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過去のカケラ
生と死の伽藍
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「…凄い数の鳥達だ…、ああそうか、昨夜集まって来た鳥達はここを寝ぐらにしていたんだ…!」
そう言いながらヴィクトーが父を見るとルイは呆然と天井を見上げたままだ。
ルイの視線の先を辿ってみると、そこは高さ50メートルもありそうな吹き抜けの天井が広がっていた。
石積みの壁は上部半分は木々が生い茂り、幾重にも折り重なる枝を棚代わりに沢山の鳥達の巣が連なっている。
ザワザワと囁くような羽ばたきと、小鳥達の小さな囀りが木々の合間から差してくる無数の細い陽光のようにヴィクトー達の頭上から降り注いでいた。
ヴィクトーが感じた生き物の気配の正体はこれだったのだ。
新聞記者はさっきから肝心な写真を撮るのも忘れて、この光景に魅入っていたが、その中に何かを発見して思わず叫び声を上げた。
「ヒ…っ!…よ、よく見ろ!鳥の巣だけじゃ無いぞ!アレは…アレは…!」
新聞記者の震える指先に皆の視線が集まった時、ルイの厳かで低い声が告げた。
「…そうだ。あれらは人骨だ。枝ばかりでは無く人骨の隙間に鳥達が巣食っているんだよ」
さっきルイが「なんて事だ!」と漏らしたのは鳥達では無く、この夥しい人骨の事だったのだ。
壁に這った無数の枝の隙間にまるで詰められたように沢山の人骨が並べられている。
一旦、それが分かると、騙し絵のように次々と全貌が掴めてくる。
鳥の巣と人骨と樹木のオブジェ。ヴィクトーの目にはそんな風に見えた。
「ひやぁっ!」
今度は極東学院の男が悲鳴を上げた。
足元に崩れ落ちていた人骨をうっかり踏んだのだ。
それはお菓子を砕くよりももっと軽く弱々しい音を立て、靴の下で砕け塵に帰した。
こんな光景を目の当たりにしても、ヴィクトーは不思議と恐ろしさは感じなかった。寧ろ敬虔な気持ちにさえなっていた。
そう、まるで礼拝堂に立った時のような人智を超えた何ものかの視線と気配を感じるからだ。
「父さん、ここは…何?…お墓なの?」
「何だろうな。詳しく調べないと確かな事は言えないが、いずれにしてもここは生まれ出《いず》るものと死せるものが一同に集う大伽藍だ」
ルイはこの光景に魅入って暫く視線が離せなくなっていた。
「碑文やレリーフのような物は出て来ますかねえ」
極東学院の男が周りを見ながら呟くとルイは難しい顔をしていた。
「モン族のように、文字を捨てた民族は多くある。この遺跡の情報があまりにも少ないのはそう言う事なのかもしれん」
「え?文字を捨てたってどういう事なの?」
あのカラフルな衣装を纏った山の民は文字を持たない?
どういう事だろう。
「元々モン族は中国から流れ流れてこの地に辿り着いた民族だ。
しかも周りの肥沃な場所では無く、トウモロコシしか育たないような高地に追いやられるように暮らさざるを得なかった。
何故そんな事になったのか、文字がない故にその経緯は分からない。
ただ、民族が文字を捨てるなど、並々ならぬ理由があったはずだ。これを作った人達も、そうでは無い事を祈ろう」
ヴィクトー達はこの場所を「生と死の伽藍」と名付けた。
だが見渡しても宝物らしき物があるように見えないし、壁にアンコールワットのようなヒンドゥーの神々やクメールの精霊達のような物が掘られている様子もない。
幾つかの壁を削ったサンプルと写真とメモだけを取ると、エルネストのことも気にかかっていたため一旦外に出る事にした。
だがその時、何処からか奇妙な口笛のような音が聞こえて来る事に皆気がついた。
「な、何だ?何の音だ!」
新聞記者の怯えた声に、皆顔を見合わせ音の出所を探して忙しく辺りを見回した。
「あそこです!あの穴から聞こえました!」
いち早くラットポンがその音の出所に気づき、指さしたのは、自分達が入ってくる時に開けた穴だった。
「風鳴りか?」
皆がそれに気づいた時、壁のあちこちが小さく抜け落ち始め、外からの光が様々な方角から室内に針を穿つように差し込んで来た。
抜け落ちた穴がまた風鳴りを作り出し、沢山の風鳴りが共鳴してこの遺跡全体がまるで楽器のように音を奏で始めた。
それに驚いた鳥達が一斉に飛び立つと同時に、床の一部分が突然崩れ、床に空いた穴から下にヴィクトーは転げ落ちていた。
「わあぁぁっ!!」
ルイは驚いて跪き、穴の中を覗き込んだ。
「ヴィクトー!ヴィクトー!!大丈夫か?!」
「…うぅ、」
ルイの声は聞こえたが、突然落ちた衝撃にヴィクトーは呻いた。
「ヴィクトー!大丈夫か!」
「…っ大丈夫…、多分…、何ともないよ、、」
背中が少し傷んだが、起き上がって見上げると3メートルほど自分が落ちたのが分かった。そこから皆が心配そうに自分を覗き込んでいた。
「ヴィクトー君!そこがどうなっているか分かりますか!」
極東学院の男の呼びかけに、ヴィクトーは辺りを見回した。
「空間が…奥に続いているみたいです!」
そこは上の空間よりもずっと暗く、奥まで続いているようだった。ヴィクトーは暗闇に目を凝らした。
何か、いる?
最初は錯覚だと思った。
小さな物が空間をゆらゆらと漂って来るような気がした。
やがてそれはスーっとヴィクトーへと近づいた。
「…蝶…だ…!」
見たこともない紫色をした美しい蝶が一匹、空いた穴から外へと浮上して行った。
皆その蝶に束の間見惚れていたが、ヴィクトーはふいに何かに呼ばれた気がして蝶の来た方へと身体が動いていた。
「ヴィクトー!待て!一人で行くんじゃない!」
その時のヴィクトーを突き動かしていたのは恐怖心を凌駕するほどの好奇心に他ならなかった。
父達の引き止める声を背中に聞きながら這って行くと、前方に何か細長い箱の様な形が現れた。その表面がまるで波のように蠢いているように見える。
「奥に何かあるよ!…良く見えないな…。父さん!明かりが欲しい!」
そう言いながらヴィクトーが父を見るとルイは呆然と天井を見上げたままだ。
ルイの視線の先を辿ってみると、そこは高さ50メートルもありそうな吹き抜けの天井が広がっていた。
石積みの壁は上部半分は木々が生い茂り、幾重にも折り重なる枝を棚代わりに沢山の鳥達の巣が連なっている。
ザワザワと囁くような羽ばたきと、小鳥達の小さな囀りが木々の合間から差してくる無数の細い陽光のようにヴィクトー達の頭上から降り注いでいた。
ヴィクトーが感じた生き物の気配の正体はこれだったのだ。
新聞記者はさっきから肝心な写真を撮るのも忘れて、この光景に魅入っていたが、その中に何かを発見して思わず叫び声を上げた。
「ヒ…っ!…よ、よく見ろ!鳥の巣だけじゃ無いぞ!アレは…アレは…!」
新聞記者の震える指先に皆の視線が集まった時、ルイの厳かで低い声が告げた。
「…そうだ。あれらは人骨だ。枝ばかりでは無く人骨の隙間に鳥達が巣食っているんだよ」
さっきルイが「なんて事だ!」と漏らしたのは鳥達では無く、この夥しい人骨の事だったのだ。
壁に這った無数の枝の隙間にまるで詰められたように沢山の人骨が並べられている。
一旦、それが分かると、騙し絵のように次々と全貌が掴めてくる。
鳥の巣と人骨と樹木のオブジェ。ヴィクトーの目にはそんな風に見えた。
「ひやぁっ!」
今度は極東学院の男が悲鳴を上げた。
足元に崩れ落ちていた人骨をうっかり踏んだのだ。
それはお菓子を砕くよりももっと軽く弱々しい音を立て、靴の下で砕け塵に帰した。
こんな光景を目の当たりにしても、ヴィクトーは不思議と恐ろしさは感じなかった。寧ろ敬虔な気持ちにさえなっていた。
そう、まるで礼拝堂に立った時のような人智を超えた何ものかの視線と気配を感じるからだ。
「父さん、ここは…何?…お墓なの?」
「何だろうな。詳しく調べないと確かな事は言えないが、いずれにしてもここは生まれ出《いず》るものと死せるものが一同に集う大伽藍だ」
ルイはこの光景に魅入って暫く視線が離せなくなっていた。
「碑文やレリーフのような物は出て来ますかねえ」
極東学院の男が周りを見ながら呟くとルイは難しい顔をしていた。
「モン族のように、文字を捨てた民族は多くある。この遺跡の情報があまりにも少ないのはそう言う事なのかもしれん」
「え?文字を捨てたってどういう事なの?」
あのカラフルな衣装を纏った山の民は文字を持たない?
どういう事だろう。
「元々モン族は中国から流れ流れてこの地に辿り着いた民族だ。
しかも周りの肥沃な場所では無く、トウモロコシしか育たないような高地に追いやられるように暮らさざるを得なかった。
何故そんな事になったのか、文字がない故にその経緯は分からない。
ただ、民族が文字を捨てるなど、並々ならぬ理由があったはずだ。これを作った人達も、そうでは無い事を祈ろう」
ヴィクトー達はこの場所を「生と死の伽藍」と名付けた。
だが見渡しても宝物らしき物があるように見えないし、壁にアンコールワットのようなヒンドゥーの神々やクメールの精霊達のような物が掘られている様子もない。
幾つかの壁を削ったサンプルと写真とメモだけを取ると、エルネストのことも気にかかっていたため一旦外に出る事にした。
だがその時、何処からか奇妙な口笛のような音が聞こえて来る事に皆気がついた。
「な、何だ?何の音だ!」
新聞記者の怯えた声に、皆顔を見合わせ音の出所を探して忙しく辺りを見回した。
「あそこです!あの穴から聞こえました!」
いち早くラットポンがその音の出所に気づき、指さしたのは、自分達が入ってくる時に開けた穴だった。
「風鳴りか?」
皆がそれに気づいた時、壁のあちこちが小さく抜け落ち始め、外からの光が様々な方角から室内に針を穿つように差し込んで来た。
抜け落ちた穴がまた風鳴りを作り出し、沢山の風鳴りが共鳴してこの遺跡全体がまるで楽器のように音を奏で始めた。
それに驚いた鳥達が一斉に飛び立つと同時に、床の一部分が突然崩れ、床に空いた穴から下にヴィクトーは転げ落ちていた。
「わあぁぁっ!!」
ルイは驚いて跪き、穴の中を覗き込んだ。
「ヴィクトー!ヴィクトー!!大丈夫か?!」
「…うぅ、」
ルイの声は聞こえたが、突然落ちた衝撃にヴィクトーは呻いた。
「ヴィクトー!大丈夫か!」
「…っ大丈夫…、多分…、何ともないよ、、」
背中が少し傷んだが、起き上がって見上げると3メートルほど自分が落ちたのが分かった。そこから皆が心配そうに自分を覗き込んでいた。
「ヴィクトー君!そこがどうなっているか分かりますか!」
極東学院の男の呼びかけに、ヴィクトーは辺りを見回した。
「空間が…奥に続いているみたいです!」
そこは上の空間よりもずっと暗く、奥まで続いているようだった。ヴィクトーは暗闇に目を凝らした。
何か、いる?
最初は錯覚だと思った。
小さな物が空間をゆらゆらと漂って来るような気がした。
やがてそれはスーっとヴィクトーへと近づいた。
「…蝶…だ…!」
見たこともない紫色をした美しい蝶が一匹、空いた穴から外へと浮上して行った。
皆その蝶に束の間見惚れていたが、ヴィクトーはふいに何かに呼ばれた気がして蝶の来た方へと身体が動いていた。
「ヴィクトー!待て!一人で行くんじゃない!」
その時のヴィクトーを突き動かしていたのは恐怖心を凌駕するほどの好奇心に他ならなかった。
父達の引き止める声を背中に聞きながら這って行くと、前方に何か細長い箱の様な形が現れた。その表面がまるで波のように蠢いているように見える。
「奥に何かあるよ!…良く見えないな…。父さん!明かりが欲しい!」
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