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過去のカケラ
暗雲を運ぶ黒鞄
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二人の不確かな気持ちを乗せたまま、長かった船旅もいよいよ終わりを告げようとしていた。
そんな最後の夜、メインデッキではここまで無事に運んでくれた船長や乗組員を称える船上パーティーが行われていた。
小粋なジャズと人々の浮かれたさざめきに、ヴィクトーとエリックもデッキへと誘い出されていた。
平手打ちのあの夜からもずっと、二人は同じ船室の同じベッドで眠り、何事もなかったような毎日を過ごしてきた。
それは心にわだかまりを抱えていても離れ難い"何か"が二人の間に存在しているからに他ならない。
そしてまだ、お互いその"何か"を諦めたくは無かったのだ。
「いよいよ船を降りるんですね、東南アジアなんて一生僕には縁のない場所だと思ってました」
張り巡らされた沢山の紅い提灯がデッキを照らし異国情緒を盛り上げる。
エリックは少し不安そうにその連なる光の帯を見上げていた。
ヴィクトーはそんなエリックの顔を覗き込んだ。
「不安かい?」
「それは不安ですよ。見知らぬ土地で言葉もわからないし、明日から何が起こるか想像もできない。我ながら思い切った選択をしたものです」
風に弄ばれるエリックの艶髪を撫でながらヴィクトーはあの日言わなければいけなかった言葉を口にしていた。
「……ありがとうエリック。こんな旅について来てくれて。俺一人だったらさぞや寂しい旅だったろう。大変かもしれないが、俺がきっと君を守るから」
あの美しい人がヴィクトーの心に住む限り、その言葉を手放しでは喜べない。だがその言葉にはエリックの不安な胸に、小さな勇気の灯を灯す魔法がかけられていた。少しだけ嬉しそうに俯いたエリックが、ヴィクトーの腕へと甘えるようにおずおずと寄り添った。
そんな甘い雰囲気を醸す二人の目の前に、それをぶち壊すように一人の男が騒々しく走り込んできたのである。
息を切らせたその男の目は血走り、辺りを警戒するように忙しく視線を巡らせている。
胸には何か黒い鞄のようなものを抱えていた。
物陰に隠れる仕草をして見たり、はたまた船首へと走って行っては戻って来たり、そのあまりの不自然さが気になって、ヴィクトーは思わず声をかけていた。
「あの、どうされましたか?」
「わあっっ!!」
ヴィクトー達が目に入っていなかったのか、男は大仰に驚いたが、そんな声を上げられてヴィクトー達こそ驚いた。
「あ、ああすいません、、大きな声を出して!あのっ、黒づくめの背の高い男を見ませんでしたか?ここを通りませんでしたかっ?」
ヴィクトーとエリックは顔を見合わせ共に首を横に振った。
「いえ、そんな男は見ませんでしたが…」
「そ、そうですかっ、」
そう言いながらも男の視線はもっぱら在らぬ方を見るのが忙しく、ヴィクトー達には一瞥もくれないでいる。
「ああ!まずい!!あの男が…!」
彼の視線の先に、その黒づくめの男を見つけたのだろうか、酷く怯えた様子でいきなりヴィクトーの胸にその黒い鞄を押し付けて来た。
「私はアメリカの自然史博物館の学芸員でライアー・ブライトンと言う者です。あのっ、これを船を降りる時まで預かって貰えませんか?!」
「え?こ、これはなんです?」
「明日っ!明日説明しますから!今夜は取り敢えず何も聞かずに預かって下さい!」
ヴィクトーがそのあまりの必死さに気圧されていると、男は鞄を押し付けたままその場を脱兎の如くに走り出した。
「ちょっとアンタ!待てよ!」
パーティー会場の人々を掻い潜るように逃げて行く男をヴィクトーは追いかけたが、
優雅にシャンパングラスを傾け、楽しげに踊る人々の中に男の姿は紛れて消えた。
「黒づくめの男だって?何なんだ?どうすりゃ良いんだこんなもん!」
手にした黒鞄を訝しげに眺めながら、踊りの輪の中で突っ立っているヴィクトーにエリックが追いついた。
はぁはぁと息を切らせながら辺りを見回しながらヴィクトーに訴えた。
「いませんよ!背の高い黒づくめなんてっ、見回したってそんな人は見かけませんでした!」
船での最後の夜だと言うのに、正しくとんでもないお荷物を背負い込んでしまった二人。
取り敢えず船室に戻って来たものの、押し付けられた荷物の正体を知りたくても持ち主の断りもなく勝手に鞄を広げて見る事も出来ずに悶々とした気持ちのまま夜が白々と明けて行った。
薄靄の中に太陽がやっと顔を出した頃、外のデッキが酷く騒がしい事にヴィクトーとエリックは気がついた。
何か嫌な予感が走って、着替えもそこそこに二人はデッキへと上がって見ると、そこに人集りが出来ていた。
何があったのかとヴィクトーは見物人に尋ねると、どうやら男が海に落ちて溺れ死んでしまったと言う。
それを聞いて顔色を失ったエリックがカタカタと震え出した。
「ヴィクトー…あのっ、もしかして…もしかして…あの人じゃないですよね?」
怯えるエリックを己の後ろに隠し、ヴィクトーは恐る恐る人集りの中へと顔を突っ込んだ。
水浸しでデッキにうつ伏せに倒れている男を数人の船員が取り囲んでいる。
ピクリともしない男は明らかに死んでいた。顔は見えなかったが、着ているものからして昨夜鞄を押し付けた男である事は間違いが無さそうだった。
ヴィクトーは絶望的な気持ちになって深いため息を漏らしていた。
あの鞄は何かマズイ物が入っていたのか?だとしたら、今度は俺達が狙われるんじゃないのか?何が入ってるんだ、あの鞄に!見るべきか?それとも知らない方が身のためか?
さまざまな考えがヴィクトーの頭の中で錯綜するが、考古学者の性と言うものがそれを見ずにはいられなかった。
「エリック、あの鞄を開けてみよう」
そんな最後の夜、メインデッキではここまで無事に運んでくれた船長や乗組員を称える船上パーティーが行われていた。
小粋なジャズと人々の浮かれたさざめきに、ヴィクトーとエリックもデッキへと誘い出されていた。
平手打ちのあの夜からもずっと、二人は同じ船室の同じベッドで眠り、何事もなかったような毎日を過ごしてきた。
それは心にわだかまりを抱えていても離れ難い"何か"が二人の間に存在しているからに他ならない。
そしてまだ、お互いその"何か"を諦めたくは無かったのだ。
「いよいよ船を降りるんですね、東南アジアなんて一生僕には縁のない場所だと思ってました」
張り巡らされた沢山の紅い提灯がデッキを照らし異国情緒を盛り上げる。
エリックは少し不安そうにその連なる光の帯を見上げていた。
ヴィクトーはそんなエリックの顔を覗き込んだ。
「不安かい?」
「それは不安ですよ。見知らぬ土地で言葉もわからないし、明日から何が起こるか想像もできない。我ながら思い切った選択をしたものです」
風に弄ばれるエリックの艶髪を撫でながらヴィクトーはあの日言わなければいけなかった言葉を口にしていた。
「……ありがとうエリック。こんな旅について来てくれて。俺一人だったらさぞや寂しい旅だったろう。大変かもしれないが、俺がきっと君を守るから」
あの美しい人がヴィクトーの心に住む限り、その言葉を手放しでは喜べない。だがその言葉にはエリックの不安な胸に、小さな勇気の灯を灯す魔法がかけられていた。少しだけ嬉しそうに俯いたエリックが、ヴィクトーの腕へと甘えるようにおずおずと寄り添った。
そんな甘い雰囲気を醸す二人の目の前に、それをぶち壊すように一人の男が騒々しく走り込んできたのである。
息を切らせたその男の目は血走り、辺りを警戒するように忙しく視線を巡らせている。
胸には何か黒い鞄のようなものを抱えていた。
物陰に隠れる仕草をして見たり、はたまた船首へと走って行っては戻って来たり、そのあまりの不自然さが気になって、ヴィクトーは思わず声をかけていた。
「あの、どうされましたか?」
「わあっっ!!」
ヴィクトー達が目に入っていなかったのか、男は大仰に驚いたが、そんな声を上げられてヴィクトー達こそ驚いた。
「あ、ああすいません、、大きな声を出して!あのっ、黒づくめの背の高い男を見ませんでしたか?ここを通りませんでしたかっ?」
ヴィクトーとエリックは顔を見合わせ共に首を横に振った。
「いえ、そんな男は見ませんでしたが…」
「そ、そうですかっ、」
そう言いながらも男の視線はもっぱら在らぬ方を見るのが忙しく、ヴィクトー達には一瞥もくれないでいる。
「ああ!まずい!!あの男が…!」
彼の視線の先に、その黒づくめの男を見つけたのだろうか、酷く怯えた様子でいきなりヴィクトーの胸にその黒い鞄を押し付けて来た。
「私はアメリカの自然史博物館の学芸員でライアー・ブライトンと言う者です。あのっ、これを船を降りる時まで預かって貰えませんか?!」
「え?こ、これはなんです?」
「明日っ!明日説明しますから!今夜は取り敢えず何も聞かずに預かって下さい!」
ヴィクトーがそのあまりの必死さに気圧されていると、男は鞄を押し付けたままその場を脱兎の如くに走り出した。
「ちょっとアンタ!待てよ!」
パーティー会場の人々を掻い潜るように逃げて行く男をヴィクトーは追いかけたが、
優雅にシャンパングラスを傾け、楽しげに踊る人々の中に男の姿は紛れて消えた。
「黒づくめの男だって?何なんだ?どうすりゃ良いんだこんなもん!」
手にした黒鞄を訝しげに眺めながら、踊りの輪の中で突っ立っているヴィクトーにエリックが追いついた。
はぁはぁと息を切らせながら辺りを見回しながらヴィクトーに訴えた。
「いませんよ!背の高い黒づくめなんてっ、見回したってそんな人は見かけませんでした!」
船での最後の夜だと言うのに、正しくとんでもないお荷物を背負い込んでしまった二人。
取り敢えず船室に戻って来たものの、押し付けられた荷物の正体を知りたくても持ち主の断りもなく勝手に鞄を広げて見る事も出来ずに悶々とした気持ちのまま夜が白々と明けて行った。
薄靄の中に太陽がやっと顔を出した頃、外のデッキが酷く騒がしい事にヴィクトーとエリックは気がついた。
何か嫌な予感が走って、着替えもそこそこに二人はデッキへと上がって見ると、そこに人集りが出来ていた。
何があったのかとヴィクトーは見物人に尋ねると、どうやら男が海に落ちて溺れ死んでしまったと言う。
それを聞いて顔色を失ったエリックがカタカタと震え出した。
「ヴィクトー…あのっ、もしかして…もしかして…あの人じゃないですよね?」
怯えるエリックを己の後ろに隠し、ヴィクトーは恐る恐る人集りの中へと顔を突っ込んだ。
水浸しでデッキにうつ伏せに倒れている男を数人の船員が取り囲んでいる。
ピクリともしない男は明らかに死んでいた。顔は見えなかったが、着ているものからして昨夜鞄を押し付けた男である事は間違いが無さそうだった。
ヴィクトーは絶望的な気持ちになって深いため息を漏らしていた。
あの鞄は何かマズイ物が入っていたのか?だとしたら、今度は俺達が狙われるんじゃないのか?何が入ってるんだ、あの鞄に!見るべきか?それとも知らない方が身のためか?
さまざまな考えがヴィクトーの頭の中で錯綜するが、考古学者の性と言うものがそれを見ずにはいられなかった。
「エリック、あの鞄を開けてみよう」
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