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四章 三年生 

63 特級魔術師としての初任務

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 部屋の中央に立たされて、四人の人物の視線を私は受けていた。

 隣に、切れ長の目の男が立って私の左手を取り少しだけナイフで切って血を小皿の上に垂らした。その皿は、金の天平の上に置かれている。最初、私の血が載った皿が地に着いて傾いていた。そして、もう片方の皿に金色の円柱上の重りが次々載せられる。六個目が載ると、二つの皿は平行になった。

「魔力量3000です」

 男はそう言うと。私から離れ、部屋の隅に控えた。私の前には、四人の人物がいた。彼らは、各属性の特級魔術師達だった。それぞれの視線が突き刺さる。私の魔力量が3000を超えた事で、一応特級魔法使い達と顔合わせをしても良いだろと言う事になったのだ。

「次の火の特級魔術師は随分小さいガキなんだな。まぁ、見た目だけのガキならもう一人いるけどよ」

「それ、僕の事を言っているのかい?」

 一人、私よりも小さい男の子がいるのに私は正直驚いた。たぶん、小学一年生くらいじゃないだろうか。

「あぁ、おめぇだよ」

「僕は一番の年上なんだからね。敬意を払いなよ若造」

「あーあー、悪かったな爺さん」

 私はその会話を、驚きを持って聞いていた。小さな少年にも驚いたが、粗暴に話す男にも驚いたのだ。特級魔法使いって、国のお抱え魔法使いなのだからもっと厳格な集団をイメージしていたのだ。

「ごめんなさいね、驚かせちゃって。彼らはいつも、こうなの」

 もっと驚くのは、人魚が居た事だ。水色の肌に、魚の尾びれを持った彼女は、水槽に入っていた。

「そうなのよ~、喧嘩するほど仲がいいって奴だから気にしないでね~」

 最後の一人も特徴的な人だった。髪は短めの白髪なのだが、1:9できっちりわけている。白スーツなのだが、下にシャツを着ておらず首元から鎖が見えていた。両手にも鎖がある。たぶん男性だと思うのだが、顔に濃いめの化粧をして口紅は紫だった。

「あら~もしかして緊張してる?」

 私は言葉が出て来ず、頷いた。

「そりゃそうよね~。一三才で、こんな大人の席に連れて来られたんじゃ上手く話せるはずないわよね~」

「大丈夫、怖がらなくて良いのよ」

 人魚のお姉さんが優しく微笑む。

「まずは自己紹介からよね。あたしは、土の特級魔法使いのヴェルノよ、よろしくね。街でお店やってるから、今度紹介するわね」

 ヴェルノさんがウインクする。

「私は、水の特級魔法使いのシャータ。こんな身体だから、あまり外には出られないんだけどおしゃべりは大好きなの。遊びに来てね」

「僕は風邪の特級魔術師のエイブだ。この中じゃ一番の年上だからな」

「そんで俺が雷の特級魔法使いのアルドルファスだ。火の爺さんとは、いずれパワー対決するつもりだったんだが。まぁ死んじまったんなら、仕方ねぇ。おまえさんに期待するさ」

 私は彼らを見る。

「わ、私はスカーレットと言います。火の特級魔法使いの心臓を移植されました。まだ、大精霊召喚はできない見習いですけど……よろしくお願いします」

「あー、そうか。まだ大精霊召喚は出来ねぇのか。手合わせなんて、当分先だな」

 アルドルファがあからさまに、がっかりする。

「大丈夫よスカーレット。移植後に大精霊召喚まで出来るようになるには、五年くらいはかかるものだから」

 シャータが水槽から乗り出す。

「は、はい……」

「まぁ、俺は移植後すぐに出来たけどな」

「はいはい。あんたは、天才よ」

 ヴェルノは呆れ気味だ。

「まぁ、こいつは規格外なだけだからスカーレットちゃんは気にしないで、ゆっくり魔力量を上げていきなさい。ね?」

「は、はい」

 もう私はただ、頷く事しか出来なかった。



 会合の後、私は疲れ切って城を後にした。特級魔法使い……みんな、個性的過ぎるメンバー達の集まりである。







 特級魔法使いの会合があって、しばらくの事だった。国で発表はされていないものの、私は特級魔法使いのメンバーの一員として数えられていた。とはいえ、見習いの半人前であるが。そして、特級魔法使いとして初めての依頼が来た。今まで、認定魔法使いとしてたまに斡旋所で受けていたような小さな依頼ではない。これは、国からの依頼なのだ。



 夏休み、私は北の土地行きの馬車に乗っていた。私の隣に座るヴェルのさんは、メーテルみたいな紫の長い筒みたいな帽子を被って長い紫のコートを着ていた。ロシア人みたいな……とも言うのかもしれない。一方の私は、ワンピーススカートの上にセーターを着て、更にもこもこふわふわのポンチョを羽織っていた。手袋も付けている。下は雪も怖くないロングブーツである。そしてもう一人、最年長の風の魔術師エイブさんが前の座席で横になって寝ていた。身体が小さいので、普通に横になれている。

「ねぇねぇ、スカーレットちゃん。スカーレットちゃんは、コノートの学校に通ってるのよね?」

「そ、そうです」

「しかも飛び級して合格したんでしょ? 一三才なのに、もう三年生なのよね」

「はい、そうなんです」

 私は、こくこくと頷く。

「いいわよねー学生時代。あたしも楽しかったわ~」

「ヴェルノさんもコノート学園に行っていたんですか?」

「そうなのよー。まぁ、昔は貴族の子ばっかりが通う学校だったけどね」

 以前、この国には義務教育が無かったので平民で行ける子は剣や魔術で突出した才能があった子だけだったらしい。

「ヴェルノさんも貴族のご子息だったんですか?」

「そう、そうなのよ~」

 品のある立ち振舞に納得がいった。

「学校に行ったら親から離れるでしょ?」

「はい」

「そんで、世の中にはいろんな人間がいるんだって気づくわけよ」

 私は頷く。本当、世の中にはいろんな人間が居ていろんな生き方があるものだ。

「そしたら私もはじけちゃってねー。二年生辺りから、お化粧したりスカート履いたりしちゃうようになったのよ~」

 ヴェルノさんはとっても笑顔だ。

「そ、そうなんですね」

「まぁでもずっと奇異な目で見られてたけどね。でもおかげで、似たような仲間が沢山できたわ」

 類は友を呼ぶのである。

「お友達が沢山出来てよかったですね」

「そうなの。今もその子達と、コノートでお店やってるのよ」

 自己紹介の時にそう言えば言っていた。

「どんなお店なんですか?」

「あら、興味ある? 興味あるのね?」

「は、はい」

「私のお店は毎日ショーをやっているの。お酒を出して、お客さんに夢のようなショーをお見せするのよ」

「悪夢みたいなショーだろ……」  

 大きめの帽子をずらして、エイブがぼそっと言った。

「まぁ、憎ったらしい子」

「僕は寝てるんだから、少しは静かにしろよ」

「あたしたちは楽しく話してるんだから、我慢しなさい。だいたい、馬車で話もせずに、さっさと寝る方がマナー違反なのよ」

 ヴェルノが注意した。

「はぁ、うるさい奴だ」

 エイブは向こうを向いてしまった。

「もしも良かったら、スカーレットちゃんも来てね」

「子供も行って良いんですか……?」

「特別にね」

 ヴェルノが綺麗なウインクをした。



 馬車で揺られる長旅から十日後。ようやく、私達は目的地に着いた。加速魔術を使った馬車で十日。かなり、遠い場所にやって来た事がわかった。なにせ、そこは夏なのに雪が積もっているのだ。

「北でも、この場所だけは一年中雪が振って溶けないそうよ」

 場所を下りた後、ヴェルノが教えてくれた。

「なにやってるんだ、早く行くぞ」

 ずっと寝ていたエイブは先に、ずんずん進んで行く。

「元気ねぇ」

 私達は彼の後を追った。

「あぁもう!」

 数分後にエイブが切れた。

「なんで雪って奴はこう、歩きにくいんだ!!」

 彼はすでに三度転んでいた。雪まみれになった彼は、いらただしげに遠くに生えている木に向かって指を振る。すると、太い木が地から引き抜かれ彼が手を振ると、スパンと丸太になった。計四本の丸太は、近くの木のツルで結んで固定された。全てが空中で瞬時に行われ、一分もしない内に私達の眼の前に筏が出来た。

「これで行くぞ」

エイヴはそれに乗る。ヴェルノもそれに乗った。私も、彼女に手を引かれて筏に乗った。ヴェルノが自分の身長より大きい杖で、筏をコツンと叩く。すると筏が浮いて、雪の上を走り始めた。

「エイブちゃんすごーい。伊達に、年をとってないわね。ちょっと見た目が無骨過ぎるけど」

「ふん、こういうのは乗れれば良いんだ。僕はおまえみたいに、装飾華美過ぎるのは好きじゃない」

「あら~、文化は心の余裕よ? そんなだから、いつもイライラしてるのよ」

「そんなだから、おまえはいつも半端ものなんだ」

「あら、喧嘩売ってる?」

「おまえの方がな」

 筏の上で睨み合いになってしまう。特級魔術師って仲が悪いんだろうか。

「あ、あのぉ」

 エイブが睨んで来る。

「お、おさらいをしても良いですか?」

「今更か」

「は、初めての事なので」

「そうね。特級魔法使い同士の協力なんて、初めてだから緊張するわよね。いいわ、もう一度おさらいしましょ」

ヴェルノがにっこり笑う。

「良い? 私達はこれから国の研究施設に向かっているわ。現在、その施設で起きている事件を収束させる事。それが私達に与えられた今回の依頼よ」

 私は眉を寄せる。

「どんな事件が起きているんですか?」

「それがわからいのよ。緊急救難信号は届いたんだけど、その後の詳細は今も届いてないわ。予測するに、送れる状態じゃないってとこかしら」

「設備へのアクセスが出来ないのか、あるいはもう全滅しているかだな」

 エイブがぼそっと言った。

「ひっ」

 いきなりヤバイ任務である。

「ちなみにその施設はどんな研究をしてたんですか?」

「それも極秘事項なんですって」

「えっ」

「まぁ、私達が中に入って調べる分には良いんでしょうね。何が出て来るのかしらね」

 ヴェルノは肩をすくめた。

「見えて来たぞ」

 雪原の向こうに、白い建物が見えた。建物の周りは高い壁で覆われ、ゲートは金属製だった。板から下りて、ヴェルノがそのゲートをノックする。

「これ、希少なイングラメタルよ。いったい、何を中でやっていたのかしら」

「入ればわかる」

 先にエイブがゲートを飛び越えて中に入る。

「私達も行きましょうか」

 スカーレットは、ヴェルノに抱えられて。中に入った。

「!」

 広い庭の中には、私達を取り囲むように番犬達がいた。

「魔物を飼いならしているな」

 近づいて来る犬をエイブが、風で吹き飛ばして倒れた犬の首輪を見る。

「魔術石での制御か……」

「魔物を操る事って出来るんですか……?」

 ヴェルノが指先を振ると、土が隆起して犬達が吹き飛ばされる。

「そうね、昔から人間は魔物を自分の支配下に置こうといろいろ努力して来たわ。赤ん坊の頃から育てる事で手なずけるものもいれば、魔術石などを使って洗脳して使役する事もあるわね」

 犬達はどんどんわいて来る。

「埒が明かないな。走るぞ」

 雪の中、犬を吹き飛ばしながら、私達は走った。そして前方でエイブがこけた。雪に足をとられたらしい。私とヴェルノは慌てて、彼の前に出て迫って来る犬達を吹き飛ばした。

「くそっ」

 顔面から雪まみれになったエイブが立ち上がる。私は、建物まで一直線に炎の柱を出して雪を溶かした。

「さ、行きましょう!」

 雪の溶けた道を私達は走った。白い屋敷の玄関らしきところにやって来る。しかし大きな扉は鍵が閉まっていたらしい。エイブは瞬間的に、物理的な解錠と魔術的な解錠を行った。そして私達は中になだれこんだ。エイブが扉を閉める。外で、犬達の唸り声がした。

「……ロック」

 エイブはなんと、再び扉を施錠してしまった。私の視線を感じたのか、エイブがこちらを見る。

「施錠は中からされていた。おそらく、施設の人間がやったんだ、中から何かを出さない為にな」

「な、何かってなんですか」

「知らん」

 エイブは濡れたローブを引きずって歩く。だいたいなんで彼は、こんなずるずる長いローブを着ているんだ。あんなんじゃ、いつか踏んで転んでしまうぞ。

「わっ!」

 エイブが再び転んだ。

「あら、ごめんなさい。余所見してたら、ふんじゃったわ」

 建物の中を眺めていたヴェルノが謝る。

「ぼ、ぼくから少し離れて歩けっていつも言ってるだろ」

 エイブが先に行くのってローブを踏まれたくないからなんだろうか。

「人の気配は無いけど。別段、変わった様子は無いわね」

 私は静まり帰る洋館を眺めながら、生前に見たホラー映画やゲームを思い出していた。これ、正にパニックムービーのシチュエーションなんですが。ヴェルは受付ブースの中に入る。

「……カレンダーの日付が、二週間前から変わってないわね。実質、この建物内で何か起きたのは二週間前なのね」

「二週間……」

「何があったにしろ、施設内の人間の生存は絶望的か」 

 私は屋敷内を歩き回る、ゾンビを想像した。

「あら、二週間前……丁度この日に来館者がいるわね」

「誰だ?」

「スティグマ……偽名かしらね。それにしても随分、卑屈な偽名ですこと」

 スティグマ、意味は『汚名の烙印』心身の障害や貧困による社会的な不利益や差別、屈辱感や劣等感のことをいう。

 エイブは受付の引き出しを開けて、中の書類を乱雑に引きずり出す。

「地図だ」

 片手で触れて、すぐに複製する。簡単にやっているが、複製魔術は結構難しい魔術なのだ。先程の様子から見るに、エイブは風の魔術だけでなくその他の魔術にも突出した才能があるようだ。あるいは、それだけ経験があると言う事だ。

「手分けして探すぞ。スカーレットはヴェルノと行け。見習いのおまえに大した働きは期待していない。とりあえず生き残れ」

「は、はい」

 そしてエイブは一人で東側の方に行ってしまった。

「……あら珍しい」

「何がですか?」

「エイブが人を気遣った発言をする事よ。あいつって、基本的に自己中心的だから他人を気にしたりしないんだけどね? いくら、子供相手といっても」

「そ、そうなんですか?」

「ふふん、気に入られたわね」

 ヴェルノが私の頭をわしゃわしゃ撫でた。

 私とヴェルノは、西側の部屋に入った。当然のように鍵がかかっていたけど、ヴェルノさんが開けていた。もしかして鍵開けって特級魔法使いの必須スキルなの?

「あら、図書館ね」

 中は図書館だった。棚にびっしりと本が並べられ中央に大きな机が置かれている。更に中央の天井が吹き抜けになっていて、上の階にも本が置かれているようだった。

「ふーん? やっぱり魔物の使役が研究目的だったのかしら」

 本棚の本をヴェルノが引き抜いて、眺める。よく見れば、全て魔物研究が中心となった書物だった。間に、魔術に関する研究の本も入っている。

「魔物の研究本ばかり置いてあるわね。うーん、となると研究施設内で使役する魔物達を飼っていて、その制御が出来ずに暴れたってとこかしら?」

「あのう……つまり、この建物内には暴走中の魔物がいるって事でしょう……」

「ワウッ!!!」 

 突然部屋の中央に、ライオンみたいな魔物が飛び降りて来た。

「わーー!!!」

 私は咄嗟に飛びかかって来る魔物を吹き飛ばした。テーブルの上に焼けた魔物が横たわり、動かなくなった。

「おみごと!」

 ヴェルノさんが拍手した。そして倒れた魔物に近寄って観察する。

「何かしらコレ」

 獅子の頭、山羊の体、竜の尾……キメラである。RPGゲームとかで見たことある。しかし、ヴェルノさんは初めて見たらしく、奇妙な顔をしていた。

「キメラだと思います。他の動物達をかけ合わせて作られたもの」

「うえっ……なにそれ、そんな事が出来るの?」

「た、たぶん!」

 よけいな事を言ってしまった。

「とりあいず、上の階に行きましょうか」

「はい」

 上の階も図書館が広がっていて、奥に扉があって少し開いていた。

「あいつ、ココから入って来たのね」

 扉を開けると、そこには長い廊下があった。左側に扉が等間隔に付いている。私たちは進みながら、その扉を一つ一つ開けた。中はベッドと、机と、タンスの置かれただけの簡易な部屋だった。

「スタッフの寝泊まり用の部屋かしらね」

 持ち物に多少の違いはあったが、おおよそ同じような部屋が続いていた。特に気になる物は無かったので、その部屋を後にする。角の一番奥にトイレと、バスルームがあった。そこも特に気になるものはない。東側の廊下の途中に扉があったので、そこも開けようとした。

「あれ」

 しかし扉が開かない。ヴェルノが、ドアノブを握って回す。

「鍵はかかってないわね?」

 しかし扉は開かない。まるで、何かが扉の前でつっかえているようだ。

「スカーレット、扉吹き飛ばせる?」

「わ、わかりました!」

 私は扉を吹き飛ばした。

 私達は中に入る。扉の近くには椅子やテーブルが落ちていた。これが、つっかえていたらしい。そして、ベッドの上にまるまっている女性がいた。私の視界がヴェルノの手で塞がれる。

「死んでるわ」

 ヴェルノがそう教えてくれた。

「なんで亡くなったんでしょうか?」

 私の目を塞いだまま、ヴェルノは遺体を調べているようだ。

「餓死ね。人間二週間も飲まず食わずじゃ生きていけないもの」

 ヴェルノはまだ何か調べている。

「緊急救難信号を出したのは彼女ね。信号発信用の魔術石を持ってる。これだけしか持って来る事が出来なかったのね……」

 私の視界がクリアになる。女性の遺体には、シーツが被せられていた。ヴェルノは、彼女が残したメモ紙を見ていた。

『施設の魔物が逃げ出してしまった。誰か助けて死にたくない』

 紙はあったが、インクが無かったらしい。それは血で書かれていた。

「……かわいそうに」

 ヴェルノは憐れむように呟いた。



 私たちは階段で一階に下りると、ぐるっと回って元の玄関フロアに戻って来ていた。そこには、エイブの姿もあった。

「エイブ、何か情報はあった?」

「僕の行った、東の廊下の先は食堂に繋がっていて、そこで突き当りだった。厨房の床に大量の血が落ちていて、周辺に服や装飾品の残骸らしきものが落ちていた」

 私とヴェルノは顔を見合わせる。

「この屋敷には、何かいるらしいな」

「それなんだけど私達、東の部屋の図書館で化物を見たわ。本当に気味の悪い化物よ」

「化物?」

「なんて言うか、複数の魔物をかけ合わせたような見た目をしているのよ。キメラ……だったかしら、スカーレット?」

 私は突然、話しかけられて驚く。

「は、はい」

「キメラ? 聞いた事が無いな。おまえはそれをどこで知ったんだ」

「えっと……私もどこで読んだのか覚えてないんです。なんとなく、そんな風な言葉があった気がする程度で」

「……そうか」

 エイブの視線があからさまに、私に突き刺さっていた。長い前髪で彼の目は見えないのだけど。

「とりあえず、先に進むか」

「となると、そこよね」

 私達は、玄関フロアの奥にある大きな扉を見た。

「地図で見る限り、あの奥に地下施設があるようだな」

 私はヴェルノの地図を見る。

「さっきみたいなのが、うじゃうじゃいるのかしら……嫌ね」

 そう言いつつ、ヴェルノが扉に近づく。扉に触れて開けようとした。

 バチッ

「あら、施錠してあるわね。しかもレベル五の施錠魔術よ」

 この世界は、魔法や魔術の強力度をレベルで言い表す時がある。火魔法レベル3とか、強化魔術レベル2とか。ざっくりとそのレベルについて説明すると。



 レベル1素人

 レベル2標準的

 レベル3そこそこ強い

 レベル4かなり強い

 レベル5普通は手出し出来ない強力な技



 みたいな感じだ。ここに更に、



 レベル6超人の技



 と言うのがあるのだが、これは本当に世界でも数人しか扱えないものなで無いものと考えても良い。ちなみに特級魔法使い達の扱うそれぞれの属性魔法は、レベル6の超人の技である。

 話しが戻って、私達は強力な魔術で施錠された扉を睨み付けていた。

「困ったわね、レベル5なんて私じゃ解錠出来ないわよ」

「わ、私も無理です……」

 エイブがため息をつく。

「おまえ達、レベル5の解錠魔術くらいどうにかする手段を持っておけよ……。まぁ、今回はこれがあるから良いけどな」

 エイブが取り出したのは、青い宝石の付いた鍵だった。ちょっと血がついている。

「さっき、食堂で拾った」

 おそらく食べられた人が持っていたのだろう。エイブが鍵穴を回す。すると、キーンと高い音が鳴ってドアが解錠出来た。

「……開けるぞ」

 エイブが扉を開ける。私達はその先を見て、息を飲んだ。長い廊下には、至るところに血の跡があった。おまけに、大きな獣の爪跡もある。

「うえっ」

 ヴェルノが嫌そうな声を出す。

「行くぞ」

 エイブは気にせず、先に進む。私も慌ててその後を追った。長い廊下の先には部屋があり、その半開きの扉を開けるとエレベーターがあった。ますます、ホラー映画の様相を成して来た。知らず身体が震えて来る。これは、ゲームじゃない。獣に食べられたら本当に死んでしまうのだ。

 私達はエレベーターに乗り込み、地下に下りた。長い降下の後、扉が開く。

「!」

 その部屋には、左右に牢屋があった。そして牢屋の中には見たことのない生き物達が入っていた。

「キメラか……」

 エイブが牢屋を一つ一つ覗く。二週間牢屋に入れられていた魔物は、その殆どが餓死したようだった。牢屋の中で倒れて動かない。

「この調子で、他の奴も死んでると良いんだけど……」

「さて、どうだろうな」

 長く牢屋の続いた廊下の先に、扉があった。そこを開けると、今度は左右に大きな緑色の培養液の瓶が並んでいた。中を見れば、生成途中のキメラがいた。上半身だけのライオンや、羽根の付いた蛇や……。

「国は随分やばい研究に許可を出していたようだな」

 エイブの言葉に私は驚く。そうだ、コレが国の依頼から来たと言うことは、コノートはこの研究を知っていたのだ。

「魔物の操作までならわかるんだけど。新たな魔物の生成ってのはいただけないわね……倫理的に」

「まぁ……それがこの国の為になるのなら僕は構わないけどね」

 エイブの言葉を私は少し意外に思った。彼は、愛国心が強いようだ。

「一応現時点でわかったのは、この施設がキメラを作る施設だった事だ。そして、そのキメラ達がなんらかの理由で脱走した為に、緊急救難信号が出された。さて、その上での僕達の任務はなんだろうか」

「まずは生存者の救出かしら」

「それは絶望的だろうけどね。たいがいは、魔物に食われるか餓死してると思うよ」

「それでも一応探しましょう」

「わかった。では生存者の確認を行う。更にその上で、この施設で何が起きたのを調べる。キメラ達が脱走・暴走したのにはきっかけがあったはずだ。それを特定する。いいな?」

 つまり、このまま更に施設内を歩き回るようだ。

「りょ、りょうかいです」 

「いいわ」

「探索中に襲って来たキメラは今後の為に出来れば捕獲したいところだが、まぁ命あっての物種だからな。殺して良い」

 私はほっとする。捕獲となると、難易度が高過ぎるのだ。

「国は出来る限りこの施設の存続を望むはずだ。資料や設備は傷つけない事。施設内をうろつく危険分子は処理する事。わかったな?」

「はい」

「はー、正直この施設、今すぐにでも埋めちゃいたいんだけど……」

 ヴェルノの言葉の途中で、暗闇から何かが飛び出して来た。

「!」

 私の目の前で、小型のイタチのようなモノが爪を構えたまま、停止する。イタチは、空中でじたばたと身体を動かす。

「気を抜くな」

 空中で、イタチが飛び散った。エイブが助けてくれたようだ。

「あ、ありがとうございます」

「ふん」

 私達は培養液のある部屋の更に奥に進む。一番奥に扉があって、そこを開けると大型の魔物が飛び出して来た。頭が三つある犬である。ヴェルノが、手を出すと床が隆起して犬を吹き飛ばした。更に天井から鋭いつららのような石が伸びて、犬を突き殺した。土魔法は、外なら土を操るが、建物の石も操作対象にあるようだった。

 扉の奥には、左右に長い廊下が続いていた。更に等間隔に扉が付いている。エイブが近くの扉を開ける。すると中は、個室になっていて小さな研究室のようだった。スタッフ各自の仕事部屋だろうか。

 エイブが、机の中を無造作に開けて中の物をあさる。更に、棚の中の資料もばさばさと机の上に置く。まとめられたファイルには、魔物達の育成記録が入っていた。

「魔物同士の合体。そんな事をやってのける奴がいるなんてな……」

 エイブは興味深そうに、そのファイルを眺めた。

「この研究所の所長って誰なんでしょうね」

「……魔物研究の第一人者って言えば、コノート大学のノーラック教授だけどね」

「へー」

 大学の先生三〇〇人たらずなのだが、私はまだ全員を把握していなかった。エイブが資料を閉じる。

「まぁ、おいおいわかって来るだろう」

 その部屋を出て、他の部屋も一つ一つ入って調べた。途中、キメラが出たのだが特級魔法使い三人ともなると、大した脅威では無かった。そして、所長室と書かれた部屋に私達は来た。

「鍵がかかってるな」

 エイブがドアノブに触れて呟く。

「施錠魔術レベル4か」

 エイブは、懐から金の鍵を取り出した。

「それなんですか?」

「マジックアイテム。解錠の鍵だ。これがあればレベル4程度の鍵なら、どんな鍵でも開けられる」

 そんな良い物があるのか。

「作るのも手間だし、お金もすっごいかかる奴よアレ」

「そ、そうなんですね」

 やっぱり、便利な物には相応の対価が必要なのか。エイブが鍵をドアノブに射し込んで回す。カチャッと言う小気味良い音がした。

「開いたぞ」

 エイブが扉を開ける。中には大きな机と、大きなソファが置かれていた。それから、冷蔵庫と壁側に洋服タンスがある。気になるのは、ソファの上にくしゃっと丸まった毛布と、机の上に散乱した保存食達だ。

「誰か籠城してたみたいね」

 ヴェルノが毛布をつまむ。

「まだ、温かいわ」

 エイブが部屋の中を見回して、洋服タンスを開けた。

「ひぃ!!」

 中から大人の男の高い声がした。

「や、やめてくれ!! こないでくれ!!」

 かけられた洋服の間に、顔面蒼白の白衣の男が居た。白髪まじりで、五〇代後半くらいだろうか。

「僕が食うわけないだろ」

 エイブが腕組みをする。

「あら生存者。大丈夫よ、私達はあなたを助けに来たんだから」

「た、たすけ? 本当に?」

「そう、助けに来たんですよ」

「ひいい!!!」

 何故か、私を見て白衣のおじさんは再び悲鳴をあげた。

「まぁ、こんな状態じゃパニックを起こすのもわからないじゃないんだけどねぇ」

 私達は、おじさんが落ち着くまで待った。

「はぁ、はぁ……取り乱して、すまない」

 少しは落ち着いたようだ。

「いったい、ココで何があったんだ?」

「……おまえ達、ここの施設は見たのだろう」

「奇妙な化物が沢山いたな」

 青い顔をした男は頷く。

「私は、ここで、魔物同士の合体研究を行っていたんだ」

「やはり、キメラを作っていたのか……」

「キメラ? なんだそれは」

「……別の生き物同士を合体させた呼称だと聞いたぞ」

 エイブがちらりと私を見た。

「キメラか……良い呼称だな。使わせて貰おう」

 所長は頷いた。

「それで……そのキメラが暴走して、脱走して施設内の職員を食い荒らしたってとこかしら?」

「あぁ、そうなんだ。暴走したキメラを我々は止める事が出来ずにな……」

 所長は狼狽している。

「牢屋のキメラは餓死していたが、館内には、まだ生きたキメラがいる可能性はあるか?」

「……それはわからない。私は二週間ずっとここに隠れていたからな」

「そうか……。では、この所長の護衛と館内のキメラの掃討を今後の任務とする」

「で、できれば殺さず捕獲して欲しいのだ……」

「悪いけど、それは無理よ」

 ヴェルノが冷ややかな目で所長を見る。

「そうだな……では、頼む……」

 ひとまず、所長にはそのまま部屋で待機して貰う事になった。二週間も無事だったのだから、あの部屋に居た方が安全だろう。そして私達は、逆方向の廊下に向けて歩き始めた。やはり等間隔に部屋があのだが、どれも研究室で中を見ても大した成果は無かった。たまに、キメラが飛び出して来るくらいだ。

「百は倒したんじゃないかしら……」

 ヴェルノがそう呟く。

「随分、沢山のキメラを生成してたのね。戦争でもする気だったのかしら」

「さぁな。それだけ、沢山の個体の研究をしていたかのもしれない」

「……明らかに、量産を考えて作られている同一個体が居た気がするけど……」

 そんな事を話していた時、突然廊下中に高い耳障りな音が響いた。私達は耳を塞ぎ、身体を低くした。辺りを見渡す。すると、遠くにぽつりと小さな女の子が立っているのが見えた。エイブや、ヴェルノが何かを言っているが甲高い音が邪魔をして聞き取れない。そして瞬きの間に、その子供が私達の側に来てエイブとヴェルノの攻撃を避けて私の目の前に来た。その時、私は死を覚悟した。







 遠くで水がぽたぽたと落ちる音がする。私は、自分の頬に固い床の感触を感じた。こういう事、前もあったな。眼を開けると、暗い室内に居た。天井に小さい明かりがほんのりついている。身体を起こし、辺りを見回して私は肩を跳ねさせた。暗い部屋の中に子供が一人座っていた。その子は床を見ているようだ。よく見れば、天井から水が落ちて、床に水たまりを作っていた。

「これ、おもしろいね」

 子供は振り向いてそう言った。

「う、うん」

 白い服を着たその子は女の子のようだった。立ち上がって私の側に来る。背は、私よりも低い。まだ七才くらいだろうか。

「ねぇ、あなたはどこから来たの?」

「私は、この施設の外から来たの。コノートってわかる?」

「コノート? わかんないや。外ってどんな感じ? やっぱり、ここみたいに四角の部屋がいっぱいあるの?」

 無垢な瞳で彼女は尋ねて来る。

「いや、部屋は無くて……ここだと周りに雪が積もった世界が広がってるよ」

「雪ってなに?」

「白くて冷たくて、空から降って来るの」

「空って何?」

「この天井よりも高いところにあるもので、天気の良い日は青い色をしてるわ」

「この天井より上があるの?」

「えぇ……」

「空って、落ちて来る?」

「いや、落ちて来ないよ」

「そうなんだー」

「うん」

 私は少女をじっと見た。赤い目に、白い髪。髪の長さも同じくらいで、スカーレットよく似ていた。

「でも、あなたは私と一緒なんでしょう?」

「一緒?」

「私とこんなに似てるんだから、同じなんでしょ?」

 スカーレットと、少女は本当によく似ていた。姉妹と言われても、他人は疑わないだろう。

「ごめんなさい。私はあなたの仲間ではないわ」

「えーー!!! 違うの!!!」

 少女は叫ぶ。

「えぇ……違うの。でも、お友達にはなれるわ」

「ともだちってなに?」

「仲の良い者同士の繋がりよ」

 少女は瞬きする。

「私とあなた、お友達?」

「えぇ、お友達よ」

 私は少女の手を握った。

「えへへへへ! お友達だ! 嬉しいな!」

 少女が部屋の中を駆け回る。

「私はスカーレット、あなたの名前は?」

 少女が立ち止まる。

「名前ってなに?」

「……みんなにはなんて呼ばれてた?」

 少女は首を考え込む。

「FP105ってみんなは呼んでたわ」

「そう……じゃあ、フローラって呼ぶわね。良いかしら?」

「うん、いいよ!」

 少女は再び部屋の中を走り回り、私の手を握って回った。一緒に私も回った。

「フローラは、ずっとこの施設に居たの?」

「そうだよ! ずっとここに居たの!」

「フローラみたいな子は他にいなかったの?」

「いないよ! スカーレットが初めて!」

 一応、人間の実験体は他にいなかったと思って良いのだろうか。

「フローラは、どんな事をここでされていたの?」

 笑っていたフローラが立ち止まる。

「……痛い事。毎日、すっごく痛い事ばっかりだった」

「……そう」

「でもね、それも無くなったの!」

 彼女が再び笑顔になる。

「もうこには、私をいじめる人はいないの! それにスカーレットもいるから、幸せだわ!」

 ひらひらと布を揺らして走る彼女の前髪の下には、縫い跡があった。首や手首にも縫い跡がある。見えない服の下にもきっと無数の縫い跡があるのだろう。

「……わかった。フローラ、この施設を出ましょう」

 この子がどんなひどい目にあって来たのかに私は気づいてしまった。

「出るの?」

「そう、出るの」

「本当に出て良いの?」

「もちろんだよ」

「でも、白い服を着た人達は絶対に出ちゃだめだって言ってた……」

「それは……そうでしょうね……。でもその人達は悪い人だから、悪い人達の言う事を聞く必要は無いよ」

「白衣の人は悪い人達なの?」

「うん。私はそう思う」

 例え国の許可が出たのだしても、こんな小さい子に人体実験を行う大人は悪い奴だ。

「スカーレットは、いい人?」

「……どうかな。いい人で、いたいとは思うよ」

「そっか。わかった、スカーレットの言う事を信じるね」

 フローラが私の手を強く握る。私はその小さな手を握り返した。その時、フローラが不意に咳をした。

「こほっ、こほっ」

「大丈夫……?」

「うん、大丈夫……!」

 彼女の奇妙な咳は少し私を不安にさせた。



 暗い部屋から出て、廊下を歩く。

「施設内にいるキメラに気をつけて」

「キメラ?」

「あの……ちょっと変わった形の生物の事」

「……わかった。でもあの子達もうあんまりいないと思うよ。施設の人間をみんな食べちゃった後は共食いしてたから」

「……フローラは、どうやって生き残ったの?」

「私は、食べ物がある部屋を見つけたからそれを食べてたの」

 食料保管庫を見つけたのか。

「そっか、運が良かったね」

「えへへ」

 フローラと、廊下をペタペタ歩く。

「ところでフローラ、さっき何をしたのかな?」

「さっき?」

「私に最初に会いに来てくれた時。凄い音がしてたけど」

「あぁ! あれはね、お姉ちゃんと話したかったから大きい音でびっくりさせてたの」

「へー。音を操れるの?」

「うん。遠くのコップとかも割れるんだよ」

 ただの音ではなく、超音波の類のようだ。

「それは凄いね」

「えへへ。凄いでしょ」

「……フローラは、ここから逃げたいと思わなかったの?」

「逃げるってなに?」

「えっと……ここから出たいって思わなかった?」

「……ここ以外の外があるって知らなかったから……」

 そんな発想も無かったのか。

「でも、前にすっごい痛い治療を受けて部屋の外に逃げた事はあるわ……」

「そうなんだ」

「でも、その後もっと痛い事があったから……もう外に出るのは止めたの」

「もっと痛い事……」

 私は眉を寄せて、私はフローラの手を強く握った。

「今度は大丈夫だからね」

「うん!」

 フローラの笑みを見て、私は安心した。







 スカーレットを攫われた後、一端エイブとヴェルノは所長室に引き返していた。廊下で見た、謎の少女の事を聞くためだ。

「ひぃっ! や、やはりまだ生きていたか……」

「その様子じゃ、何か知ってるみたいね」

「……FP105だ。彼女の実験は成功していた」

「どんな実験をしたの」

 ヴェルノは蒼白の男を睨む。

「頭を開いたんだ。我々人間のの頭の中には、脳みそと言うぶよぶよの物体が入っている。それらが、我々を動かしているのだ。そして、あらゆる可能性が脳にあるのだ」 

 蒼白の男は首に、白い服の女の像を下げていた。それは、テリンス教の教組を模した像だった。

「だから私は研究した。魔物を合体させる研究と平行して、人の脳を研究したのだ。そして私は発見したのだ、人を更なる上へと引き上げる可能性を」

「……その実験。国は許可したのかしら」

 男は顔を覆った。

「許すわけが無いだろ。奴隷制度も無く、子どもの人権すら認め始めたこの国が……非人道的な人体実験を許可するはずがない」

 エイブがため息をつく。

「我らが神は、勤勉である事をよしとされた。私は勤勉だ」

 男は顔を覆ったまま、ブツブツと呟く。そうやって、罪から目を反らし続けて来たのだろう。 

「あんたの罪は国でさばいて貰うとして……。あの子供がどんな力を持っているか教えなさい」

「……FP105は奇跡のたまものだ。あの子供は、音を操る。音は、刃にすらなるだろう」

 私はエイブと顔を見合わせる。

「わかったは。まぁ、とにかくやってみましょう」

「捕獲するか?」

「善処はするけど……」

「しかし、FP105は最早だめだ……」

 所長は暗い目でこちらを見た。

「なんでよ」

「あれは……」 









 私はフローラと手を繋ぎ、他愛も無い話しをしながら廊下を歩いた。

「外にはね、お花とかもあるのよ」

「お花ってなに?」

「いろんな色がある、植物だよ」

「植物ってなに?」

「地面から生えている緑の物体だよ」

「地面から生えるの?」

 フローラは建物内の固い床を見た。

「いや、土から生えるんだよ」

「土ってなに?」

「外の地面にある茶色い物体。そこから、植物が生えるのよ」

「へーーー! 外って凄いんだね!!!」

「うん、凄く素敵なところだよ」

 フローラは外の話を聞く度に目を輝かせた。

「は、早く私も外に出たいなぁ!!」

「そうだねぇ。私の仲間と合流した出られると思うよ」

「あ」

 フローラを見ていた私は彼女の声に驚いて、前を見る。遠くにエイブと、ヴェルノの姿があった。後ろには所長もいる。

「みんな……」

 フローラの手を引いて駆け寄ろうとした時、所長が手を上げたのが見えた。

「うっ!!」

 突然、フローラが膝をつく。

「フローラ!」

「スカーレット! その子から離れなさい!!」

 ヴェルノが叫ぶ。エイブが歩いて来るのが見えた。

「や、やだぁ」

 拘束魔術を受けて、うずくまったフローラが呻くように泣いた。

 瞬間、私はフローラを抱えて走って逃げた。カプセルが沢山並ぶ部屋に走り込んだ。横のカプセルの並ぶ空間に入り込んで、三人から逃げる。 

「はぁ、はぁ……」

 強化術式で強化した足で逃げていたが、その強化が解ける。私はフローラを背負って逃げる。

「ごめんなさい、スカーレット、ごめんなさい」 

 苦しそうにフローラが喘ぐ。どうやら彼女の身体には、拘束の術式が刻まれてるようだ。そうやって彼女を縛りつけて、閉じ込めていたのだろう。

「だいじょうぶ、外に出すからね!」

 私は荒い息でがむしゃらに走った。

 エイブとヴェルノはフローラを捕まえる気だろう。しかし捕まればフローラは再び、施設内に閉じ込められる。

 そんなのは間違ってる。例え、それを国が許しているのだとしても……絶対にそんな事を許してはいけない。

 私の目の前のカプセルが砕けた。

「逃げるなスカーレット! 彼女を下ろせ!!」

 遠くからエイブの声が聞こえた。

「■■■■!!!!」

 私の耳を塞いだ後に、背中でフローラが叫んだ。凄まじい音の衝撃が部屋に響く。そこら中のカプセルが割れた。私はそのさなかに走る。ドアを開けて、カプセルの部屋を出た。牢屋の続く一歩道を駆ける。

「待てスカーレット!!」

 振り向けばエイブがいた。背中のフローラは、もはや虫の息だった。きっと、無理をして声を出してくれらのだろう。私は右手で指を鳴らして、無数の火の玉をエイブに放った。エイブはそれを避けながら、こちらに迫ってくる。私は逃げながら攻撃を続け、エレベーターへと迫った。

「チッ」

 いらただしげな大きな舌打ちが聞こえた。振り向くと、私の起こした爆風を切り裂いて風の刃がこちらに迫っていた。あれに触れたら、手足を切り落とされてしまうだろう。刃は私の足を狙っていた。私は、火の柱を廊下いっぱいに放った。

「っ!」

 火の柱は刃を相殺し、エイブの姿は見えなくなった。私はその間にエレベーターに乗り込んで、上の階に向かった。

「もうすぐよ、フローラ……」

 しかし、エレベーターが突然止まって揺れる。

「ぐっ」

 中でシャッフルされた私は、上下に叩きつけられた。

「つぅ……」

 フローラを見る。彼女の額から血が出ていた。

「大丈夫フローラ!?」

「……だいじょうぶ……」

 彼女がうっすら目を開けて身体を起こす。

「拘束は大丈夫なの……?」

「うん……とおくなったから、あんまり効かないみたい……」

 フローラが立ち上がる。私は、エレベーターの天井を開けて、外を確認した。

「あっ」

 そこには、左右から壁の刃が突き出していた。明らかに、妨害する為に行われたものだった。

「ヴェルノの能力か……」

 その時、足元から強い圧を感じた。探知魔術を使わなくてもわかる。誰かが近づいて来ている。私は、エレベーターの外でフローラを抱える。邪魔な壁を炎で溶かす。

「目をつぶってて!」

 足から火を出して飛んだ。手から火が出るんだから、応用すれば足からだって出る。 そしてジェット噴射みたいにして飛べる。一がバチかだったけど、上手くいった。

 ぐんっと、飛んだ私はすぐに終点にたどり着きエレベーターのドアを溶かして外に飛び出した。そのまま、玄関ホールまで飛び、屋敷の玄関の鍵を開けて外に飛び出した。周りにすぐ犬が迫って来たが、そんなのは炎で蹴散らして塀の向こうに飛んだ。

「はぁ、はぁ!」

 雪の上に転ぶようにして私達は着地した。

 フローラが私の腕の中でみじろぎする。

「つめたい」

 雪に触れた彼女は驚いている。

「これが、雪?」

 手ですくって私に見せる。

「そうだよ」

 彼女が上を見れば、青く晴れていた。

「あれが空?」

「そうだよ、空だよ」

 彼女は遠くの太陽に手を伸ばした。

「外はとっても、広いんだね……」

 私も彼女と一緒に太陽を見た。

「スカーレット離れろ!!!」

 エイブの声が遠くから響く。

「え」

 遠くのエイブを見た後に私の周りに影が出来た事に驚いてフローラを見た。

「■■■■■……」

 そこには、唸る大きな化物がいた。見た事もない、化物は私を見下ろしていた。そして、巨大な腕を振り上げた。

「スカーレット!!!」

 私の下の地面が隆起して、私の身体が天高く跳ね飛ばされる。化物の攻撃は避けられたが、私の身体は雪にむかって真っ逆さまだ。急いでジェット噴射をしようとしたが、術式の作成が間に合わない。ぶつかる直前、私は目を閉じた。

 身体が誰かに抱きとめられた。目を開けたら、エイブが目の前にいた。

「生きてるな」

「は、はい」

 後ろで化物が叫ぶ。

「あれが何かわかるか」 

 私は少し離れた場所にいる化物を見た。

「……あの子、なんですか……」

「おまえが連れていた子供だ。化物になったのは実験の副作用だ。……ずっと薬で押さえ込んでいたらしい……」

「そんな……」

 魔物がこちらに襲い掛かってくる。エイブが風の魔法で、魔物を吹き飛ばす。そして、ヴェルノが地面から鋭い槍を作り出して魔物を貫いた。『殺す』と言う戦いなら、彼らは簡単にこなすのだ。魔物から赤い血が流れる。

「あ、あああ……」

 私は彼女に向かって駆け出していた。

「フローラ!!!」

 朱色に染まった魔物が目を開けて私をじっと見る。口を動かすが、何を言っているのかわからない。ただ彼女は、その後空を見て……眩しそうに目を細めた。そして、事切れた。

「………」

 嘘みたいだ、さっきまで一緒に居たのに。彼女は生きていたのに。私は守りたかっただけなのに。私は間違えていたのか?

「……スカーレット」

 ヴェルノが側にやって来る。

「その子はね、もう助からなかったの。二週間も投薬しなかったせいで……一度化物になれば、元に戻る事は出来ないと判断された」

 私はフローラだったものに抱きついて涙を流した。

「特級魔法使いとして、あんたのやった事は間違いよ。でも人間としては正しい。その子を助けたかったんでしょ」

 私は頷いた。

「化物にならなくても、その子供はもう救えなかった……人体実験を繰り返し過ぎて寿命はとうに過ぎていたんだ。もういつ死んでもおかしくないのを投薬で延命していた」

 エイブが死んだ彼女を見る。

「二週間投薬を受けなかったんだ。あと数日も生きられなかっただろう。最後に、こんな形だったが……最後に外に出れて良かったのかもな」 

 もう彼女は話せない。真実は、誰にもわからない。



 施設の中のキメラは全て殲滅された。危険は無くなったので、私達は施設を後にして馬車で帰った。所長は、別の馬車で後から着いて来ていた。私は暗い顔で馬車に揺られていた。エイブは行きと同じように、椅子に横になって眠っている。ヴェルノは気を使って、たまに話しかけてくれたが、私は上手く受け答え出来なかった。

 はっきり言って、初めての特級魔法使いとしての任務は大失敗だったろう。どうすれば正しかったかは、今も私にはわからない。

「あの所長は国がちゃんと裁いてくれるから……それは安心しなさい」

 ヴェルノの言葉に私は頷いた。救いは、この国があの人体実験に許可を与えていなかったと言う事だ。そこまで非道を許す国で無い事に安心した。



 暗い馬車での旅路後、私はコノートに帰って来た。しかし、私達の後ろを着いて来てた所長の馬車から白いシーツにくるまれた物体が引きずり降ろされているのが目に入った。

「所長なら、護送されている途中に死んだ」

「え」

 エイブががなんでも無い事のように言う。

「毒をあおっての自殺だ。良心の呵責なのか、裁かれる事への恐怖かは知らないがな」

「しんだ……」

「スカーレット。報告は私達でやるから、寮に戻ってあなたは休みなさい。初めての任務で疲れたでしょう」

 ヴェルノの言葉に礼を言って、私は何も考えられないまま寮に戻った。荷物を部屋の中に投げ出し、服を脱ぎ捨ててベッドの中に潜り込む。

「フローラ……」

 私の手には、未だ彼女と繋いだ温かい手の感触が残っていた。私を信頼する彼女の、思いが残っていた。





つづく
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