天神さまの云ふとおり

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一夜の契り

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綺麗な着物で着飾りパッと見には絶世の美女。胸を触るまでは全く男とは分からなかった。
だが物を喋らせると途端にこのはすっぱな物言いだった。
その上正体が露見したと言うのに臆する様子も見せず、旗本の源之助よりも寧ろ態度はでかかった。
これは面白い奴だ。
源之助が今までに出会ったことのない人間だった。

「お前、詰めが甘いんだよ。紅藤は無かろう?直ぐに勘ぐられそうな名では無いか」

源之助は差し向かいで布団に同じように胡座を掻いて、手にしたキセルに二服目の煙草を火皿に詰めた。
火種で炙って火をつけると、遊女のように吸い付け煙草を紅天神に差し出した。

「まあ、一服どうだ。今外に出て行ったところで、廓の中にはまだ捕り方が彷徨《うろ》ついているぞ。ここにいた方が安全だと思うがな。まだ夜は長いし、そう焦って出て行く事はあるまい」

なんともゆったりと構えている男の前で、息巻いている己がみっともなく見えて来る。
紅天神は漸く肩の力を抜いて、源之助が差し出すキセルを受け取った。

「アンタ、源之助って言ったっけ。変わった侍だな。天下の大泥棒が目の前にいるんだぜ?」

紅天神はその物言いとは真逆に品の良い愛らしい唇から勢い良く煙を吐き出した。
その言い草と風体が似合わない。源之助は思わず吹き出した。

「ふふっ、そうは見えないな。なんとも可愛らしい義賊様だ」
「だ、黙れっ!」

そう言って脚を組み替える紅天神の膝がちらと覗くと、白い素肌に血が滲んでいるのが見えた。源之助はすかさず裾を捲った。

「なっ…!何しやがる!」

咄嗟に脚を引っ込めた紅天神だったが、源之助はそれを許さず、血の滲む剥き出しの膝を引き寄せ言葉も無く傷に舌を這わせた。

「うっ、ぅ、」

痛みともう一つ違う感覚にゾクリとなって、紅天神の唇から微かに艶めいた声が漏れた。それを恥じてかその目元が一瞬朱に染まる。
その表情、その声が、男と分かっていながら何故か源之助の助兵衛心を擽った。

「お前、男にしとくには勿体無いな」

そう言いながら源之助は紅天神の赤い襦袢の裾を引き千切り、血の滲むその膝に巻いて強く縛った。「痛むか?」と問うその横顔に男の色気が匂い立つ。
そんな男振りに紅天神は束の間見惚れた。

「アンタ、女にモテるだろ」

「さあ、どうだか」

源之助は鼻で笑って嘯いた。

「アンタずいぶん遊び慣れているみたいだが、衆道は好きじゃ無いのかい?」

そう言って源之助を見詰める紅天神の瞳が行燈の光を宿し、心なしか色を含んで揺れ動いて見える。

「生憎と俺にその道の素養はねえようだ」
「おや、其方こそ勿体ない。こんなに良い男なのにねえ、色事を極めた粋人にしちゃあ、それじゃあ片手落ちってもんじゃないのかい?」

そう言うと、紅天神は源之助の肩につと華奢なその手を滑らせた。
あまりに自然なその誘いにまんまと源之助はその唇に吸い寄せられた。

あの香りだ。

さっき首筋に口付けた時にふと香った女の匂いとは違うあの青く瑞々しい香り。
それは源之助が知らない若い男の匂いだった。

武士の嗜みとして源之助とて衆道のなんたるかは知ってはいたし、前髪の頃に言い寄る男もいるにはいたが、年長者との衆道の契りは己が受け身。どうもそれが性にはあわず、そうこうするうち遊郭遊びにのめり込んだのだ。
だが今は相手が受け身。そう思うと途端に食指が沸いた。
だが、それ以上の何かを知っているわけでも無い。
源之助の躊躇を感じた紅天神はゆっくりとその両肩を押して源之助の上にのし掛かった。源之助は慌てた。

「待て…っ」
「夜はまだまだ長いんだろう?俺がアンタを極楽へ連れてってやるよ」

積極的に上に乗られて源之助は内心焦っていた。

「待て!俺は菊門は…」
「分かってるよ。受け身は俺だ。アンタは俺の中に挿ればいいだけだ。女とさして違わねえよ?挿れる場所がちょいとばかし違うだけ。衆道の契りと言う訳じゃ無いが、アンタと情けを交わしてみたい」

世間を騒がす美貌の義賊にここまで言われれば源之助とて絆される。
ここは覚悟を決めて、前で締め込んだ帯に手を掛けた。

「こんな美人が男だとは俄かに信じられないが、本当に男かどうか、確かめてやる」

そう言うと解けた帯を投げ捨てて肌けた着物から覗く真っ白な肌の深い谷間へと顔を埋めた。
紅天神の言った事は本当だった。女とさして変わらぬ滑らかな肌に源之助は酔いしれた。
そうは言っても相手はやはり男。男の弱味は男が一番よく分かる。
それはこの十年の廓通いの経験など吹き飛ぶような目眩く極楽だった。
紅天神の体は女よりも熱く、零れる吐息は蜜よりも甘やかだった。
二人の影は上になり下になり、紅天神の結い上げられた島田の髪が玉簪を一つまた一つと落としながら振り散った。
この夜重ねたのは身体だけで無い。終盤には語らずとも互いの気持ちは通じ合うほどになっていた。

「源之助様…もう、もう果てます…!」
「紅…っ、共に…!」

寝乱れた夜具に汗濡れた素肌を投げ出して、二人は何度目か夜空に星降る花火を打ち上げた。



「心地が良いな…。男がこんなに良いものだとは知らなんだ。惜しいことをした」

熱砂の嵐が今は過ぎ去り、二人は静かに、ただ互いの心音に耳を傾けていた。
そんな時に、ぽそりと紅天神が言葉を零す。

「…アンタ、俺のマブになってくれないか?アンタみたいな人に俺は出会った事がない」
「……そうだな、半月前ならウンと言えたが、俺はもうすぐ入婿になる身なのだ。これが最後と決めた夜にお前とこうして契るとは…。なんたる巡り合わせだ…」

二人の仲を惜しむような物言いに、紅天神は隣の男へと視線を遣った。

「…婿になるってのに…アンタ幸せじゃ無いのかい?」
「ははっ、野暮なことを聞いてくれるな。……幸せに決まってる」

そう言う源之助の笑った横顔に何故だか紅天神の胸が締め付けられた。


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