零れ落ちる想いの花

花霞

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恋、患って、花を吐く

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 総合病院に着き、友雪が最初に受診したのは内科だった。内科の医師へ花を吐いた事を伝えると「花吐き病」だという診断を受けたが、治療は心療内科だと言われ、同じ院内にある心療内科を受診することになった。


 心療内科の待合室で友雪と姉は、どこか落ち着かない様子で名前を呼ばれるのを待っていた。綺麗に磨かれた白い床と、診察室の扉を友雪の視線がウロウロとさまよう。落ち着かない鼓動を少しでも落ち着けようと、震える手を胸に当て、深く息を吸ってゆっくりと吐き出した。


「友ちゃん、大丈夫?」


「……うん」


 顔色の悪い弟は弱々しく答え、姉に心配かけまいと微笑むがそれは上手くいかなかった。姉がそれを見て何か声をかけようとしたタイミングで診察室から声がかかった。


「友ちゃん、行こう」


 震える弟の手を安心させるようにギュッと握る。友雪はそれに少しだけホッとしたような表情を浮かべ、姉と共に診察室へと入った。


 スライドドアを開けた先にあったのは、何の変哲もない診察室に見えた。入って右側に診察用のベッドが1つ。左側にパソコンや書類が乗ったテーブルがあり、医師はその上のパソコンで何かを打ち込んでいるようだったが、友雪たちに気付き、その視線を2人に移した。


 2人に自分の前にある椅子に座るように勧めた医者は、男性にしては線が細く、青白い顔をしていた。黒い髪は短く切りそろえ、清潔感はあるが、黒い丸眼鏡の下に隠れた瞼の下は酷い隈があり、とても健康的には見えない。


 本当にこの人に診て貰って大丈夫なのかと、友雪たちは不安に思いながらも椅子に腰かけた。それを確認し、医者は友雪に視線を合わせ、口を開く。


「一条 友雪君、でしたね」


「はい」


「私は黒木と言います」


 カルテを見ながら名前を確認し、簡単な自己紹介を済ませ、黒木はそのまま質問を続ける。



「内科の先生から聞きましたが、花を吐いたそうですね」



「……はい」


 友雪の膝の上に置いていた手にギュッと力が入る。黒木はそれを見ながら、カルテへと何やら書き込んでいき、コツコツとペンの後ろの部分で一定のリズムを刻みながら、更に続ける。


「吐いた花の名前は判りますか?」


「えっと、桜とカーネーションでした」


 友雪は朝から吐き出したものを思い出し、便器に浮いていた花を思い浮かべ正直に答えた。黒木はそれをカルテへと書き込み「なるほど」と呟いた。


「あの、吐いた花で何か判るんですか?」


「そうですね。君にとって思い入れのある花かもしれないって事くらいでしょうか」


 曖昧な答えに友雪は眉根を寄せ首を傾げる。


「言っている意味が判らない。って顔をしていますね。花吐き病はどうして発症するか、説明は?」


 ふるりと首を横に振り、教えられた内容を伝える。


「花を吐くから花吐き病っていう事と、治るものとしか……」


「なるほど……それならまずはこの病気について説明した方がよさそうですね」


 黒木は1つ頷き、手にしていたペンをテーブルの上に転がし、緊張している友雪と姉に微笑んで身体ごと向き合った。


「説明されたと思いますが、この病気の正式名称は『嘔吐中枢花被性疾患』と言います。吐き出された花に触れることで感染します。稀に花に触れることなく発症する人もいますが、どういった経路でそれに感染したのかはまだ解明されていません。そして、この病を患った人達は、皆、花を吐きます。ただし、吐く花は人によって様々で、性別や年齢もバラバラ……」


 黒木はそこで一度言葉を止め、背は高いがまだまだ幼い顔をしている友雪の顔をちらりと見た後、カルテにかかれた少年の年齢を確認しながら呟くように


「とは言え、君くらいの年の子がかかるのは少し珍しいケースなんですが……」

 とこぼした。珍しいケースという言葉に反応したのか、友雪の表情が強張っているが、黒木はそれにはあえて触れず説明を続ける。


「花吐き病にかかった人達には一つだけ共通点があります」


「共通点ですか?」


 聞き返してくる友雪に医者は表情を柔らかくして尋ねる。


「そう。友雪君は『コイワズライ』って分かりますか?」


「えっ? あっ、はい……」


 思いがけない問い掛けに戸惑いながらも肯定の意を示すと黒木は1つ頷いた。


「友雪君の病気は『恋煩い』が可視化したものです。そして花を吐く人達は、長い長い片想いをしている人が多く見られます」


「恋患い……」


 現実意味のない内容に困惑しながら、ポツリと呟く。


「だから、友雪君くらいの年の子でかかるのは珍しいんですけどね。君たちくらいの年齢の子達はどちらかというと、恋に恋してるくらいの子が殆どですから」


 思春期は確かに多感な時期ではあるが、恋をしても一過性のものがほとんどだ。黒木が先ほど珍しいと言ったのもこれが一因である。黒木は思いつめたような顔をしている友雪に、優しく笑いかけた。


「友雪君には、片想いを拗らせてしまうくらい、好きな子がいるんですね?」


「……はい」


 耳まで紅く染め、蚊の鳴くような小さな声で肯首した少年の顔は、どこか泣きそうに歪んでいる。それを横で見ていた姉は誰にも気づかれないようにグッと奥歯を噛み、そっと息を吐き出した。


「あの、この病気って治るものなんですよね?」


 姉の問いに医者はずり落ちてきた眼鏡を直し、うーんと小さくうなる。


「必ずとは言えません。何故なら『お医者様でも名湯と名高い湯でも、治せない』と言われるものが、恋患いですから」


 本来、恋とは他者が干渉できるものではない。恋の病とはよく言ったものだ、と黒木は心中で思う。


「完治させるには、意中の相手と両想いになる必要があります」


「両想い、ですか?」


 医者は聞き返した姉に大きく頷いてみせる。


「原因は拗らせた片想い、ですからね。そして両想いになると、白銀に輝くユリを吐き、それ以降は花を吐くことはありません」


「もしも、想いが叶わない場合は?」


「相手への想いが薄れるごとに吐く回数は緩やかになり、気持ちがなくなれば吐かなくはなりますが、花吐き病の種は残ったままです。また誰かに恋い焦がれる事があれば再び発症します」


「種、ですか?」


「花を吐くので、私たちは種と言っていますが、目に見える形でそういう種のようなものが見つかったことはありません。どんなに調べても、ウィルスや寄生虫などが身体から検出された事もありません。ですが、花を吐く人達は後を絶たず、人を恋い慕うことで花が咲くのなら、そこには何らかの種があるのかもしれない、と」


「恋い慕って花が咲く……」


 思わず反芻した言葉がぐるぐると頭の中に響く。友雪の脳裏に浮かぶのは、桜の中で笑う1人の少女。



――請い、慕う……なんて、ね。









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