化け物の棺

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開かれ行く扉

初めの一歩

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「とにかく、出来るだけ沢山の情報を手に入れてきますから、楽しみに待っていて下さい」
「はいよ、その間の解読は任せておきな。気をつけて心置きなく行っといで!」

そう言って魔女はヴィクトー達を送り出してくれた。
彼女がいなければこうして父に続いて調査隊など出せるとは思わなかった。
闇雲に謎を解こうとしていた頃よりも、ずっと現実的で半ば夢みたいなものだと思っていたものが、ぐっとリアルなものとして近づいてきたのだ。
調査隊は最終的にタオも入れて十一人となった。
ルイが調査隊を組んだ時は十五人。
後ろ盾に極東学院がついていたおかげで父の調査隊は潤沢な資金と豊富な資材に恵まれていたが、今はヴィクトーの頼りない全財産とエルネストの出資だけが頼りだ。

「まあ親父の時とは違って、大規模な発掘というわけじゃない。小さな遺跡を見に行くだけだ」

ヴィクトーはそう言って、エリックを安心させようとしていたが、場所はベトナムとカンボジアの国境の密林、かなりの高地や毎年形を変える川。未だまともな地図すら描けていないような生きた密林地帯なのだ。
何が待ち構えてるか不安は拭えなかった。

そんな気持ちを持て余しながら、半年ぶりにシュアンと合流した。
彼は相変わらず軽やかで華があって美しかった。
現地スタッフもそうだが、密林に入ると言うのに、現地スタッフは皆普段通りの実に簡単な服装だった。
シュアンもいつもと変わらず精霊のように繊細で華奢な服装をしていた。
ヴィクトーやエリック達の重装備が何処か滑稽にすら思えて来る。
シュアンはヴィクトーを見るなりパァッとその表情を輝かせ、一目散に走って来てヴィクトーに飛びついた。

「ヴィクトー!お元気でしたか?」

そう言って、シュアンは一頻りヴィクトーを抱きしめた。

ああまただ。
またこんな二人を目の当たりにしなければならないのだ。
けれども、エリックもここのところしっかりとヴィクトーとの愛を確認出来た事もあり、半年前、初めてシュアンの存在を知った時よりも冷静な気持ちで二人を見ている事が出来た。

「君も元気そうで良かったよ」

久しぶりに会ったシュアンと抱擁を交わしながら、うっかりヴィクトーは「会いたかった」と口が滑りそうになるが、エリックの気持ちを慮《おもんばか》って、慌てて口を噤んだ。
エリックの事は間違いなく愛しているのに、シュアンを見ると、懐かしさとも愛しさとも違う、一言では言い難い不思議な思いに駆られ、特別な思いで彼のことを見てしまう。
それはまるで自分の中にもう一人の自分がいるようだ。
そしてエリックを気遣うヴィクトーの気持ちはシュアンにも良く分かっていた。
シュアンとてエリックからヴィクトーを奪いたいなどと思っているわけではない。
ヴィクトーと全く同じように、自分の中のもう一人が激しくヴィクトーに惹かれてしまうのだ。

「こんにちは、エリック。お久しぶりでしたね。今回は宜しくお願いしますね」

先にシュアンに言われてしまい、エリックは慌てて挨拶を返した。

「こ、こちらこそ宜しくです!同行して下さって本当に有難うございます」

エリックもシュアンが憎いわけではないのだ。
こんな不思議な状況でなかったら、きっと良い友達になれる気さえするのだった。

今回はルイの使ったルートを行く事にしていた。
そこにシュアンが見たと言う遺跡のだいたいの場所に印をつけた。
書いてみて分かったのだが、石櫃の眠っていたあの『生と死の伽藍』の道筋に点々とそれらの場所が続いていた。
ヴィクトー達は、やはりそこに同じ系統を持つ古代文明の匂いを感じていた。
密林に入る前に、レンドン師であるシュアンが密林の精霊達に鎮めの儀式を行った。
精霊達は入れ替わり立ち替わり次々とシュアンの身体に降りて来て、焚き火の噴き上げる火の粉の中で、シュアンの身体を使って激しく踊り狂った。
初めて儀式を目の当たりにしたエリックは衝撃だった。
精霊が降りてきた時のシュアンはまるで違う人格が本当に乗り移ったようだった。
その目つき、声色、仕草。
精霊の数だけ違うシュアンがいた。
レンドン師の存在が、常人の領域とは違う場所にあり、そこに自然界の神のような存在が確かにあるのだと認めざるを得ない。
今日この日、ここに集った誰もがそう感じた。
儀式が終わり、この夜シュアンは抜け殻のようになってテントの中で深い眠りに落ちていた。

ヴィクトーとエリックは二人きりのテントの中、簡単な夜具に包まりながら共に眠った。
エリックは今までにない心の変化を感じていた。

「ヴィクトー。僕頑張る。絶対に良い成果を持って帰りましょう」

身体を張ったシュアンの儀式は、少なくともエリックの中の遺跡へと向かい合う気持ちに変化をもたらしていた。
ヴィクトーにしても今までエリックを振り回している事に引け目のような、すまないと詫びるような気持ちがあったが、エリックのこの言葉はそんな思いからヴィクトーを解き放ってくれた。今見えるのは己の進むべき真っ直ぐな一本道だけ。
この夜エリックもヴィクトーも初めて隙間なく気持ちがピタリと重なった気がした。


夜半、調査隊が眠るキャンプの周辺を闇に紛れて蠢く人影と幾つもの目が光っていた。
それは獣の目ではなく、幾人もの人間の目だ。
その気配は朝日が登る前に音もなく漆黒の闇へと紛れて消えた。



◆◆◆


天使に捕まったジョルダン神父は途方に暮れていた。
偶然に、それもただ一度きり言葉を交わしただけのエリックをどうやって探し出そうか。
あの容赦なさそうな異端審問官にエリックに会わせると無理な約束をしてしまった。
手がかりはあの公園以外に思い当たらない。再び会えることを祈って、ジョルダンはここ数日、ずっと公園の周辺を彷徨い歩いたのだった。

「それにしでも、こんな地の果てであの少年に再び出会うとは…、ああ恐ろしい恐ろしい…!ワシはもう関わりたくは無いと言うのに…っ!」

あの日この公園でエリックにあった時、ジョルダンは悪魔の雷に打たれたような気持ちだった。悪魔があの時の復讐を果たしに来た。そんな恐怖を覚えたのだ。
ジョルダンが初めてあのエリックと出会ったのはエリックがまだ五歳。年端も行かぬ頃だった。
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