化け物の棺

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新らしい景色の中へ

悪ふざけの代償

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「これは…!」

舟から降りてきたエリックとシュアンが光るペンダントを近づけると光は一層輝きを増し、シュアンのあの箱を守る蝶達も一斉に舞い上がった。
緑の煙突の中は星を散りばめたように明るくなり、煙突の中の全容が皆の眼前に明らかになっていく。
見えてきたのは草木の棚に挟まれた生き物の骸だけでなく、その煙突の壁全体に何かの象形文字のようなものがびっしりと浮かび上がったのだ。
ヴィクトーは驚愕に瞬きも忘れ、その光景の前で立ち尽くした。

「これは…あの時俺が写した…石櫃に刻まれていたものと同じだ!……か、紙とペンだ!紙とペンはあるか!」

興奮に擦れた声が震えている。
シュアンが木箱から埃に塗れた紙と鉛筆を取り出してくると、これで良いかとヴィクトーに差し出した。
書ける物なら何でも構わなかった。

「こう言う場所なら他にもあります。紫の蝶が時々こんな場所を教えてくれたりするんです」

その言葉に夢中で文字を書き写していたヴィクトーの手がハタと止まった。

「なんだって?!こんな場所が他にもあるって言うのか!」

驚きに目を見張るヴィクトーに、シュアンは無言のまま頷いた。

「ここよりもずっと小さな規模で似た作りの場所や半分ほど土に埋まった石版に、やはりこのような文字が刻まれている場所もあります」
「それは本当か!何処なんだ!私をその場所に案内することは出来るか?!」
「…勿論、それは構いませんが…」

目の前の新たな情報に興奮しきっているヴィクトーを目の当たりに少し不安を覚えたシュアンはエリックへと何か言いたげな視線を送った。
聡《さと》いエリックがその視線の意味に気づいて頷き返す。

「あのっ、あの…ヴィクトー、取り敢えず一旦帰りませんか?きっとエルネスト先生が心配している筈です…!色々と下準備とかあるでしょう?服だってズタボロだし、ね?ヴィクトーそうしませんか?」

目の前の大発見にはしゃいで今にも走り出しそうなヴィクトーをエリックは上手に宥めすかした。
実際、エルネストはあの火事場から見つからないヴィクトーと何も言わずに姿を消したエリックの事を心配しているに違い無いなのだ。

「確かに君の言う通りだ。よし、じゃあ壁の文字を書き写し終えたら一旦戻ろう」

そうは言ったものの、文字を書き写し始めたヴィクトーは取り憑かれたように夢中になり、壁の文字を全て書き写すのにはそれから丸ニ日を要したのだった。
その間、煙突の外のジャングルで果物を調達し、目の前の川で釣った魚で腹を満たして過ごした。
そして漸くこの日、帰ることとなったのだが、ライはまだ外に出るのは危険だとシュアンがここに残る事を勧め、一先ずシュアンは寺院へ、そしてヴィクトーとエリックはエブラール邸へと戻る事になった。
最後にライがエリックに「タオを頼む」と呟いたのが当面の彼との別れの挨拶となったのだったが、ヴィクトー、エリック、シュアンの三人は小舟に揺られ、見覚えのある河岸で舟を降りた。

「色々とありがとう。シュアン。君に出会ったお陰で道が開けた」
「私も貴方に会えて良かった。私の身に起こった不思議な事を、貴方ならきっと解いて下さいますよね?」
「ああ。私達に絡まる不思議な運命の糸を必ず解こう。また直ぐに連絡をする。その時は、案内を頼む」
「はい」

そう言って二人が見つめ合った数秒間の濃密さをエリックは感じ取ってしまうのだ。
この二人はいわゆる『運命の人』なのだと言う思いが胸の中に燻った。


◆◆◆


「困った!困ったぞ…!えらい事になってしまった!こんな事になるなら私が行けば良かった!」

腰を痛めていた筈のエルネストはさっきから忙しなく一階の客間でウロウロとしていた。

「私も何と慰めて良いやらわからないが、式典でヴィクトー君はスピーチをする所だった。その時あの青嵐どもが…!
あの後私も逃げるのに必死で、すまなかったね、エブラール君、こんな事になろうとは!」

立派な身なりの太った紳士が、落ち込むエルネストの肩を然りに叩いて慰めていた。

「いえ、貴方がご無事で何よりでした。学院長!」
「今後について困った事があったら何でも相談して下さい。ヴィクトー君のお父様からの付き合いだからね。では、今日のところはお悔やみを…」

そう言うと、その学院長と呼ばれた男は祭壇らしき場所に花を手向けて部屋を後にした。

一方、開け放たれた玄関前でヴィクトーとエリックはいつもと違う屋敷の様子に眉を顰めていた。

「なんか、屋敷全体が薄暗いな…」
「なんでしょう。メイド達のドレスのせいでしょうか?」

いつもは薄緑のメイド服を身に付けている彼女達が今日は何故か黒いメイド服を着て畏まった雰囲気だ。

「そう言えば、さっきすれ違ったの太った男も、何だか改まった黒い服を身につけていたな」

不思議に思いながらも薄汚れた恰好の二人は三日ぶりの屋敷の中へと恐々と入っていった。
廊下で下を向いて歩くメイドにすれ違うと、メイド達は神妙な顔つきで会釈してくる。

「ああ、ただいま。何だい今日は、お偉いさんでも来てるのかい?
エルネストはどうしてるかな。腰はどんな具合?」

すれ違うメイドにヴィクトーが気安く声をかけると、お辞儀をしかけていたメイドが何故か「ひっ!」と掠れた悲鳴をあげ、目を見開き口をパクパクして二人を凝視している。
後ろではもう1人のメイドが手に持っていた沢山のタオルを床に全て落っことし慌てていた。

何だろう?

妙な居心地の悪さを感じながら、二人は廊下を歩いて行った。

「ヴィクトー。何だか変ですね、まるで僕たちを死人を見るような目つきで見てましたよ?」

まさかエルネストがヴィクトーの葬式をしめやかに行っているとは思いもせずに、二人は扉が開かれていた客間へと自然と吸い込まれた。
目に飛び込んだのは黒いテーブルクロスの簡素な祭壇。捧げられたと思き幾つかの花束とヴィクトーの子供の頃の写真。そして焼け焦げたシルクハットがそこには置いてあった。
エルネストはその前で殊勝にに跪きさめざめと泣いていた。

「もしや、これは俺の葬式か?」
「……多分、そうなのでは」

きっとそうなのだ。
声を顰めて話す二人は顔を見合わせた。



「何だか今日は部屋が暗いですね、それにやけに湿っぽい。これは一体何事ですか」
「ああ、…どうぞ祈ってやって下さい。焼け焦げていてもせめて遺体でも戻って来ればと思ったのですが…見つかったのはこんな物が一つで…」

シルクハットを見つめながらしょげかえっているエルネストは、声をかけた人物がヴィクトーだとはまだ気づいていない様子だった。
自分がヴィクトーだと喉元まで出かかったが、少しばかり悪戯っ気が湧いてしまい、惚けた答えを返した。

「はあ…、それはそれは、お悔やみを…」

神妙な顔つきで三人横並びでシルクハットに向かって頭をたれた。

「で、どなたが亡くなったのですか?」
「私の息子も同然の男で…」

エルネストが漸くそのくしゃくしゃになった顔を上げた時、目に飛び込んできたのは
今の今まで死んだと思っていた男だったのだ。

「ヴ…ヴィクトー…?」
「ただいま、エルネスト」
「お前、おまえっ、生きていたのか…!」

てっきり思い切り抱きついてくるだろうとヴィクトーは腕を広げて待っていたのに、意に反してエルネストはそのまま後ろにひっくり返って気絶した。
エルネストも驚いたが、ヴィクトーとエリックはもっと驚いた。

「わあぁっ!エルネスト!エルネストっ!しっかりしろっ!」

この日悪ふざけの代償は高く付くとヴィクトーとエリックは学んだのだった。
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