化け物の棺

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謎と謎と

アブナイ鞄の中身

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それは使い込まれた黒い皮の鞄だった。
少し厚みのあるフォルムは医者が往診の時に持ち歩くようなしっかりとした作りだ。
つい昨夜まで生きていた持ち主は今しがた不審死を遂げ、恐らくはこの鞄を巡る何らかのトラブルに巻き込まれたものと思われた。
そう思うとベッドの上に鎮座している黒い物体が急に禍々しさを帯びて見え、ヴィクトーは鞄の留め金を外す手が無意識に震えた。
ゴクリとエリックの喉が鳴る。
二人は目を見合わせ頷くと、勢いよく鞄の口を開いた。
中には雑然とした書類の束と、新聞。布に包まれた三つの物体が入れられていた。
先ずは新聞を取り出してみた。その紙面のトップを飾っていたのはツタンカーメンがついに発掘成功したと言う華々しいニュースの記事だ。つい先日、同じものが客室に配られ、これにはヴィクトーも大いに沸いて、この記事は捨てずに手元に取ってある。
次に取り出したのは20センチほどの長さの布に巻かれた細長い物体だ。見た目を裏切るほどのズシリとくる重量感だ。
だがその中から出て来たものに思わず二人とも息を呑み、同時に瞳孔が開くのを感じた。
それは眩く光を放つ金の小像だった。
尖った長い耳、スレンダーで均整の取れた犬とも狼とも思える美しいフォルム。見事な彫金。
それはエジプトの半獣神の鮮やかな神の彫像だった。

「これはアヌビスだ!古代エジプトの最も重要な神の一人だよ!あちこちの王墓から発見されていてミイラを作る神とされている。……まさか、まさかツタンカーメンの王墓から発掘のどさくさに紛れて取ってきたものじゃないよな!」

ヴィクトーの興奮がエリックにも伝わってくる。ヴィクトーは次の包みをほどき始めていた。
そこに出てきたのは掌程の壁の欠片のようなものに、びっしりと何か描かれてある物だった。

「ヒエログリフの書かれた石板?まさかな!ああ嘘だろう?!ほら見てみろエリック!あのロゼッタストーンと同じ文字だ!」

これは明らかに違法に手に入れた、もしくは良くできた偽物だ。だが興奮にいくら目が眩んでいたとはいえ、これらが本物であるとヴィクトーには確信めいたものがあった。
最後の包みは小さく、開くと中から茶色いペンダントが現れた。金でもなく、まるで古びた木片のようなものが皮の紐のようなものに吊るされていた。
ヴィクトーも俄にこれがどういったものか分からずにいた時、意外にもエリックから小さな驚きの声が漏れた。

「え?!嘘…そんな事が…、ヴィクトー、よく見せて!」

エリックはその小さなペンダントに飛びつくと、夢中になってそれを翳してみたり眺めてみたり。終いには信じ難いものを見た時のように目を見開いてふるふると首を横に振っていた。

「どうした。お前の見覚えあるものか?」
「これ、僕のものです!いえ、正確には僕のものでした!
恐らく…ですけど…何でこんな所に?!」
「どう言う事だ?エリック」

ヴィクトーも驚いてそのペンダントを食い入るように見つめてエリックとを見比べた。

「アラビア海に出た頃無くしたんです。ずっとお守りみたいに首に下げていたものだったのに、僕の不注意で落としたんだと思ってたんです」
「何処で手に入れたものなんだ?」
「いえ、そう言うのではなくて、我が家の家宝というか…長男に譲られるものというか…。本当かどうかわかりませんが、曽祖父がナポレオンから譲られたと聞いています。無くした時は凄く慌てました」
「ナポレオン?また随分と大層な話だが、それを貰った経緯とか、曽祖父殿に聞かされてはいないか」
「ナポレオンのエジプト遠征の折に、曽祖父がナポレオンの命を救ったとか…何とか。それ以外は良くわかりません。
あのっ、これ僕が持ってても良いんでしょうか?」
「間違いなく君のものなら大丈夫だろうが…何故あの男が持っていたのかな」
「分かりません…」

どう見てもエジプトの出土品では無いのに、何故エリックのものがここにあるんだ?

何もかもが疑問だらけだった。更なるヒントを求めてヴィクトーは鞄の中の書類を引っ張り出した。
ざっと見るとそれは全てツタンカーメンやその周辺の資料ばかりだ。

「あの男、自然史博物館の学芸員と言っていたな。恐らくツタンカーメンの発掘現場に彼は同行していたのかもしれない。そして違法にそれらを持ち出し博物館に運ぶ途中だった…。だがそれならわざわざインドシナ経由ではなく、北大西洋航路を行けば良い。何でこんな所に居たんだ?」

資料も全て外に出してしまうと、最後に鞄の底にへばりつくようにして何かの紙切れが折り畳まれて出て来た。
随分と古ぼけて紙は黄ばんで脆くなっている感じだった。ヴィクトーは慎重にそれをつまみ上げて広げてみた。
何かをトレースしたような模様が浮かび上がっている。
文字と言うよりは図柄に近く、どこの古代文明の物なのかヴィクトーにも分からない。だがヴィクトーは何処かでこれを見た気がした。

「これは…俺もこれを知っている気が…」

何処か記憶の遠い場所から何かが浮上してくるのを感じた。
白いトレーシングペーパー。鉛筆のトレース。
夢中になって写し取っていた何か…。

これは…。
  これは。
    これは?



「あっ!」

あの時の石櫃!崩れ始めていたあの遺跡で自らが必死で写しとったあの時の!

「そんな…バカな…!
これは、俺があの時写しとったレリーフだ!いや、そんな筈は…っ!」

みるみる青ざめて行くヴィクトーの異変にエリックが慌てて彼の手を握りしめた。

「大丈夫ですか?落ち着いて考えましょう!」

その時、下船の時間をを知らせる汽笛が鳴り響いた。
港からは待ち構えていた荷物運びの男達が次々と船に乗り込んでくる。それはヴィクトー達の船室にも入って来ると、幾つかあるトランクを次々に運び出して行く。
黒鞄はそのまま手で持って降りる事にする。
慌ただしい下船に旅の感慨に耽る暇も無く、二人はハイフォンの港へと降り立っていた。

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