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気付かない、フリをする
しおりを挟む葉山 美姫はその日、母親に頼まれた買い物をしに行きつけのスーパーへ出かけていた。近所のスーパーという事もあり、薄茶色の髪を1つにまとめ、Gパンに薄手の黒いパーカーを羽織ったラフな格好をしている。
美姫は渡されたメモを片手に、必要なものを次から次へとカゴの中へと入れていく。
「これで全部……かな」
メモとカゴの中身を見比べて買い忘れがないかを確認し、満足そうに1つ頷いた。そのままレジに並ぼうとした所で、母親から何か1つ好きなものを買っていいと言われていた事を思い出し、レジ横に置いてあるサイダーを1本手に取り、カゴの中へと加えた。それから買い物を済ませ、店の外へと出る。
今日は休みという事もあって、賑やかな通りを何とはなしに眺める。そんな中で、ふと美姫の視界に1人の男が引っかかった。
「あれは……」
高い背と糸目が特徴的な彼は美姫の幼馴染の友雪だ。一瞬、目があったような気がしたが、青い顔をした幼馴染はフラフラと道の端の方へと歩いていく。
美姫は少しだけ思案した後、友雪の元へと向かった。彼は道の端、電信柱の横に蹲っていた。
具合が悪いのだと、美姫は慌てて友雪に駆け寄り、彼の足元に散らばる花を見てその足を、一瞬だけ止めた。
「……友雪、先輩?」
そう声をかけると友雪は驚いたように振り返り、足元の花を隠すように立ち上がった。
「美姫、ちゃん、どうしたの?」
「大丈夫ですか? 具合が悪そうに見えたので……」
ちらりと散らばる花を視界に映し、焦ったような表情の友雪の顔を見る。友雪は申し訳なさそうな顔を浮かべ、寂しそうに笑った。
「有難う、でも大丈夫」
「そう、ですか。えっと、よかったらこれ……」
これ以上触れて欲しくなさそうな友雪を見て、花の事を聞くことをやめ、先程自分のためにと買ったサイダーを差し出す。友雪はブンブンと手を振って断るが、美姫はその手を掴み、サイダーを無理やり渡した。
「顔色、悪いです。少し水分と糖分でも取った方がいいです。だから、飲んで下さい」
「えっと、じゃぁ、有難う」
有無を言わさない美姫に折れたのか友雪は大人しくサイダーを受け取り、ペットボトルのキャップをひねる。
プシュッという小気味いい音がし、小さな水泡が昇っていく。友雪はそれを一口だけ飲むと、詰めてた息を吐き出した。
「友雪先輩は、今からどこかにいくんですか?」
友雪がサイダーを飲んだことを確認して美姫が尋ねる。
「ううん。家に帰るところだよ」
「それなら、一緒に帰りませんか」
顔色がまだ悪い友雪を心配しているのが伝わったのか、友雪は肯定の意を示した。それから友雪は、おずおずといった感じに言葉を紡ぐ。
「あのさ、美姫ちゃん」
「はい?」
「その、先輩っていうの、辞めない?」
美姫はきょとんとした後、苦笑いを浮かべた。
「すいません。クセになっちゃってて。気を付けますね、友雪くん」
その発言に友雪の目が切なげに揺れたことに気づかないまま、美姫は隣に立つ青年に笑いかける。
友雪はその笑みに微笑みを返し、2人で帰路についた。
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