化け物の棺

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開かれ行く扉

二つの崖っぷち

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夜が明けるといよいよ崖の上にあると言う最後の遺跡にアタックだった。
だが朝を迎えて十一人だった隊員は十三人に増えていた。
昨夜、壮絶な学院長のタオへの仕打ちを聞いた極東学院の二人は脆くも心変わりをしていたのだ。
だいぶ体力を消耗していたようだったので、そのまま帰す訳にも行かず、取り敢えず隊と行動を共にする事になったのだった。
ここに至って、タオは漸く学院長の企みに自分も加担していた事をヴィクトーに打ち明ける事が出来たのだった。
重すぎた肩の荷をこうしてタオは下ろす事が出来た。
だが、ヴィクトーはそんなタオの苦しみを薄々わかっていたと言った。
学院長が労せず遺跡の謎を手にしたとしても、秘密の最先端に自分達がいる事には変わりは無い。
自分は宝や不老不死や権力が欲しくて遺跡の謎に挑んでいるわけでは無い。結果的に誰かの手に『化け物の棺』が渡ったとしても、謎が解ければそれで良いのだとヴィクトーの眼差しは真っ直ぐ前だけを見据えていた。

崖に挑むにあたって現地ガイドが先に崖にアタックし、素人同然のヴィクトー達のために足場を作ることになった。
改めて現地スタッフの有り難みを実感せずにはいられない。
ここから目指す崖上まではほぼ垂直の断崖が優に100mはあるだろうか。
慣れた者ならいざ知らず、不慣れな人間達が実際に登るとなるとかなり骨は折れそうだった。
そこを現地スタッフは器用に登って行き、ヴィクトー達の為に等間隔にハーケン(楔)らしきものを打ち込みながらザイルを這わせ、入念に足場を作って行った。
崖の上に上がるのはヴィクトー、エリック、シュアン、そしてタオを含めて七人。
崖は登るより降りる方が大変だ。足場が組まれている間、ヴィクトー達は垂直に降りてくる練習を繰り返していた。
流石のシュアンも軽装というわけにはいかず、シャツとズボンと言うスタイルになった。
しかしながらヴィクトーを除いた三人が居並ぶ姿はどことなく心許ない雰囲気だ。
いよいよ崖の上から合図が送られ、ヴィクトー達が崖を登って行く番になった。
四人は一蓮托生、一つのザイルで結ばれていた。先頭を行く者が少し登ったら、次の人間が登り、そしてまた次の人が登る。そうやって少しづ崖を登っていく事になった。

「無理のないように、休みたい時は声を掛けろ。目標は見えてる。必ず行ける」

そう皆に言う事でヴィクトーは己自身を鼓舞していた。

「行こう!」

そう言うとヴィクトーが気合を入れて最初の一歩を踏み出した。
皆の心は見えずとも今一つになっていた。

◆◆◆

こうしてヴィクトー達が断崖絶壁に挑もうとしていた数日前、グリンダの家ではほとんど彼女は軟禁状態に陥っていた。
エッカーマンに不覚にも家に踏み込まれ、銃を突きつけられ、殺される寸前まで行ったグリンダは、機転を効かせ、上手くその場は凌いだものの、図らずもグリンダ自身が古代文字を解読していると知られてしまう事になったのだ。
エッカーマンは、例の鞄に入っていた碑文の解読をするようにグリンダに迫っていた。

「その碑文が解読できれば鞄もヴィクトーにももはや用は無い。さあ、精出して解読してくれよ婆さん」
「あ、ああ頑張るさ。もし私が解読できたら褒美が欲しいね」

机に向かって解読を進めながらも、なんとかエッカーマンを絆そうとグリンダは自分でも虫唾が走るほどの猫撫で声でエッカーマンの機嫌をとっていた。
機嫌を損ねて殺されては元も子もないからだ。

「強欲な婆さんだな。解放してやるだけじゃ足りないのか?」
「そりゃあねえ、歳をとったって金ならいくらあっても邪魔にはならないだろう?ヴィクトーを蹴ってあんたと組むからにはそれなりに報酬は頂かないとね」

金なぞ糞食らえだ!
この男と組む気などあるわけがない!

心の中ではそう思っていても、エッカーマンのような男を信用させるにはこう言う即物的な駆け引きの方がリアリティがある。
グリンダの歳の功という名の直感がそう囁いていた。

「時にあんたは何で『化け物の棺』を手に入れたいんだい?」

それはグリンダの純粋な疑問でもあった。

「さるお方が神になる為に必要なんだよ。絶対的な力で世界を手にするにはカリスマ性や権力だけじゃダメだ。そこに神秘の力や寓話が必要なのさ。そうじゃなければ生き神にはなれねえ。その方が神になったら、その隣には俺が座る。今は塀の中にいらっしゃるが、オレが何としてでも世界の帝王に…って、んな話しアンタにしても仕方ねえか」

さるお方のことを熱く語るエッカーマンは何処か常軌を逸した目をしていた。

「塀の中の神になるお方…?それはどなたのことだい?」

グリンダがそう尋ねると、エッカーマンの態度は急転直下。

「そんな余計な事はどうでも良いんだよ!早く解読しろババア!」

グリンダが少し呟いただけなのに、そんな事に切れてエッカーマンは彼女の座る椅子を思い切り蹴ったのだ。

「はいはい、分かったよ。もう聞かないからさあ」

世捨て人同然のグリンダだが、世情に疎い訳ではない。
ドイツの軍人、カリスマ性、塀の中と聞くとグリンダの頭の中に浮上する人物がいた。
今その演説の素晴らしさでドイツ国民の心を掴みつつある男。ナチス党の党首アドルフ・ヒトラーと言う男だ。
今は中央政権の転覆を謀り、ミュンヘン一揆の首謀者として投獄されていると何処かで聞いたか何かで読んだ。
そんな男を利用して、こいつはヒトラーを神格化しようとしている。
そしてその威を借りて己が立身を図っている。
そんな男に『化け物の棺』は利用されようとしているのか。
そう思うと決してこの男には『化け物の棺』の秘密を手渡したくはないとグリンダは強く思った。
それには何としてでもここから早く逃げなければ。
そしてなんとかヴィクトーに会わなければ。
早い所ここを抜け出さないと碑文がまだ解読できるような代物では無いと分かったエッカーマンはどうするだろう。
近所付き合いを絶ったも同然のグリンダに不意の助けが訪れるどと言う奇跡が起こる筈もなく、今はただ何事にも穏便に、エッカーマンの逆鱗に触れないように諂いながらも時間稼ぎをするしか無いのだろうか。
だがこの日、ありえない程の千載一遇のチャンスがグリンダに訪れたのだ。
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