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Episode9 ありのまま
しおりを挟む「ん~……」
(あれ?私)
「ん?台所じゃ、ない?あれ……。えっと」
(結局、どっちで寝たんだっけ?)
目を開けて、とりあえず今いるこの部屋は。
間違いなく私の部屋で。ベッドの上。
「移動した?」
眠ってたはずの場所へ、勘違いではないはずと、一段一段移動する。
「おじいちゃん。私、下で」
『寝てたよね?』
台所で、そう尋ねようとして。固まった。
「おはよ」
黒いTシャツにカーキ色のカーゴパンツ。過去に類を見ないラフな服装の幾月くんが、TKGを食べている。
「なっ、んで?」
「さっき来た。荷物持ってくるって言っといたろ?」
「いや、そうですけども」
「にしても、スゲー頭」
「!」
(そうだ。髪!)
外見を磨くことへの興味は薄くても。
癖っ毛だから髪だけは、毎朝、綺麗に梳かしてるのに。
今日に限って、鏡も見ずにクルクルだ。
「俺、やってやろうか?」
「えっ?いや、なんか刺されそうだから、やらなくて良い!」
(ってか、いつの間に洗面所へ)
後ろから、鏡越しに。こちらを見つめる視線すら。色気があって動揺する。
「そう言えば祖父は?」
振り返って尋ねると。
「自分の部屋でテレビ見てるけど」
(嗚呼、もう、びっくりするほど受け入れて!こっちは、おじいちゃんとの温度差で、危うく風邪でも引きそうだよ)
「解りやすいのも変わってないと」
「何か今、言いました?」
「敬語をやめてくれねぇかなと」
急に、口尖らせて言うもんだから。見慣れなさに心臓がキュッと痛んだ。
専用のヘアケアをかけ、ブラッシングする。
隣に立った彼の手が。引き出しから、歯ブラシと歯磨き粉を取り出した。
「明日香はさ。ガキの頃のことって、どれくらい覚えてんの?」
「なんですか?いきなり。小学生くらいのことはあんまり。中学で色々あったタイプなんで」
「ふ~ん。そっか」
シャカシャカと歯磨きの音を聞きながら、だいぶ大人しくなってきた髪の毛を見る。
(よしっ。これで良いや)
ご飯だ、ご飯。そう思ったのに。私が着てるジャージの袖が彼にしっかり引っ張られる。
「離してください」
心なしか。じっと見過ぎに感じるけれど。
きっとあれだ。ドッキリとかほら。
それこそ、小学生の頃あった。告白ドッキリとか。
(ん?なんだろう?今)
「少しだけ。思い出したりとか、してくれた?」
「えっ?」
口を濯ぐ後ろ姿を見返すけれど。
私の中に、彼のようなイケメンに関して、思い出すようなことがあるとは。到底思えない。
丁寧に口元を拭いた彼は。朝だというのに整っていて、やっぱり私とは住む世界から違って見える。
「思い出すようなことなんて」
「ほら、初めて会った日にしたろ?キス」
「そっ、れは!」
「っぷ、真っ赤っ」
馬鹿みたいだ。私、恥ずかしい。朝から紺色ジャージで赤面して。年下男子に揶揄われてる。
「はっ、恥ずかしいから。見ないでくださいっ」
せめても。と、両手で顔を隠す。
見ないで。どうか、忘れて欲しい。
スッと伸びてきたその手が一度、空を撫でて引っ込められる。
どういうわけかは解らないけど。良かったこれで、踏み込まれない。
それなのに。
「なんでまた、そんな顔をしてるんですか?」
感情が揺れてるみたいに、瞳が揺れて。
苦しそうに眉根を寄せて。
「作戦とかなら、不要ですよ?それともお仕事の練習ですか?」
ゆっくりと、彼の下唇が噛み締められる。
「ごめん。悪いんだけど、俺少し寝る」
「えっ?」
(あっ!具合が悪かったのか、そうか。寝不足で!)
「良かった。なんだ、寝不足ですか」
ホッとして、息がたくさん口から漏れる。
仕事の疲れが少しでも、薄れるように。彼の背中に微笑みかけた。
「寝るなら、二階の手前を使ってください。すぐ使えるようにしておいたので」
「嗚呼」
立ち去った彼の顔は見えなかったけど。
(大丈夫。飲み過ぎて、疲れてたんだ)
口走った言葉の数々は、恥ずかしくもあったけど。
(疲労した時って、寝て起きたら、結構忘れてる時あるし!)
「おじいちゃん。今日お昼に用がある時は、私に声かけてよ」
「おうか~い」
『おう』と『了解』が混ざったみたいな返事して。
「っふ」
(あっ、私。笑ってる。そうか私。安心したんだ。彼のあの表情が、疲労が原因って解ったから)
梅雨が近付く五月中旬。嵐の前の静けさに、私は気付けていなかった。
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