化け物の棺

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化け物の棺

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『…どうか、お願い。私を燃やして…。
私達はこの世界に存在してはならない』


メイルールは確かにそう言っていた。時が戻る轟音の中で、消えて行こうとする思念を振り絞って。

そうだ、この醜い争いを見れば分かる。
メイルールの思いが。
この二人は全ての醜い争いの縮図なのだ。
時と共に霊薬の噂は人々の都合よく曲げられたのだ。
ある者は棺を手にすれば不老長寿が手に入るといい、ある者は権力を、ある者は有り余る富を約束されると言った。
人間の欲望の数だけ勝手に噂は転がり続け、化け物のように膨らんでいった。
愚かな人々は幻の『化け物の棺』を巡って奪い合い、時には殺し合い、そうやって一万年もの長きに渡り、メイルールは己の棺を巡って膨らみ続けた人々の欲望を見て来たのだ。
何も出来ずに!
それはどんなに歯痒く苦しく辛いことだったろうか。



「ーーな、中はどんな財宝だ…」

エルネストの上擦った声が聞こえてヴィクトーが振り返った。

「蓋をあけてみろ!蓋をっ!」

エルネストの顔はまるで人が変わったみたいに眼を血走らせ、高揚感に頬が赤らんでいた。
それはヴィクトーの見知らぬ顔のエルネストだった。
ヴィクトーはゾッとした。

「エルネスト…?」
「宝だ…!太古の宝が目の前にあるんだぞヴィクトー!誰も成し得なかった夢が叶ったんだ!」

そう言うとエルネストは棺目掛けて走り出した。

「エルネスト!待て!あれは『化け物の棺』なんかじゃないんだ!あれは…」

ヴィクトーの静止はエルネストの耳に届いていない。それどころか争い合っている学院長とエッカーマンを尻目に棺の一つに飛びついた。

「止めろ…!エルネスト!エルネスト!」

だが次の瞬間、にべもなく棺の蓋はこじ開けられた。

ーーーバッ!

蝶が一斉に飛び立つ羽音がした。
棺の中から飛び出したのはまたしても無数の紫命蝶《しめいちょう》だった。

「うわぁ!な、なんだこりゃあ!また紫の蝶だらけじゃ無いか!」

エルネストが蓋を開けた事で学院長もエッカーマンも争いあっている場合ではくなった。
棺の中には何か財宝が眠っているのだと二人とも固く信じていたのだ。
エルネストに先を越されてはならじとばかりに二人も次々と石櫃の蓋を暴き始めた。

「宝は?!宝が何かあるはずだ!」
「ええい!こっちも蝶ばかりだ!この棺にはあるんじゃ無いのか?!」

三人の男達は狂ったように次々に棺を暴き、中を掻き回していたが出てくるのは生きた蝶と死んだ古い蝶の亡骸、そして朽ち果て土と化し、形も留めていない王蟲達の塵だけだった。

「止めろ…止めてくれっ…」

三人の男達の所業にメイルールを冒涜されたような思いに駆られたヴィクトーは身体が震え出すのが分かった。



『どうかお願い。私を燃やして…。私達はこの世界に存在してはならない』


ヴィクトーの目から涙が膨れ上がり胸が掻きむしられた。

「止めろ…!止めてくれ!」

その時ふっつりとヴィクトーの中の何かが壊れた。
床に転がる松明に視線が吸い寄せられるとそれを拾い上げ、棺に猛然と駆け寄り次々と棺の中に火を放って行ったのだ。
それはあっという間の出来事だった。
皆が呆気に取られる中、炎は瞬時に棺の中で燃え上がった。

「うわあ!何をするかヴィクトー!お前気でも違ったか!」

エルネストがやっと我に返ったように叫んでヴィクトーを止めにかかった。
考古学者のヴィクトーは何よりこれにどんな価値があるのか分かっているはずだ。
その彼が必死に追い求めて来た『化け物の棺』を燃やしたなどと、何も知らないエルネスト達には信じられない光景だった。
タオもグリンダも目を見張った。
ただ一人、エリックだけが、涙を流しながら燃える棺を見つめるヴィクトーを魂を癒すように背中から抱きしめた。

「ヴィクトー…」
「全てが燃えてしまえばいい!全ての想いも苦しみや悲しみも、果てしない欲望も!跡形もなく燃えてしまえばいい!」

炎に焼かれながら飛び立った蝶達は、憐憫を誘うほどに美しく儚く、燐光を放つ火の粉となって舞い散った。
きっと棺を焼いても『化け物の棺』の噂は消えない。
その事はヴィクトーも分かっていたのだ。
また何処かの国や何処かの街で新たな欲望の数だけ噂は増え人々は永遠に求め続けるのだろう。
それでも全てを灰に帰したいと願ったメイルールの気持ちがヴィクトーとエリックには痛いほど分かるのだ。


『どうか幸せに…』


メイルールの声がはっきりと二人に聞こえた時、紫色の不思議な光が祠堂のそこかしこから蛍火のように立ち昇り、ヴィクトー達の体を温かく包むのが分かった。
それはまるでメイルールや他の王蟲達の魂に触れたような、優しくて温かな感覚だった。
その直後、祠堂の天井が壁が岩盤が、地鳴りと轟音を立てて崩落した。
その景色をヴィクトーはまるでスローモーションを見ているように眺めていた。
見上げた天井がゆっくりと祠堂の中に降り注ぎ、ぽっかり空いた穴から満天の星が見えた。夜空に不思議なオーロラが美しく踊っていた。

ああ…。
なんて綺麗なんだろう。

危機的な状況の中でヴィクトーはぼんやりとそう考えていた。

やがて水が溢れかえり、棺も石碑も仲間達も全てが水没していくのが分かった。

ああ、オレ達はここで死ぬのか。

記憶が途切れる最後にヴィクトーは漠然とそう思った。
だが不思議と恐ろしさは感じなかった。

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