【完結】王甥殿下の幼な妻

花鶏

文字の大きさ
上 下
93 / 114
最終章

09

しおりを挟む


 ………ひと夜の、お情け?


 マティアスの脳が固まる。

 今、何を言われた?


 動かなくなってしまったマティアスの反応を待って、リリアはじっと佇んでいる。

「…………どういう意味だ……」

「お許しいただけるなら、今夜、マティアス様の伽を務めたく存じます」

「いや、そうじゃなくて、
 待ってくれ、言ってる意味が」

 混乱するマティアスを見て、リリアは困ったように言い直す。

「マティアス様、セックスしましょう」
「おい!!」

「だって、意味が分からないと仰るから……」
「言葉の意味は分かる! そうじゃなくて、
 いや、ちょっと待ってくれ、
 ちょ………少し時間をくれ」

 そう言うとリリアは大人しく距離をとり、寝台に腰掛けた。

 なんでそこに座る。
 誘っているのか。

 なんだ。
 なんでだ。

 したいというのだから、してしまえば良いじゃないか、と唆すもうひとりの自分を殴り倒して、マティアスは必死に頭を回す。

 ろくな答えが出てこない。

「…………誰かに俺と寝ろとでも言われたのか?」

「……………」

 聞き方を間違えた。

 暗くてよく見えないが、きっとあの青い瞳は二年ぶりに虫を見ている。

「……すみません、もう結構です。
 マティアス様は、結婚相手か、惚れ合った人同士でないと、そういうことはならさないんでしたね」

「いや、だって、貴女が俺に抱かれたい理由が………
 その、何か今後俺の便宜が必要なのか?
 それならそんなことしなくても―――」

「……そうですね、わたくしは、便宜がほしくて王族に股を開きに来た女ですものね」

 寝台からすっと立ち上がったリリアがマティアスの正面に立つ。
 リリアの形の良い白い掌がマティアスの頬で鳴った。

「―――そんなの、マティアス様が好きだからに決まってるじゃないですか………」

 青い瞳から涙が溢れる。

「嫌なら嫌と、おっしゃってくださればいいんです。
 別に、断られたって、明日からもちゃんと仕事もするし、困らせることをするつもりもないのに………」

 引っ叩かれた頬を押さえて呆然とするマティアスから数歩下がり、リリアは床に平伏した。シルバーブロンドの長い髪が床に落ちる。

「―――身の程も弁えず、王甥殿下に大変な狼藉を働いてしまいた。お怒りはごもっともでございますが、いかようにも罰を受けますので、今後も学園アカデメイアの運営に、何卒寛大なご配慮を」

 頭が冷えたマティアスは慌ててリリアを抱き起こした。

「怒ってない!
 怒ってないから、すまない、ちょっと仕切り直させてくれ」

 そのままリリアを抱き上げ寝台に座らせる。その前に跪いて、逃げられないよう両腕でリリアを閉じ込める。

 いったい何から確認すべきか。
 いや、とりあえず、

「混乱していたとはいえ、失言だった、すまない」
「殿下がわたくしごときに謝られることなどございません」
「本当にすまない、会話を閉じないでくれ。
 その、貴女が俺に惚れる要素がないし」

 二年ぶりの『殿下』呼びに、マティアスは慌てふためく。

「………貴女には、想う男が」

「……それ、時々聞かれるんですが、マティアス様以外にいませんよ」

 両脇を塞がれて逃げることを諦めたリリアは大人しく腕の間で座っている。

「そう答えているのは知っている、だが……
 アルムベルクにいるんじゃないのか、その、ルキウスという男が」

「ルキウス様?」

 リリアは目を丸くする。

「なぜここでその名前が」
「その男のロケットを、貴女はずっと肌身離さず持っているだろう。
 だから俺は、ずっと忘れられないのだと思って、貴女を少しでも早くアルムベルクに」

「……マティアス様、ルキウス・グラディウスをご存知ない?」

「? 俺の知っている人間か?
 アルムベルクの視察で会っているのか?」

 あんぐりと口を開けるリリア。

「………アルムベルクの……統治官ともあろうお方が……」

 そんなに重要人物なのか。
 主要な人物の顔と名前くらいは一致させていた筈、いや、他のどの名前を聞き逃しても、その名前があれば記憶にある筈―――



「―――ルキウス様は、学園アカデメイアの研究者にして創設者、学問の神ですぅ!!」



 大声にマティアスは耳を塞ぐ。
 うっかりリリアの檻を解いてしまったが、当のリリアはそれどころではなさそうだった。

 ………こんな、大きな声が出せるんだったんだな。

学園アカデメイアの、創設者……
 ―――創設者?
 いつの時代の人物だ!?」

「ご存命なら、御年九百七十二歳と三ヶ月です!」

 細かい。

「ただこれには諸説あり、記録に残る生年月日が旧ゲオルク暦を使っていた場合、九百七十二歳と九ヶ月であり、」

「分かった、それ以上はいい」

「………マティアス様」
「なんだ」
「ばかじゃないの………」

 ぐうの音も出ない。

「………もう少し優しくしてくれ。
 俺は、想う男のいる貴女にあんな乱暴を働いたのだと思って……いや、想う男がいようがいまいが許されることではないのだが」
「そうですか。
 そんな勘違いを……わたくしも、マティアス様に知られないようこの気持ちを隠していたので、じゃあ、しょうがないですね」
「赦して、くれるか」
「赦します」

 ほっと息をつく。
 あんな風に泣かせ、怒らせたまま別れるようなことにならなくてよかった。あんな……

「……待て。
 俺のことが、好き……?」
「はい」
「気持ちを、隠してた……」
「はい」
「どうして……もっと早く言ってくれれば」
「言えば、マティアス様は離縁しづらくなると思って」
「じゃあなぜ今更」
「もう署名したので、いいかなと」

「―――する必要なかったのでは!?」

「そうなんですか?」

 そうなんですか、って。

「初めから、マティアス様は絶対に離縁すると仰ってましたし、わたくしはもう慰謝料も受け取ってます。まだ二年なのに、離縁を早めようとなさってたので、他に結婚したい方ができたのかしら、と思ってました」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした

さこの
恋愛
 幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。  誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。  数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。  お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。  片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。  お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……  っと言った感じのストーリーです。

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

処理中です...