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新らしい景色の中へ
ヴィクトーの知らない事
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「いったいお前達は今までどうしていたんだ?私はもう生きた心地はしなかったよ!」
ベッドに横たわるエルネストは氷嚢を頭に乗せていた。
どん底からの急上昇で頭が沸騰してひっくり返り、漸く今落ち着いたところだった。
「悪かった。本当はもっと早く帰るはずだったんだが、色々あって帰るのが遅くなってしまったんだ。それより腰はどうしたんだ?大丈夫なのか?」
ベッドの傍でヴィクトーとエリックが心配そうな顔で覗き込んでいた。
「腰?ああ、そう言えばいつの間にか…。
いいや、そうじゃない!それどころでは無くなってしまったんだよ!火事場にも見に行ったのに、お前の焼け焦げたシルクハットだけが見つかって、…お前は跡形もなく燃えたのかと思って私は…っ、私は…うぅ…」
エルネストの目が再び潤み始めてヴィクトーは慌てて違う話題にすり替えた。
「そ、それより、俺はこの国で知り合いもいないのに良く葬式に来てくれた人間がいたな!花束が三つも置いてあったぞ」
棺桶もない祭壇に、シルクハットとと共に花束が三つ置いてあったことをヴィクトーは思い出したのだ。
「あれは私と、極東学院の院長と、知らんドイツ人が捧げに来たんだよ」
その言葉に震撼としたのはエリックただ一人。
『二つの鞄とヴィクトーは少なくとも三人の人間が狙っている』
ライが教えてくれたあの言葉が咄嗟に脳裏に浮かんだのだ。
一人は極東学院長、そしてドイツの軍人。何故かヴァチカン。
その中の二人がヴィクトーの葬式に来ていたのだ。
偶然とは思えなかった。
文字を写すのに一生懸命になっていたヴィクトーにエリックはこの事を伝えそびれていたのだ。
「あのっ…ヴィクトー、その事でちょっと話が…」
エリックは「青嵐」の事はエルネストに伏せたまま、ライに聞いた話しを二人に聞かせた。
「極東学院の院長ならさっき葬式にきてくれたがそんな話はしていなかったぞ、さっきすれ違わなかったか?ヴィクトー」
そう言えば入れ違いにエブラール邸から出て来た男がいた事をヴィクトーは思い出した。
「ああ、あの太った男か!」
「そうだ。彼はかつてルイの遺跡探索のスポンサーだった。自分が金を出した物がいったい何だったのか正体が知りたいと言うのはおかしな話では無いが、ドイツの軍人にヴァチカン?お前何か心当たりは無いのかい?ヴィクトー」
そう言われてもヴィクトーには見当もつかない。
今までドイツに行ったこともなければ知り合いの中にすらいない。
ましてや無信心の薄いヴィクトーにはヴァチカンなど遥か彼方の存在だ。
どう頭を捻っても彼らから狙われる理由など見当もつかなかった。
「う~~ん……」
難しい顔の三人は其々腕組みをし、揃って大きなため息をついていた。
◆◆◆
「くそっ!葬式に例の鞄の話など持ち出せるものか。ヴィクトー君はどこまで例の秘密を解読したと思うかね。
しかし死んでしまうとは痛い誤算だ」
ヴィクトーの葬式に花束を持って現れた極東学院の院長は、取り敢えず傷心のエルネストにお悔やみの言葉を告げただけで肝心な話ができずにエブラール邸を後にしていた。
車の後部座席に深々と沈みながら、運転席の男に渋面で愚痴をこぼす。
「院長、それよりあの火事の後からタオの消息が知れません。学院の寮にも戻って来ませんし鞄の情報がどこまで分かったのかも報告がありません」
「…あやつを使って秘密裏に事を進めようとしたのがこうなっては仕方がない。私がなんとかするしかあるまい」
この極東学院の院長という男は、極東地域。いわゆる東南アジアの考古学における権威であった。
フランス政府と言う強力な後ろ盾を持ち、学院だけではなく直結の考古学博物館を有し、広くこの地における考古学研究の中枢を担って来た人物だった。
また遺跡調査や発掘に資金を提供し、その見返りとしてあらゆる発掘に関する情報は須《すべから》く彼の元に集まって来るのである。
かつてはヴィクトーの父ルイも、この極東学院の資金提供を受けていた。
だが遺跡は谷底にルイと共に葬られ、結局は遺跡調査は頓挫した格好になってしまった。
エルネストの推論はある意味正しかったが、彼の本当の目的までは見抜けてはいなかった。
それは極めて個人的な欲望と野望だった。
世界の裏側で細々と流れる一筋の水の流れの様に、ひと握り、いやそれにも満たない人々の間に語られて来た謎に満ちた遺物に関する噂。
それは不老不死の何かだとも、世界を手にする何かだとも、人類を滅ぼす何かだとも言われ、その真意は手に入れたものでなければ分からない。
誰もそれを目にしたことはなく、どんなものかも分からない。
本当にそんなものがあるのかさえも。
ルイがどこまで知った上であの遺跡を調査しようとしていたのかは分からない。或いは知らなかったのかも知れない。
ただルイの手帳の中には、世界を動かした偉人達の名前と『化け物の棺』と言う漠然とした記述だけが残っている。
だが学院長はその手帳の存在を知らず、ヴィクトーは「化け物の棺」と言うルイの走り書きにそんな重大な秘密が隠されている事を知らなかった。
「化け物の棺か…。そんなものが本当にあるならば是非とも手に入れたいものだ」
学院長の呟きは運転席の男には聞こえないほどの小さな小さな呟きだった。
ベッドに横たわるエルネストは氷嚢を頭に乗せていた。
どん底からの急上昇で頭が沸騰してひっくり返り、漸く今落ち着いたところだった。
「悪かった。本当はもっと早く帰るはずだったんだが、色々あって帰るのが遅くなってしまったんだ。それより腰はどうしたんだ?大丈夫なのか?」
ベッドの傍でヴィクトーとエリックが心配そうな顔で覗き込んでいた。
「腰?ああ、そう言えばいつの間にか…。
いいや、そうじゃない!それどころでは無くなってしまったんだよ!火事場にも見に行ったのに、お前の焼け焦げたシルクハットだけが見つかって、…お前は跡形もなく燃えたのかと思って私は…っ、私は…うぅ…」
エルネストの目が再び潤み始めてヴィクトーは慌てて違う話題にすり替えた。
「そ、それより、俺はこの国で知り合いもいないのに良く葬式に来てくれた人間がいたな!花束が三つも置いてあったぞ」
棺桶もない祭壇に、シルクハットとと共に花束が三つ置いてあったことをヴィクトーは思い出したのだ。
「あれは私と、極東学院の院長と、知らんドイツ人が捧げに来たんだよ」
その言葉に震撼としたのはエリックただ一人。
『二つの鞄とヴィクトーは少なくとも三人の人間が狙っている』
ライが教えてくれたあの言葉が咄嗟に脳裏に浮かんだのだ。
一人は極東学院長、そしてドイツの軍人。何故かヴァチカン。
その中の二人がヴィクトーの葬式に来ていたのだ。
偶然とは思えなかった。
文字を写すのに一生懸命になっていたヴィクトーにエリックはこの事を伝えそびれていたのだ。
「あのっ…ヴィクトー、その事でちょっと話が…」
エリックは「青嵐」の事はエルネストに伏せたまま、ライに聞いた話しを二人に聞かせた。
「極東学院の院長ならさっき葬式にきてくれたがそんな話はしていなかったぞ、さっきすれ違わなかったか?ヴィクトー」
そう言えば入れ違いにエブラール邸から出て来た男がいた事をヴィクトーは思い出した。
「ああ、あの太った男か!」
「そうだ。彼はかつてルイの遺跡探索のスポンサーだった。自分が金を出した物がいったい何だったのか正体が知りたいと言うのはおかしな話では無いが、ドイツの軍人にヴァチカン?お前何か心当たりは無いのかい?ヴィクトー」
そう言われてもヴィクトーには見当もつかない。
今までドイツに行ったこともなければ知り合いの中にすらいない。
ましてや無信心の薄いヴィクトーにはヴァチカンなど遥か彼方の存在だ。
どう頭を捻っても彼らから狙われる理由など見当もつかなかった。
「う~~ん……」
難しい顔の三人は其々腕組みをし、揃って大きなため息をついていた。
◆◆◆
「くそっ!葬式に例の鞄の話など持ち出せるものか。ヴィクトー君はどこまで例の秘密を解読したと思うかね。
しかし死んでしまうとは痛い誤算だ」
ヴィクトーの葬式に花束を持って現れた極東学院の院長は、取り敢えず傷心のエルネストにお悔やみの言葉を告げただけで肝心な話ができずにエブラール邸を後にしていた。
車の後部座席に深々と沈みながら、運転席の男に渋面で愚痴をこぼす。
「院長、それよりあの火事の後からタオの消息が知れません。学院の寮にも戻って来ませんし鞄の情報がどこまで分かったのかも報告がありません」
「…あやつを使って秘密裏に事を進めようとしたのがこうなっては仕方がない。私がなんとかするしかあるまい」
この極東学院の院長という男は、極東地域。いわゆる東南アジアの考古学における権威であった。
フランス政府と言う強力な後ろ盾を持ち、学院だけではなく直結の考古学博物館を有し、広くこの地における考古学研究の中枢を担って来た人物だった。
また遺跡調査や発掘に資金を提供し、その見返りとしてあらゆる発掘に関する情報は須《すべから》く彼の元に集まって来るのである。
かつてはヴィクトーの父ルイも、この極東学院の資金提供を受けていた。
だが遺跡は谷底にルイと共に葬られ、結局は遺跡調査は頓挫した格好になってしまった。
エルネストの推論はある意味正しかったが、彼の本当の目的までは見抜けてはいなかった。
それは極めて個人的な欲望と野望だった。
世界の裏側で細々と流れる一筋の水の流れの様に、ひと握り、いやそれにも満たない人々の間に語られて来た謎に満ちた遺物に関する噂。
それは不老不死の何かだとも、世界を手にする何かだとも、人類を滅ぼす何かだとも言われ、その真意は手に入れたものでなければ分からない。
誰もそれを目にしたことはなく、どんなものかも分からない。
本当にそんなものがあるのかさえも。
ルイがどこまで知った上であの遺跡を調査しようとしていたのかは分からない。或いは知らなかったのかも知れない。
ただルイの手帳の中には、世界を動かした偉人達の名前と『化け物の棺』と言う漠然とした記述だけが残っている。
だが学院長はその手帳の存在を知らず、ヴィクトーは「化け物の棺」と言うルイの走り書きにそんな重大な秘密が隠されている事を知らなかった。
「化け物の棺か…。そんなものが本当にあるならば是非とも手に入れたいものだ」
学院長の呟きは運転席の男には聞こえないほどの小さな小さな呟きだった。
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