【完結】王甥殿下の幼な妻

花鶏

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最終章

07

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 流れるように時間が過ぎ、リリアの十六の誕生日まで一週間を切った。

 あの日から半年、マティアスは前にも増して仕事を増やし、たまに食事を共にする以外はリリアと話す機会も減った。
 リリアにも書類仕事が回ってくるが、以前のように二人でリリアの部屋に篭ることはもうない。
 たまに会うリリアはいつも同じようにマティアスを歓迎し、会えて嬉しい、と笑ってくれた。

 その間に、王太子ヴォルフの妻クラウディアが懐妊し、王室は久しぶりの慶事に沸いた。


「マティアス、ご要望の案件、全部整ったぞ」

 侍従のアーネストが厚い書類を抱えて入室する。

「期日は?」
「来月。………なぁ、もう一回聞くけど、本気か」
「今更何を言ってる」

 アーネストはため息をついてマティアスの事務机に歩み寄る。

「……結局正妃にもしてないし、社交場にも連れて行かないから、後釜狙いの馬鹿が増えてきたぞ」

 この半年間、マティアスは変わらず社交場には顔を出しているが、リリアをパートナーとして連れて行くことはなかった。王甥殿下は幼い妻とうまくいっていないだとか、とうとう子宝に恵まれて安静にしているのだとか、周囲は勝手な噂話を作り上げていた。

「今はどうでもいい。
 マイヤー子爵の件で、くだらないことをすればどうなるか分かっていると思うしな」

 マティアスに薬を盛って娘と既成事実を作らせようとしたマイヤー子爵家は、結局、マティアスがどうしてくれようと考えているうちに没落した。
 ビュッセル伯爵家の不興を買ったことで、殆どの商業活動から締め出されたのだ。破産して領地を没収されるまで三ヶ月かからなかった。

「あそこまですることはなかったんじゃないか」
「次期ビュッセル伯爵である俺の、大事な可愛子ちゃんを泣かせて、命があるだけありがたいだろ」

 アーネストの言葉にマティアスは眉を寄せる。

「まさかその『大事な可愛子ちゃん』というのは俺のことか」

 ちなみに、没収された領地はビュッセル伯爵領に併合されたが、アーネストが覚えがないというので、おそらくイリッカの仕業である。
 アーネストにあの夜のことを渋々報告した時は、軽率なマティアスの不用心さを説教されただけだったので、こんな事になるとは予想できなかった。

「……お前がリリアちゃんと早めに離婚したいとか言い出すからだよ。
 弟同然のお前の嫁さんだから、俺だって妹みたいに思ってたのに」
「………俺と別れた後でもお前は手を出すなよ」
「なるほどその手が」
「やめろ」
「離縁するならお前が口出すことじゃないだろ」
「やめろ。
 リリアはアルムベルクの想い人のところへ返す。―――例えお前でも赦さないぞ」

 珍しく強く言うマティアスをアーネストは上目遣いに見る。

「そんなこと言って、アルムベルクの統治官職をもぎとってんじゃん」

 アルムベルクの統治官職が―――将来的には領が欲しいと申し出た時、案の定、アルムベルクは遠すぎて総裁との両立は無理だからと却下された。総裁にはならない、継承権も放棄すると訴えても聞く耳を持たれず、マティアスは、じゃあもう全部捨てて家を出ると言い放って周囲を慌てさせた。

 以前のマティアスならそんな無責任なことは出来なかったが、今は、イドゥ・ハラルの一件の際に王宮ではマティアスの穴をどう埋めるかが決められていた事を知っていた。―――マティアスが総裁になるのを期待していると言っていた筈のルーカスが教えてくれたのだ。

 結局、これまた意外なことに、ヴォルフの賛同でマティアスは総裁候補から外れ、色々と条件付きではあったが統治官職を貰った。

「リリアちゃんに、まだ未練あるんだろ」
「未練なんか、あるに決まってる」
「わざわざ好きな女が他の男の腕の中にいるのを見に行くなんて自虐嗜好もいいとこだよ」
「……そんな事のためにもぎとった訳じゃない。俺が統治官の間に学園アカデメイアの財政を少しでも独立させたいんだ。領地経営に左右され過ぎていては今後も何かある度に慌てることになる」

 学園アカデメイアは今までその研究結果をひたすら蓄積している。全てとは言わずとも、リリアがしたように、その知識を必要とする場所へ繋ぎをつけることが出来ればそれなりの価値がつく筈だ。

 十四歳のリリアが守ったものを、少しでも強固にして次の時代に渡したい。

 マティアスがリリアに返せるものなど、他には何もなかった。

「……俺は、王都を離れる気はないぞ」
「いいよ。俺も年の半分くらいは王都にいる見込みだから」

 意思を曲げないマティアスにアーネストはまた深い溜め息を吐いた。

「俺が言うのもなんだけど、お前はいい旦那だと思うよ。お前が幸せにしてあげればいいじゃないか。
 だいたい、その男と両想いだったかも分からないし、この二年で向こうは次の相手がいるかもしれない」

「そうだとしても一度はフリーの状態で会わせてやりたい。……リリアはまだ、そいつのロケットを肌身離さず身につけている」
「あー……なんだっけ、ルキウスさま?」

 結婚している身で想い人のロケットを身につけるなど淑女として許されることではないが、リリアは一貫して想い人などいないと通しており、ロケットは友人の贈り物だと言っているので、指摘する余地もない。

 ずっと秘めていることを無理矢理問いただすには、もはやマティアスたちにとってリリアは大切な存在になりすぎていた。



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