化け物の棺

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開かれ行く扉

立ち昇る黒煙

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それは大地の底から湧き起こるような不気味な音だった。
疲れ切っていたヴィクトー達一向は深い眠りの中から突然叩き起こされ、皆それぞれのテントから飛び出して来た。

「何だ?!今の音は」
「爆発音のように聞こえましたが」

ヴィクトーとタオがそう言っている間にも、二発目の爆発音が轟いた。
慌てて丘の上に走っていくと、あの洞窟の中へと部族の男達が
続々と押し寄せて中へと吸い込まれて行くのが見えた。
何が起きているのかヴィクトー達もその人々に紛れて洞窟の中へと入って行く。
三発目の爆発が起こると、洞窟の天井から土埃が降って来て、崖下に残して来た隊の人たちのことが余計にヴィクトーの頭を不安にさせた。

彼らはどうしているだろう。無事でいるだろうか。
それにしても何が起こっているんだ!

ヴィクトー達は殺到する部族の人達に押されるように洞窟の出口から吐き出され、目の前の人だかりを掻い潜って崖の下を覗き込んだ。
朝日を浴びて繁々と広がる密林から三本の黒煙が立ち上っているのが見えた。
それは長きにわたって平和だったこの密林地帯にあって、禍々しささえ感じる一種異様な光景だった。
部族の者達の囀りは激しく交わされていて彼らの動揺が伝わってくる。

「ヴィクトー、戦争でも始まったの?フランス軍かイギリス軍が攻めて来たの?」
「まさか!そんなはずは無い!」
「ならこれは一体…」
「オレ達だ。この騒ぎの原因はきっとオレ達が関わっている」

エリックとヴィクトーの会話にタオは深刻そうに眉根を寄せた。

「学院長かも知れません。それにまだ他にも『化け物の棺』を狙ってる人達が動いてる。あのドイツの軍人とか…」
「私も嫌な感じがします。今朝から妙に精霊達が騒がしい」

シュアンは皆が起きる前から周りの空気が違う事を察知していた。
明け方眠れずに、一度目の爆発音が轟く前から既にテントの外に出ていたのだ。

ドン!!

そう言っている間にも大きな爆発音が身体を震撼させ、眼下には四本目の黒煙が膨れ上がった。
この崖をそうそう容易く登って来られるとは思わないが、火器を持ち込んだ何者かがいる事は疑いようも無い。
崖下の隊員達の安否が問われる事態に直面しヴィクトーは焦っていた。ポケットに手を突っ込むと地図しか無い。それを引っ張り出して千切ると震える手で走り書きをした。

『皆取り敢えず登ってこい』

何方が彼らにとって安全なのか、迷った挙句そう書いた物を幾つか石に巻き付けて崖下へ落とした。どうか気づいて欲しいと願いながら。
原始的な手法だったが今はそれしか思いつかなかった。


その頃、密林では何が起こっていたのかと言うと、確かに火器を持ち込んだ者が暴れ回っていた。
いや正確には火器を持ち込んだフランス軍からこっそりダイナマイトを盗み出したエッカーマンがそれらを爆発させていたのだ。
しかもそれはドイツ敗戦の仕返しと言うエッカーマンの個人的な復讐心から来ている。こんな危険人物が紛れているとも知らずに無防備なフランス軍は安らかに寝息を立てていたのだ。
彼らにしてみれば、どうせ遺跡探索なんて大した事はない。猛獣が出た時や塞がれた岩なんかを爆破させれば良いだけのちょろい仕事だと思っていたのだ。実際そのはずだった。こうして寝耳に水の爆撃に遭うまでは。

「ヒャッホー!ざまーみやがれ!逃げろ逃げろ!」

統制も取れずに逃げ惑うフランス兵達を目の当たりにエッカーマンは胸の空く思いだった。散々自分もこうして逃げ惑ったのだ。
その挙句祖国に帰ってみたらそこでまた自国民に迫害された。
そんな鬱屈した気持ちが彼を歪ませたのかもしれない。
この爆破で逃げ惑うフランス人達を眺め、少しだけ気持ちが晴れたエッカーマンは有頂天になって喜んでいた。

だがこの爆撃に一番驚いていたのは学院長だ。
一番立派なテントの中で地響きと共に学院長は跳ね起きた。
シャツはクシャクシャズボンはヨレヨレ、ズボン吊りは片方ややこしく垂れ下がって可笑しな格好でテントを飛び出して来た。

「何だ!どうしたんだ!何処からの攻撃だ?!敵は、て、敵は何処なんだ!」

後方から次々と逃げてくる兵士や隊員達に騒いでみてもが皆逃げるのに必死で取り合ってくれない。

「待て!どこへ行く!誰か説明せんか!!」

「へーえ、アンタがこの隊の親玉か」

逃げ遅れている学院長の背後の茂みがガサリと動き、そこからエッカーマンがぬぅっと姿を現した。
フランス軍から奪ったと思われる銃を担いで院長の前に立ち塞がった。

「な、何者だ!お前がやったのか!ど、どう言うつもりでこんな事を…っ!」
「『化け物の棺』アンタも俺と同じでそれを狙っているんだろう?もう手に入れたのか?中身は何だった?お宝だったか?良いもんだったか?」

そう言いながら、エッカーマンはヴェルチェー騎兵銃をその額へと狙いを定めた。
突然表れた見知らぬ男に銃を突きつけられた学院長は顔面蒼白で額に汗が滲んでいる。

「な、何者だ!何故『化け物の棺』の事を知ってるんだ!」
「どうせお前らは棺を私利私欲の為に使うつもりなんだろう?」
「なっ、何を言う!私を誰だと思っているんだ!極東学院院長のルターだぞ!人類のために歴史的貴重な遺産をだなあ」

そう言いかけたとき、エッカーマンの銃が火を吹いた。
弾は院長の額を掠めて近くの岩を砕いた。

「アッハッハ!な~にが人類だ!そう言う奴こそ胡散臭いんだよ!
俺は貴様と大義か違うんだ!俺は神のために棺が必要なんだ!つべこべ言わずに!棺を渡してもらおうか」

神様。それはまさしく彼の崇拝するアドルフ・ヒトラーその人の事だ。
冷たい銃口の先が院長の額に押しつけられた。

「こ、ここには無い!本当だ。まだ手には入っとらん!」
「なら何処にあるんだ?」
「多分、あの男が…見つけていたとすればヴィクトーと言う男が…っ!」

その時、逃げ出した二人組の学生の首根っこを捕まえて学院長の前へと引きずって来た者がいた。

「学院長!見つけました例の学生二人…ーーひっ!」

だが、銃を突きつけられている学院長を目の当たりにその男は固まってしまった。
引き摺り出されて来た学生たちは尚更慌てていた。あい変わらず二人抱き合ってアワアワと口籠る。

「すっ、すみません!学院長!ボク達っ、ヴィクトー達に捕まってしまって!」
「本当ですっ!すみません、すみません!」

本当は自らヴィクトー達の元に降りながら保身に走って嘘の言い訳を繰り広げ、しゃがみ込んで震えていた。
だがそれを聞いたエッカーマンの瞳だけが鈍く光った。

「なに?ヴィクトーだと?お前らヴィクトーの居場所を知っているのか」

学院長に向けられていた銃口は今度は学生達を狙って構えられた。

「今ヴィクトーは何処だ!奴は棺をもう見つけたのか!」
「わ、分かりません!分かりません!本当です!でも、居場所なら…あの崖の上ですっ!」

それだけ聞くと、縮み上がる学生達をエッカーマンは何の躊躇も無く、残忍にも撃ち殺してしまったのだ。
その場にいた者達は震撼して絶句した。

「いいか?俺に歯向かうと皆んな死ぬ。脅しじゃ無いことは分かったろう?
今からお前らは俺の兵隊だ!『化け物の棺』を見つけたら俺に差し出すんだ!
分かったな!特にお前、学院長だっけ?お前がこの隊の頭なら俺の側から離れるな。
この銃口がいつでもお前を狙っている事を忘れるな」

だがこの時、好き放題密林を荒らしている彼らを、じっと見つめる沢山の目がある事を彼らはまだ気づいてはいなかった。

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