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秋山と八神 出会い編
part.2
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次に俺が目覚めたのは、この理髪店のソファの上だった。
日差しが眩しく顔の上に燦々と降り注いでいた。大欠伸をしながらむくりと起き上がると、丁度店の奥の頼りなげな階段を軋ませて一人の若い男が降りて来た。
飲み過ぎた朝のぼんやりした頭と霞んだ目が、フル回転で昨夜の事を思い出そうとしていた。
「おはようございます」
「思い出したぞ!アンタ理髪店の!
俺、もしかしたらあのままここに泊まったのか?!」
「はい、そうです。散髪台からそのソファまで運ぶのに一苦労しましたよ」
「それはすまなかった!申し訳ない!もしかして、アンタもここに泊まらせちまったのか?」
そう思うと流石にそれは気が引けたが、相手は首横に振って二階を指さした。
「この店の上が自宅ですから、気にしないでください」
「いやーっ!そうは言っても先生」
「は?私は理髪師で先生じゃありませんよ?私の名は秋山と言います」
嫌だなと笑って秋山は手を横に振った。
「ああ、俺はライ、いや、八神だ」
うっかり、源氏名を名乗りそうになったが、ここは本名だろうと判断した。
「俺がガキの頃、近所にあった理髪店や美容室ってのはみんななぜか白衣を着ていてな、そんな職種の人間を見るとついそんな風に呼んじまうんだ。なあ、先生、直ぐに出て行くよ。この礼は後日…」
一刻も早くこの店から出て行こうとして立ち上がると、秋山が引き留めた。
「待ってください!そんな髪でこの店から出すわけにはっ」
「ああ?」
鏡を見れば、一晩寝ただけで昨夜切り立てとは思えない程の乱れ髪だった。
それから八神は、事あるごとに何故だかこの理髪店に度々訪れるようになっていた。
お礼だの、相談だの、およそ理髪店には関係のない、どうでもいい愚痴なんかを、この男の元に運ぶようになっていた。
そしてそのいずれも、大概は酔っ払ってボロボロの状態だったが、神経質な割には気の良い理髪店の男は、そんな八神の話を根気強く聞き、時にはまた酔っ払った八神に、この店のソファをベッドがわりに提供してやるのだった。
「なあ、先生。アンタの顔、俺好きだわ。実に良い!うん良い男だ」
今夜も八神はヘロヘロで散髪台に泡だらけの顔を仰向け横たわっていた。
「それはこの前も聞きました。たまには素面《しらふ》でお店に来られないものですか?」
「仕方ねぇだろう、ホストだもん」
「連日深酔いじゃあ、身体が持ちませんよ?八神さん。
…?八神さん??」
突然押し黙った八神。また寝てしまったのかと秋山が見下ろすと、らしくない神妙な顔つきの八神がいた。
そんな彼を不思議に思いながら、秋山が髭をあたる剃刀の音だけが響いている。
「…もう潮時かな、俺」
八神がポツリと零した。
「八神…さん?」
「後輩にどんどん抜かれてよ、売上は減って行く一方だ。…三十八か」
そう溢すと、柄にもなく滲む涙を誤魔化すように指で擦った。
「八神さん。三十八歳なんて、男盛りじゃないですか、なんだって出来る歳ですよ。今の仕事が貴方にそう思わせるんですよ。出過ぎた事を言いますが、違う世界があるんじゃないですか?もっと、貴方らしく生きられる場所が」
そう話している時だった。八神が散髪台からむくりと起き上がり、秋山の唇を唐突に奪ったのだ。
驚いた秋山が慌てて顎から剃刀を遠ざけ、身を引いた。
「ちよっ、危ない!まだ剃刀持ってるんですよ?!僕は!」
その秋山の胸倉を掴んで八神は自分の胸に構わず引き寄せた。思わず手にしていた剃刀が床へと転がった。
「アンタの顔が好きだって言ったの、嘘じゃないぜ?
先生が俺を煽ったんだ。優しい言葉なんかかけるからさ」
「わっ、ゔ!…むっ」
再び肉厚な唇と舌に塞がれた。
八神の口付けは仄かな石鹸の匂いと酒の味がした。秋山にとって、久しぶりに味わう口付けの感触は、濃厚に求められると目眩を覚えた。
「やが、みさ、んっ、離してくれ!」
抱きついて離れない八神を振り解こうともがき、それでもダメだと分かると、秋山は強行に手近にあった巨大なシャンプーボトルで八神の頭を殴り付けていた。八神の身体がぐらりと揺らぎ、散髪台へと重く沈んだ。
秋山は腕から解き放たれた反動で、シャンプーボトルと共に床に投げ出された。
「全く!貴方って人は!」
息を切らせてながら立ち上がる秋山は、乱れた髪を掻き上げながら、煩わしげな顔で伸びている八神を睨み付けていた。だが、ほんの少しだけ秋山は八神と言う男を憎めない自分がいる事に気づいていた。
「本当に!仕方ない人だなあもう!」
そう文句を言いながらも、秋山は苦労して八神の体をソファまで引きずっていくとそこへと寝かせた。
幸い、八神は怪我もなく眠っているだけのようだった。
こうして、またしても八神の朝は理髪店のソファの上となっていた。
日差しが眩しく顔の上に燦々と降り注いでいた。大欠伸をしながらむくりと起き上がると、丁度店の奥の頼りなげな階段を軋ませて一人の若い男が降りて来た。
飲み過ぎた朝のぼんやりした頭と霞んだ目が、フル回転で昨夜の事を思い出そうとしていた。
「おはようございます」
「思い出したぞ!アンタ理髪店の!
俺、もしかしたらあのままここに泊まったのか?!」
「はい、そうです。散髪台からそのソファまで運ぶのに一苦労しましたよ」
「それはすまなかった!申し訳ない!もしかして、アンタもここに泊まらせちまったのか?」
そう思うと流石にそれは気が引けたが、相手は首横に振って二階を指さした。
「この店の上が自宅ですから、気にしないでください」
「いやーっ!そうは言っても先生」
「は?私は理髪師で先生じゃありませんよ?私の名は秋山と言います」
嫌だなと笑って秋山は手を横に振った。
「ああ、俺はライ、いや、八神だ」
うっかり、源氏名を名乗りそうになったが、ここは本名だろうと判断した。
「俺がガキの頃、近所にあった理髪店や美容室ってのはみんななぜか白衣を着ていてな、そんな職種の人間を見るとついそんな風に呼んじまうんだ。なあ、先生、直ぐに出て行くよ。この礼は後日…」
一刻も早くこの店から出て行こうとして立ち上がると、秋山が引き留めた。
「待ってください!そんな髪でこの店から出すわけにはっ」
「ああ?」
鏡を見れば、一晩寝ただけで昨夜切り立てとは思えない程の乱れ髪だった。
それから八神は、事あるごとに何故だかこの理髪店に度々訪れるようになっていた。
お礼だの、相談だの、およそ理髪店には関係のない、どうでもいい愚痴なんかを、この男の元に運ぶようになっていた。
そしてそのいずれも、大概は酔っ払ってボロボロの状態だったが、神経質な割には気の良い理髪店の男は、そんな八神の話を根気強く聞き、時にはまた酔っ払った八神に、この店のソファをベッドがわりに提供してやるのだった。
「なあ、先生。アンタの顔、俺好きだわ。実に良い!うん良い男だ」
今夜も八神はヘロヘロで散髪台に泡だらけの顔を仰向け横たわっていた。
「それはこの前も聞きました。たまには素面《しらふ》でお店に来られないものですか?」
「仕方ねぇだろう、ホストだもん」
「連日深酔いじゃあ、身体が持ちませんよ?八神さん。
…?八神さん??」
突然押し黙った八神。また寝てしまったのかと秋山が見下ろすと、らしくない神妙な顔つきの八神がいた。
そんな彼を不思議に思いながら、秋山が髭をあたる剃刀の音だけが響いている。
「…もう潮時かな、俺」
八神がポツリと零した。
「八神…さん?」
「後輩にどんどん抜かれてよ、売上は減って行く一方だ。…三十八か」
そう溢すと、柄にもなく滲む涙を誤魔化すように指で擦った。
「八神さん。三十八歳なんて、男盛りじゃないですか、なんだって出来る歳ですよ。今の仕事が貴方にそう思わせるんですよ。出過ぎた事を言いますが、違う世界があるんじゃないですか?もっと、貴方らしく生きられる場所が」
そう話している時だった。八神が散髪台からむくりと起き上がり、秋山の唇を唐突に奪ったのだ。
驚いた秋山が慌てて顎から剃刀を遠ざけ、身を引いた。
「ちよっ、危ない!まだ剃刀持ってるんですよ?!僕は!」
その秋山の胸倉を掴んで八神は自分の胸に構わず引き寄せた。思わず手にしていた剃刀が床へと転がった。
「アンタの顔が好きだって言ったの、嘘じゃないぜ?
先生が俺を煽ったんだ。優しい言葉なんかかけるからさ」
「わっ、ゔ!…むっ」
再び肉厚な唇と舌に塞がれた。
八神の口付けは仄かな石鹸の匂いと酒の味がした。秋山にとって、久しぶりに味わう口付けの感触は、濃厚に求められると目眩を覚えた。
「やが、みさ、んっ、離してくれ!」
抱きついて離れない八神を振り解こうともがき、それでもダメだと分かると、秋山は強行に手近にあった巨大なシャンプーボトルで八神の頭を殴り付けていた。八神の身体がぐらりと揺らぎ、散髪台へと重く沈んだ。
秋山は腕から解き放たれた反動で、シャンプーボトルと共に床に投げ出された。
「全く!貴方って人は!」
息を切らせてながら立ち上がる秋山は、乱れた髪を掻き上げながら、煩わしげな顔で伸びている八神を睨み付けていた。だが、ほんの少しだけ秋山は八神と言う男を憎めない自分がいる事に気づいていた。
「本当に!仕方ない人だなあもう!」
そう文句を言いながらも、秋山は苦労して八神の体をソファまで引きずっていくとそこへと寝かせた。
幸い、八神は怪我もなく眠っているだけのようだった。
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