一度きりの人生で。どれだけの人が、そう思える相手とめぐり会えるのだろう。


「さっ、片付けしよ」


 シャッターを下ろす棒を手に、外へ出て、地面と郵便受けを見る。


(挟まると面倒だからなぁ)


 ポイ捨てが八割、障害物の原因なので。特に地面をチェックして。


(ん?)


 ふと、視界の片隅の郵便受けに。A4サイズの茶封筒が、L字型に挿さってるのが目に付いた。


(こんな無茶な入れ方して)


 抜き取ろうと引っ張るも、全くもって抜けそうにない。


(仕方ない)


 改めて、両手で引き抜きにかかる。


 その時点で諦めてしまえば、何かが変わっていたかもしれないのに。


「ふんっ」


 小さなかけ声とともに。


 茶封筒から飛び出して、ひらひらと舞う写真たち。


 一番上に見えたのは。男女が腕を組み、色っぽく頬を桜色に染めた女性が、男性にしなだれかかっている写真。


 互いに見つめ合い、幸せそうに微笑むものや。


 高層ビルの前で。男性の肩に女性が腕をかけ、互いの頬に口付ける姿。


 ご丁寧に、男性の腕が女性の腰元へと回り、ビルの中へ連れ立って消えて行く後ろ姿まで。


 そのどれもが、幾月くんと。


 初めて会った日に見かけた赤スーツの人で。


 まるで。


『コッチが本物』


 そう誰かに、無言の圧をかけられてるような。そんな気がして手が震えた。


(馬鹿だな、私)


『向き合いたい』なんて、偉そうなことを思っておきながら。いざ目にしたらひるむだなんて。


 汚れた夜の街に散らばる写真を、一人しゃがんで封筒へと仕舞う。


(よく考えたら、ほとんど知らない。彼のこと)


 土地のことだってそうだ。何一つ教えてもらえていなかった。


(この女性は、頼り甲斐がいもありそうだし。もしかして、彼から聞いてたりするのかな?それこそベッドの中でとか……)


 私が彼個人について、


 知っているのは。


 告白理由と好物に利き手。運転と料理が出来ること。


 片手で数え足りる数。


 付き合い始めて二週間。抱き締められたのは最初の朝だけで、別々に暮らしているならともかく。


 手も握られないのは……。


(やっぱり、一緒にスーパーへ行った朝。利き手を訊いたのが駄目だったのかな?)


 左利きに。コンプレックスがあったのだろうか。


 写真をひろう手の、爪の間に砂利じゃりが入った。


(彼の手は、指の先まで綺麗だったのに……)


 両想い。付き合えた。さぁ、上手くいく。


 そんなのは、映画の世界の話だし。


 一瞬で、消えてく関係もあると知って。


「何してるんだい?」


「!」


 恐る恐る正面を見る。


「瑞生さん?」


 顔を上げた先、にじむ視界で見えたのは。


 履き古された黒い革靴。よく見たら、スーツだって。それなりに皺の入った安物そうだ。


 彼の服とは大違い。


 シンプルに見えるものだって、洗濯する時、手に取れば解るから。


「悪いことは言わない。俺にしとけ。明日香ちゃん」


「へっ……?」


 かがんでるのに私より、だいぶ高い位置から腕が伸び、そっとその手が頬を撫でる。


(何をして)


「っ!」


 その瞬間。


 瑞生さんが、居酒屋さんの方へ吹っ飛んだ。


(えっ?)


「なっ、何するんだ?!」


「てめぇ。明日香に今、何しようとした?」


 聞いたことのない。ドスの効いた声。


 どこからどう見ても。


 転ぶようにして、後ろへ投げ飛ばされた瑞生さんを。


 真下に見下ろし、威嚇いかくしてるのは。


 幾月くん。だけど。


(知らない彼が、また現れた)


 反射的にそう思った。


 色々な情報が、頭の中を駆け巡る。


 優しく頭に触れてくれた彼。


 同じ手で、優しく他の女性に触れていた彼。


 何度だって見惚れてしまう素敵な笑顔に。溢れるほどの心遣い。


 写真の女性と恋人みたいに、頬へ甘いキスを送る彼も。


 全部。私が。向き合いたいと思った彼で。


 彼……なのに。


「明日香ちゃん。俺と行こう。俺なら、君一人を選んであげられる」


「っ!」


 無意識に、俯いていた私の前に。


 立ち上がり再び屈んだ、瑞生さんの手が差し伸べられた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

恋煩いの幸せレシピ ~社長と秘密の恋始めます~

神原オホカミ【書籍発売中】
恋愛
会社に内緒でダブルワークをしている芽生は、アルバイト先の居酒屋で自身が勤める会社の社長に遭遇。 一般社員の顔なんて覚えていないはずと思っていたのが間違いで、気が付けば、クビの代わりに週末に家政婦の仕事をすることに!? 美味しいご飯と家族と仕事と夢。 能天気色気無し女子が、横暴な俺様社長と繰り広げる、お料理恋愛ラブコメ。 ※注意※ 2020年執筆作品 ◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。 ◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。 ◆大変申し訳ありませんが不定期更新です。また、予告なく非公開にすることがあります。 ◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。 ◆カクヨムさん/エブリスタさん/なろうさんでも掲載してます。

兄貴がイケメンすぎる件

みららぐ
恋愛
義理の兄貴とワケあって二人暮らしをしている主人公の世奈。 しかしその兄貴がイケメンすぎるせいで、何人彼氏が出来ても兄貴に会わせた直後にその都度彼氏にフラれてしまうという事態を繰り返していた。 しかしそんな時、クラス替えの際に世奈は一人の男子生徒、翔太に一目惚れをされてしまう。 「僕と付き合って!」 そしてこれを皮切りに、ずっと冷たかった幼なじみの健からも告白を受ける。 「俺とアイツ、どっちが好きなの?」 兄貴に会わせばまた離れるかもしれない、だけど人より堂々とした性格を持つ翔太か。 それとも、兄貴のことを唯一知っているけど、なかなか素直になれない健か。 世奈が恋人として選ぶのは……どっち?

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...