化け物の棺

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開かれ行く扉

最悪の男

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とうとう言ってしまった。
エリックの鍵の壊れた心の箱から気づけば醜い心が止めど無く溢れ出して口をついていた。

覆水盆に返らず。その言葉通り、一旦口にした言葉は慌ててかき集めたところで決して元には戻らない。

碑文の前では皆んながヴィクトーを早くこっちへ来いと呼んでいた。
だがヴィクトーは「今行く」と返しはしたものの、こんな状況を他所に皆の所に行く気にはとてもなれずにいた。
ヴィクトーにとってもエリックのこの反旗はショックだったのだ。ここまで自分がエリックを追い込んでいたなどとヴィクトーは思ってもいなかったのだ。
寂しそうに伏せられたエリックの眼差しが、遠い昔に家を出て行ったヴィクトーの母親と重なって見えた。
かつては父と自分を捨てた母を薄情だと思った事もあった。
はてしてエリックは自分に対して薄情だったろうか。
この場に立って、ようやく母の気持ちが本当の意味でヴィクトーは理解できた。
そしてそんなエリックに、自分はすっかり甘えていたのだと、この時になってヴィクトーは気づいたのだ。

「エリック…オレは…」

エリックの肩に触れようと伸ばしたヴィクトーの手は避けられた。

「皆んなが呼んでます。行って下さい…。変に思われますから」

素気なく聞こえる言葉も、そう言うのが今のエリックには精一杯だったからだ。
醜い自分も本心なら、まだヴィクトーを好きな気持ちも本心だった。
今ヴィクトーに触れられたら自分自身を支えられなくなってしまいそうで、千々に乱れる気持ちをエリックは必至に抑え込もうとしていた。
そんな時だった。
ドォン!と言う鈍い音が腹の底から轟き、大伽藍全体がガタガタと大きく揺れた。
天井から剥げ落ちた石や木片がパラパラと皆の頭上に降り注ぎ、壁を飾るレリーフの一部が床へと崩れ落ちて床へと投げ出された。
立つ事もままならない揺れに皆は頭を抱えるように床へと這いつくばった。

「なんだなんだっ!地震か?!ヴィクトー!ヴィクトー!大丈夫か?!」

舞い上がる砂埃の向こうからエルネストの声がした。
ヴィクトーは腕の中に囲ったエリックを覗き込んだ。

「大丈夫か?!」

驚きに目を見張りながらもエリックはこくりと頷いた。

「地震…ですか?」
「いや、ハノイはそうそう地震は起きない筈だ…」

ヴィクトーが顔を上げると、床には様々な落下物が散乱していた。

「皆んな無事か?!」

ヴィクトーが問うとグリンダが応えた。

「ああ何とかね!私らは無事だが…あぁなんて事なの!貴重なレリーフが…」

グリンダが嘆くのも無理はなかった。今まで何千年と無傷だった大伽藍の壁や石碑にも大きな亀裂がいく筋も走っていたのだ。
皆がソロリと立ち上がった時、またしても大伽藍は激しく揺れた。
今度ははっきりとそれが爆発音を伴っている事が体感で分かった。
ヴィクトーの中に嫌な予感が走った。
密林をいとも容易く爆破させたあの男の顔が脳裏を掠めた。
その時グリンダの口からその男の名前がポロリと飛び出した。

「あの男だ、きっとエッカーマンだ!私らをここまで追って来たんだが、滝壺を通らないとここには出られないからね。ヤケを起こして強行突破しようとしてるんだ!」

あの男ならやりかねない。
タオもエリックもそう思った。
そんな中、一人だけシュアンの様子がおかしい事に皆が気がついた。
シュアンはゆらりと立ち上がったかと思うと、誰もいない岩壁に向かって目を輝かせてこう呟いていた。

「そう、もう少し。あと少し。私はあなた達を待っている」と。




「ひひっ!背負って来たダイナマイトが役に立ったなあ?学院長!」

象の墓場で二人の姿を見失ったエッカーマンは、グリンダの思った通りヤケを起こして滝の近くの岩盤に背負っていたダイナマイトを仕掛けて大きな穴をぶちあけていた。

「あの婆さん達がこの象の墓場に居たのは確かなんだ。この滝は行き止まりで三方向崖になってるんだ。ここから突然消え失せたなんて考えられねえ!だとしたらこの滝の向こう側にいるに違いねえんだ!」

エッカーマンの手にはエルネストの蝶ネクタイと、グリンダが髪を縛っていたと思われるリボンが握られていた。

「だとしてもだ、爆破なんてちと乱暴じゃないか?ここは貴重な象の墓場なんだぞ!あぁあぁ、金のなる木なのに勿体ない!」

ここまで行動を共にして来た二人だが、こう言う時に決定的な価値観の違いは否めなかった。

「ここに風穴を開けたとしたって、向こうに抜けられる保証なんてないんだぞ!」
「じゃあ聞くが、アンタはどうやってあの二人を見つけるって言うんだ?他に良い手立てがあるなら言ってみろよ!」
「それはそうだが…」

ドオォン!!

「ひっ…!」

近くの茂みに身を隠し、再びの爆発音に院長は亀のように首をすくめた。

二度目の爆発で、岩盤が崩落し、削られて薄くなった岩盤に出来た亀裂から微かに光が見えた気がして、向こう側に空間が存在する事が伺えた。

「見ろ!当たりだ!ここは普通の岩場じゃねえんだよ!滝の向こうに抜けられるじゃねえか!何か匂わねえか?お宝の匂いがプンプンするぜ!棺だ!化け物の棺だ!」

巧妙に宝が滝の裏側に隠されてる。エッカーマンの中でそんな妄想が現実化しようとしていた。
後先も見えず、崩落の危険も顧みず、岩盤に空いた人がようやく通れるほどの隙間へとその身体を捩じ込んだ。
脆くなった岩盤をエッカーマンが力一杯蹴り上げると、岩盤はあっけなく向こう側へと貫通し、勢い余ったエッカーマンはヴィクトー達のいる大伽藍へと転がり出て来た。
その後ろから学院長がもそもそと出てくると、目の前に広がっていた大規模遺跡の出現にへなへなと座り込んてしまった。

「こ、これは…これは…!なんと言う光景だ!信じられない!ははっ!お宝だ!大発見だ!」

這いつくばって石碑の前に行こうとしている学院長の背中をエッカーマンが思い切り踏みつけて、居並ぶ六人を見渡した。

「おやおや、皆さんこんな所にお揃いで。俺を仲間はずれにするなんて酷いじゃないですか」

この暴挙の張本人のいきなりの登場に皆が呆気にとられる中、開口一番、エッカーマンのそのいいぐさにヴィクトーがブチ切れた。

「酷いのはお前だろう!こんな乱暴な事をして!何千年保っていた遺跡が今や崩壊寸前じゃないか!なんて事をしてくれたんだ!!」
「はあ?そんな事俺には関係ない事さ!それより、あったのか?」
「なにがだ!」
「惚けてもらっちゃあ困るなあ『化け物の棺』だよ。見つけたんならさっさとこっちによこせ!」
「きさま…っ!」

そう怒鳴りかけたヴィクトーを差し置いて、グリンダがあらん限りの声を張り上げた。 

「アンタって男はとことんバカだね!碑石の解読すら出来てないのに、そうホイホイ見つかると思ってんのかい!しかも唯一の手がかりをアンタは今ぶち壊そうとしてるんだよ!アンタの手に渡るくらいなら棺なんて一生見つからなけりゃ良いんだ!」

その言葉にエッカーマンは怒髪天をついた。

「このクソ生意気なババアめ!口を閉じて頭を使え!さあ!どこに棺があるのか解読するんだ!」

そう言うと、エッカーマンの持っていた銃が火を吹き、その銃声は大伽藍に反響した。
それはまるで進軍ラッパのように洞窟内に響き渡った。

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