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第六章 王甥殿下の責務
02
しおりを挟む泣き啜る姉弟たちを退出させ、王弟夫妻とマティアスとリリアの四人だけが部屋に残った。
「でも、交渉役は俺には荷が重いですよ。
イドゥ・ハラル王国についても不勉強だし、回答を持っていくだけならまだしも、戦争に直結するような判断は難しいです」
「やってもらうしかない。
同行を認められたのは、通訳が一人だけだ。
交渉は、イドゥパクタル語で行うと言い切られ、交渉人は喋れないだろうからと通訳の許可は向こうから提示された」
「……本当に交渉する気があるのでしょうか」
「それは、会議でも議論になった。とりあえず一人殺しておいて、交渉を決裂させるつもりではないか、と」
宰相一人を寄越せというならまだ分かる。マティアスは、今は王位継承権は二番目でもおそらくは外れる立場なうえ、まだ議会の中でも若造の部類で発言権すら小さい。
「だが、それなら初めから攻め入ってこれば不意をつけたのだし、王太子でないお前をとりあえず殺すことに意味があるとも思えない。
他に交渉人を立てさせない理由は分からない。陛下がそれとなく探りを入れてみたそうだが、だから王太子の次を出せ、と返されたそうだ。
諮問会でも、お前はここのところ随分と成長したし、任せるしかないとなった」
同席していた宰相も、大使の返答の意図は掴めなかった。
「……交渉する気はあると思います」
「リリアさん、男性の話に割り込むものではありませんよ」
「あ、はい、申し訳ありません」
嗜めるイリッカにマティアスが言う。
「母上、俺はリリアには言いたいことは言ってもらうようにしています。父上も、今日はお許しください」
「うん、構わない。
貴女にとっては伴侶の話だ。続けてくれ」
頷くマティアスに促されて、リリアは続ける。
「イドゥ・ハラルでは、第二王位継承者は、全てに於いて国の第三位です。たぶん、子どもでもないマティアス様に決定権がないとか、判断が難しいとか、ぴんときてないのではないでしょうか」
「それは俺が歳の割に頼りないということか」
「国体の、ありようが違います。
国を守るために誰の首を差し出すのか、彼の国では、第二王位継承者ならば一存で回答できることです」
講義のように明言するリリアをレイナードは不思議そうに見た。
「……詳しいな」
「アルムベルクから近いので、少しの間滞在したことがあります」
三人が目を丸くする。
「……レイナード殿下。
交渉に当たって、マティアス様の相談役になりうる方で、イドゥパクタル語を話せる方はいらっしゃるのでしょうか」
「残念ながら、交渉レベルで話せる者はいない」
イドゥ・ハラルは他国との交流が薄く、ヴィリテ以外でも外交に力を入れている国はない。広大な土地は人が生きていくには厳しく、攻め入るには兵士が強く、歴史の中でイドゥ・ハラルが理由なく他国を侵したことはなかったからだ。
そのうえ、王族を含め外交時に対応する彼らは交流するに十分な共通語を話した。マティアスも大陸共通語の他に簡単な会話程度なら四か国語を話せるが、イドゥパクタル語は挨拶も知らない。
今、ヴィリテの王宮は、イドゥパクタル語の話者を躍起になって探していた。
「わたくしは、話せます」
珍しくリリアが自分の能力を提示した。
「レイナード殿下、わたくしを通訳としてマティアス様につけてくださいませ」
「だめだ。危ない」
却下するマティアスを無視してリリアは続ける。
「レイナード殿下。他に適切な人材がいないのであれば、誰が行っても同じことでしょう。わたくしに、その仕事をください」
「リリア、だめだ。
帰ってこられる保証がない」
この期に及んで相手の心配をするマティアスに、リリアは少し呆れた顔をした。
「誰が行っても危ないのは同じです」
「貴女は俺の妻だぞ。特別に心配で何が悪い!」
「――わたくしはマティアス様の妻ですよ。最期までお側にいたくて、何が悪いのですか!」
「もう少し自分を大事にしろといつも言ってるだろう!」
「そのお言葉、そっくりそのままお返しします!」
目の前で喧嘩を始めた二人に、王弟夫妻は目を点にした。
「……その、なんだ、仲が良いんだな……?」
「それはもう、マティアス様はわたくしの運命ですから!」
「そうだな、初めて会った時には天使かと思ったかな!」
この非常時になんでこの二人は小芝居をしているんだ、とレイナードは茫然と二人を見た。
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