化け物の棺

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開かれ行く扉

密林の怒り

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勢いに任せたエッカーマンはこのまま崖上に登る手立てを講じるてくるだろうと思われたが、崖下はそれどころでは無くなっていた。
エッカーマンの隙を見て逃げ出した学院長は数人のフランス兵を買収して武器を奪ってエッカーマンの元から離反した。
その事で隊は二分し、銃や爆弾を使った小競り合いへと発展していた。
密林はあちこちで火の手が上がり、銃声が轟き学院長とエッカーマンは密林を下らない私利私欲の元に戦場へと変えていた。
木々が傷つきそこに生きている小さな生き物達が逃げ惑った。
夢中になって戦っていた者たちには、恐らくそんな事は1mも頭にはなかったに違いない。
夜になって所々で焼かれた密林のオレンジ色の燻りが闇に禍々しく浮かび上がっていた。
この惨劇を目の当たりに、ヴィクトー達も崖の上の洞窟に留まってどうしたらいいかと答えの見えない話し合いを続けていた。
崖下に降りて行こうにも、爆破させられたフランス兵の様に剥き出しの崖では狙い撃ちされるに決まっている。さりとてここにずっと留まり続けても埒が開かない。
だがこうして指を咥えているだけでは、あの狂った奴らによって平和な村が荒らされてしまうかもしれない。
こう言う醜い争いと決別したからこそ保たれていた楽園なのに、自分達が争いを持ち込んでしまったのだ。
ヴィクトー達は居た堪れない気持ちで一晩を明かしていた。

「ヴィクトー…。本当に僕達はどうしたらいいんでしょう」

疲れ切ったエリックはヴィクトーに凭れて呟いた。

「奴らはどうせオレと『化け物の棺』が目的なんだろうから、オレが投降すればそれで済むのかもしれない」

半ば自暴自棄とも取れる言葉であったが、的を得ている気もする。真剣な顔で考え込むヴィクトーに、エリックが今にも泣き出しそうな顔で首を激しく横に振った。

「嫌です!そんなの僕は嫌だ!貴方を絶対に行かせないから!」
「大丈夫だエリック。棺が見つかるまでは連中もオレを生かしておくだろうから、直ぐには殺されないだろう」

二人の会話を聞いていたシュアンも居た堪れずに割って入った。

「そんなのは一時凌ぎの策です!その後彼等から逃げ出せる算段がつかないうちは投降なんてダメです!」
「そうです、ヴィクトー。それに貴方が投降してもいずれ奴らはここにやって来る。こうなってはもはや止める事は出来ないのかもしれません」
「くそっ!」

振り出しに戻る憤りに、ヴィクトーは悔しげに拳を壁に叩きつけて立ち上がり、眼下に広がる惨憺たる暗い密林を苦渋の面持ちで見渡した。
夜明け間近、漆黒の山際に淡いオレンジ色のヴェールが敷かれ始め、湿った空気がここまで立ち昇って来る。
いつもなら朝露に羽を濡らす鳥達のざわめきも今は無く、ヴィクトーはその中に不思議に張り詰めた空気を感じていた。

「…静かすぎると思わないか?」

そう言われて皆がヴィクトーと同じように耳を澄ませた。
すると洞窟の奥から沢山の木の葉が擦れ合う様な奇妙な音が聞こえた気がした。

「後ろの方か…?」
「な…に…?」

洞窟の奥を凝視していると、暗闇の奥から紫色のモヤの様なものがこちらに向かって勢いよく膨らんで来るのが見えた。
それに伴って枯れ葉の擦れる音は嵐に梢を揺らす木々のざわめきに変わって行き、ヴィクトー達はあっという間にその紫の嵐に巻き込まれた。
それは大量の鱗粉を撒き散らしながら飛び交う夥しい数の紫の蝶の群れだった。

「うわっ!何だこれは!」

蝶達はヴィクトー達の顔や腕に勢いよくぶつかり、ヴィクトー達は目も開けられずにうずくまった。
その蝶の群れはヴィクトー達の身体を通り過ぎ、洞窟から外に向かって勢いよく噴き出した。その光景にシュアンが叫んだ。

「ヴィクトー!これです!私があの時見たのはこの光景です!」

シュアンが話してくれた蝶の群れが崖の上に柱の様に飛んでいたと言う話はこれのことだったのだ。
ヴィクトー達はそれを今、目の当たりにしていたのだ。
だがしかし、驚く様な光景はそれだけではなかった。
蝶が飛び出した丁度その時、朝の眩い閃光が密林へ差し込み、そこに照らし出された眼下の光景にヴィクトー達は思わず驚きの声を上げた。


「あれは何だ…!」
「人が…っ、人がいっぱい!」

密林の周囲に作られた棚田と言う棚田。小高い場所と言う場所に、それぞれの部族の衣装を身につけた沢山の戦士達がフランス兵達を取り囲み、憤怒の眼差しで彼らを見下ろしていたのだ。
いったいどれくらいの種類の部族が集まっているのか分からない。様々な衣装、様々な顔貌。
朝日を浴びて凛然と立つ彼らの姿は神々しさを放ってヴィクトー達の目に飛び込んだ。
その中には幼いヴィクトーが初めて父と共に密林を訪れた時に出会ったモン族の色鮮やかな姿もあった。
そこで初めてヴィクトーはあの時彼らが何故姿を見せたのか、自分達がここに来るまで時折感じた気配や何者かの視線が何だったのか分かった。

「我々は最初から彼らに見張られていたんだ。我々がどこへ行き何をするのか、密林を守るために一線を越えないかどうか。
崖下の無法者達はその一線を越えてしまったんだ!」
「…これから何が起こるの?ヴィクトー…何だか怖い…」

エリックの不安を掻き立てるように、飛び交う蝶達は光を遮り、暗雲をもたらすごとくに密林上空に広がった。
その中を四方八方からホルンのような響きを持った何かの吹奏楽器が響き渡たかと思うと、それを合図に周りを取り囲んでいた戦士達が雪崩を打って密林目掛けて一気呵成に駆け下って行った。
小競り合いで疲れきったフランス兵達は寝耳に水の襲撃に驚き戸惑い、這《ほ》う這《ほ》うの体《てい》で逃げて行く。
その様子はまるでチェスの盤上を見ているようだった。
そしてその中には諸悪の根源であるエッカーマンと学院長の姿もあったのである。



「ちくしょう!!何だアイツらは!何処から湧いて来やがった!」

隆起した密林の木の根や石に躓きながら、エッカーマンは得体の知れない者達から必死に逃げていた。
周りを見れば、敵も味方もありはしない。皆必死の形相で一緒くたに逃げていた。

「ヒイィぃ!何だこいつらは!またお前の悪巧みか!」

同じように逃げる学院長がエッカーマンの姿を見つけて毒づいて来た。

「何だジジイまだ生きていたとはしぶといな!アンタこそアイツらを買収して俺たちを襲わせているんじゃ無いのか?!」
「バカを言え!そんな事して何の得になる!私は…わぁぁ!」

背後から何本かの矢が唸りを上げて耳元を掠めて飛んできた。
本気で命の危険を感じながら二人が走っていると、聞き覚えのある声が川の方から聞こえて来た。

「ひえぇぇ~っ!助けてー!誰か助けておくれ~っ!」
「止まれっ!止まれ!落ち着くんだ!どうどう!」

一人はグリンダ。もう一人はエルネストの叫ぶ声だった。
ここまで調子良く象に揺られて来たものの、いつもと違う密林の様子に驚き、興奮しきったニ頭の象は水飛沫を上げ、長い鼻を振り回しながら背中の輿に二人を乗せてたまま猛然とと走って来たのだ。
何処かで振り切られてしまったのだろうかそこに象使いの姿は無い。
二人は今にも振り落とされそうになりながら、やっとの思いで輿にしがみついていたのである。


「何やってんだあのババア!何でこんなところに…!」
「エルネスト!エルネストーー!!助けてくれっーーー!!」

この状況でどちらがどちらを助けると言うのか、学院長はエルネストの姿を見た途端に川に向かって走り出していた。

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