【完結】王甥殿下の幼な妻

花鶏

文字の大きさ
上 下
72 / 114
第六章 王甥殿下の責務

02

しおりを挟む


 泣き啜る姉弟たちを退出させ、王弟夫妻とマティアスとリリアの四人だけが部屋に残った。

「でも、交渉役は俺には荷が重いですよ。
 イドゥ・ハラル王国についても不勉強だし、回答を持っていくだけならまだしも、戦争に直結するような判断は難しいです」
「やってもらうしかない。
 同行を認められたのは、通訳が一人だけだ。
 交渉は、イドゥパクタル語で行うと言い切られ、交渉人は喋れないだろうからと通訳の許可は向こうから提示された」
「……本当に交渉する気があるのでしょうか」
「それは、会議でも議論になった。とりあえず一人殺しておいて、交渉を決裂させるつもりではないか、と」

 宰相一人を寄越せというならまだ分かる。マティアスは、今は王位継承権は二番目でもおそらくは外れる立場なうえ、まだ議会の中でも若造の部類で発言権すら小さい。

「だが、それなら初めから攻め入ってこれば不意をつけたのだし、王太子でないお前をとりあえず殺すことに意味があるとも思えない。
 他に交渉人を立てさせない理由は分からない。陛下がそれとなく探りを入れてみたそうだが、だから王太子の次を出せ、と返されたそうだ。
 諮問会でも、お前はここのところ随分と成長したし、任せるしかないとなった」

 同席していた宰相も、大使の返答の意図は掴めなかった。

「……交渉する気はあると思います」
「リリアさん、男性の話に割り込むものではありませんよ」
「あ、はい、申し訳ありません」

 嗜めるイリッカにマティアスが言う。

「母上、俺はリリアには言いたいことは言ってもらうようにしています。父上も、今日はお許しください」
「うん、構わない。
 貴女にとっては伴侶の話だ。続けてくれ」

 頷くマティアスに促されて、リリアは続ける。

「イドゥ・ハラルでは、第二王位継承者は、全てに於いて国の第三位です。たぶん、子どもでもないマティアス様に決定権がないとか、判断が難しいとか、ぴんときてないのではないでしょうか」
「それは俺が歳の割に頼りないということか」
「国体の、ありようが違います。
 国を守るために誰の首を差し出すのか、彼の国では、第二王位継承者ならば一存で回答できることです」

 講義のように明言するリリアをレイナードは不思議そうに見た。

「……詳しいな」
「アルムベルクから近いので、少しの間滞在したことがあります」

 三人が目を丸くする。

「……レイナード殿下。
 交渉に当たって、マティアス様の相談役になりうる方で、イドゥパクタル語を話せる方はいらっしゃるのでしょうか」
「残念ながら、交渉レベルで話せる者はいない」

 イドゥ・ハラルは他国との交流が薄く、ヴィリテ以外でも外交に力を入れている国はない。広大な土地は人が生きていくには厳しく、攻め入るには兵士が強く、歴史の中でイドゥ・ハラルが理由なく他国を侵したことはなかったからだ。
 そのうえ、王族を含め外交時に対応する彼らは交流するに十分な共通語を話した。マティアスも大陸共通語の他に簡単な会話程度なら四か国語を話せるが、イドゥパクタル語は挨拶も知らない。
 今、ヴィリテの王宮は、イドゥパクタル語の話者を躍起になって探していた。

「わたくしは、話せます」

 珍しくリリアが自分の能力を提示した。

「レイナード殿下、わたくしを通訳としてマティアス様につけてくださいませ」
「だめだ。危ない」

 却下するマティアスを無視してリリアは続ける。

「レイナード殿下。他に適切な人材がいないのであれば、誰が行っても同じことでしょう。わたくしに、その仕事をください」
「リリア、だめだ。
 帰ってこられる保証がない」

 この期に及んで相手の心配をするマティアスに、リリアは少し呆れた顔をした。

「誰が行っても危ないのは同じです」
「貴女は俺の妻だぞ。特別に心配で何が悪い!」
「――わたくしはマティアス様の妻ですよ。最期までお側にいたくて、何が悪いのですか!」
「もう少し自分を大事にしろといつも言ってるだろう!」
「そのお言葉、そっくりそのままお返しします!」

 目の前で喧嘩を始めた二人に、王弟夫妻は目を点にした。

「……その、なんだ、仲が良いんだな……?」

「それはもう、マティアス様はわたくしの運命ですから!」
「そうだな、初めて会った時には天使かと思ったかな!」

 この非常時になんでこの二人は小芝居をしているんだ、とレイナードは茫然と二人を見た。


.
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

破滅を突き進めば終わると思ってた悪夢の様子がなんかおかしい。

秋野夕陽に照山紅葉
ファンタジー
悪役令嬢にことごとく死亡オチを与えるクソゲーの恋愛ゲーム世界に、気がついたら悪役令嬢として強制的に参加させられている私。 死んでも死んでも、また別ルートの断罪イベントが始まる悪夢。 全てのエンディングを迎えれば、この悪夢は終わるかも…と必死にエンディングをこなしてきたけど、既定のエンディングを終わった途端、いろいろ攻略キャラの様子がおかしいオープニングが始まって…?? え、まさかまだ続くの? ※一旦、完結しました

処理中です...