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新らしい景色の中へ
探り合い
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「こうなったら、こっちから尋ねてみよう。花のお礼もあるしね」
無論、花のお礼と言うのはついでの話。小細工が苦手なヴィクトーは当たって砕ける作戦に出たのだった。
まずはエルネストにヴィクトーが無事で帰ってきた事と、ついては改めてお礼とご挨拶に伺いたいと言う趣旨の手紙を一筆認めてもらうと、直ぐに返事が返されてきた。
ルイ・マルローの息子が生きているならば、是非とも会いたい。
そう書かれてあった。
それから数日後、三人は極東学院の院長室へと通されていた。
外はおりしもの雨。
いよいよ乾季の終わりを告げる時節となっていた。
「良くいらっしゃいましたね、フランス極東学院院長のルイ・フィノーと言います。
貴方のお父上とは奇しくも同じ名前です。どうぞフィノーと呼んで下さい。ヴィクトー・マルロー…教授…でしたな」
卒ない挨拶だが、そこに感情を読み取る事は出来ない。
ヴィクトーは差し出された手に握手をした。
妙に冷えた手をしていた。
「父が昔お世話になった方なのに、挨拶が遅くなりました。
こちらに着くなり盗難騒ぎや例の火事騒ぎで、漸く落ち着いてご挨拶に伺えました。死んだ筈の人間がこうしてご挨拶しているとは驚かれたでしょう。
すみませんでした、改めてお花のお礼を…」
ヴィクトーとて心から信頼しての挨拶ではない。お互い小さな相手の表情一つでその腹の底を探ろうとしていた。
「エルネスト、其方のお若い方は?」
ヴィクトーの隣にちょこんと立っていたエリックに学院長が目を止めた。
「ああ、彼はヴィクトーの恋び…」
つるっとエルネストが何か重大な事を言いかけて、エリックが慌てて言葉を被せた。
「助手です!!じ、助手のエリックと言います!」
「お、お若くて元気ですな」
突然大声を出されて驚いた顔をしている学院長に、エリックは顔を赤くし俯いた。
二人の関係はエルネストにバレていた。
もうその事でエリックは頭がいっぱいになってしまい、学院長どころでは無くなっていた。
ヴィクトーが不自然に咳き込みながら、急場を凌ぐように言葉を繋いだ。
「あ、あの…、父の遺跡調査が頓挫してしまって、申し訳なかったと、父に代わってお詫びします」
「本当にね、それは残念だった。だが、一番残念なのはお父上を亡くされた事ですよ」
それは本心で言っているようにヴィクトーには見えた。
いや、そう思いたかったのかもしれない。
「貴方も考古学者と言う事は、あの遺跡に興味をお持ちだからこの国に戻ってきた。そう言う事でしょうか」
いきなり直球の質問だった。
ヴィクトーも小さなカマをかけてみた。
「はい。私が子供の時に『見た物』が何だったのか確かめるために戻ってきました」
その刹那、学院長の目の奥に不思議な炎が揺らめいたのをヴィクトーは見逃さなかった。
「何を…、見たと?」
その声、その表情は明らかに色めきたっていた。
彼に話しても良いのかと何故かヴィクトーは躊躇する気持ちが湧いた。
「分かりません。私もそれを覚えていないんです。それを見つけに戻りました」
「それが何か、君はもう見つけたのかな?」
「いえ、まだ分かりません」
そう言うヴィクトーの表情を、そこに嘘はないかと学院長は観察しているようにも見えた。
「私が…、手伝いましょうか。お父上を援助したように、今度は貴方を援助して差し上げましょう。
そして、その謎を解いてみませんか?最後まで」
思いがけない提案をして来た相手の真意を今度はヴィクトーが探った。
「何を…お探しですか」
「…貴方は、それをまだご存知ではないのですか?」
明らかにヴィクトーがどこまで知っているのかと試すような言葉に聞こえる。
その奇妙な間合いの中に、ヴィクトーは何か邪な物を学院長の中に嗅ぎ取った。
「有難いお申し出ですが、少し考えてもいいでしょうか。
貴方に出資して頂くというのは見返りをお渡ししないといけません。
まだ若輩者ですので私が貴方の欲しい物を見つけられる自信が無いので…」
ヴィクトーの背筋が得体の知れない何かにゾワゾワとしていた。何か悪い物に絡め取られる。そんな嫌な予感だった。
「バカ、何で出資話しに乗らなかったんだ!こんな良い話ないじゃ無いか!」
院長室を出てから一言も話さず、表情を強張らせているヴィクトーにエルネストは不満げだった。
発掘だの調査隊だの金の掛かる考古学者にとってはまたと無いチャンスをヴィクトーが棒に振ろうとしていたからだ。エルネストは金がないがため、志を捨てた多くの考古学者を知っていた。
「何か、おかしな事でもあったんですか?学院長に気になる事でも…?」
早足で歩くヴィクトーをエリックが追いかけた。
学院の門を出た途端、ヴィクトーが初めて口を開いた。
「あの学院長、ただ考古学的興味で出資を申し出た訳じゃ無い!もっと何かもっと…邪なものを俺は感じた!お前たち何か感じなかったか?さっきの俺たちの会話…」
その時だった、背後から車の近づく車輪の音がし、軽くクラクションを鳴らされた。
「皆さん、足元がお悪いですから学院長がお送りする様にと…どうぞ乗りください」
運転席の窓から男が話しかけて来た。
早くも監視がついたのだと咄嗟に感じたヴィクトーは、その申し出を丁重に断っていた。
「いえ、ハノイの雨に打たれたい気分なので、どうぞお構いなく」
不服そうなエルネストも仕方なく傘をさして早足でヴィクトーを追いかけた。
そしてエリックも、ヴィクトーを追って彼に傘を差しかけていた。
熱帯の雨でも雨は冷たかった。
「ヴィクトー、あの人は味方じゃなくて…敵なんでしょうか?」
「分からないが…正しい何かでは無い気がする」
そう言って、ヴィクトーは泥濘《ぬかる》む道を黙々と歩いていた。
「ふん、あのヴィクトーと言う小僧はどうやらボンクラでは無い様だな…。少なくとも直感力はあるわけか。ここまで私を探りに来たとはね…」
院長室の窓辺に立ち、学院長は窓を流れる雨粒を眺めていた。見上げれば黒雲が空に深く垂れ込め、何処かで雷鳴が低くその喉を鳴らしていた。
無論、花のお礼と言うのはついでの話。小細工が苦手なヴィクトーは当たって砕ける作戦に出たのだった。
まずはエルネストにヴィクトーが無事で帰ってきた事と、ついては改めてお礼とご挨拶に伺いたいと言う趣旨の手紙を一筆認めてもらうと、直ぐに返事が返されてきた。
ルイ・マルローの息子が生きているならば、是非とも会いたい。
そう書かれてあった。
それから数日後、三人は極東学院の院長室へと通されていた。
外はおりしもの雨。
いよいよ乾季の終わりを告げる時節となっていた。
「良くいらっしゃいましたね、フランス極東学院院長のルイ・フィノーと言います。
貴方のお父上とは奇しくも同じ名前です。どうぞフィノーと呼んで下さい。ヴィクトー・マルロー…教授…でしたな」
卒ない挨拶だが、そこに感情を読み取る事は出来ない。
ヴィクトーは差し出された手に握手をした。
妙に冷えた手をしていた。
「父が昔お世話になった方なのに、挨拶が遅くなりました。
こちらに着くなり盗難騒ぎや例の火事騒ぎで、漸く落ち着いてご挨拶に伺えました。死んだ筈の人間がこうしてご挨拶しているとは驚かれたでしょう。
すみませんでした、改めてお花のお礼を…」
ヴィクトーとて心から信頼しての挨拶ではない。お互い小さな相手の表情一つでその腹の底を探ろうとしていた。
「エルネスト、其方のお若い方は?」
ヴィクトーの隣にちょこんと立っていたエリックに学院長が目を止めた。
「ああ、彼はヴィクトーの恋び…」
つるっとエルネストが何か重大な事を言いかけて、エリックが慌てて言葉を被せた。
「助手です!!じ、助手のエリックと言います!」
「お、お若くて元気ですな」
突然大声を出されて驚いた顔をしている学院長に、エリックは顔を赤くし俯いた。
二人の関係はエルネストにバレていた。
もうその事でエリックは頭がいっぱいになってしまい、学院長どころでは無くなっていた。
ヴィクトーが不自然に咳き込みながら、急場を凌ぐように言葉を繋いだ。
「あ、あの…、父の遺跡調査が頓挫してしまって、申し訳なかったと、父に代わってお詫びします」
「本当にね、それは残念だった。だが、一番残念なのはお父上を亡くされた事ですよ」
それは本心で言っているようにヴィクトーには見えた。
いや、そう思いたかったのかもしれない。
「貴方も考古学者と言う事は、あの遺跡に興味をお持ちだからこの国に戻ってきた。そう言う事でしょうか」
いきなり直球の質問だった。
ヴィクトーも小さなカマをかけてみた。
「はい。私が子供の時に『見た物』が何だったのか確かめるために戻ってきました」
その刹那、学院長の目の奥に不思議な炎が揺らめいたのをヴィクトーは見逃さなかった。
「何を…、見たと?」
その声、その表情は明らかに色めきたっていた。
彼に話しても良いのかと何故かヴィクトーは躊躇する気持ちが湧いた。
「分かりません。私もそれを覚えていないんです。それを見つけに戻りました」
「それが何か、君はもう見つけたのかな?」
「いえ、まだ分かりません」
そう言うヴィクトーの表情を、そこに嘘はないかと学院長は観察しているようにも見えた。
「私が…、手伝いましょうか。お父上を援助したように、今度は貴方を援助して差し上げましょう。
そして、その謎を解いてみませんか?最後まで」
思いがけない提案をして来た相手の真意を今度はヴィクトーが探った。
「何を…お探しですか」
「…貴方は、それをまだご存知ではないのですか?」
明らかにヴィクトーがどこまで知っているのかと試すような言葉に聞こえる。
その奇妙な間合いの中に、ヴィクトーは何か邪な物を学院長の中に嗅ぎ取った。
「有難いお申し出ですが、少し考えてもいいでしょうか。
貴方に出資して頂くというのは見返りをお渡ししないといけません。
まだ若輩者ですので私が貴方の欲しい物を見つけられる自信が無いので…」
ヴィクトーの背筋が得体の知れない何かにゾワゾワとしていた。何か悪い物に絡め取られる。そんな嫌な予感だった。
「バカ、何で出資話しに乗らなかったんだ!こんな良い話ないじゃ無いか!」
院長室を出てから一言も話さず、表情を強張らせているヴィクトーにエルネストは不満げだった。
発掘だの調査隊だの金の掛かる考古学者にとってはまたと無いチャンスをヴィクトーが棒に振ろうとしていたからだ。エルネストは金がないがため、志を捨てた多くの考古学者を知っていた。
「何か、おかしな事でもあったんですか?学院長に気になる事でも…?」
早足で歩くヴィクトーをエリックが追いかけた。
学院の門を出た途端、ヴィクトーが初めて口を開いた。
「あの学院長、ただ考古学的興味で出資を申し出た訳じゃ無い!もっと何かもっと…邪なものを俺は感じた!お前たち何か感じなかったか?さっきの俺たちの会話…」
その時だった、背後から車の近づく車輪の音がし、軽くクラクションを鳴らされた。
「皆さん、足元がお悪いですから学院長がお送りする様にと…どうぞ乗りください」
運転席の窓から男が話しかけて来た。
早くも監視がついたのだと咄嗟に感じたヴィクトーは、その申し出を丁重に断っていた。
「いえ、ハノイの雨に打たれたい気分なので、どうぞお構いなく」
不服そうなエルネストも仕方なく傘をさして早足でヴィクトーを追いかけた。
そしてエリックも、ヴィクトーを追って彼に傘を差しかけていた。
熱帯の雨でも雨は冷たかった。
「ヴィクトー、あの人は味方じゃなくて…敵なんでしょうか?」
「分からないが…正しい何かでは無い気がする」
そう言って、ヴィクトーは泥濘《ぬかる》む道を黙々と歩いていた。
「ふん、あのヴィクトーと言う小僧はどうやらボンクラでは無い様だな…。少なくとも直感力はあるわけか。ここまで私を探りに来たとはね…」
院長室の窓辺に立ち、学院長は窓を流れる雨粒を眺めていた。見上げれば黒雲が空に深く垂れ込め、何処かで雷鳴が低くその喉を鳴らしていた。
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