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第三章 幼な妻の里帰り
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しおりを挟む午後、マティアスとの会談のために集まったギルド長達は、事件を聞き、自分達の領内で起こった不祥事に王都からどんなペナルティを課されるかと震えた。
しかしもはや姿を現さないだろうと思っていた王甥殿下は、腕を吊り下げて飄々と登場し、何事も無かったように会談を始め、何事も無かったように会談を終えた。
勇気ある一人が事件の始末について質問したところ、領主代行がおそらく交代するとのことで、一同は喜びに沸いた。
街に降りてきていたキルゲス族長の娘に無理矢理手を出した息子を庇い、アルムベルクの財政から族長に慰謝料を送っていたハーマン男爵家。慰謝料が叩き返されると報復を恐れて要人の警護人員まで自宅に囲い、結果王甥を危険に晒した。
ごく近い将来に彼は、自分と領民との身分差と同じくらいのものが、王族と自分との間にあったことを知るだろう。
帰還を翌日に控えた夜。リリアが学園に泊まりたいと言うので、リリアにエルザを付けて、マティアスはひとり屋敷の客間で寛いでいた。折れた腕と足の傷が痛み、明日からの馬車旅が億劫だが、治るまで延期するほど王都での仕事も暇ではなかった。
そこに突然アレクシスとムクティが酒瓶を抱えて押しかけてきた。マティアスがリリアを庇って腕を折られたと聞いてから、アレクシスの態度はあからさまに好意的になっている。
賓客室への乱入を止められず小さくなる使用人を宥めて、男三人での酒盛りが始まった。
「ごめんなさい殿下、僕、止めたんだけど」
「一人で行儀良いふりするなよ、結局着いて来てるくせに」
「いや、することもなかったから構わない。
先日はありがとう。賢いのに強いなんて、リリアの友人は頼もしいな」
二人は顔を見合わせて苦笑する。
「………あんた、王都の貴族の中で浮いてないか?」
「別にそんな事はないと思うが」
「王都の貴族なんざ、クソばっかかと思ってた」
「僕も。ハーマンも、時々ハーマンの所に来る奴らも、領民の扱いが悪いし、ちょっと見目の良い娘がいると連れて行こうとする。王都の貴族ってそんなのだと思って、……手紙も書けないし、僕たち、リリアのことがずっと心配だったんです」
ムクティが瓶を差し出し、マティアスのグラスに酒を注ぐ。
「それについては、申し訳なかった。うちの者が交流を止めていた。
今後はやりとりしてくれて構わない。リリアもきっと喜ぶ」
「リリアの旦那が、ハーマンみたいな男じゃないことが分かっただけでも良かった。―――殿下は、なんでリリアを抱かないんだ?」
アレクシスに指摘されて、マティアスは嫌そうな顔をする。
「………なんで知ってる」
「生娘かどうかなんて、触れば分かるだろ」
「そんな特殊能力、アレクシスしか持ってないよ。殿下に失礼言うのやめなよ」
「まさか、俺の可愛いリリアが好みじゃないとか言うなら、………俺たちに、リリアを返してくれ」
真剣な眼差しに、マティアスは困惑する。子作りを控えている理由は、流石に身内以外に安易に教えることは出来ない。
「………リリアのことは、可愛いと思う。
だが俺にはまだ子どもに見えるし、当面手を出す気はない。結婚自体が政略的なものなので、今は返すことはできない。
彼女が大人になって、ここへ帰りたいと願うなら、善処する」
嘘ではない言葉を選んで答えるマティアスに、ムクティが、常識人だぁ、と嬉しそうにグラスを傾けた。
じっとマティアスを見ていたアレクシスも納得したように視線を外した。
「……リリアのこと、大事にして欲しい」
「努める」
「アレクシス、娘を嫁に出す父親みたい」
ぷはっと笑うムクティにアレクシスは不貞腐れる。
「しょうがないだろ、ずっと俺が守ってきた大事な妹分だ」
「守ってきた?」
「あのね殿下、学園って、女の子が少なくて、あぶれてる男がいっぱいいるんだよ。学問に秀でてるからって人格が保証される訳じゃない。リリアにちょっかい出そうとする変態もいて、アレクシスはずっとリリアを守ってたんだ」
「………待て、ちょっかいって……リリアはまだ子どもじゃないか」
「うん、だから、変態。
とか、大人の女性には怖気づいちゃうヘタレ。
リリアもさぁ、減るものでもないとか思ってるあほの子だから、アレクシスはリリアの教育もめっちゃ頑張ったよね」
王都に来たばかりのリリアが、マティアスが年端もいかないリリアを抱くことに何の疑問も無さそうだった原因は、淑女教育よりはその環境のせいか。
「………それは、本当に、ありがとう」
言葉の深さを感じ取ったのか、アレクシスが眉を顰める。
「別に、殿下の為じゃない。
リリアが処女なのがそんなに嬉しいか? それとも、娼館で育った俺に貞操観念があるのが意外か」
「アレクシス、失礼だよ。
何でそんなにすぐ噛み付くの。
リリアを任せていいって認めたでしょ」
「認めたって、リリアを連れてく男ってだけである程度ムカつく」
「おとうさんかよ……」
戯れる二人を見てマティアスは、以前はリリアと三人で戯れていたのかと想像してみる。それは仲の良い兄妹のようで、二人からリリアを取り上げてしまったことは素直に申し訳なさを感じた。
「別に、処女かどうかは気にしないが……
リリアは賢いが、そういうことは未熟で良く分かっていないように見える。貴方は貞操ではなく子どもを守ってくれたんだと思う。
仕事にするかどうかも含めて、女性が誰に体を開くかはその人に決定権があるべきだろう。判断力の低い子どもに手を出すのは俺は感心しない」
「僕の国では、十四歳で結婚する子もけっこういるよ」
「それは、政治的や経済的な事情抜きでか?」
「………いや、うん、そうだね、
家の繋がりとか、早く結納金が欲しいとか、そういう理由がなければ十四はやっぱり早いかな……」
「現実には、しょうがない事はあるし、悪い結果でないことも多い。
俺も、どうしても今子どもが必要なら、リリアを未熟だと承知したまま抱いていたかもしれない。
………それは、仕方なくはあっても悲しい事であって、当たり前だとは思いたくない」
「殿下、あんた、真面目すぎて人生疲れないか」
「………別に、これが俺の普通だ。ノリが悪いとよく責められる」
「えー? 真面目、良いじゃん!
僕、殿下好きだな。
だいたいアレクシスは、自分は女の子取っ替え引っ替えのくせに、リリアの男にだけ求めすぎだよ」
アレクシスはムクティをじろりと睨む。
「長く続かないだけで、浮気してる訳じゃねぇ。
殿下、抱けないからって浮気すんなよ、リリアを泣かせたら殺す」
「浮気の予定はないが………俺が浮気したところで、リリアが泣くとも思えないな」
「殿下、そんなカイショーのないこと言わないで、頑張って! リリア、可愛いでしょ?」
「そうだ、男を見せろ。
そりゃああんなつるぺたではやる気が出ないかもしれんが胸なんか毎日揉んでりゃそのうちでかくなるだろ」
「そういうものか」
「試す気かこの変態。リリアはまだ十四だぞ」
「ムクティ、この酔っ払いをなんとかしてくれ」
「ははっ、無理!」
男を見せろと言われても、数年で離婚する予定とも言えず、嘘の苦手なマティアスは困惑する。第一、リリアには既に想う男がいる―――身を危険に晒してでも思い出のよすがを捜してしまうほど想う男が。
ふと見るといつの間にかアレクシスの手前の瓶が一本空になっていた。
「アレクシス、ペースを落とせ。体に悪い」
「殿下、まじめ……」
マティアスはアレクシスの空のグラスに水差しから無理矢理水を注ぐ。
その手元を見ていたアレクシスは、視線を泳がせてからマティアスを見た。
「………なあ殿下。俺は数学と用心棒しか出来ない男だが、王都に行ったら、仕事はあるか」
「王都に来たいのか?」
「えっ、アレクシスいなくなっちゃうの?」
「お前もそのうち国に帰るだろ」
そういった風には見えなかったので意外な感じがする。
「………仕事は、なくはないと思う。
貴方は強いし、……でも軍の集団生活は向いてなさそうだな。いい護衛を探してる人はいると思う。数学も、探せば活用できる仕事はあるんじゃないかな。ねじ込むような事はできないが、紹介くらいならしよう」
「もう一つ、聞いても良いか」
「うん」
「………エルザは、独り身か」
「え」
マティアスの予想もできないところで、ロマンスが生まれていた。
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