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Baptism
しおりを挟む俺の左耳にはシルバーのピアスが付いてある。
入学して数ヶ月経ち、まもなく夏休みに入る頃。
俺は授業中机に頬杖をつきながら、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
二階の校舎の教室から見える景色は、ただ空と校庭だけ。
太陽の光線を受け、キラキラ光る入道雲を見上げながら、そろそろ夏だなと感じていた。
授業の内容なんて当然耳に入るわけもなく、欠伸をしながら伸びをし昼寝するつもりで顔を伏せようとすると、足下に何か光るものが見えた。
落ちていた安全ピンを拾い、暇潰しにピアスでも開けてみようかと、ふと思いつき耳朶の裏に消しゴムを当てた。
左耳にブスッと勢いよく刺す。
「……ッ…痛ぅ」
ナンダコレ…
思った以上に痛い。眠気なんか一瞬で吹き飛ぶくらいに痛かった。
針を引き抜くとポタッと教科書に血の雫が落ちた。
どうやら血管の上に刺してしまったようで、二滴、三敵と血は止まらずに、ポタポタと血の海が広がっていき、アッという間に教科書が真っ赤に染まっていく。
「ちょッ!…先生!」
流石に隣の生徒が異変に気付き、驚いて声を上げた。
俺は何が何だかわからず耳元を抑えながら、ただ吃驚し過ぎて無意識のうちに自然と涙が瞳に溜まり、ポロッと大粒の涙が零れた。
「何やってんだ。お前は」
不機嫌そうに俺の目の前に立つのは、入学式の朝電車で偶然一緒になったあの男だ。
「泣くほど痛いなら馬鹿な真似するな」
自分が泣いてることにも驚く。
瞳を見開いたまま教師を見上げることしか出来ない。
「30ページから先の問題を解いてろ」
騒然とするクラスの生徒に自習を命じ俺の腕を掴むと、俺は引き摺られるように教室から保健室に連れ出された。
「チッ…誰もいないか」
養護教諭の留守に舌打ちすると、丸椅子に座らされた俺の耳に、乱雑に消毒液をぶっ掛けて浸みさせた脱脂綿を押し当ててきた。
「……痛てぇ」
「うるせぇ。黙ってろ」
大人の男の迫力に威圧されそうになる。
「脱げ」
「……!?」
「一日中その血塗れの格好でいる気か?」
俺は俯いたまま血染めのシャツの釦を外し、前を肌けさせる。
緊張で指先が震えた。
シャツはスルリと肩から足元に滑り落とされた。
「この馬鹿が……」
俺の裸を見遣り呆れたように溜息を吐かれる。
「……馬鹿で悪かったな」
「俺に世話焼かせるのが相当好きなようだな」
不機嫌ながらもどこか愉しげな顔が悔しい……
途端に羞恥心が込み上げ視線を逸らす。
「これで貸し2だからな」
嗚呼、やっぱり覚えてたか――――
「借りはいつか倍にして返してやるよ」
声を荒げる俺を掴まえたまま、立ち上がるとベッドに突き飛ばされた。
「…何、すッ……」
「礼なら貰う」
脇のカーテンをサッと引くと、俺の上に覆い被さるように乗っかり、俺は仰向けのままベッドに押さえ付けられた。
「……ッ…」
咄嗟の出来事に動転し過ぎて動きが止まり、見上げる瞳の奥に一瞬恐怖が滲む。
「抵抗しないのか?」
口角を歪めながら俺を見下ろす。どうせ悪戯だろう?
「……変態教師」
至近距離で見下ろす相手を、睨み付けながら告げると、そのまま唇を塞がれた。
「挑発的な生徒は嫌いじゃない」
「………ンッ…ぁ…」
耳朶を舐められると血生臭い香りが鼻腔を擽る。
耳喉に舌を捻じ込まれ、ピチャピチャと唾液の音が興奮を煽ってくる。
弱い耳ばかりを攻められ、熱に浮かされた表情のままシーツを掴むと、舌の動きは首筋から胸元下りてきて、あちこちに紅い痕を残される。
「……ッ…ぁ…ン…」
感じそうになるのを必死に耐えるよう、鼻から甘い喘ぎが漏れ恥ずかしい声を押し殺そうと、口元を抑える指を強く噛み締めると、歯型が指先に紅く滲んだ。
「変態はどっちだ。このドMが」
痛みに反応し下半身に熱が集まる。同時に目の下を赤くしながら睨みつける。
「男に欲情させるの、得意だろ…?」
口惜しさと恥ずかしさと怒りと悲しさと、複雑な感情が入り混じり涙がジワと滲んだ。
「……ンッ…ぁ…や、…だ…ッ…」
唇を塞がれたまま、舌を捻じ込まれ深く絡ませ、何度も何度も角度を変えながら呼吸を奪われる。
息苦しさにもがく様に、教師の後ろ髪を掴んではキスを繰り返す――――
やっと解放されると舌先に銀糸が伝い、熱い吐息を吐きながら、涙が目尻から流れた。
「そそる泣き顔だ」
俺の変化に気付き、楽しそうに嗤いながら下半身に手が伸び、慣れた手つきでベルトを緩め寛いだ股間を濡れた下着越しに触られる。
下着の中を弄るように滑り込ませ、ツプ…とアナルに指を一本挿れられ、俺の腰がビクンと撥ねた。
肉襞を押し拡げ中の感触を確かめるように、指を何度か出し入れされる度、シーツを掴む指先が白くなる。
「…おまえ……」
教師の表情が意外そうに俺を見つめる。
「初めてじゃないのか…?」
「……さぁね」
謹慎処分が明け、屋上で一人手すりに体重を預けながら、胸ポケットから愛用の煙草を取り出す。
一本銜えて引き出すと、ジッポで黒い巻紙の穂先を炙った。
フゥーと紫煙を細く吐き出すと、甘ったるいチョコレートの香りに一面が包まれる。
風に靡く前髪を掻き上げながら、いつか見たのと同じような白い入道雲を眺めながら物思いに耽る。
思い起こすのは、埃っぽく薄暗い室内。
硬いマットの感触。
せせら嗤いながら犯そうと無数に伸びてくる手。
口元を覆われ悲鳴さえ出せず、ただ俺を見下す冷たい視線。
黴臭い臭気と鉄格子の窓枠の間から、差し込む光に照らされた埃が舞い散る景色。
複数の人間に押さえ付けられて骨が軋む。二度と飛べないよう俺は翼を捥がれた――――
中学生の頃、俺は剣道部だった。
物心ついた頃から、道場で師範を務めていた祖父に鍛えられたおかげで、子供の頃はそれなりに強かった。
だが俺は決して剣道が好きじゃなかった。
稽古は朝早いし、寒いし、痛いし、臭いし、坊主にしろと煩いし……で、成長するにつれ、剣道なんかやめたくて仕方なかった。
だんだんと道場の稽古もサボるようになった俺に、条件として出された祖父との約束は、『試合で日本一になったらやめてもいい』ということだった。
やめる為にキツい猛稽古にも耐え、皮肉にも全国大会で優勝する腕前まで上がった。
当然学校では無敵だった俺は、先輩でも教師でも自分より弱い人間を見下していた。
団体戦に出ろと言う命令にも、試合で俺に勝ったら出ると言う条件を賭け、顧問に勝つと言うことも聞かず、個人戦にしか出なかった。
結果は8月の大会で全国制覇し、生意気な俺は完全に有頂天だった。
これで剣道をやめられる――――
その日、顧問に退部届けを出すつもりだった。
俺の態度に周囲は不満を持ち、敵だらけだった。
夏休みの部活の練習後、体育用具室に呼び出された。
呼び出された場所で、上級生数人に囲まれる。
「こんなとこに呼び出して、一体何の用ッスか?」
「おまえ日本一になったからって、いい気になってんじゃねぇぞ!」
安っぽいドラマみたいな台詞を怒鳴りながら、主将の部長達がキレていた。
「は?何?嫉妬とかやめて貰えますか?」
試合で負けた奴の言うことなんかに聞く耳は持たない。
「ちょっと強いからって、生意気なんだよッ!」
一度も俺に勝てない奴らが。負け犬の遠吠えしか出来ないのかよ。
「抜かせ。一人じゃ俺に勝てねーからって、大人数で袋にしようだとかダッセー。だからテメェら弱ぇんだよ」
鼻で嗤う俺に、キレた先輩が殴り掛かってくる。
「調子乗ってんじゃねぇぞ!」
避けながら手首を掴み、捻りあげると小馬鹿にしたように言い捨てる。
「悔しかったら俺より強くなってみろよ?」
怒りで真っ赤になりながら殴りかかってくる相手に蹴りを喰らわすと、羽交い締めにされ下腹に膝蹴りを喰らった。
「おまえがいくら強いったてな、竹刀持ってなきゃこっちのもんなんだよッ!!!」
4、5人がかりでマットに押さえ付けられ、やっちまえと制裁を加えられる。
「痛ってぇな…」
殴られ蹴り飛ばされると口の中が切れ、鼻血が散った。
血の混じった唾をペッと吐き出し、殴った奴らにやり返しながら暴れた。
激しく抵抗し殴り返す俺を数人がかりで床に抑え付けるように、背中の上に乗られる。
「どけよッ…!」
俯せに押し付けたまま片腕を思い切り捻られると、そのまま肩甲骨から腕にかけて骨が軋む音がした。
「…ぅ……――――ァッ…!!…」
あまりの痛みに声にならない悲鳴をあげる。
「二度と生意気な口きけないように、そいつに思い知らせてやれ」
散々暴れて乱れた胴着の中に手を突っ込まれる。
袴の下の性器を掴まれると、襲われる嫌悪感に更に暴れ続けた。
「……や、め…ろッ……!」
初めて他人から触られる恐怖。何をされているのかわからず、ただ必死に抵抗を続ける。
胴着を脱がされ全裸にされると、興奮した奴らの雰囲気が変わった。
「女みてぇな面しやがって…」
ペニスを掴み乱暴に扱かれる。嫌がりながらも無理やり勃起させられる。
痛みと恐怖の中、今まで感じたことのない、まるで漏らすような感覚に襲われ涙が滲む。
「…っや…だッ…ぁ……ぁアッ…ンッ…ぅ…――――」
泣きそうになりながら失禁に似た感覚に内股が痙攣し、少量の透明なモノが飛び出し俺は他人の手で精通した。
襲われる感覚の正体がわからないまま、身体の震えが止まらず吐き気がする。
「そいつを女みたいに犯してやれ」
「……ッツ…」
囲まれた手に押さえ付けられ、咥内にペニスを捻じ込まれる。
他の手に無理やり足を開かされると、アナルに勃起したペニスを突き立てられた。
「女の代わりに男の肛門だって使えるって知ってるか?」
ニヤニヤと笑いながら腰を最奥へ進められる。
今迄排泄行為にしか使われていなかった器官には、到底受け入れることが出来ず、泣き叫びながら助けを乞う。
「…痛いッ…痛い痛い!…ヤダッ…挿れ、んなッ!……抜け…よッ…!?……」
突っ込んだまま腰を動かされると、狭い肉壁を無理やり侵入され、痛みに余計に締め付け続けた。
「うぁ…コイツの中すげぇ熱くて気持ちイイ…出すぞッ!!」
夢中で激しいピストンを繰り返され、まもなく中に欲望を吐き出されると、違う奴に間髪入れずに再び突っ込まれる。
内部が真っ赤に充血し傷つき、喜んで腰を振りたくりながら、次から次に出されていく精液に鮮血が交じる。
「…ッァ…ゥ……も、無…理……」
「うるせぇんだよ!!黙ってヤられてろ!!!」
殴られる度に抵抗する力も果て、痛みしか感じず身体が引き裂かれそうになるのを、ただ耐えるしかなかった。
汗と悲鳴と怒号の飛び交う狂宴が終わり、解放されると俺は記憶を封印することにした――――
剣道はやめた。
と言うよりやめざるを得なかった。
病院でレントゲン写真を見ながら説明を受けた。
骨折はないがMRI検査の結果から肩腱板断裂と言われ、医師から再建手術を進められたが受けなかった。
身から出た錆と言われれば、それまでだろうとしか思わなかった。
正直何もかもどうでも良かった。
喧嘩や煙草で学校や警察に呼び出される機会も増え、傍目には挫折し自暴自棄になった反抗期の非行少年と思われた。
それでも最低でも高校くらいは出ておけと、全寮制の学校に有無を言わさず入れられたが、家にいるよりはずっとマシだった。
ただ一つ、男子校に入ったのだけは間違いだったと思う。
寮でも学校でも誘われれば、身体を許した。
それが例え教師ででも。
他の生徒達が化学室で授業を受けてる中、隣の準備室で迫られる。
「――――良いの、かよ…ッ、授業中…だろ…」
机に乗せられ目の前で足の間に身体を割り込まれる。
「だっだら、早く終わらせてみろ?」
胸元にキスマークを付けられ、俺は顔を背ける。
「薄汚く汚れた身体、今更大事にしても意味ねぇだろ?」
教師の言葉が刺さる―――……
「良かったな。おまえ顔だけでも取り柄があって」
こんな情事が何度なく繰り返された。
喧嘩に明け暮れるくらいなら、賢くやった方がいいだろ。
「面だけイイと言われるなら、それを武器に生きていくしかねぇだろ」
この世に神サマなんかいない――――――――
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