【完結】王甥殿下の幼な妻

花鶏

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第五章 幼な妻の誕生日

08

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 春らしい暖かな日差しの中。
 ヴィリテ国軍の修練場では、年に一度の非公式の武芸大会が行われていた。メインの剣術の他にも弓術や柔術、馬術の試合もあり、特に報奨はないが、これに表彰されることは軍の中では栄誉なことだ。

 稀に参加を許される部外者は準決勝以上への出場は認められていない。マティアスは軍を辞めてからも都合がつく年は参加しており、少し苦手な弓術以外の全ての準決勝で不戦敗している。

 今年も変わり映えなく三部門で不戦敗四位だったマティアスは、木影のベンチで水筒を煽る青年を見つけて駆け寄った。

「アレクシス!」

 マティアスを認めてアレクシスも立ち上がる。

「殿下。剣術の試合観たよ。凄えな!」
「俺じゃなくて、エルザを観に来てたんだろう」
「それはそう。殿下とエルザの試合が観れるかと思ったけど、殿下は準決勝出れないんだってな」

 エルザはマティアスとの準決勝に不戦勝し、剣術で二位を獲得していた。女性に一切のハンデのないこの大会で上位三位に食い込んでいるのはエルザだけだった。
 ふと、アレクシスが言葉を噤む。

「……喋り方、まずいか?」
「ああ、いいよ。軍は軍の中での序列が最優先だから。俺もここでは将校が通りかかれば敬礼する」
「………へえ」

 ややこしいな、と頭を掻くアレクシスにマティアスは笑う。

「今後のことで話しておきたかったから、来てくれて良かった」
「アイツが、エルザに会えるって言うから」

 マティアスが軍部に口を利きアレクシスの大会参加が認められて、アレクシスが下宿する男爵邸へ、アーネストが修練場へ入る手順を説明に行っていた。

「屋敷に来ないなら、今後エルザとどう待ち合わせるのか相談した方がいいって………アイツ、良い奴なのか嫌な奴なのか、よく分からんな」
「そうだな。俺もいつも助けられたり煮湯を飲まされたりしている」
「どういうことだよ。侍従じゃねぇのか」

 呆れ顔のアレクシスに、マティアスは上手く返せない。

「エルザとはもう話せたのか?」
「ああ、とりあえず来月の休みにまた会える」
「そうか。割と上手くいってるんだな」
「どうかな。今日の試合も全然勝てなかったし、そのうち飽きられるかも」

 普段は凛々しい眉をしょんぼり下げてアレクシスは溜め息を吐く。アレクシスは剣術に出ていたが、エルザと当たる幾つも手前で負けている。

「貴方はキルゲスの砦では滅法強かったじゃないか」
「俺は喧嘩は割と強いよ」
「じゃあなんで柔術じゃなくて剣術に出ていたんだ」
「柔術はルールが多くて覚えられなかったから」
「………そうか」

 アレクシスの記憶力は、割とザルのようであった。
 マティアスは基礎数学を学習していた時、意味の分からない公式や定理が覚えられなくて苦労した記憶がある。アレクシスの記憶力はきっと興味のある分野でしか発揮されないのだなとリリアと話していたら、アレクシスは公式や定理など覚えていないと言われた。
 天才の頭の仕組みは、本当に分からない。

 立ち話をする二人の後ろの回廊から、苛立った男の声が響く。

「ちくしょう、殿下の不戦敗のせいであんな女が二位か」
「殿下も部外者のくせにいつまで参加するんだよって話だ」
「軍から出たら、王太子殿下にぺこぺこする立場なんだから、ここでイキってんだよ」

 男が五人、歩きながら不満気に語らっている。

「エルザのやつ、調子に乗りやがって……あんな小手先の技術で男に勝ったつもりでいるんだろうな。どうせ力では勝負にもならないのに」
「違いない。いっぺん、分からせてやるか?」
「へへ、何考えてんだよ」
「男と女の力関係を教えてやるか」
「おい、いらん事したら処罰されるぞ」
「処罰されたらされたで、もうこんな組織辞めてやるよ。お父様の跡を継ぐほうがよっぽど楽だ」

 先頭を歩く男がリーダー格のようで、残りの四人は対等な口を利きつつもどこか阿るような態度だ。

「いいよなぁ、貴族の坊ちゃんは」
「まあな。本来なら俺はあんな生意気な平民女、どうにでもしてやれるんだ」
「じゃあ俺が拉致ってきてやるよ。柔術三位の力を前にすりゃ、あの跳ねっ返りも殊勝になる」
「そりゃいいや。いっそ、五人でやっちゃうか?」


「おい、お前、今なんつった」

 アレクシスの低い声に五人が振り返る。
 五人はマティアスに気づき、一瞬動揺したが、リーダー格の男は気を取り直してマティアスを上目遣いに見る。

「これはこれは殿下、お話できて光栄です。
 お耳汚しで申し訳ありませんが―――ここでは殿下も俺と同じ一兵卒の立場、まさか外の身分を傘に咎めるようなことはなさいませんよね?」

「別に、俺は貴方に話しかけてはいない。耳の汚れる話を実行さえしなければ、お喋りくらい好きにするといい」
「おい殿下、エルザをあんな風に言われて黙ってるのか」
「アレクシス、軍内ではやはり男が幅を利かせているし、彼は貴族でエルザは平民だ。こういうことは良くある。
 軍の規律の中では私闘は禁じられているから、エルザもいつも相手にしてない」
「そんな小理屈で納得できるか!」

「でもまあ、武芸大会の日はどうしても盛り上がるので実質喧嘩も容認されてるし、俺は時間がもったいないから相手にしないけど、貴方が喧嘩したいなら止めない。彼の言う通りここでは皆一兵卒だから、身分も気にしなくていい」
「よし」

「まさか五人相手に二人で喧嘩するつもりですか? いくら殿下がお強いつもりでも、こちらは柔術三位と十五位がいるんですよ」

 貴族を名乗る男は傍の男二人を示して不遜に笑う。自分は外の身分を傘に他人を従えているくせに、マティアスはここでのことは外では忘れてくれると信じている彼の思考回路がマティアスにはよく分からない。

「アレクシス、向こうは俺たち二人と喧嘩するつもりのようだが、俺は必要か?」
「いらねぇ」

 アレクシスが拳を作って指をバキバキと鳴らす。

 そう言えばリリアは庭園の力仕事を手伝う時に指を鳴らす振りをしていた。鼻息荒く張り切る姿が妙に可愛いかったので覚えていたが、これの真似か―――
 そんな事を考えながら、マティアスは木影のベンチに座って五人が地面に沈むのをのんびりと見遣る。

 リリアの誕生日まであと五日。ルーカスに頼んだ誕生日プレゼントの回答はまだこない。


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