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秋山と八神 出会い編
part.4
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十二月も第二週ともなると、街の中はクリスマスムードもたけなわになっていた。年の瀬も相まって、パーティーに繰り出す人と仕事に追われる人とで、街じゅうごった返していた。
流石の八神も連日忙しいようで、店の外にまで、お客を見送りに出てくる姿を、秋山は何度か目撃していた。
そして普段はのんびり営業している理髪店も、この時期は予約のお客でてんてこ舞いだった。
そんなこんなで、二人とも仕事に忙殺される日々だ。
この日、理髪店はいつもよりも長く営業していた。それもようやく区切りがついて、秋山は疲れた身体を暫しソファへと投げ出していた。
その時だ、バタバタと幾人かが店の前を走り抜ける音がし、程なく少し離れた場所から怒号と何かが路上に散らばる物音が聞こえた。
やがてそれも静まり返ると、気になった秋山は店のドアを開け、恐る恐る物音がした方へと視線を遣った。
道路に散乱していたのは近隣の店から出たゴミ袋や段ボール箱だった。
「あーあ、酔っ払いの喧嘩かよ」
道路の有り様を見ぬ振りの出来ない秋山が、散らばったゴミを片付けようと近づいたその時だった。
伸ばした指先に、何が黒い塊が蠢いた。目を凝らすと人間のようである。
「だ、大丈夫ですか?立てますか?」
そう言いながら秋山は、伸ばしかけていた指先の方向を変え、地面に転がりゴミ袋と同化していた相手へと差し伸べた。
「ハハ…っ、ちょっと転んじまった…
騒がせて悪かったな…先生」
「…八神さん?!どうしたんですか!大丈夫ですか!」
ゴミの中から這い出してきたのは何と秋山のよく知る人物だった。
見れば服はボロボロ、あちこち擦りむいた顔からは血が滲み、目の上が酷く腫れ上がっていた。
明らかに喧嘩だ。
しかもどうやら負けたらしい事が、派手なジャケットの胸ポケットに挿した花のひしゃげ具合が物語っていた。
「ともかく…店まで歩けますか?僕の肩に掴まって下さい!」
「ダーイジョーブ、ダーイジョーブ、大袈裟だな先生は」
余裕を見せようと笑った顔は歪み、肩を借りて、立ったは良いが足が縺れて今にもつんのめりそうな危うさだ。呼気からは夥《おびただ》しく酒の臭いが漂った。
秋山は自分より上背も体重もある八神をやっとの思いで店のソファへと横たえさせると、傷の手当てに必要な物を直ぐに用意した。理髪店なのが功を奏していた。
「どうしたんですか?喧嘩だなんて。ここの所、真面目に仕事してるみたいだったじゃ無いですか」
「…っ、テテっ、もっと優しくしてくれよ、先生」
「贅沢言わないでくださいよ。僕は看護師じゃ無いんだ」
秋山はそれでも甲斐甲斐しく、八神の頭を膝枕し、湯で傷口を綺麗に拭って、消毒薬を浸した綿で拭いている。
「何でこんな事になったんですか。
ホストは顔が命なんじゃ無いんですか?」
「最近やる気を出したのが運の尽きってやつさ」
「やる気があるとこんな事になるんですか」
「そこ痛ぇーよ先生っ…」
秋山は、出来る限りそっと傷の手当てを続けながら八神の愚痴めいた話を聞いていた。
「妬まれたのさ。あいつの常連客を取ったとか取られたとか、下らねえ話さ。身体はどうしたって一個なんだからよ。そのための俺らヘルプなのにな。何で取る取らねーの話しになるんかね、俺には分からねぇよ」
「ホスト。辞めるんじゃ無かったんですか?いっその事辞めてみたらどうですか。良い機会じゃ無いですか」
「辞めるさ、だけどもうひと稼ぎしてからな」
八神には八神の人生があるだろう。秋山はそれ以上深くは立ち入らなかった。
「今日は、上の部屋に布団を敷きますから、上で寝て下さい。ここだと疲れが取れませんから」
「いや、良いよ先生。そんなに気を使わんでくれ。俺はここに寝かせてもらえるだけで充分だ」
「八神さんが良くても僕が気になる。
酔っ払ったくらいならまだしも…。
明日起きたらちゃんと病院行きましょう」
「嫌だ」
「八神さん。アンタ子供か!」
秋山の部屋は狭かったが、彼らしく清潔で、手入れが行き届いた簡素な部屋だ。店同様に、ここもまた昭和を感じさせる部屋だった。
元々、この建物自体が古かった。店は絶滅寸前の看板建築で、表はそれらしい顔つきをしていたが、裏にまわれば木造のトタン屋根だった。
「これ、取り敢えず着て下さい。僕のスエットだから少しきついと思いますが、それでも一番大きいサイズを見繕いました」
八神はさっきから借りて来た猫のようだった。秋山から渡されたスエットに素直に着替え、秋山が敷いた布団に大人しく横たわった。
布団はもう一組。八神の隣に敷かれていた。
「別れた女房を思い出すよ。先生みたいに何やかやと俺の面倒を良く見てくれた。あの時はその有り難さが分からなかったが…、もっと感謝しておくんだったな」
「ええ?!八神さん、結婚してたのか!」
大人しく家庭にちんまりと収まっている八神を想像できず、秋山は大袈裟なほど驚いた。
「なんだよ、してちゃ変か」
「変です」
隣の布団の上に胡座をかいた秋山が、思い切りコクコクと頷きながら八神を凝視していた。
いつも黒髪を後ろに撫でつけ、きちっと整髪料で整えている秋山だったが、今隣に座っているのは、意外と長い前髪を無造作に垂らした、何処か隙のある風情の秋山だった。
八神の腕が何の企もなく自然と秋山に伸ばされた。
「こっちの布団に来いよ、先生」
流石の八神も連日忙しいようで、店の外にまで、お客を見送りに出てくる姿を、秋山は何度か目撃していた。
そして普段はのんびり営業している理髪店も、この時期は予約のお客でてんてこ舞いだった。
そんなこんなで、二人とも仕事に忙殺される日々だ。
この日、理髪店はいつもよりも長く営業していた。それもようやく区切りがついて、秋山は疲れた身体を暫しソファへと投げ出していた。
その時だ、バタバタと幾人かが店の前を走り抜ける音がし、程なく少し離れた場所から怒号と何かが路上に散らばる物音が聞こえた。
やがてそれも静まり返ると、気になった秋山は店のドアを開け、恐る恐る物音がした方へと視線を遣った。
道路に散乱していたのは近隣の店から出たゴミ袋や段ボール箱だった。
「あーあ、酔っ払いの喧嘩かよ」
道路の有り様を見ぬ振りの出来ない秋山が、散らばったゴミを片付けようと近づいたその時だった。
伸ばした指先に、何が黒い塊が蠢いた。目を凝らすと人間のようである。
「だ、大丈夫ですか?立てますか?」
そう言いながら秋山は、伸ばしかけていた指先の方向を変え、地面に転がりゴミ袋と同化していた相手へと差し伸べた。
「ハハ…っ、ちょっと転んじまった…
騒がせて悪かったな…先生」
「…八神さん?!どうしたんですか!大丈夫ですか!」
ゴミの中から這い出してきたのは何と秋山のよく知る人物だった。
見れば服はボロボロ、あちこち擦りむいた顔からは血が滲み、目の上が酷く腫れ上がっていた。
明らかに喧嘩だ。
しかもどうやら負けたらしい事が、派手なジャケットの胸ポケットに挿した花のひしゃげ具合が物語っていた。
「ともかく…店まで歩けますか?僕の肩に掴まって下さい!」
「ダーイジョーブ、ダーイジョーブ、大袈裟だな先生は」
余裕を見せようと笑った顔は歪み、肩を借りて、立ったは良いが足が縺れて今にもつんのめりそうな危うさだ。呼気からは夥《おびただ》しく酒の臭いが漂った。
秋山は自分より上背も体重もある八神をやっとの思いで店のソファへと横たえさせると、傷の手当てに必要な物を直ぐに用意した。理髪店なのが功を奏していた。
「どうしたんですか?喧嘩だなんて。ここの所、真面目に仕事してるみたいだったじゃ無いですか」
「…っ、テテっ、もっと優しくしてくれよ、先生」
「贅沢言わないでくださいよ。僕は看護師じゃ無いんだ」
秋山はそれでも甲斐甲斐しく、八神の頭を膝枕し、湯で傷口を綺麗に拭って、消毒薬を浸した綿で拭いている。
「何でこんな事になったんですか。
ホストは顔が命なんじゃ無いんですか?」
「最近やる気を出したのが運の尽きってやつさ」
「やる気があるとこんな事になるんですか」
「そこ痛ぇーよ先生っ…」
秋山は、出来る限りそっと傷の手当てを続けながら八神の愚痴めいた話を聞いていた。
「妬まれたのさ。あいつの常連客を取ったとか取られたとか、下らねえ話さ。身体はどうしたって一個なんだからよ。そのための俺らヘルプなのにな。何で取る取らねーの話しになるんかね、俺には分からねぇよ」
「ホスト。辞めるんじゃ無かったんですか?いっその事辞めてみたらどうですか。良い機会じゃ無いですか」
「辞めるさ、だけどもうひと稼ぎしてからな」
八神には八神の人生があるだろう。秋山はそれ以上深くは立ち入らなかった。
「今日は、上の部屋に布団を敷きますから、上で寝て下さい。ここだと疲れが取れませんから」
「いや、良いよ先生。そんなに気を使わんでくれ。俺はここに寝かせてもらえるだけで充分だ」
「八神さんが良くても僕が気になる。
酔っ払ったくらいならまだしも…。
明日起きたらちゃんと病院行きましょう」
「嫌だ」
「八神さん。アンタ子供か!」
秋山の部屋は狭かったが、彼らしく清潔で、手入れが行き届いた簡素な部屋だ。店同様に、ここもまた昭和を感じさせる部屋だった。
元々、この建物自体が古かった。店は絶滅寸前の看板建築で、表はそれらしい顔つきをしていたが、裏にまわれば木造のトタン屋根だった。
「これ、取り敢えず着て下さい。僕のスエットだから少しきついと思いますが、それでも一番大きいサイズを見繕いました」
八神はさっきから借りて来た猫のようだった。秋山から渡されたスエットに素直に着替え、秋山が敷いた布団に大人しく横たわった。
布団はもう一組。八神の隣に敷かれていた。
「別れた女房を思い出すよ。先生みたいに何やかやと俺の面倒を良く見てくれた。あの時はその有り難さが分からなかったが…、もっと感謝しておくんだったな」
「ええ?!八神さん、結婚してたのか!」
大人しく家庭にちんまりと収まっている八神を想像できず、秋山は大袈裟なほど驚いた。
「なんだよ、してちゃ変か」
「変です」
隣の布団の上に胡座をかいた秋山が、思い切りコクコクと頷きながら八神を凝視していた。
いつも黒髪を後ろに撫でつけ、きちっと整髪料で整えている秋山だったが、今隣に座っているのは、意外と長い前髪を無造作に垂らした、何処か隙のある風情の秋山だった。
八神の腕が何の企もなく自然と秋山に伸ばされた。
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