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第一章 幼な妻の輿入れ
01
しおりを挟む妻が、食事を摂らない。
「……彼女から何か要求は」
マティアスの問いに、扉の前で困惑した顔の侍女は静かにかぶりを振った。
ヴィリテ王国、王都フレア。
つい三日前、白亜の城壁の中央に位置する聖堂で、王弟の長男であるマティアス・ヴィリテと、リリア・ルイーゼ・フランツィスカ・アルムべルク公爵令嬢の婚式が厳かに催された。
王国の北端に位置するアルムベルク領は、領民の教育水準が高く優秀な人材を輩出することで他領から一目置かれていたが、特筆すべき産業はなく、領地としては貧しい部類に入る。それでも北部にしては無難な経営をしていたが、一度領主が質の悪い豪商から金を用立てててしまってからというもの、経営は目に見えて傾いていた。
そこに王弟が支援を申し出、やっと債務整理の目処もたち、感謝と友好の証として公爵令嬢の輿入れが決まったのが半年前のことだ。
「結婚直後に嫁が餓死とか醜聞が過ぎるな」
「うるさい」
従兄でもある侍従のアーネストを睨む。王族としては珍しく短く刈り上げた黒髪を掻いて、マティアスは窓からリリア―――妻の居室を見遣る。昼前だというのに厚いカーテンは閉ざされていた。
「女の子だろ。何か贈り物して機嫌をとれって」
「それはもうやった」
「お前の欲しいものを押し付けたんじゃないだろうな? 女の子は武器とか本とか馬とか貰っても困るんだぞ」
「……ちゃんと出入りの商人に女性の好きそうなものを見繕わせた」
式の翌日に何も食べないと連絡を受けて、機嫌を損ねたのだろうと宝石を贈った。
お心遣い得難く頂戴いたします、と教科書のような返事が侍女づてに届いた。
「……じゃあやっぱりお前がなんかして嫌われたんだろ」
「…………」
意に沿わない突如降ってきた結婚だ。マティアスにも譲れない事情がある。
それでも、一人の味方もなく嫁いできた少女に、最低限の配慮はしたいと思っている。
―――そう、年端もいかない少女だ。
マティアスはもうすぐ二十五になる。
その妻になったリリアは、まだ十四になったばかりだった。
『感謝』や『友好』など、困窮した領地に目をつけたマティアスの母イリッカ・ヴィリテ王弟妃が、円滑な権利移譲のために公爵の一人娘であるリリアごと買い上げたことの理由づけに過ぎない。
納得しないマティアスへの配慮と宣った母はリリアをマティアスの側室に納めた。―――それも、もっと利用価値のある令嬢の為に正妃の座を空けておきたいだけだと、屋敷の誰もが知っている。
「自由主義的と言われるアルムベルクの姫が、王族の姻戚になれるとはいえ側室になることに積極的だとは思いもしなかった……」
「何を今更。
田舎領地の令嬢が、たった半年でどこに出しても恥じない令嬢になった、稀に見る努力家だって、アリーダ女史が絶賛してたじゃないか。
及第点すら難しいあの人が手放しだぞ。相当乗り気じゃないと無理だろ」
「そうだな……分かっていたらもう少し時期を選んで伝えられたとは思う」
マティアスは今は子どもを作る予定はなく、だから結婚するつもりもなかったのだ。
この食い違いを承知していれば、時期も選んだし、揉めた勢いであんな事を口走ることもなかった。
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