理髪店の男

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墓参りの呪い 編

part.5

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そう言えば今日は大晦日だった。
その割には忙しくも無く、年の瀬の寂しさも新年へ向けての盛り上がりもなく、場所がホテルになったと言うだけで、男二人のいつも通りの朝を迎えていた。
八神があと十年若ければ、今頃秋山はとっくに美味しく頂かれていたに違いないが、大人の余裕というか単に歳のせいなのかは分からないが、秋山を掌で転がす事こそを愉しんでいるようだった。
昨夜コンビニで仕入れていたサンドイッチと、部屋の備え付けのコーヒーとで簡単に空腹を満たし、チェックアウトギリギリまで部屋で過ごしてホテルを出た。

ホテルの駐車場から一歩外へ出ると、夜半から降り始めた雪が相当高く路肩に積み上げられ、燦々と降る小雪のせいで、300m先の信号が霞んで見えた。

「なあ、先生雪道の運転大丈夫か、俺が代わってやろうか?」

助手席の八神がしれっとそんな事を言うものだから、秋山は胡乱な眼差しで八神を眺めた。

「八神さん。運転出来ないですよね」
「出来るよ」
「免許あるんですか?!」
「無いよ」
「……八神さん。
ソレ僕以外に言ったらダメですから」

秋山の実家への道々、流れてくるカーラジオが不穏な雲行きを伝えていた。

『夜半から降り始めた雪は、一旦止みますが、急速な爆弾低気圧の発達に伴い、夕方から明日朝にかけて局地的に警報級の大雪になる事が予想されます。山沿いは特に吹雪になる可能性もあり…』



だだっ広い畑は雪の絨毯を敷いたようだった。秋山の実家はその畑のど真ん中の大きな瓦葺きの家だった。
二世帯住宅と並んでいるせいか、やたら大きい家に見える。
その玄関の中には車から降りて来た秋山と八神が立っていた。

「まあまあ!律基《りつき》さん!遠いところからこんな雪の中をこんな田舎まで、さあさあ、中に入って」

律基《りつき》。それが秋山の名前だ。出迎えた伯母という人は、秋山の父親の妹だ。第一印象はさほど悪くは無かったが、秋山の表情からは緊張感が漂っていた。

「暮れの忙しい時にすみません、伯母さんもお変わりない様子で…。ご無沙汰してすみませんでした」

伯母と対照的に秋山は親戚とは言えないような余所余所しく堅苦しい挨拶だった。

「ええと、こちらの方は…?」
「あ、ゆ、友人の八神…ええと、」

そう言えば八神の名前を知らなかった事に今更秋山は気がついた。

「八神麟太郎《やがみりんたろう》ってもんです。呼ばれもせんのに、図々しく押しかけまして…」

八神の今年一番の社交辞令だった。
秋山の伯母は笑顔で会釈したその目の奥が笑っていなかった。

「あ、コレ。つまらない物ですが」

家に上がり込みながら秋山は伯母にとらやの最中を手渡した。

「あらまあ、こんな上等なものを、嬉しいわ~」

大袈裟な身振りと表情で伯母はそれを受け取った。

居間に通されると数人の親戚が集まって既に出来上がって上機嫌だった。
二人が入って来るなりまたしてもあの嫌な沈黙と衆目に晒される。

「あれぇ?律基か!なんだ、お前久しいなあ」
「ご無沙汰してます。士郎おじさん、おばさんもお元気そうで」

こう言う親戚の中にポツンと他人がいる事の居心地の悪さを八神は感じていた。こっちを怖々見てくる親戚の子供に必要以上の作り笑顔で怖がられたり、少し遠巻きに見てくる若い女性は目すら合わせて貰えない。
どことなく漂う冷えた空気は想像していた帰省とは少し違うと八神は感じた。

二人の前にお茶とお菓子を置いて伯母が台所へと立って行った。
おじさんは二人に酒も勧めず、自分だけビールを煽るとこう言った。

「お前も親父と同じで水商売が好きだなあ!もっと他に地に足がついた暮らしをした方が良いんじゃないか?」
「…?水商売?いやあ、彼は水商売じゃ無いですよ、ちゃんと理容師免許も持った理容師で…」

何となく差別的な事を言われた気がして横から八神が口を挟んだ。
横に座る秋山が、そんな八神の脇を小突いて「言うな」と気づかれぬほど小さくかぶりを振った。

「美容師だか理容師だか分からんが、借金まみれじゃあ水商売みたいなもんだろう!はっはっはっ!」
「あなた、およしなさいよ、ごめんねー酔っ払ってるから、許してね」

おばさんと言われた女が慌ててそのおじの肩を叩いた。
そう言う傍でさっきから新聞をずっと開いたままの男が徐に言った。そう、これが伯母の連れ合いだ。

「そうだぞ、お前がうちに負い目なんか感じることはないんだ。もう毎月の仕送りなんて事しなくても良い」

どこかぶっきらぼうな口調だ。それに対しても八神は何か言ってやりたいが、こんな所でひと騒動起こしたら余計に秋山の身が縮む。八神は手っ取り早くこの場を離れようと思い立つ。

「スンマセン、便所は何処ですか。ちょっとお借りしたいんだが」

うまい口実を得て八神は席を立った。
別段便所に行きたいわけでも無いが、あそこにいるよりマシだった。
トイレは台所の真裏にあった。とりあえずそこで寛いでいると、台所から女性達のお喋りが聞こえて来た。八神は耳を欹てた。

「義姉さん、このご馳走出しましょうか?」
「ああ、いいのいいの、それは。長居されても困るから。それより、そのお菓子持ってて。あの子が持ってきたんだけど、要らないわ」
「義姉さんはお兄さんの事、お嫌いでしたけど、甥っ子にも厳しいですね」
「だってしゃら悔しくてねえ、兄さんのおかげで私の貰えるはずの遺産まで全部持っていかれたのよ。
それにあの甥っ子が可愛げなくてねえ、一人でつっぱちゃって、兄と良く似ていて腹が立つ!」

耳を疑った。さっきまでにこやかに秋山を接待していたでは無いか。
あからさまな嫌悪の言葉に伯母の本心を八神は知って悪寒が走った。それはトイレの寒さとは違う震えだった。

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