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五章 四年生 決戦へ

68 黒い竜

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 ベスさんの言った通り、三日程私は寝込む事になった。皮膚の痛みと熱が引かなかったのだ。

 三日目の昼に、どうにか私は痛み止めを飲んで服を着る事が出来た。

「ふぅ……」

 遅めの昼食をとって、私は息を吐いた。

「これで少しは魔力量が上昇したんでしょうか?」

「タトゥーがおまえの体に馴染むまで時間がかかる。完全に馴染んだら、大幅な魔力アップが出来るだろうな。とはいえ、それだけでは5000に届かない」

 対面に座るダーマさんは、お茶を淹れながら話す。あのお茶は、私のタトゥーを安定させる働きがあるらしい。物凄く苦いけど。

「じゃあ、後はどうすると良いんでしょうか……?」

 一月の内の三日をもう使ってしまった。

「……あまり気は進まないが、一つ方法がある」

 私は差し出されたお茶をイッキに飲んだ。







 ダーマさんに言われてめいっぱい厚着をする。

「あつっ……春先にする格好じゃないよ」

 隠れ家の扉がノックされて、意外な人物が入って来る。

「え、えぇ? クラビスさん?」

「やぁ、スカーレットくん。ちょっと見ない内に大きくなったね」

 驚く私を他所に、クラビスさんはマイペースだった。確かに会うのは久々だった。

「いやぁちょっと各地の調査に出ててね。コノートに戻って来るのは、久々だよ」

 クラビスさんは、少し焼けていた。それからよく見たら少しやつれてる。

「すいません、忙しい中来ていただいて……」

「いやいや、国の危機とあっては無視は出来ないよ。僕の請けおった仕事と大きな関連もあるしね」

「クラビスさんは、何をやってたんですか?」

「うーん、実はコノートの魔力が乱れてるのは学者間では問題になってたんだ。少し変だぞ? ってね。それで各地を調べて回っていた矢先に、今回の天災が起きてね……自らの力不足を呪ったよ」

 クラビスは帽子で顔を隠してしまう。

「僕がもっと早くに真相にたどり着いていればね……」

「何かわかったんですか?」

「……あぁ。これはね、人が故意に起こしたものの可能性があるのさ」

「やはり、そうなのか」

 今まで黙って聞いていたダーマさんが発言する。

「君も勘付いていたんだね」

「……誰がやったのかまでは、わからないがな……」

「……ひとまず。僕は僕の仕事をやろうかな」

 クラビスは胸ポケットから、青い宝石を出した。とても綺麗な石だった。石は内側から光を発していた。

「なんですかそれ?」

「これかい? ふふっ、とても貴重な秘宝さ」

 クラビスが冗談まじりにそう言った。

「それが、竜の涙か……」

 ダーマさんが興味深そうに石を見る。

「竜の涙?」

 この世界の創生神話を調べた時、『世界は竜の涙から始まった……』と言う記述を見たのだが、この世界には『竜』と呼ばれる存在はいないようだった。物語にも出て来なければ、モンスターにも竜種と言えるものはいなかった。居ても、トカゲの進化したようなものだった。だから、竜の名のつくアイテムが存在する事に私は驚いたのだ。

「竜の涙は、世界に選ばれた物だけが扱う事が出来ると言う。所持者を選ぶのは世界だ」

「へ、へー凄いですね。それって、何が出来るんですか?」

「所持しているだけで巨大な力を手にすると言われている。しかし、もっとも特殊な魔術は『転移魔術』だ」

「転移!」

 学校で習う授業には『転移魔術』が無かった。文字等の情報を魔術で送る事は出来ても、人をまるごとどこかに運ぶ事は出来ないのだ。何度もそれは試みられたが、全て失敗に終わった。体の一部だけ転移してしまったり、転移の空間移動に肉体が耐えられなかったり、そのまま消えてどこかに行ってしまったりした。不思議な事に魔物では成功するのに、人だと失敗するのだ。その点を解明する為に奴隷を使ってこの研究をやる魔術師もいた。しかし、非人道的な行いゆえ国から禁忌魔術と認定されてしまった。それ以降、転移魔術の実験は出来なくなったのだ。

 その転移魔術をクラビスは使えるのだ。

「すごい、すごい、すごい! それって、とんでも無い事ですよ!!」

「そう、凄い事なんだよ。これのおかげで僕は各地を移動出来るわけさ」

 クラビスが神出鬼没なのは、そういう理由があったのか。

「ただし、あまりにも高度な魔術ゆえ僕にもどうやってその魔術が行使されているのかわからないんだ。むしろ、魔術式なんかないのかな。大きな力が、奇跡を成しているのかもしれない」

 私が覗き込んだ石は、深く輝きを放っていた。

「さて、石の話は終わり。それじゃ、出発しよう」 

 クラビスが私の手を握る。ダーマさんも私の手を握った。そしてクラビスさんの石が強く光、私は体が引っ張られるのを感じた。物凄く、気持ちわるい感じだった。

 そして目が開けた時には、雪山の中にいた。

「寒っ! ここ、どこですか!?」

「エルナ大陸の北にある土地だよ」

 しっかり、厚着しといて良かった。

「それじゃ、僕は戻るね。スカーレットを頼んだよ」

「了解した。尽力感謝する」

「じゃあねスカーレットちゃん」

 すぐにクラビスは消えてしまう。人が目の前で突然消えるのは、奇妙な光景だった。

「行くぞ」

 ダーマさんに手を引かれて、私は雪山を歩く。雪を見ると少し憂鬱な気分になる。フローラの事を思い出すからだ。彼女の事は、これから先も何度も思い出すのだろう。

 長い雪の道を黙々と歩く。

「ク、クラビスさん、もちょと近くに出してくれたら良かったのに」

 もう、一時間以上歩いていた。

「クラビスは一番近い場所に出してくれたさ。あれより中には、結界で外からの転移魔術での侵入は出来なかったからだ」

「えっ」

 転移魔術を想定した結界がここには張ってあるのか。

「あの、そんな事いったい誰がしたんですか」

 転移魔術は特殊な魔術で、出来る人だってこの世界に限られている。それなのに、それを想定した結界を作っているなんて。

「……竜族だ」

 ダーマさんが立ち止まる。吹雪の中で見えなかったが、雪の中に大きな門が見えた。

「竜族ってなんですか」

「この大陸では秘匿された存在だ」

「この大陸では? 他の大陸には普通にいると?」

「多くの竜族は迫害を逃れてこの地にやって来た。まぁ、モリスト大陸にも末裔がいるがな……」

「竜族って何者なんですか?」

「創生神話の竜の血を引いているとされている……。さぁ、中に入るぞ」

 ダーマさんが、私との会話を打ち切って扉に手をかける。すると重そうな丸太の扉が開いた。ダーマさんが中に入り、私も後を追いかける。門の中は、丸太で組まれたログハウスのような家が並んでいた。家の扉の前には左右に、竜の彫り物が置かれているのが特徴的だった。ダーマさんは村の中央に向かって歩いて行く。

「あ、あのぉ。勝手に中に入っちゃって良いんですか?」

「きちんと連絡はしている。これから村長の家に行く、失礼の無いようにしていろ」

「は、はい」

 失礼の無いようにしろと言われても、竜族に会うのなんて始めてだ。いろいろマナーだって違うだろし、どう気をつけろと言うんだろうか。

「普通にしていれば良い。彼らは温厚だから、滅多な事では怒らないからな」

 おそらく村の中央と思われる場所には大きなトーテムポールが立っていた。竜が連なって描かれている。この村の象徴のような物だろうか。そこを通り過ぎて、更に奥へ行く。あたりまえだが、雪が吹雪いているので外に人の気配は無い。竜族ってどんな見た目なのだろうか。やはり、ググみたいにトカゲみたいな感じなんだろうか。

「着いたぞ」

 そんな事を考えている内に、立派な建物に連れて来られた。他のログハウスよりも荘厳な造りをしている。なんと言うか、シャーマンでも住んでそうな建物だ。ダーマさんが扉をノックする。すると、すぐに扉が開いて背の低い老人が出迎えてくれた。私よりも小さい。しわくちゃの目は、開いていなかった。

「さぁさぁ、お入りください」

 老人は私達を快く招き入れた。

「外は寒かったでしょう、暖炉をどうぞ」

 老人の好意に甘えて私とダーマさんは暖炉前の椅子に座る。

「温かいお茶も準備しておきました、どうぞ」

 出されたお茶を受け取って飲む。めちゃくちゃ甘い。横でダーマさんが、眉を寄せて飲んでいた。

「ダーマ様、お久しぶりです」

 老人は懐かしそうにダーマさんを見た。

「あぁ、久しぶりだ。あなたが元気そうで良かった」

「はい、私も村も以前と何も変わりありません」

「それは良かった」

「あの。ダーマさん、お知りあいなんですか?」

 甘いお茶を飲みながら、私は尋ねる。

「……まぁ、故郷のようなものだな」

「ほっほっほっ。確かにそうですなぁ」

「そうなんだ!」

 ダーマさんの故郷。でも不思議なのだが、随分年上の村長さんがダーマさんを敬っているのは何故だろうか。  

「それで、洞窟には入れるか」

「はい、人払いは済んでおります」

 洞窟でいったい、何が待っているのだろうか。



 お茶を飲んだ後、私はダーマさんと村の奥に向かった。雪を踏みしめながら歩いていると、道沿いにあった民家のドアがそっと開いて中に居た人が手を合わせた。その隠れるように行われた、奇妙な光景を私は不思議に思う。その祈りは、ダーマさんに向けられていたからだ。ダーマさんは気づいていないのか、前を向いてどんどん先に行ってしまった。

 村の最奥に森があった。森と言っても、枯れた木々が密集しているだけだ。静かな森の中を私達は歩く。ダーマさんはずっと黙ったたままだ。話しかけるなと背中が言っているようにも思えた。なんだか、ピリピリしている。

「ダーマさん、これからどこへ行くんですか」

「……洞窟だ」

 ダーマさんは短く答える。

「……何をしに行くんですか」

 私の問いにダーマさんは答えない。そして立ち止まる。目の前は行き止まりだった。雪の壁に覆われている。しかしダーマさんが手をかざすと、目の前の空間が揺れる。結界が貼られているようだ。私はダーマさんに手を引かれて、その結界の中に入った。結界の中に入ると、目の前に洞窟の入口があった。なんだか、そこは怖い。それにダーマさんも怖い。私はつい立ち止まってしまう。

「どうした」

 手を引いていたダーマさんが振り返る。

「あの……なんだか、怖くて……」

「……そうだろうな。この洞窟には竜の魔力が満ちている。恐れるのは当然だ」

「竜……? 私達はこれらから竜に会いに行くんですか?」

「あぁ」

「え、そんな、いきなり大丈夫ですか?」

 会って早々食べられたりしないだろうか。

「どうだろうな。飲み込まれてしまうかもしれないな……。だがおまえは、この試練を超えなければいけないんだ」

 ダーマさんは、視線をそらさずにそう言った。

「……わかりました」

 私は決心して、洞窟の中に入った。洞窟の中は意外にも明るい。壁に付着した苔が、光苔なのだ。青白い光で照らされた洞窟内を歩く。竜の魔力の影響か、奥に入って行く程、私は目眩を覚えた。あまりにも魔力濃度が濃いのだ。

「大丈夫か」

「だいじょうぶです……」

 ふらふらした私にダーマさんが声をかけてくれる。けれど、これくらい平気だ。我慢して進まなければ。

 長い洞窟の道を歩いた後、突然その空間は現れた。

「わっ」

 大きな空間だ。光苔で室内はほんのり明るく、そして大きな水晶がいくつも突き出していた。不思議なのは、その空間の中心に何も無かった事だ。何かが居たけれど、いなくなってしまったような跡があった。ダーマさんが私の手を離す。

「改めて質問に答えよう。竜族とは何か? 竜族とは創生の竜の血を引くものだ。この世界はかつて竜の涙により生まれた。しかし、あまりにも過酷な環境ゆえ人はこの世界での生存が難しかった。ゆえに、創生の竜に願い、血を分けて貰ったのだ。人と竜の血は混じり合い、竜族となった。この世界は、竜族が開拓し人が住めるように変えていったのだ」

 部屋の中心に立ったダーマさんが、ゆっくりと話しをしてくれる。

「ほ、本当の話しですか……?」

 いくらファンタジーな世界でも、創生の神話は後世の人間が造った物だろうと思っていた。

「さぁな。それを確かめる術は無い。ただ、竜族は今もこの世界にいる。多くは、こんな風に隠れ住んで自らの能力を隠している」

 この村は随分奥地にあるようだ。それに人よけもある。彼らは外界との関わりを絶っているようだ。

「どうして……ですか? そんな凄い血を受け継いでいるのなら、外に出れば良いのに」

「それが問題なんだ。竜族はその大きな力を、人間達に利用された。戦争にな」

 私は目を見開く。

「だから彼らは隠れたんだ。そんな無意味な争いに関わらない為にな。それだけでなく、巨大過ぎる力を持った彼らは人間の社会には馴染めなかったんだ」

 ダーマは竜族を憐れむように目を閉じた。

「……ダーマさんも竜族なんですね?」

「俺は……竜人だ」

 彼は聞き慣れない単語を口にした。

「この部屋の違和感におまえは気づいているんだろう」

 ダーマさん部屋の中を示す。

「……何か大きな物が以前は居たはずなのに、今は無くなってしまったように感じました」

「正解だ」

 ダーマさんは頷いた。

「では、何が居たと思う」

 その問いに私は眉を寄せる。

「……この空間に竜の魔力が満ちているのなら、竜が居たんだと思います」

 しかし、その竜はいない。

「そうだ、かつてこの洞窟には竜が居た。自らを、氷の結界の中に閉じ込めた竜がな。それが俺だ」

 ダーマさんの体が黒い影に覆われていく。大きな影は空間の中に広がる。

『俺は竜なんだ』

 あんなに広かった空間全体を埋めう尽くすように、黒い竜が姿を現した。大きい、とんでもなく大きい。そんで顔が怖い。

『おまえは力を望むか』

 変質した声が私に問いかける。

「わ、私は力を望みます。国を救うために、友を救う為に!」

 声がうわずってしまった。

『そうか、では契約を』

 竜が私の方に頭を垂れる。私は手を差し出した。

『ほんの一部だが、この力をお前に預けよう……』

 私の手に光が溢れる。巨大な力が私の中に流れ込んで来るのを感じた。とても濃い魔力の渦だ。血管の中の血が一気に入れ替えられるような感覚だった。

『気を強く持て、飲み込まれるな……』

 恐怖と、しかし不思議な心地良さを感じながら私は気を失った。







 私は夢を見た。



 少年は気づけばそこに居た。真四角の冷たい部屋の中で、少年はいつも横たわっていた。何もやる事が無いからだ。彼は、ずっと眠っていた。眠っていると、知らない誰かがやって来て嫌がる少年の手を引いて別の真四角な部屋に連れて行った。少年はその部屋が大嫌いだった。

 毎日、毎日。大きな台の上に乗せられて、少年の体は切り開かれた。体に縫い跡が増えていった。

 どうして自分はここにいるのだろうと、何度となく考えた。けれど、少年はそれ以前の記憶を一つも持っていなかった。自分がいつから発生しているのか知らなかった。しかしその半面、体を開かれる度に頭の中に知らない記憶が蘇っていった。それらは、理解する事が出来ない物だった。

 何度も、脱走を試みた。その度に、枷は増えて行った。それでも少年は諦めず、部屋の外に出る事を願った。

 その願いは、数年後に叶う事になる。

 沢山の処置を受けた少年は広い部屋の中で力を使うように言われた。言われたように手を前に出すと、黒い火の玉が出て遠くにあった人の形をした人形を燃やした。少年は驚いて、その後も周囲にある障害物を次々燃やした。力を使う度に、体の奥からもっと大きな力が湧いて来るのを感じた。施設の人間に、止めるように指示を受けたが少年は止めなかった。ついに、首と手足に付けた枷が発動したが、少年はその枷を破壊した。

 それから、大人達がなだれ込んで来て少年を止めようとしたが……少年には敵わなかった。初めて使う力で、少年は自分を傷つけ続けた大人達を殺した。施設を全て破壊して燃やした。力が暴走してその衝動を止められなくなった。それから、少年は竜に変貌した。その後の事を少年は覚えていない。気づけば白く冷たい雪の中に居て、眼前で燃える火の海の街を見下ろしていた。



 少年は力を制御出来ず、何度も人と竜の姿を行き来した。願っていた外に出る事は出来たが、少年は外の人々にとって脅威でしか無かった。助けてくれた村人を、力の暴走で殺してしまった。世話をしてくれた村を焼いてしまった。少年は何度もそんな事を繰り返した。恐怖に震える人々に槍を投げられる度に、少年は胸が潰れるような感情が襲った。そうして孤独な竜は、長い長い旅の末に遠い大陸の雪山に辿り着き洞窟の中に身を隠した。もう二度と、自分が人々を傷つけないように自らを氷の中に封印した。

 それから長い年月が経った。竜はずっと眠っていた。眠りながら、世界の景色を見ていた。竜には、そんな力があったのだ。

 そして、竜を見つけた人々が居た。彼らは竜族で、竜を敬う人々だった。彼らは、竜の周りに村を作り竜を讃えて大事にした。竜はその様子を氷の中からじっと見ていた。穏やかに暮らす人々を見守り続けた。

 ある時、氷にヒビが入っている事に気付いた。そのヒビを、竜は直す事が出来なかった。しばらくすると、村人達が竜の氷を溶かそうといろいろと試した。よけいな事をするなと言いたかった。せっかく、封じているのだから、このまま出してくれるなと願った。けれど、氷の亀裂は大きくなった。

 そして彼はやって来た。

 白い髭をたくわえた老人は、竜に語りかけながらゆっくりと氷を溶かして行った。

『おまえさんは、本当は外に出たいのだろう。そんな顰め面をしてないで出ておいで。外は良いところだ』

 氷が溶けて竜の縛めは溶けた。そして、体が人の姿になった。今となっては、どちらが本当の姿なのかわからなかった。

 竜が危惧していたような事は起きなかった。竜が人の姿で村の中を歩き回っても、以前のように突然力が暴走する事はなかった。長い年月が、体に竜の力を馴染ませたのだろう。村の人々は優しかった、そして自分を氷の外に出してくれた老人は親身だった。

 初めて、人として扱って貰った。

 村で過ごした後に、竜は老人に着いて村を出た。もっと外の世界を見てみたいと、自然に思ったのだ。



 それから、老人について村の外に出た。大きなコノートと言う街でいろいろな物を見て、体験した。老人の名は、ルナールと言った。彼は、竜の力を一切彼に求めなかった。ただ、良き友人として日々語りかけてくれた。だから、そんな彼の願いを叶えてやりたかったのだ。

 竜は、正しい事だと信じて一人の少女の体に自らの友人の心臓を移植した。ルナールの死は彼にとって大きな喪失だった。もう、これでこの世界に思い残す事は無いと思った。けれど、少女は竜の罪を償うように言った。その時、初めて竜は少女を一人の人間としてまじまじと見たのだった。そして、自分の行った身勝手な行動を恥じた。それは、結局かつて大人達が自分に行った行為と同じなのだ。

 少女を主として、竜は再びこの世界を生きる事にした。今度は間違えないように、欠けた人の心を思い出せるように。







 私は目を開けた。体がごつごつした物で覆われてた。それが動いている事に気づく。遠くで、呼吸の音がした。私は黒い竜にもたれて眠っていた。手で触れた竜の体は、固いうろこに覆われている。立ち上がって、眠る竜の顔を見る。その頭を撫でた。すると竜が目を開けた。琥珀色の目が、こちらを見ていた。体を起こして、竜は私を見下ろす。そして再び私に頭を差し出した。私は差し出された頭を撫でた。

 そして竜は人の姿に戻った。黒髪短髪、浅黒い肌のダーマさんが私の腕の中に居た。裸だけど。

「わひゃっ!」

「妙な声を出すな」

 ダーマさんは、立ち上がり近くに落ちたマントを拾って羽織る。

「契約は完了した」

「は、はい」

「竜と契約した事で、おまえの魔力量は増大した」

 言われて見れば、自分の体の魔力がダーマさんと繋がっている事に気付いた。魔力量を増やす時に、精霊や魔物と契約する事もあると聞いた事がある。つまりコレ巨大な魔力を持った存在から、魔力を借り受けているわけか。

 そして私はダーマさんをじっと見た。

「あの、ありがとうございます」

 ダーマさんも私を見返す。

「いや、気にするな」

 何故か頭をぐしゃぐしゃ撫でられた。

「お互い苦労するな」

 そう言って、彼は洞窟の外へと歩いて行った。私も彼の後を追いかけた。





つづく 
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