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2章
第十六話
しおりを挟む真木は考える。
どうして自分は、上総の手を取ったのか。
はじめて会ったときから、真木は分かっていた。
自身の暮らす村を焼いたのは、上総だと。
だが、上総を前にして真木が最初に抱いた感情は、恨みや恐ろしさでは無かったのだ。
「つい、惹かれてしまったのです」
「ほぉ」
真木はぽつりとつぶやく。
「きっと拙とは違うものが見えているのだと。…拙は、それを知りたかったのです」
「知ることは、できたか」
「分かりません。答えは…もっと、ずっと先にあるのでしょう」
真木は上総と目を合わせる。
会った時と変わらない、炎のように揺らめく黒目がちな瞳。
真木はその瞳に微笑みかけた。
「ただ…拙のこの目を、上総様は眩しいと仰いますが、上総様の両眼こそ、拙には変わらず輝いて見えるのです」
そうだ。真木には、上総が輝いて見えた。
この世にいるのかどうかさえ分からない、不可思議な存在を信じていた村の人々と、自分の親。
触れもしない、助けてもくれない神という存在に、真木は自身を委ねられる気がしなかった。
そうは言っても、真木は何も変えられない。
そんな真木の小さな世界に火をともしたのは、神ではなく、目の前の人だった。
「…今も、輝いて見えます」
嘘のない表情に、上総は押し黙った。
そして、口を開く。
「…一端の武士として、惨めったらしく生き長らえるのは、御免じゃ」
「…」
「じゃが、もしお前が、何者でもない、ただの男と生きていけると言うなら、それに乗ろう」
上総からの言葉に、真木はすぐさま頷く。
「畏まりました」
「…ええんか。一国の主ではないわしは、魂のない肉塊のようなものじゃぞ」
「拙は、貴方様の立場に膝をついたのではありません」
「そうか」と上総は目を伏せる。
そして、持っていた短刀を置き、真木にいつもの顔で笑いかけた。
「熱烈じゃな」
はたはたと顔を仰ぎ「暑うなってきたわい」と言う上総に、真木ははっと我に返る。
感情だけではない、周囲の熱を思い出したからだ。
部屋にはすっかり炎が回っている。
上総を促そうとした真木は、上総に抱え上げられた。
「え」
「そうと決まれば、逃げるか」
「あの」
「もうここにおるのは、好いた女に誑かされた男だけじゃ」
「しかし、」
「心配するな。わしは嫌いなものから逃れる術は、万事心得とるからな」
上総はにやりと笑って、そのまま走り出した。
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