【完結】王甥殿下の幼な妻

花鶏

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おまけ

アルムベルクの夜 05

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 ふわふわとした多幸感の中、マティアスはふと瞼を開いた。
 カーテンの隙間から漏れる光の角度に、もう昼前だと知れる。
 腕の中でリリアが小さく寝息をたてている。白い肌に幾つもの痣を認めて、昨夜の情事に思い至る。快感の余韻に身体がふるりと震え、己の肩を押さえた。

 動揺とも羞恥ともしれない感情で一気に頭に血が上る。


 ―――信じられないくらい、気持ち良かった。


 過去に抱いた女性たちも嫌悪感を持つような人はいなかった。身体を張って職務を果たしているのだと理解していた。
 それでも終わった後はいつも虚しさしかなかったし、無理に抱いた日には吐き気すらした。

 愛した人の身体というのは、こんなに違うものなのか。
 自分の身体が爪の先まで喜んでいるのが分かる。比喩でもなんでもなく、世界が色付いていた。

 脳味噌がばかになっていてところどころ思い出せない。
 初めは柔らかい身体に耽りながらもリリアの様子を伺えていたのに、リリアが煽るので途中で理性が飛んだ。
 やたらぎゅうぎゅうと抱きしめてしまった。自分はこんな細い腕は握力だけで骨を折れる。ちゃんと力加減ができていたのだろうか。リリアは絶対大丈夫だなどと言っていたが、どこか痛めてはいないだろうか。

 そっと頬を撫でると、リリアの細い睫毛が震えて青い目が開いた。

「……おはよう」
「おはよう、ございます……何時ですか?」
「俺も今起きたところで分からないが、昼前じゃないかな」
「今日、予定なくて良かったです」
「そうだな」

 リリアは軽く目を擦る。腕をあげたせいではだけてしまった胸元をマティアスはシーツを引っ張りあげて隠す。

「………どう、だった?」

 抑えた声で問うと、リリアは一瞬きょとんとしてから、雪肌を耳まで赤く染めた。

「え? どうって、……どうって、あの、…………
 マティアス様、色っぽくて、どきどきしまし」
「ちがう!」

 マティアスの大声にリリアがびくりと跳ねる。

「俺の痴態の感想を訊いている訳じゃない!
 その、慣れてないのに何回もしてしまって、身体は大丈夫だったのか」
「あ、はい、それは」
「俺は何か、嫌なことをしなかったか」
「してないですよ」
「……そうか」
「それに、あんまり痛くなかったです」
「うん、……全然違ったから、そんな気がした」

 前日まではどんなに時間をかけても潤滑剤を使っても異物として拒絶されている感覚があった。昨夜は、変わらずきつくはあったが、リリアの身体はそれを自然な行為として受け止めてくれていたように思う。

 女性が身体を開いてくれるというのは、こういうことなんだと、思った。

 思い返すだけで蕩けるような幸福感に、マティアスはリリアの華奢な鎖骨に顔を埋める。細い腕がマティアスの肩に回されて指が優しく短い黒髪を漉いてくれた。

 白い胸元に赤い痣が散っている。昨夜マティアスが強引に抱きしめ、飢えた獣のように身体中に唇を這わせた痕だ。―――こんなことは、色狂いの狒狒爺のすることだと思っていた。

「……貴女の身体が魅力的すぎるせいで、俺はどんどん変態になっていく……」
「マティアス様、お気を確かに。とんだ言いがかりですよ。きっと単に、元々素養がおありなのです」
「そうなのかなぁ……」

 がっくりするマティアスを、優しい妻は慰めてくれる。

「大丈夫です。文献によれば、マティアス様など変態界隈ではヒヨッコです」
「うん、貴女は一度、そっちの勉強は控えようか」

 これ以上新しい扉を開けたくないので、予備知識など聞きたくもない。変態上級者の生態を知って興味が湧いてしまったらどうしてくれるんだ。

 抱きついた腕を解いて柔らかいシルバーブロンドを巻き込みながら頬を撫でると、青い瞳が嬉しそうに細められた。
 瞼に軽くキスを落とす。

「………貴女は、少しは良かったか?」

 昨夜のリリアはマティアスが彼女の身体を味わう都度、婀娜っぽい声で啼いた。
 しかし女性は、濡れていても啼いていても必ずしも良い訳ではないらしい。ならば訊くしかないと思うのに、その答も必ずしも本当ではないという。難しすぎる。

 少し考えるようにしてからリリアは可憐な手で口元を隠して頬を桃色に染めた。

「……良かった、とかは、良く分からないですけど………
 マティアス様が好きで、マティアス様もわたくしが好きだなって思って、幸せでした」

 マティアスの頭が勢いよく枕に沈み、急に体重をかけられたリリアはばたついてマティアスの肩からなんとか顔を出し、息を吐く。

「―――その世界一可愛い顔をやめろ」
「え」
「脳みそが溶ける。
 耳から漏れてる気がする」

 唸るような声にリリアは心配そうに眉を下げた。

「……マティアス様、大丈夫ですか? その、頭とか……」
「……………だめかもしれない………」
「えぇ……?」
「………もう何もかも放り出して、一年くらいこの部屋でずっとこうしていたい………」

 昨日まではリリアにとって良くないのであれば、一生しなくても我慢できると思っていた。でももう無理だ。無理。絶対無理。いや、リリアが嫌だと言うなら頑張るけども。
 歴史の中に数多いた、寵姫に狂って没落していった王族や貴族たちに、生まれて初めて同情する。あんなにクラウディアを愛しているのに怜悧な王太子を務め上げているヴォルフは凄かったのだ。

 悶えていると、リリアが覆い被さったままのマティアスの頭を撫でた。

「マティアス様のお立場ならできないことではないのに、明日もちゃんとお務めを果たされるの、ご立派です」
「………貴女はほんとにいい女だな」
「マティアス様も、いつもいい男でいらっしゃいますよ」

 悔しそうに唸るマティアスに、リリアはふふ、と可愛く笑った。

 あまり乗っかっていると重いだろうと身体を浮かすと隙間からリリアのたおやかな身体が目に映る。明るいところで見るのは初めてで、その美しさに顔が熱くなる。半年もこれを撫で回して、我ながらよく我慢していたものだ。

 柔らかく温かい彼女の全てに触れたくなって、白い指に無骨な指を絡ませ、青い瞳を覗き込む。

「……明日は、仕事に行くから、今日は―――いいか?」
「えっ、まだするんですか?」
「だめか」
「お、お疲れでは」
「全然。………そうか、貴女は疲れたんだな………じゃあ、いい。我慢する」

 聞き分けの良い子どものように哀しそうな顔をするマティアスにリリアは眉を下げる。

「…………いいですよ」
「本当か!? いや、いい、すまない、貴女が望んでないなら、しない」
「いいですよ。
 お風呂に入って、ご飯食べて、少しお昼寝した後なら」
「無理してないか」
「明日はマティアス様は一日お忙しくて、できないですから。今日だけなら大丈夫だと思います」
「……できなくは、なくないか?」
「できません」
「………そうだな」

 もう、おそらく一生、マティアスに主導権も決定権もない。

「そういえば貴女は最近ずっとのんびりしているが学園アカデメイアの事務は暇な時期なのか?」
「いえ、そうでもないんですけど、膣が裂けちゃうかもしれないと思って、半月ほどお休みしてます」
「………覚悟のほどが凄すぎる……」

 そうと知っていればマティアスも日程を調整しておいたのに。そうすれば一週間はこうしていられたのに……。残念すぎて涙が出そうだ。

 もそもそと起き上がって脱ぎ捨てた二人の寝衣を手繰り寄せる。
 リリアに朝食を抜かせてしまったので、きっとお腹を空かせている。使用人に風呂の支度を急いで貰わなければ。

 だがその前に、マティアスにはリリアに言わなければならないことがあった。

 リリアの遊びに付き合って歯の浮く台詞は散々言ってきたが―――今回ばかりはものすごく恥ずかしい。
 だが、恥ずかしいがなんだ。
 女性が初めて身体を開く恥じらいに比べたら、きっと胡麻ほどのものだ。

 リリアの肩に寝衣を掛け、そっと抱き寄せて額に口づける。

「リリア」
「はい」

「昨日の貴女は、心臓が止まるかと思うくらい、素敵だった」

 一瞬きょとんとしたリリアは、泣きそうな顔で白い肌を真っ赤に染める。

 その世界一愛らしい姿を眺めて、これは確かに必要なことだったとマティアスは先人の教えに感心し、押し倒したい衝動を必死で堪えた。


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