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龍虎の契り ★
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暮れなずむ時刻に見上げた病院は、まるで幽霊船のようだ。
窓明かりだけがやけに明るく人を誘っているようにも見えて李仁は身構えてしまう。
外回りも終わり、帰宅時間に出来た隙間に、この前棗を連れて来たあの病院へと一人足を向けていた。
棗が丸めて落とした名刺の医者の事がどうしても頭から離れなかったからだ。
すれ違っただけと誤魔化した事がやけに気になったのだ。
これは焼き餅だ。そう言われて仕舞えばそれまでだが、自分の滑稽さを分かってはいても、狭山蓮と言う男に会わずには居られなかった。
受付で狭山に会えないかと交渉する。アポが無ければダメだと断られるが、この前通院した妻の事だと言うと、漸く取り次いでくれた。
程なく現れた狭山は少し驚いた顔をしていた。
「こんばんは、えーと、白山棗さんの…?」
「はい。亭主です」
亭主。あまり使い慣れない言葉に殊更力を入れてみた。
「どうされました?また発作を起こされましたか?今夜は田中先生はいらっしゃらないんですが」
「貴方に、会いに来ました」
随分直球な物言いをした。
「僕に…ですか?」
狭山は何のことかと惚けて見せた。
「病院の外で妻に名刺を渡されましたよね?どう言う事でしょうか。棗に何かあったんでしょうか」
丁寧な言葉だが、慇懃無礼さが滲む。鼻息の荒さがみて取れたのか、狭山はそんな李仁を鼻で笑った。
「僕は貴方の棗さんを誘惑したりしていませんよ」
李人も慇懃無礼だったかもしれないが、佐山もまた慇懃な態度を取った。
「何だと?!やましい事があるから先手を取ったつもりなのか?」
「違いますよ。棗さんにカウンセリングを勧めただけですよ。でも、どうやら貴方の方がカウセリングが必要なようだ」
「貴様…っ!」
ふざけた態度にぶち切れた李仁が狭山の胸倉を掴んだ。廊下を行き交う看護師たちが止めに入るかどうするか、遠巻きにオロオロしていた。
「貴方は…、貴方はプライドばかりが大きく、そのくせ小心者だ。度量が広いと思わせたいんでしょう?棗さんは、貴方と違って複雑で繊細だ。貴方に棗さんを愛する以外、何が出来ます?離して下さい。ここは病院ですよ?」
少なくとも、言い当てられて李仁は激怒以上に腹が立った。こんな時、人は言葉を失ってしまう。
狭山は胸倉を掴む李仁の手を外し、侮蔑した眼差しで李仁を一瞥すると背を向けた。
「まだ仕事が有りますので、失礼します」
「棗に近づくな!邪な事を企んだら承知しないからな!」
狭山はそれには答えずにさっさとその場を掃けていた。
李仁は怒りを拳に仕舞い込み、いつまでも狭山の去っていった廊下を睨み付けていた。
嫌な予感しかしなかった。安心材料を得たかったにも拘らず、結果は最悪だった。狭山は間違いなく危険な男と言う確信に変わり、李仁の中で、狭山と言う男にフラグが立った瞬間だった。
だが、少し冷静になってくると、色々と不思議な事を言っていた事に気がついた。
棗が複雑で繊細だと狭山は言っていた。そしてカウンセリング?
それなら主治医の田中とか言う医者から話があって然るべきだ。
狭山個人で棗をカウンセリングなどと怪しい以外の何物でも無い。
「ただいま」
その気分を引き摺ったまま、李仁は猛然と我が家の玄関を潜った。
「お帰りなさい」と、いつも通りに出迎えた棗を、李仁は無言で抱き竦めた。
「李仁さん?どうしたんですか?ふふふっ、そんなに私が恋しかったですか?」
李仁の心情など分からぬ棗が、純粋に求められたのだと思い、愛おしそうに李仁の大きな背を撫でた。
「…棗!もう誰も見るな!誰のことも考えるな!オレの事だけを見てオレの事だけ考えてくれ…!」
自分は身勝手で無体だ。
これでははる君に取って変わっただけだ。重々分かっている。
だが、棗を思うと狂おしいほどの思いが身体中に逆巻くのを止められない。いつか、自分は棗を殺してしまうかも知れない。愛して愛して殺してしまう。
自分の狂気にも似た思いに涙が溢れた。
本当に、カウセリングが必要なのは自分なのかも知れない。
「李仁さん?!どうしたんですか?李仁さ…っ」
冷たい玄関の床に棗は押し倒された。獣が貪るように帯を毟り取り、馬乗りになってその軀にむしゃぶりついた。
「どうしたんですか?!李仁さん!ここでは嫌です!ベッドにいきましょう?…や、っ、あ…ん!」
まるで軀に火がついたように、着物を乱し、裾を暴き、濡らしもせず棗の軀を刺し貫いた。
獣の蛮行のようにも思える行為も、棗は喜んで享受した。
「もっと激しくても構わない!私を食べて、李仁さんっ、骨も残らないくらいに…っ」
まさしく龍虎の契りだった。お互いに爪先から頭から食い合ったら最後にいったいどんな形の生き物が残るだろう。
「うっ。ゔげ…っ、けほっ!」
突然棗が吐いた。
窓明かりだけがやけに明るく人を誘っているようにも見えて李仁は身構えてしまう。
外回りも終わり、帰宅時間に出来た隙間に、この前棗を連れて来たあの病院へと一人足を向けていた。
棗が丸めて落とした名刺の医者の事がどうしても頭から離れなかったからだ。
すれ違っただけと誤魔化した事がやけに気になったのだ。
これは焼き餅だ。そう言われて仕舞えばそれまでだが、自分の滑稽さを分かってはいても、狭山蓮と言う男に会わずには居られなかった。
受付で狭山に会えないかと交渉する。アポが無ければダメだと断られるが、この前通院した妻の事だと言うと、漸く取り次いでくれた。
程なく現れた狭山は少し驚いた顔をしていた。
「こんばんは、えーと、白山棗さんの…?」
「はい。亭主です」
亭主。あまり使い慣れない言葉に殊更力を入れてみた。
「どうされました?また発作を起こされましたか?今夜は田中先生はいらっしゃらないんですが」
「貴方に、会いに来ました」
随分直球な物言いをした。
「僕に…ですか?」
狭山は何のことかと惚けて見せた。
「病院の外で妻に名刺を渡されましたよね?どう言う事でしょうか。棗に何かあったんでしょうか」
丁寧な言葉だが、慇懃無礼さが滲む。鼻息の荒さがみて取れたのか、狭山はそんな李仁を鼻で笑った。
「僕は貴方の棗さんを誘惑したりしていませんよ」
李人も慇懃無礼だったかもしれないが、佐山もまた慇懃な態度を取った。
「何だと?!やましい事があるから先手を取ったつもりなのか?」
「違いますよ。棗さんにカウンセリングを勧めただけですよ。でも、どうやら貴方の方がカウセリングが必要なようだ」
「貴様…っ!」
ふざけた態度にぶち切れた李仁が狭山の胸倉を掴んだ。廊下を行き交う看護師たちが止めに入るかどうするか、遠巻きにオロオロしていた。
「貴方は…、貴方はプライドばかりが大きく、そのくせ小心者だ。度量が広いと思わせたいんでしょう?棗さんは、貴方と違って複雑で繊細だ。貴方に棗さんを愛する以外、何が出来ます?離して下さい。ここは病院ですよ?」
少なくとも、言い当てられて李仁は激怒以上に腹が立った。こんな時、人は言葉を失ってしまう。
狭山は胸倉を掴む李仁の手を外し、侮蔑した眼差しで李仁を一瞥すると背を向けた。
「まだ仕事が有りますので、失礼します」
「棗に近づくな!邪な事を企んだら承知しないからな!」
狭山はそれには答えずにさっさとその場を掃けていた。
李仁は怒りを拳に仕舞い込み、いつまでも狭山の去っていった廊下を睨み付けていた。
嫌な予感しかしなかった。安心材料を得たかったにも拘らず、結果は最悪だった。狭山は間違いなく危険な男と言う確信に変わり、李仁の中で、狭山と言う男にフラグが立った瞬間だった。
だが、少し冷静になってくると、色々と不思議な事を言っていた事に気がついた。
棗が複雑で繊細だと狭山は言っていた。そしてカウンセリング?
それなら主治医の田中とか言う医者から話があって然るべきだ。
狭山個人で棗をカウンセリングなどと怪しい以外の何物でも無い。
「ただいま」
その気分を引き摺ったまま、李仁は猛然と我が家の玄関を潜った。
「お帰りなさい」と、いつも通りに出迎えた棗を、李仁は無言で抱き竦めた。
「李仁さん?どうしたんですか?ふふふっ、そんなに私が恋しかったですか?」
李仁の心情など分からぬ棗が、純粋に求められたのだと思い、愛おしそうに李仁の大きな背を撫でた。
「…棗!もう誰も見るな!誰のことも考えるな!オレの事だけを見てオレの事だけ考えてくれ…!」
自分は身勝手で無体だ。
これでははる君に取って変わっただけだ。重々分かっている。
だが、棗を思うと狂おしいほどの思いが身体中に逆巻くのを止められない。いつか、自分は棗を殺してしまうかも知れない。愛して愛して殺してしまう。
自分の狂気にも似た思いに涙が溢れた。
本当に、カウセリングが必要なのは自分なのかも知れない。
「李仁さん?!どうしたんですか?李仁さ…っ」
冷たい玄関の床に棗は押し倒された。獣が貪るように帯を毟り取り、馬乗りになってその軀にむしゃぶりついた。
「どうしたんですか?!李仁さん!ここでは嫌です!ベッドにいきましょう?…や、っ、あ…ん!」
まるで軀に火がついたように、着物を乱し、裾を暴き、濡らしもせず棗の軀を刺し貫いた。
獣の蛮行のようにも思える行為も、棗は喜んで享受した。
「もっと激しくても構わない!私を食べて、李仁さんっ、骨も残らないくらいに…っ」
まさしく龍虎の契りだった。お互いに爪先から頭から食い合ったら最後にいったいどんな形の生き物が残るだろう。
「うっ。ゔげ…っ、けほっ!」
突然棗が吐いた。
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