龍虎の契り

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満月の夜に

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おっ勃つかおっ勃たないか。

ここ数日、智也の言葉を李人は深く考察していた。

あの時の自分は完全におっ勃っていた。だが男と分かった途端に萎えた。
それは思い掛けない展開にショックを受けたせいなのか?
棗が男と知った今でも棗に欲情出来るだろうか。
こうして悩むと言うことは、棗を諦められないと言う事だ。

李人はこの気持ちを確かめたい衝動に駆られていた。
棗の住所や電話番号は、従業員がひかえてくれていたが、酷く棗を傷つけた自覚があるだけに、電話をする勇気が出ない。
なかなか腹を決められずにいるうちに、何故だか足だけが勝手に棗の住まいへと向いていた。

携帯の地図に導かれたのは繁華街から少し外れた閑静な住宅街だった。
両側を背の高いビルに挟まれた五階建ての建物は、鬱蒼とした蔦に没するように佇んでいた。

何かの店かアトリエなのか、『木花咲耶《このはなさくや》』と書かれた小さな看板が軒先にぶら下がっている。
間口も小さく、中は薄暗くて外からでは店の様子がうかがえない。決して入りやすい店構えでは無かったが、李仁は意を決して扉を開いた。

一歩中に入ると李仁は沢山の目に一斉に見つめられてたじろいだ。
レトロな店内に飾られていたのは皆、様々な衣装を纏った、棗の顔によく似た球体関節人形だった。

はる君は人形作家だと、あの日棗が話していた。一目でそれと分かるここは、はる君のアトリエだった。

時を刻むアナログな時計の音、それ意外は何の物音も無い。
時に忘れ去られたようなこの場所は、はる君の、棗への偏愛と執着に噎せ返るような場所だった。

息苦しさに李仁が後ずさると、店の奥の階段から誰か降りて来た。
その人は李仁に視線も遣らずに、微かな声で「いらっしゃいませ」とだけ言った。
『はる君』だった。

李仁は唐突な出合いに言葉を失い、固まった。
そんな気配を察したのか、はる君が顔を上げて李仁を見た。その顔が険しく曇った。
はる君に会ったのは、店で一回、パーティー会場で一回。

「何しに来た」

はる君は明らかに不愉快そうな顔をしていたが、意を決して李仁は尋ねた。

「白山棗さんはご在宅ですか」

「ここにはもういない」

本当に棗と別れているようだった。ぶっきらぼうに答えるその顔は、初めて店で見かけた「はる君」とは別人だった。

「お前、棗と付き合うつもりか」

直球の質問に李仁も直球で答え返した

「分からない。今はまだ」

「生半可な気持ちでいると痛い目を見る。悪いことは言わないから、その辺りでやめておけ」

嫉妬心で言われたと思って李仁はむかっ腹が立った。

「何でアンタにそんなことを言われなきゃならないんだ。ハンパな気持ちならこんなに悩みはしない」

「はる君」の訳知り顔の口元が微かに笑ったように見えた。
それは李仁を馬鹿にしているようでもあり、哀れんでいるような表情でもあった。

その表情の本当の意味を、この時の李仁はまだ理解する事は出来なかった。


李仁が店を出た頃、外はもう夜の帳に包まれ始めていた。
相変わらず住宅街は静かだったが、その向こうには夜の賑わいの気配がある。
時を超え、まるで過去から帰ってきたような奇妙な心待ちになりながら、李仁はシャッターの閉まる己の店へと戻ってきた。

そのシャッターに寄り掛かる人影に気がつくと、向こうも李人に気付いて姿勢を正した。

シンプルな白い長袖Tシャツに黒いジーンズ。一際スレンダーな立ち姿は一目で棗である事が分かった。

おずおずとした棗の笑顔が酷く懐かしく、それを目にした途端、甘酸っぱくやるせない感情が、李仁の中に湧き起こり、血管の隅々を駆け巡った。

これは紛れも無く恋だ。
はっきりと李仁は自覚した。

「来ちゃいけないと思ってたのに
どうしても貴方に会いたくなって…
ご迷惑ならそう言って下さ…っ」

考えるより先に体が動いていた。
迷う棗の身体を引き止めるように抱きしめていた。

「迷惑なんかじゃない。
君が男でも構わない。
……オレは君が好きだ」

「藤城さん…、」

腕の中にすっぽりと収まる感触に何の違和感も無い。
棗は構わないと言ってくれた李仁の胸元に、甘えるように顔を埋めた。

「良かった、私、てっきり貴方に嫌われたと思って」

「嫌ってなどいない。
むしろあの時よりずっと君の事ばかり考えていた。もう迷ってなどいない」

棗を見た瞬間に腹は決まった。悩んでいた事が可笑しいくらい大した事がないように感じた。

指を絡ませるように繋ぎ、見つめあいながらその手に李仁は口付けた。
周囲の目を気にするように棗は恥ずかしそうに俯いた。

「あの、藤城さん…ここ、
……往来です…」

道の真ん中で人目も憚《はばから》ずに抱き合っていた。道ゆく人が、見て見ぬ振りをして通り過ぎる。
途端にバツが悪くなって咳払いをし、
照れを隠すように夜空を仰いだ。
空には美しい満月が輝いている。

「そういえば今日は十五夜だ。
我が家で一緒に月見でもしないか?」

この夜を、棗と離れて過ごすなど考えられずに李仁は棗を我が家へと誘っていた。
出会ってからそろそろ半年。
見惚れた足の持ち主と、今は両想いになっていた。













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