67 / 114
第五章 幼な妻の誕生日
08
しおりを挟む春らしい暖かな日差しの中。
ヴィリテ国軍の修練場では、年に一度の非公式の武芸大会が行われていた。メインの剣術の他にも弓術や柔術、馬術の試合もあり、特に報奨はないが、これに表彰されることは軍の中では栄誉なことだ。
稀に参加を許される部外者は準決勝以上への出場は認められていない。マティアスは軍を辞めてからも都合がつく年は参加しており、少し苦手な弓術以外の全ての準決勝で不戦敗している。
今年も変わり映えなく三部門で不戦敗四位だったマティアスは、木影のベンチで水筒を煽る青年を見つけて駆け寄った。
「アレクシス!」
マティアスを認めてアレクシスも立ち上がる。
「殿下。剣術の試合観たよ。凄えな!」
「俺じゃなくて、エルザを観に来てたんだろう」
「それはそう。殿下とエルザの試合が観れるかと思ったけど、殿下は準決勝出れないんだってな」
エルザはマティアスとの準決勝に不戦勝し、剣術で二位を獲得していた。女性に一切のハンデのないこの大会で上位三位に食い込んでいるのはエルザだけだった。
ふと、アレクシスが言葉を噤む。
「……喋り方、まずいか?」
「ああ、いいよ。軍は軍の中での序列が最優先だから。俺もここでは将校が通りかかれば敬礼する」
「………へえ」
ややこしいな、と頭を掻くアレクシスにマティアスは笑う。
「今後のことで話しておきたかったから、来てくれて良かった」
「アイツが、エルザに会えるって言うから」
マティアスが軍部に口を利きアレクシスの大会参加が認められて、アレクシスが下宿する男爵邸へ、アーネストが修練場へ入る手順を説明に行っていた。
「屋敷に来ないなら、今後エルザとどう待ち合わせるのか相談した方がいいって………アイツ、良い奴なのか嫌な奴なのか、よく分からんな」
「そうだな。俺もいつも助けられたり煮湯を飲まされたりしている」
「どういうことだよ。侍従じゃねぇのか」
呆れ顔のアレクシスに、マティアスは上手く返せない。
「エルザとはもう話せたのか?」
「ああ、とりあえず来月の休みにまた会える」
「そうか。割と上手くいってるんだな」
「どうかな。今日の試合も全然勝てなかったし、そのうち飽きられるかも」
普段は凛々しい眉をしょんぼり下げてアレクシスは溜め息を吐く。アレクシスは剣術に出ていたが、エルザと当たる幾つも手前で負けている。
「貴方はキルゲスの砦では滅法強かったじゃないか」
「俺は喧嘩は割と強いよ」
「じゃあなんで柔術じゃなくて剣術に出ていたんだ」
「柔術はルールが多くて覚えられなかったから」
「………そうか」
アレクシスの記憶力は、割とザルのようであった。
マティアスは基礎数学を学習していた時、意味の分からない公式や定理が覚えられなくて苦労した記憶がある。アレクシスの記憶力はきっと興味のある分野でしか発揮されないのだなとリリアと話していたら、アレクシスは公式や定理など覚えていないと言われた。
天才の頭の仕組みは、本当に分からない。
立ち話をする二人の後ろの回廊から、苛立った男の声が響く。
「ちくしょう、殿下の不戦敗のせいであんな女が二位か」
「殿下も部外者のくせにいつまで参加するんだよって話だ」
「軍から出たら、王太子殿下にぺこぺこする立場なんだから、ここでイキってんだよ」
男が五人、歩きながら不満気に語らっている。
「エルザのやつ、調子に乗りやがって……あんな小手先の技術で男に勝ったつもりでいるんだろうな。どうせ力では勝負にもならないのに」
「違いない。いっぺん、分からせてやるか?」
「へへ、何考えてんだよ」
「男と女の力関係を教えてやるか」
「おい、いらん事したら処罰されるぞ」
「処罰されたらされたで、もうこんな組織辞めてやるよ。お父様の跡を継ぐほうがよっぽど楽だ」
先頭を歩く男がリーダー格のようで、残りの四人は対等な口を利きつつもどこか阿るような態度だ。
「いいよなぁ、貴族の坊ちゃんは」
「まあな。本来なら俺はあんな生意気な平民女、どうにでもしてやれるんだ」
「じゃあ俺が拉致ってきてやるよ。柔術三位の力を前にすりゃ、あの跳ねっ返りも殊勝になる」
「そりゃいいや。いっそ、五人でやっちゃうか?」
「おい、お前、今なんつった」
アレクシスの低い声に五人が振り返る。
五人はマティアスに気づき、一瞬動揺したが、リーダー格の男は気を取り直してマティアスを上目遣いに見る。
「これはこれは殿下、お話できて光栄です。
お耳汚しで申し訳ありませんが―――ここでは殿下も俺と同じ一兵卒の立場、まさか外の身分を傘に咎めるようなことはなさいませんよね?」
「別に、俺は貴方に話しかけてはいない。耳の汚れる話を実行さえしなければ、お喋りくらい好きにするといい」
「おい殿下、エルザをあんな風に言われて黙ってるのか」
「アレクシス、軍内ではやはり男が幅を利かせているし、彼は貴族でエルザは平民だ。こういうことは良くある。
軍の規律の中では私闘は禁じられているから、エルザもいつも相手にしてない」
「そんな小理屈で納得できるか!」
「でもまあ、武芸大会の日はどうしても盛り上がるので実質喧嘩も容認されてるし、俺は時間がもったいないから相手にしないけど、貴方が喧嘩したいなら止めない。彼の言う通りここでは皆一兵卒だから、身分も気にしなくていい」
「よし」
「まさか五人相手に二人で喧嘩するつもりですか? いくら殿下がお強いつもりでも、こちらは柔術三位と十五位がいるんですよ」
貴族を名乗る男は傍の男二人を示して不遜に笑う。自分は外の身分を傘に他人を従えているくせに、マティアスはここでのことは外では忘れてくれると信じている彼の思考回路がマティアスにはよく分からない。
「アレクシス、向こうは俺たち二人と喧嘩するつもりのようだが、俺は必要か?」
「いらねぇ」
アレクシスが拳を作って指をバキバキと鳴らす。
そう言えばリリアは庭園の力仕事を手伝う時に指を鳴らす振りをしていた。鼻息荒く張り切る姿が妙に可愛いかったので覚えていたが、これの真似か―――
そんな事を考えながら、マティアスは木影のベンチに座って五人が地面に沈むのをのんびりと見遣る。
リリアの誕生日まであと五日。ルーカスに頼んだ誕生日プレゼントの回答はまだこない。
.
0
お気に入りに追加
127
あなたにおすすめの小説
うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
遺棄令嬢いけしゃあしゃあと幸せになる☆婚約破棄されたけど私は悪くないので侯爵さまに嫁ぎます!
天田れおぽん
ファンタジー
婚約破棄されましたが私は悪くないので反省しません。いけしゃあしゃあと侯爵家に嫁いで幸せになっちゃいます。
魔法省に勤めるトレーシー・ダウジャン伯爵令嬢は、婿養子の父と義母、義妹と暮らしていたが婚約者を義妹に取られた上に家から追い出されてしまう。
でも優秀な彼女は王城に住み、個性的な人たちに囲まれて楽しく仕事に取り組む。
一方、ダウジャン伯爵家にはトレーシーの親戚が乗り込み、父たち家族は追い出されてしまう。
トレーシーは先輩であるアルバス・メイデン侯爵令息と王族から依頼された仕事をしながら仲を深める。
互いの気持ちに気付いた二人は、幸せを手に入れていく。
。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.
他サイトにも連載中
2023/09/06 少し修正したバージョンと入れ替えながら更新を再開します。
よろしくお願いいたします。m(_ _)m
だってお義姉様が
砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。
ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると……
他サイトでも掲載中。
悪役令嬢に転生したおばさんは憧れの辺境伯と結ばれたい
ゆうゆう
恋愛
王子の婚約者だった侯爵令嬢はある時前世の記憶がよみがえる。
よみがえった記憶の中に今の自分が出てくる物語があったことを思い出す。
その中の自分はまさかの悪役令嬢?!
異世界道中ゆめうつつ! 転生したら虚弱令嬢でした。チート能力なしでたのしい健康スローライフ!
マーニー
ファンタジー
※ほのぼの日常系です
病弱で閉鎖的な生活を送る、伯爵令嬢の美少女ニコル(10歳)。対して、亡くなった両親が残した借金地獄から抜け出すため、忙殺状態の限界社会人サラ(22歳)。
ある日、同日同時刻に、体力の限界で息を引き取った2人だったが、なんとサラはニコルの体に転生していたのだった。
「こういうときって、神様のチート能力とかあるんじゃないのぉ?涙」
異世界転生お約束の神様登場も特別スキルもなく、ただただ、不健康でひ弱な美少女に転生してしまったサラ。
「せっかく忙殺の日々から解放されたんだから…楽しむしかない。ぜっっったいにスローライフを満喫する!」
―――異世界と健康への不安が募りつつ
憧れのスローライフ実現のためまずは健康体になることを決意したが、果たしてどうなるのか?
魔法に魔物、お貴族様。
夢と現実の狭間のような日々の中で、
転生者サラが自身の夢を叶えるために
新ニコルとして我が道をつきすすむ!
『目指せ健康体!美味しいご飯と楽しい仲間たちと夢のスローライフを叶えていくお話』
※はじめは健康生活。そのうちお料理したり、旅に出たりもします。日常ほのぼの系です。
※非現実色強めな内容です。
※溺愛親バカと、あたおか要素があるのでご注意です。
稀代の大賢者は0歳児から暗躍する〜公爵家のご令息は運命に抵抗する〜
撫羽
ファンタジー
ある邸で秘密の会議が開かれていた。
そこに出席している3歳児、王弟殿下の一人息子。実は前世を覚えていた。しかもやり直しの生だった!?
どうしてちびっ子が秘密の会議に出席するような事になっているのか? 何があったのか?
それは生後半年の頃に遡る。
『ばぶぁッ!』と元気な声で目覚めた赤ん坊。
おかしいぞ。確かに俺は刺されて死んだ筈だ。
なのに、目が覚めたら見覚えのある部屋だった。両親が心配そうに見ている。
しかも若い。え? どうなってんだ?
体を起こすと、嫌でも目に入る自分のポヨンとした赤ちゃん体型。マジかよ!?
神がいるなら、0歳児スタートはやめてほしかった。
何故だか分からないけど、人生をやり直す事になった。実は将来、大賢者に選ばれ魔族討伐に出る筈だ。だが、それは避けないといけない。
何故ならそこで、俺は殺されたからだ。
ならば、大賢者に選ばれなければいいじゃん!と、小さな使い魔と一緒に奮闘する。
でも、それなら魔族の問題はどうするんだ?
それも解決してやろうではないか!
小さな胸を張って、根拠もないのに自信満々だ。
今回は初めての0歳児スタートです。
小さな賢者が自分の家族と、大好きな婚約者を守る為に奮闘します。
今度こそ、殺されずに生き残れるのか!?
とは言うものの、全然ハードな内容ではありません。
今回も癒しをお届けできればと思います。
イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で最強に・・・(旧:学園最強に・・・)
こたろう文庫
ファンタジー
カクヨムにて日間・週間共に総合ランキング1位!
死神が間違えたせいで俺は死んだらしい。俺にそう説明する神は何かと俺をイラつかせる。異世界に転生させるからスキルを選ぶように言われたので、神にイラついていた俺は1回しか使えない強奪スキルを神相手に使ってやった。
閑散とした村に子供として転生した為、強奪したスキルのチート度合いがわからず、学校に入学後も無自覚のまま周りを振り回す僕の話
2作目になります。
まだ読まれてない方はこちらもよろしくおねがいします。
「クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される」
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる