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化け物の棺
蝶を追いかけて
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「これでタオさんが揃えば全員集合でしたね。彼には助けてもらう事ばかりでちゃんとお礼も言えなかった」
やけにしんみりとした声でエリックがそう言ったものだから、ヴィクトーは途端に慌てた。
「タオはどうかしたのか?元気にしているんじゃないのか?」
「いやぁ、違う違う!タオは元気だ。元気だが、もうこの国にはいないんだよ。何でも親父さんが急に倒れたとかで家業の貿易商を継ぐため極東学院も退学して中国に帰ったんだ。君に宜しく言ってほしいと頼まれた」
エリックもヴィクトーもそしてかつて「青嵐」の仲間であったライも残念そうな表情を浮かべたが、その話を聞いたヴィクトーはどこか安堵した気持ちになっていた。
あれほど父親やその仕事に反発していた彼にどんな心境の変化があったのかは彼にしか分からない。だが彼なりに大人への階段をようやく一歩踏み出せたのだ。
その一歩は彼にとって新たな試練の始まりかもしれないし、大人になると言う事が良い事ばかりとは言えないが、あそこまでボロボロになった彼が少なくとも前向きに生きようとしている事がヴィクトーには嬉しかったのだ。
それからしばし皆で各々の冒険話や思い出話に花を咲かせ賑やかなひと時を過ごした。
皆の話によると、あのエッカーマンは誰よりも体力がありそうだったがあの場所から生還出来なかったらしく滝壺に浮かんで来なかった。
学院長は公金の使い込みが発覚して助かったにも関わらず学院長の座を追われたと言う。
エルネストはハノイでの仕事を終えたら今度はモロッコへと行くらしい。
そこにグリンダさんがついて行ってくれるかどうかが、エルネストの今後の人生の分かれ道になりそうだった。
そしてライはまだ革命を諦めてはいなかった。今はホー・チミンと言う活動家と行動を共にしていると胸を張っていた。彼ならいつか革命を成功させる事は出来るだろうか。
当分こんな兄の心配は続く事になるだろうシュアンはあの冒険から帰って以来、精霊が身体に降りてくる事は無くなってしまいレンドン師を辞めたと話した。
今は三聖母教会の庭で庭師の見習いをしているのだと以前より明るくなった表情で話してくれた。
皆其々が各々の未来に向かって春の芽吹きの中を踏み出そうとしていた。
一頻り皆で歓談の時間を過ごした帰り際、エリックは下まで送ると言って、わざと病室にシュアンを一人残し皆を病室から連れ出した。
この二人はついこの前まで並々ならぬ不思議な運命の糸で繋がれていた。
ヴィクトーとシュアン、二人きりで話す時間を作ってあげたいとエリックは思ったのだ。
二人の特別な関係に嫉妬心を燃やした事もあったが、今はヴィクトーの心を信じられた。
これから先、二人には余りあるほどの長い時が待っている。そう思うとヴィクトーと出会って初めて本当の心の平安を感じる事が出来たのだ。
誰もいなくなった病室で、ヴィクトーとシュアンは長いこと見つめあっていた。
そこには以前のような恋情に似た気持ちは無く、今は二人ともあの不思議な体験を共有した同志のような気持ちになっていた。
「シュアン、君とは不思議な関係だったね。まだ顔を知らない頃から運命の糸は繋がっていたんだもんな」
「…本当に。まだ貴方に会う前、庭で貴方の幻影を見ていた時から私は貴方に惹かれていた。それも貴方と出会うためのステップだったと思うと少し悔しい気もしますが、私は貴方に会えて良かったです」
シュアンの中の恋情は今は家族を想う気持ちと似た思いに移り変わっていた。
そしてヴィクトーの目の前にいるシュアンの姿も、あれほど妖艶に己の気持ちを揺さぶったと言うのに、今はその美しさはそのままに、陰から陽へ夜から朝へと移り変わるように、年相応の溌剌とした青年のそれへと変わったように思えた。
今なら分かる。
エリックに寄せる思いとシュアンへの気持ちは違うと言う事が。
「オレも君に会えて良かった。パピヨンの依代が君で良かった。…ありがとう」
「私こそ。私こそありがとうございましたヴィクトー。いつまでもそのままの貴方でいてください」
二人のありがとうの中には到底言葉にできないほどの様々な思いが込められていた。
時に説明のつかない気持ちに悩まされ、互いに確かに引き合った。
それは今でも二人だけに分かる特別な思いなのだ。
最後に二人はゆっくりと噛み締めるような握手を交わし、幻のようだった過去の思いと決別したのだった。
この日、集まった人達がこの後全員揃うことはなかったが、皆この年のハノイの密林で熱く追いかけた「化け物の棺」の夢はその後もずっと其々の心の中に大切な宝物として留まった。
第一次世界大戦で世界中が動乱期にあった中でフランスの植民地でありながら比較的穏やかな時を刻んでいた1922年の仏領インドシナ。
この後、この国が独立を果たし、ホー・チ・ミンによってベトナム民主共和国となるまでこの国は激しい動乱の渦に飲み込まれて行くことになるのだが、まだこの国はその事を知らない。
ヴィクトー達が追いかけた『化け物の棺』と言う夢は、様々な人々の欲望を孕みながらも、束の間でも平和だからこそ追いかけることのできた夢という名の蝶なのだ。
完🦋
ーーー[bonus]
「あ、ん…。ヴィクトーったらこんな所で…せめて服は着てないと」
「大丈夫さ、虫除けはちゃんと炊いてある」
「んもうバカ、そう言う意味じゃなくて…ーー」
狭いテントの天井にはランプがひとつだけぶら下がっている。
敷かれた毛布の上で裸同然の格好でヴィクトーとエリックが抱き合っていた。
エリックが身に纏っているのは白いシャツだけ。
それが今まさにヴィクトーによって剥ぎ取られようとしていた。
「ランプの明かりは人を扇情的に魅せてくれるね。ベッドの上の君も綺麗だけどこんな場所で見る君は格別だ」
甘い言葉を囁きながらたった今、貪ったばかりのエリックの唇を肉厚な己の唇で三度覆った。
「ん、っ、…僕、美味しいですか?」
甘ったるい声を出しながら、エリックは小鳥のようにヴィクトーの唇を啄んだ。
「美味しいとも!…その首筋も…胸も…脇の下も、どこもかしこも君は甘い」
「あっ、や…っ…ぁン」
頭上でエリックの手を纏めて拘束すると柔らかな首筋から皮膚の薄い脇の下へとヴィクトーは舌を這わせた。
途端にエリックの身体は熱を孕みビクビクと跳ね、ヴィクトーの腰を欲情の果実が押し上げた。
「嘘つきだなエリック。こんなになってるのに嫌だなんて…悪い子だ」
嬉しそうにそう言うが早いかエリックの腰を掴んで己の身体を割り入れた。
「ア…っ!…熱い、貴方の…ぅ、ん、」
エリックのモノより数倍熱く逞しい昂りがエリックの中心に触れてくる。
「好きだよ…エリック、愛してる」
「僕も貴方を愛してる、だから…お願い焦らさないで…」
切羽詰まった声で先を強請るエリックは、己の脚をヴィクトーの腰へと絡ませて自ら欲しいと引き寄せる。
「ああエリック!」
「ヴィクトー…ヴィクトー」
互いの欲しがる場所が欲しがる場所へと導かれようとしていたまさにその時、突然テントの入り口が勢いよく捲られた。
「ヴィクトーさん!出ました!出ましたよ!さっき沢で採取したカケラはやはり………うわあぁ!!」
「きゃぁぁぁっ!!!」
「うをっ!!!」
テントを捲った人物は今共に発掘しているチームの一員の男だった。
目の前の緊急事態に男は驚愕したが、ヴィクトー達も驚いた。
エリックは悲鳴をあげて毛布を掻き寄せ、ヴィクトーはやんちゃな股間を咄嗟に押さえた。
「し、失礼しました!や、私は何も見なかった!見なかったですから!!」
そう叫びながらあたふたとテントの外へと男は飛び出していった。
「もうっ!だから言ったじゃないですかっ!テントでするのは嫌だって!大丈夫大丈夫ってちっとも大丈夫なんかじゃない!!」
パニックを起こしているエリックは脱いだ服や革靴を手当たり次第ヴィクトーに投げつけ、毛布から覗く眼差しが恨めしげヴィクトーを睨みつけていた。
「ごめん!ごめんって、まさか突然テントを捲られるなんて思ってなかったんだ!」
「もう知らない!もう絶対僕はテントの中ではエッチしないからっ!」
「ごめんって!機嫌直してエリック!」
「もうっ、知りませんっ」
2022.6.28 fin.
やけにしんみりとした声でエリックがそう言ったものだから、ヴィクトーは途端に慌てた。
「タオはどうかしたのか?元気にしているんじゃないのか?」
「いやぁ、違う違う!タオは元気だ。元気だが、もうこの国にはいないんだよ。何でも親父さんが急に倒れたとかで家業の貿易商を継ぐため極東学院も退学して中国に帰ったんだ。君に宜しく言ってほしいと頼まれた」
エリックもヴィクトーもそしてかつて「青嵐」の仲間であったライも残念そうな表情を浮かべたが、その話を聞いたヴィクトーはどこか安堵した気持ちになっていた。
あれほど父親やその仕事に反発していた彼にどんな心境の変化があったのかは彼にしか分からない。だが彼なりに大人への階段をようやく一歩踏み出せたのだ。
その一歩は彼にとって新たな試練の始まりかもしれないし、大人になると言う事が良い事ばかりとは言えないが、あそこまでボロボロになった彼が少なくとも前向きに生きようとしている事がヴィクトーには嬉しかったのだ。
それからしばし皆で各々の冒険話や思い出話に花を咲かせ賑やかなひと時を過ごした。
皆の話によると、あのエッカーマンは誰よりも体力がありそうだったがあの場所から生還出来なかったらしく滝壺に浮かんで来なかった。
学院長は公金の使い込みが発覚して助かったにも関わらず学院長の座を追われたと言う。
エルネストはハノイでの仕事を終えたら今度はモロッコへと行くらしい。
そこにグリンダさんがついて行ってくれるかどうかが、エルネストの今後の人生の分かれ道になりそうだった。
そしてライはまだ革命を諦めてはいなかった。今はホー・チミンと言う活動家と行動を共にしていると胸を張っていた。彼ならいつか革命を成功させる事は出来るだろうか。
当分こんな兄の心配は続く事になるだろうシュアンはあの冒険から帰って以来、精霊が身体に降りてくる事は無くなってしまいレンドン師を辞めたと話した。
今は三聖母教会の庭で庭師の見習いをしているのだと以前より明るくなった表情で話してくれた。
皆其々が各々の未来に向かって春の芽吹きの中を踏み出そうとしていた。
一頻り皆で歓談の時間を過ごした帰り際、エリックは下まで送ると言って、わざと病室にシュアンを一人残し皆を病室から連れ出した。
この二人はついこの前まで並々ならぬ不思議な運命の糸で繋がれていた。
ヴィクトーとシュアン、二人きりで話す時間を作ってあげたいとエリックは思ったのだ。
二人の特別な関係に嫉妬心を燃やした事もあったが、今はヴィクトーの心を信じられた。
これから先、二人には余りあるほどの長い時が待っている。そう思うとヴィクトーと出会って初めて本当の心の平安を感じる事が出来たのだ。
誰もいなくなった病室で、ヴィクトーとシュアンは長いこと見つめあっていた。
そこには以前のような恋情に似た気持ちは無く、今は二人ともあの不思議な体験を共有した同志のような気持ちになっていた。
「シュアン、君とは不思議な関係だったね。まだ顔を知らない頃から運命の糸は繋がっていたんだもんな」
「…本当に。まだ貴方に会う前、庭で貴方の幻影を見ていた時から私は貴方に惹かれていた。それも貴方と出会うためのステップだったと思うと少し悔しい気もしますが、私は貴方に会えて良かったです」
シュアンの中の恋情は今は家族を想う気持ちと似た思いに移り変わっていた。
そしてヴィクトーの目の前にいるシュアンの姿も、あれほど妖艶に己の気持ちを揺さぶったと言うのに、今はその美しさはそのままに、陰から陽へ夜から朝へと移り変わるように、年相応の溌剌とした青年のそれへと変わったように思えた。
今なら分かる。
エリックに寄せる思いとシュアンへの気持ちは違うと言う事が。
「オレも君に会えて良かった。パピヨンの依代が君で良かった。…ありがとう」
「私こそ。私こそありがとうございましたヴィクトー。いつまでもそのままの貴方でいてください」
二人のありがとうの中には到底言葉にできないほどの様々な思いが込められていた。
時に説明のつかない気持ちに悩まされ、互いに確かに引き合った。
それは今でも二人だけに分かる特別な思いなのだ。
最後に二人はゆっくりと噛み締めるような握手を交わし、幻のようだった過去の思いと決別したのだった。
この日、集まった人達がこの後全員揃うことはなかったが、皆この年のハノイの密林で熱く追いかけた「化け物の棺」の夢はその後もずっと其々の心の中に大切な宝物として留まった。
第一次世界大戦で世界中が動乱期にあった中でフランスの植民地でありながら比較的穏やかな時を刻んでいた1922年の仏領インドシナ。
この後、この国が独立を果たし、ホー・チ・ミンによってベトナム民主共和国となるまでこの国は激しい動乱の渦に飲み込まれて行くことになるのだが、まだこの国はその事を知らない。
ヴィクトー達が追いかけた『化け物の棺』と言う夢は、様々な人々の欲望を孕みながらも、束の間でも平和だからこそ追いかけることのできた夢という名の蝶なのだ。
完🦋
ーーー[bonus]
「あ、ん…。ヴィクトーったらこんな所で…せめて服は着てないと」
「大丈夫さ、虫除けはちゃんと炊いてある」
「んもうバカ、そう言う意味じゃなくて…ーー」
狭いテントの天井にはランプがひとつだけぶら下がっている。
敷かれた毛布の上で裸同然の格好でヴィクトーとエリックが抱き合っていた。
エリックが身に纏っているのは白いシャツだけ。
それが今まさにヴィクトーによって剥ぎ取られようとしていた。
「ランプの明かりは人を扇情的に魅せてくれるね。ベッドの上の君も綺麗だけどこんな場所で見る君は格別だ」
甘い言葉を囁きながらたった今、貪ったばかりのエリックの唇を肉厚な己の唇で三度覆った。
「ん、っ、…僕、美味しいですか?」
甘ったるい声を出しながら、エリックは小鳥のようにヴィクトーの唇を啄んだ。
「美味しいとも!…その首筋も…胸も…脇の下も、どこもかしこも君は甘い」
「あっ、や…っ…ぁン」
頭上でエリックの手を纏めて拘束すると柔らかな首筋から皮膚の薄い脇の下へとヴィクトーは舌を這わせた。
途端にエリックの身体は熱を孕みビクビクと跳ね、ヴィクトーの腰を欲情の果実が押し上げた。
「嘘つきだなエリック。こんなになってるのに嫌だなんて…悪い子だ」
嬉しそうにそう言うが早いかエリックの腰を掴んで己の身体を割り入れた。
「ア…っ!…熱い、貴方の…ぅ、ん、」
エリックのモノより数倍熱く逞しい昂りがエリックの中心に触れてくる。
「好きだよ…エリック、愛してる」
「僕も貴方を愛してる、だから…お願い焦らさないで…」
切羽詰まった声で先を強請るエリックは、己の脚をヴィクトーの腰へと絡ませて自ら欲しいと引き寄せる。
「ああエリック!」
「ヴィクトー…ヴィクトー」
互いの欲しがる場所が欲しがる場所へと導かれようとしていたまさにその時、突然テントの入り口が勢いよく捲られた。
「ヴィクトーさん!出ました!出ましたよ!さっき沢で採取したカケラはやはり………うわあぁ!!」
「きゃぁぁぁっ!!!」
「うをっ!!!」
テントを捲った人物は今共に発掘しているチームの一員の男だった。
目の前の緊急事態に男は驚愕したが、ヴィクトー達も驚いた。
エリックは悲鳴をあげて毛布を掻き寄せ、ヴィクトーはやんちゃな股間を咄嗟に押さえた。
「し、失礼しました!や、私は何も見なかった!見なかったですから!!」
そう叫びながらあたふたとテントの外へと男は飛び出していった。
「もうっ!だから言ったじゃないですかっ!テントでするのは嫌だって!大丈夫大丈夫ってちっとも大丈夫なんかじゃない!!」
パニックを起こしているエリックは脱いだ服や革靴を手当たり次第ヴィクトーに投げつけ、毛布から覗く眼差しが恨めしげヴィクトーを睨みつけていた。
「ごめん!ごめんって、まさか突然テントを捲られるなんて思ってなかったんだ!」
「もう知らない!もう絶対僕はテントの中ではエッチしないからっ!」
「ごめんって!機嫌直してエリック!」
「もうっ、知りませんっ」
2022.6.28 fin.
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