龍虎の契り

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嫁と姑と友

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思いがけない母の登場に畏《かしこ》まっている棗の横に、慌てて李仁も正座した。
ついに、そして唐突にこの日がやって来たかと、李仁は腹を括った。

「母さん、この人は白山棗さんだ。オレと今一緒に暮らしています。それから今、この店で働いて貰っている人だ」

「知ってます。貴方より従業員の方から聞き及んでいます。何故息子からでは無く、従業員からこんな大事な話を聞かなければならないの?もう少し早く報告なり、連れてくるなりして欲しかったわね」

そう言うと、李仁の母は畏ったままの棗を見下ろし一瞥した。
棗は全く顔が上げられず、畳に視線を落としたままだ。

「御挨拶が遅れて大変申し訳けございませんでした。白山棗と言います」

「いや、棗が悪いわけではないんだ。オレがグズグスしていたからで」

慌てて言い訳する息子をジロリと見ると、漸く母は棗の前に座り、
堂々たる仕草で自分も棗に頭を下げた。長年大きな呉服屋の女将をやって来ているだけの事はある。一分の隙も無いほど見事なお辞儀だった。

「李仁の母です。日頃李仁がお世話になっております」

「いえっ、わたくしの方こそ、李仁さんにお世話頂いております」

慌てて、もう一度棗が母に首《こうべ》を垂れた。緊張甚だしい棗を気遣って、李仁が「お茶を…」と言うのを、母が制した。

「要りません。直ぐに帰ります。
それより、貴方達どうするつもりですか?このままズルズル同棲まがいな事を続けるつもりですか」

ほら来たぞと、李仁は身構えた。
ここまで来てはもう誤魔化す事はできないだろう。

「結婚は、今は考えておりません。でも、棗と一生添い遂げたいと思っています」

「…どう言う事なの?今はダメでもいつかは結婚するのよね?子供が生まれたらどうするの?それから結婚をするつもりなの?」

棗は身の置き所のない表情で、李仁に助けを求める視線を送っている。

「子供は無理だ」

その言葉と、ボソリと口籠る李仁の態度に母が憤怒した。腹に据えかねた様子で自分の膝をピシャリと叩いた。

「子供は作らないつもりなの?!お店はどうするつもりなの?!
一代で潰すためにお店を持たせたんじゃないのよ?!」

「良いだろう?!本家には一久がいる。あいつの嫁さんが孫を産んでくれたら万々歳じゃないか!
大した期待もして無かったくせに今になって期待されても困る!」

「何ですって?!なんて言い草なの!貴方は昔からそうなのよ!店を持たせてやらなかったら、今頃貴方はろくでなしになってたわ!
私はねえ…」

「すみません!」

そこへ割って入るように棗が伏した。

「すみませんお母様!実は私は…男なんです!」

ヒートアップする親子の言い合いに投じた棗の一石で二人は静まりかえった。

「棗…」

「なんの冗談ですか?!ふざけないで頂戴!」

激昂する母の前で、棗は額を畳に擦り付けるように平伏していた。

「申し訳ありません!冗談などでは無く、本当に私は男なんです!」

平伏している棗の両肩を李仁が庇うように包んで抱き起こそうとしている。
考えてもいなかった言葉に出会《でくわ》して母は言葉を失い、そんな様子の二人を震えながら凝視していた。

「棗は男です。でも、真剣に愛し合ってます。結婚と言う形が無理でも、棗はオレの伴侶なんです」

穢らわしい。
そう言葉にせずとも母の気持ちが痛いほど伝わってくる。
世間では同性愛や同性婚が市民権を得ていても、いざ、自分の息子がとなると、途端に分からず屋になってしまう。
李仁の母はそう言う人なのだ。
だが、そんな母を誰が責められるだろうか。
そして棗と李仁を誰が非難できるだろう。
時間が必要なのは明らかだった。

「今日の所は帰ります。お父様にもこの事は報告しますよ?
まったく、智也君は近々結婚するかもしれないって言うのに貴方は」

帰り際の母の言葉に李仁は驚いた。聞き間違いかと思った。
この所智也が店に顔を出さないと思っていたが、そんなことになっていようとは。

「智也、結婚するって本当ですか」

今までお互いの身に降りかかる事は何でも打ち明けあってきた智也が、李仁に何も言わずに結婚を決めたと言うのが、何故だか李仁には大きなショックだった。

「この前、お見合いをしたそうよ。上手くいくのではないかとあちらのお母様がおっしゃっていたわ。よもやあの智也君の方が李仁より先に結婚するなんてね」

母の言葉には智也に対する毒が含まれていた。
あのフラフラした男と何かと李仁を比較して、今のところは李仁に軍配かと思って来たものを、ここに来てのどんでん返しが母には面白くなかったのだ。
こうして冬将軍は散々お茶を濁して帰って行った。

「智也さん、結婚するんですね」

棗はその事で、もっと肩の荷が降りるかと思っていたが、少しも不安は拭えなかった。
寧ろ抑圧されるほど、思いは募る事だってある。
いずれにしても棗だけは、智也が望んで結婚しようとしているとは思えなかった。
棗のこのいい知れない不安は、智也だけが元凶ではない。過去と現在と未来で、李仁を取り巻く全てが棗の不安の種だった。
何処までも貪欲に李仁を求める自分が居た。

「寂しいですか?李仁さん」

母が帰ってから浮かない顔の李仁に棗の心は早くも乱れそうだった。

「いいや。そんな事より。
君から言わせてしまってすまなかった。オレからきちんと言うつもりでいたのに不甲斐ない」

「私を庇って下さったじゃないですか。嬉しかったです。伴侶なんて言って下さって」

棗は李仁に伸び上がって項垂れるその首を抱きしめた。
今、李仁の心の八割は棗に、そしてあと二割は智也の事を考えていた。
その事が、言葉にしなくても棗には伝わってくる。
そのほんの小さな隙間から冷たい北風が吹いているのを敏感に感じてしまうのだった。
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