龍虎の契り

mono黒

文字の大きさ
上 下
3 / 43

大輪の紅椿

しおりを挟む
そこそこ大きなショッピングモールであったとしても、有名人のショーでもない限り、見物客で黒山の人だかりと言うわけにはいかない。
ましてや着物のショーである。出だしは疎らで李仁もそれは折込済みだ。

そんなステージの上では、李人が慣れないマイクを握り、着物の魅力について語っていた。あまり長い話が好まれないのは冠婚葬祭もショーのスピーチも同じだ。きっちり三分、測ったように切り上げた。

ステージの袖に引っ込むと、衝立の後ろで順番待ちをしている棗の姿が目に入る。
いきなりの李仁の依頼にも拘らず、二つ返事で快く引き受けてくれた。
有り難かったが同時に不思議でもあった。

「大丈夫?」

舞台袖からステージを覗き込むように立っているその背中に声を掛けた。

「はい。大丈夫です。少しずつお客様が立ち止まってくれていますね。ワクワクします」

普通はここで、不安そうにする所だが、度胸があると言うか、肝が座っていると言うか、嬉々としている様子に安堵した。

着物のモデルというのは、洋服よりも動きが制限される分、モデルとしての身のこなしがダイレクトに客に伝わってしまう。
しかも、ここはショッピングモールの一角だ。ランウェイも短くあまり見せ場が作れない。
そんな中で次々と上手にモデルは着物を魅せる。

古典柄に現代柄、伝統的な織りや斬新な染め。着物にブーツ。羽織にセーター。袴にTシャツ。
新しい帯結びの豊富なアレンジ等がセンス良く散りばめられ、其々のモデル達が卒無く着こなして行く。

気づけばフロアは観客で一杯になっていた。そんな中、その場が一瞬、響《どよ》めく瞬間があった。

緋色の燃えるような振袖に、タートルの黒いセーターを合わせ、シンプルで力強い着こなしで棗がステージに現れた。

長い首が、スレンダーな肩が、帯に巻かれた細腰が、誰の目にも美しく映えて見えた。
髪に飾られた大きな椿の花は、うっかりすると滑稽に映るが、それがシャープな黒髪ボブに、ゾッとするほど美しく咲いていた。

だがこの着物が棗にぴったりと合っていたというだけでは無い。

彼女の立ち居振る舞いや、視線の運び、醸される佇まいそのものが、この場にいた誰をも惹きつけた。

素人では無い。

李仁は直感的にそう思った。

棗の二着目の着物は先程と打って変わって伝統的な淡い萌黄色の振袖だった。見事な手描きの友禅染めに身を包んだ棗は慎ましやかな風情を醸し、先程の真紅の着物の時とは明らかに魅せ方を変えていた。

李仁は夢見心地だった。恐らくここにいたお客達も、同じ思いを共有していたに違いない。

そして眩い時間はあっという間に過ぎた。この短い時間で沢山の花々が美しく咲き誇った。


この日の夜。スタッフやモデル達の労いを込めて、李仁はホテルの一室を貸し切り、打ち上げの席を設けていた。
立食形式の簡単なパーティーではあったが、様々な各方面のお歴々が、藤城呉服店の次男坊のために足を運んでくれていた。

「本日はわざわざ御運び頂いて有難うございました」

李仁は何人もの客の間を挨拶して回るだけで精一杯だった。
その合間にも、来られなくなったモデルへの見舞いの電話や、両親の機嫌取りで息つく間も無い。さっきから同じグラスをずっと手に持っていたのも気がつかなかった。

「お取り返えしますよ」

「ああ、有難う」

己の手からグラスを取り上げられ、新しくグラスが差し出された。
何も考えずにそれを受け取り、口元へと持って行くと「お疲れ様でした」と棗の声。
視線を落とすとそれはボーイでは無く、洋服に着替えた棗だった。
李仁は慌てて口に含んだシャンパンに咽せた。

「ああ、白山さん!今日は本当に有り難う。とても助かりました」

「いいえ、こちらこそ貴重な体験をさせて頂いて、とても楽しかった」

タートルの黒いセーターは先程のショーの時とさほど変わらなかったが、その下にはオレンジ色のピタリとしたスキニーを履いていた。
スレンダーな身体が一層際立って見え、どこと無くボーイッシュな印象さえ与えた。

「楽しんで貰えたなら良かった。
ところで、つかぬ事をお聞きしますが
何処かで和装モデルの経験が?」

李仁はショーの時に感じた直感を確かめたかった。
棗は少しはにかんだ様子で、頷いた。

「去年いっぱいで辞めましたが、ほんのかじった程度です」

「やっぱりそうでしたか!
でも辞めてしまったなんて、なんて勿体無い。
貴方はとても生き生きと見えた」

正直な気持ちだった。今日、会場を一番沸かせたのは棗だった。欲目抜きにしてもそう思った。
しかしその言葉を聞いた棗からは思いもよらない反応が返された。
それまでの柔らかな微笑みが消え、瞳が動揺しているように揺らぎ、悲しみとも不安とも違う一言では言い表せない、とても複雑な顔で目を伏せた。

何かとてもまずい事を自分は言ってしまったのか?
李仁は動揺した。そして慌てて繕うように適当な言葉を連ねた。

「今日の会場は少し狭かったですよね、歩き辛くは無かったですか?」

どうでも良い会話だった。
とにかく棗の気持ちを立て直したかった。
焦って上手な会話の糸口が掴めない。
ちょうどその時だ。会場の外で誰かが騒いでいる声が聞こえて来た。

「お客様!困ります!お待ち下さい!」

ホテルの従業員の甲高い声かした。

続いて男の声で、誰かを呼んでこいだとか、分かってるんだぞとか、物騒な物言いで何人かの従業員に止められているような、小競り合う物音が聞こえてきた。その物音にしばし会場が騒然となった。
何だろう?
会場の外へと李仁の足が向きかけた時、それよりも早く棗が慌てた様子で会場の外へと飛び出していた。

「止めて!!はる君!!」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

孤独な戦い(1)

Phlogiston
BL
おしっこを我慢する遊びに耽る少年のお話。

性的イジメ

ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。 作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。 全二話 毎週日曜日正午にUPされます。

異世界で買った奴隷が強すぎるので説明求む!

夜間救急事務受付
ファンタジー
仕事中、気がつくと知らない世界にいた 佐藤 惣一郎(サトウ ソウイチロウ) 安く買った、視力の悪い奴隷の少女に、瓶の底の様な分厚いメガネを与えると めちゃめちゃ強かった! 気軽に読めるので、暇つぶしに是非! 涙あり、笑いあり シリアスなおとぼけ冒険譚! 異世界ラブ冒険ファンタジー!

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

処理中です...