【完結】王甥殿下の幼な妻

花鶏

文字の大きさ
上 下
39 / 114
第三章 幼な妻の里帰り

07

しおりを挟む


 学長と事務的な話を終えて、マティアスは学園アカデメイアを散策しつつリリアたちの待っているという食堂を捜す。

 予想外に方々から寄付があったようで、公には活動停止扱いであった学園アカデメイアは細々と活動を続けていた。ただ、会員たちに支給する生活費が足りず、ムクティのように街で小銭を稼ぐ会員が増えていた。

 敷地内は建物を継接ぎしているせいで迷路のようになっている。マティアスは方角を頼りに足を進めるが、何度も行止まりにあたり、食堂ではなく中央広場に出た。

 学園アカデメイアの中央広場。
 広い芝生の中央に、石造りの階段が円形に盛り上がり、周囲を崩れかけた太い柱が取り囲む。
 九百年前、まだ農業の技術が拙く殆どの市民が農民であった時代に、学問を志す人々が論議をする為に集まった広場。学術の発祥の地として世界中の学者から敬意を受けていることを、マティアスは最近知った。

「もしかしてマティアス殿下?
 リリアを探してるんですか?」

 振り向くと、学舎の窓から長い髪を束ねたそばかすの女性がこちらを見ていた。

「食堂にいるはずなので、食堂を探している」
「食堂ならすぐそこだから案内しましょうか」

 女性は窓枠を乗り越えてマティアスを先導する。一般的には行止まりを意味するであろう壁の穴を潜ると、テーブルと椅子が所狭しと並ぶ広い部屋で、集まった人々の中心に捜していた四人が座っていた。

「なぁ、もう一回やろうぜエルザ。次は勝つ」
「うるさいわね、馴れ馴れしく呼ばないでよ、この下郎」
「君すごいね、アレクシスと喧嘩して勝てる奴なんてこの辺にいないよ」
「リリア、もう会えないかと思ってたよぉ、元気そうで良かった」
「ねぇ、王都ってどんなところ? 国立図書館はもう行った?」

 どうやらリリアは学園アカデメイアのマスコット的存在だったようで、歩く先々で声をかけられている。

「リリアぁ! 旦那さん迷子になってたわよ!」

 マティアスを案内してくれた女性がリリアを呼ぶ。

「ヨハンナ! 久しぶり! 今日は実験室から出てきたのね」
「あんたが来てるって聞いたからね」

 ヨハンナは駆け寄るリリアの頭を撫でる。

「ルキウス様のところにはもう行ったの?」
「……ううん。ちょっと遠いから……。
 ロケット、ありがとう。
 おかげで辛かった時も頑張れたの。ずっと大事にするわね」
「可愛いやつめ」

 ヨハンナはリリアを抱きしめて頬にキスした。

「あっ、ヨハンナ、わたくしもう御令嬢だから、……ヨハンナは女性だからいいのかしら」

 リリアが伺うようにマティアスを見る。

「……この辺りでは、友人を抱きしめてキスするのは普通のことなのか?」
「そうですね、わりと普通です」

 そうなのか。驚いたが、そういう文化だというのなら―――

「クチにチューするはアレクシスだけだけどね」
「アレクシス、あんたまだそんな事やってんのかい。リリアはもう人妻なんだよ」

 ヨハンナはリリアの肩に腕を回したまま呆れた声で言う。

「うっせーな。俺にとっては普通のことだ。
 学園アカデメイアではリリアにしかしてねぇだろ」
「次にリリア様にあんなことしたら耳が落ちると思いなさい」
「おっ、もうひと勝負するか?」

 嬉しそうにエルザを挑発するアレクシスをリリアが嗜めた。

「だめよアレクシス。
 今はもう、わたくしの身体を好きにしていいのはマティアス様だけなのよ」

 リリアの爆弾発言に、ざわりと周囲がどよめく。全員の視線がマティアスに集まる。

 著しく語弊がある、と訂正しようと思ったが、アレクシスの視線を見とめて、マティアスはなんだかもう面倒になった。

「……そうだな。俺のものだからな」

 リリアが平静な顔で頷く。
 ムクティが囃すように口笛を吹き、アレクシスは蔑んだ視線をマティアスに向けた。

 エルザが他人事のようにきゃあきゃあ喜んでいるのが鬱陶しかった。


.
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

夫は私を愛してくれない

はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」 「…ああ。ご苦労様」 彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。 二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。

処理中です...