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1章
第十話
しおりを挟む「…」
「指せんか?」
「あ、いえ、指せます」
「夜伽だと思っておったか?」
「…はい」
寝室で向き合い、上総が取り出したのは、将棋盤だった。
上総は慣れた様子でぱちぱちと駒を置いていく。
「まあ、お前が身につけた手練手管を披露させるのも一興だがな」
「…」
「戦が近い。わしは神を信じておらんが、験担ぎや迷信は、気が向いたら乗る口よ」
戦の前に女と交われば、戦場に穢れを持ち込み、勝利に嫌われる。
この国の言い伝えのようなものだ。
「お前は女ではなく道具だそうだがな。…俺とまぐわったら、女になるじゃろ」
駒を並べ終わり、「さて」と上総は盤を眺める。
「…仁波が帰郷したのは、わしに知らしめるためじゃ。仁波が人質じゃ、とな」
真木は頷く。
上総の国は、いまだ家督争いが続いていた。
仁波が輿入れした隣国は、上総の叔父が実権を握っている。
以前から、隣国は上総の国に対して、国の統合を持ちかけていた。
しかし事実上は「国を渡せ」と言ってきているのと同義だ。
ぱち、ぱち、と上総と真木は将棋を打つ。
早々に「玉」を後ろに囲う真木と違い、上総は攻めの姿勢だった。
「仁波を慕うものはこの城にはまだ多い。もし仁波を敵の旗印にされれば…反発が起きることは間違いない」
上総は駒を真木の陣地に差し込み、王手を宣言する。
真木は上総の駒をはねのけて、脇に置いた。
「しかも、あろうことか仁波を国境の城に置く話が出とるらしい」
「前線の城に仁波様を、ですか」
それは、仁波を盾にするということだ。
国の奥方を盾にするなど、聞いたことがない。
どうして、といぶかしむ真木に、上総は苦笑した。
「…仁波が、輿入れ前から、身ごもっておったらしい」
「それは、」
「冬也の子じゃろうな。…もう、あいつは、あの国では捨て駒じゃ」
上総は、真木に取られた駒を眺めながら、つぶやいた。
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