青眼の烏と帰り待つ羊

鉄永

文字の大きさ
上 下
9 / 34
1部

第九話

しおりを挟む
 その後、墓が目立ちすぎないように落ち葉で覆ってから、目印を決めようと、二人は頭をひねっていた。
「動かないもので、変じゃなくて、すぐに分かるもの」
「うん」
「スコップ?」
「目立つね」
「石?」
「まあ、それが無難かな」
 どんな感じがいいかな、と石を並べては積み、崩しては乗せるちひろの隣で、生は自身の目につけられていた布を取る。
 ハンカチを抑えていたのは鉢巻きだったらしい。
 見慣れた紅白の布は、もはや小学校の体育で使うには不穏な見た目になってしまっていた。
 無くなったら困るだろう、とちひろに一声かけると、「このあいだ新しいの配ってもらったからいいよ」と返される。
 それならば、と生は近くの枝にその鉢巻きを結ぶ。
 目印はあればあるほどいい。きっとこれなら場所を見失うことはないだろう。
 ちひろも枝から垂れる鉢巻きを見て「すぐ分かるね」と嬉しそうに頷く。
 ただ、心配なのはこの木が倒されたり、せっかく並べた石が崩されることだった。
 どうしたらそうならないだろうか、と考え、ちひろはふと思いついたことを口に出す。
「おとなになったら、ここにお家たてようかな」
「将来の夢?」
「ん…そう。ここが他の人のにならないように」
「いいね」
「でしょ?…いっぱいはたらいて、お金持ちにならなきゃだ」
「ふふ」
 想像すればするほど、それはとても素敵な考えのように思えた。
 大きい家である必要はない。小さな庭があって、そこに礼のお墓があって…、周りに花壇も作ってあげると、礼が喜ぶかもしれない。
「いくは?」
 いくももしかしたら近くに住むか、お隣さんになるかもしれないし、一緒に住むかもしれない。そんなふうに想像しながら、ちひろは生にたずねる。
 生は石をつまみ上げながら「そうだな」と呟く。
「まだ分からない、けど」
 ちひろがうまく乗せられずに散らばらせた石を器用に組んでから、いくは後ろを振り返った。
「ああいうの、無くなれば、いいね」
 目線の先を追いかけてから、ちひろはゆっくりと生の表情に目線を戻した。
「そうだね。…うん、ないと、いいね」
 生が言った「ああいうの」を、具体的に言葉にするのは難しかった。
 それでも、言葉にしないことで共有できる思いがあり、その部分を明確にする必要がないことは、ちひろにも分かった。
 ただ、生と顔を見合わせれば笑みが返ってくる。それで十分だった。
「そういえば」
 生が改めてちひろの頭から足まで見てから、ふと声を上げる。
「なあに?」
「ちひろ、家は?もう朝だよ」
「あ、」
 そう、今日は休日ではないのだ。
 さぁ、と顔を青ざめさせたちひろを見て、生はやっぱり、と頷く。
「が、がっこう、どうしよ、なんて言おう」
 あわあわと焦り始めるちひろを、いくはまあまあと制する。どうせ今から急いだってしょうがない。
 なんせ今のちひろはどう考えてもそのまま学校に行けるような恰好かっこうをしていないのだ。それよりも、いったん家に帰らせて、彼女の両親へ伝える言い訳を考えてやらねばならない。
「ちひろ、とりあえず家に帰って着替えた方がいいよ。帰ったら、騒がしくて様子を見に来たら、火事だった。それが怖かったから逃げて隠れてたら、そのまま寝ちゃいました、って言ったらいい」
 どう?と聞くと、ちひろは「さわがしくて…見に来て…火事で…」と生の言い訳を繰り返し口の中で唱えてからうなずき、眉を下げた。
「うー、うん、よし。分かった、とりあえず帰るね」
 そう言ってちひろは広げていた荷物をリュックサックに詰め込む。しかし、その途中で、はた、と生を振り返る。
 特にその場から動く様子の無い生は、ちひろの目線に首をかしげた。
 何か気になることでもあるのだろうか、と様子を見ていると、ちひろはおずおずと口を開く。
「いくは?病院とか、警察とか、いくところ」
「俺は…どうしようかな」
 生の返答を聞いて、ちひろは途端に不安げな表情になる。
 今の生にとって、病院も警察もお世話になりたい場所ではなかった。
 それでも、生の身の振り方が分からないと帰りません、とでも言いだしそうなちひろの雰囲気に、とりあえず生は「家、帰ってみるよ」と言った。
 するとちひろは納得したように頷く。
「おうち…、うん。帰れる?」
「うん」
「ちゃんと目とか、手とか、他もいろいろ、治さないとだめだよ」
「うん」
 ようやく帰る準備を整え、リュックサックを背負ったちひろは、なおも心配そうに歩き出そうとしては足を戻す。
「やっぱりついていこうか?」
「ううん」
「自転車使う?」
「いいや」
「一人で大丈夫?」
「もちろん」
「倒れたりしない?」
「しない」
「お財布…」
 なかなか進まないちひろの背を押し、生は「大丈夫」と苦笑する。
「でも…」
「家の人、心配するよ」
 そう言うと、ちひろはしぶしぶと足を進ませた。
 その様子に一息ついてから、生は自分のポケットにいれたままの、彼女のハンカチの存在を思い出し、「これ、」とちひろの背に声をかける。
 ちひろはハンカチを見て、手を出しかけてから「あげる!」と笑った。
「いいの?」
「うん、あげる」
 それはちひろにとっては母に買ってもらった大切なものの一つだったけれど、生に持っていてほしいと思った。生は少し迷ってから「分かった、ありがとう」と、丁寧にたたみなおし、ポケットにしまった。
「じゃあ、気をつけて」
 今度こそ見送る体勢に入った生に、ちひろは寂しそうに手を振りながら「うん」と頷く。
「いくも、気を付けてね。もしなにかあったら、言ってね。なにかなくても、言ってね」
 ちひろの言葉に少しきょとんとしてから、生は笑ってうなずく。
「それで、えっと…」
「ちひろ」
 また足が止まりかけるちひろの言葉をさえぎるように、生は彼女の名前を呼ぶ。
 まばたきをして生の言葉を待つ、小さな彼女に、生は感謝をこめて、別れを告げた。
「じゃあね」
 生の言葉に、ちひろはふにゃりと笑って、言葉を返した。
「うん。またね、いく」


***


 ちひろにとっての夢のような一晩が、終わった。
 家に帰ったちひろはもちろん怒られたのだが、それ以上にいたる所をすりむいたり火傷をした上、雨ですっかり冷えて疲弊した体は高熱を出して、それどころではなくなっていた。そのまま、ちひろは数日寝込むことになる。
 あの出来事は本当にあったことだったのか、記憶が曖昧で、日を追うごとに忘れていく生と礼の声や仕草がちひろを不安にさせる。けれど、二本あったはずの紅白の鉢巻きは手元に一本しかなく、大切なハンカチは棚を探しても出てこなかった。
 熱が引いてから、こっそり礼のところに行こうとしたが、あんなことがあったからか、一帯にフェンスが設けられ、本格的に立ち入り禁止区域になってしまっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

処理中です...