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二章 コノート編 一年生

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 次の休みに、私はフランに会いに行った。もちろん、ディランさんも誘った。城の中に入って、アドニスの執務室に行くと以前より部屋の中が綺麗になっていた。爪痕は仕方ないとして、今日は花瓶も倒れていないし書類や本も散乱していない。フランは一人用のソファの上で丸まって眠っている。

「やぁ、君たち」

 アドニスがフランを起こさないように、小声で出迎える。この人あれだ、猫に布団取られるタイプの人だ。

「ゆっくりしていきたまえ」

 彼はメイドに紅茶を頼んだ後、ゆっくりと執務机に座った。部屋の中はフランを起こさない為に静まり返っている。これ、完全に邪魔なんじゃないか私達。

「スカーレットは、特級魔法使いの選考を断ったそうですね」

 そんな中、普通の声の大きさで話しを切り出すディランさん。フランは起きない。結構図太い猫なのだ。

「そうなのか?」

 お兄さんは、まだ小声だった。

「はい、私には荷が重そうだったので」

 私は微妙な声の大きさで返事をした。

「スカーレットが認定魔法使いになっていたら、職場が一緒だったろうにな」

「そうなんですか?」

「火の特級魔法使いは力が強いから特に、魔物退治等の遠征任務が多いんだ」

「それを聞くと、スカーレットは断って正解でしたね」

 ディランがため息をつく。

「そうですね。私も、戦う為に魔法をあまり使った事が無かったので、やっぱり断って良かったです」

 アドニスが腕を組む。

「しかし、そうなると選考はまた難航しそうだな」

「そうなんですか?」

「俺も火の特級魔法使いの選考の話しはよく聞いていたんだ。なかなか良い奴が見つからず、ずっと難航していたのが少し前に、ようやく決まったと聞いていたんだ。しかし、それがスカーレットの事なら……また、選考はやり直しだな」

 それを聞くと大変申し訳無いのだが、捕らぬ狸の皮算用でぬか喜びした上の人達も悪いのだから気にしないでおく。

 ノックをしてメイドが入って来て、紅茶を置いて行く。ついでに、小皿に盛られた煮干しが床に置かれる。フランが目ざとく起きて、伸びをする。頭を下げてメイドは出て行った。フランは置かれた小皿の煮干しをばりばり食べ始める。

「フランは魚類が好きだな」

 皿の中の煮干しはすぐに空になった。この子、舌が肥えて城から出れなくなったりしないか。

「随分、猫も慣れて来たみたいだね」

「そうだろう。最近は、あまり噛まなくなったんだ」

 アドニスがフランの頭を撫でる。二回、三回、四回。五回目でフランは噛み付いて、後ろ足で腕をキックした。

「ほらな」

「……うん、そうだね」

 弟さんが、お兄さんの事を悲しそうな顔で見ていた。

 帰り道、突然ディランの家にお呼ばれする。家の中に入る前に、念入りに風の魔法で猫の毛を飛ばして貰ってから屋敷に入った。

 ディランさんのお家はさすがの大きさである。広すぎて庭の中に森がある。先輩の話しでは、湖もあるらしい。

 屋敷に入って、奥に通される。扉を開けた向こうには、長身の美女が立っていた。

「まぁ、愛らしいお嬢さん!!」

 彼女は私の方にやって来て、視線を合わせる。

「かわいいわねあなた。お名前は?」

「ス、スカーレットです」

「よろしくスカーレット。わたくしはヴィオラよ」

「母上、ここにあなたの息子もいるわけですが」

 あ、やっぱり先輩のお母さんなのか。

「ディランおかえりなさい! そうして髪を伸ばしていると、益々昔のあの人に似ているわね」 

「そうでしょうか……」

 先輩が押されている。

「ところでスカーレットちゃんを少しお借り出来なくて?」

「スカーレット、少し母に付き合って貰えるかな」

 何するんだろうと思いつつ、私は頷いた。



 部屋の中に散らばる服達。あがる黄色い歓声。私は仕切りの向こうでメイド達に服を着せられて、婦人に愛でられた後に再び別の服を着せられる作業を永遠繰り返していた。今、十着目である。並べられた服はまだ、二十着以上あった。まさか、こんな事になるとは思わなかった。人の頼みを安請け合いするものじゃない。

 しこたま服を着せられた後に、よやく私は開放された。

「スカーレットちゃん、困った事があったらいつでもウチに来てね!」

 とても名残惜しげな婦人に見送られて、私はようやく帰路につく。

「いやはや、大変だったね」

「大変でした……」

 こうなる事を見越して、私を家に連れて行ったな先輩。

「私の母は王族、貴族の中でも顔が広い方です。気に入られておいて、損は無いよ」

 私は首を傾げる。

「すまない、今後の為に布石を打たせて貰った。何も無いなら、それで良いんだがね」

 先輩は意味深な事を言う。

「何か、心配な事でもあるんですか?」

 先輩は少し考えて、私を腕に抱え上げてから声を潜める。

「君、特級魔法使いを断っただろ。アレに君を推していた魔術師や貴族も多くいたから、強行手段に出ないとも限らない。だから、後ろ盾として私の家を付けておこうかと思ってね」

 この距離だと、ひそひそ話しができる。

「ありがとうございます……」

 間近で見ると、先輩の紫の目が宝石みたいにキラキラしている事に気づく。

「でも、どうして私にそこまでよくしてくださるんですか?」

 先輩は空を見上げて少し考える顔をする。空はもう夜空だ。

「僕は生徒会長だ。学校の事全てに気を配る必要がある。生徒一人一人の問題も把握するようにしている。もちろん僕、一人ではどうしようも出来ない事もあるが、助けられる事ならば手を尽くしたいと思っている」

 その言葉を言う生徒会長さんは本音なのだろう。けれど、それはとても大変な事だ。学校の生徒全てに気を配ると言う事は、一五〇〇人の生徒全てに心を砕くと言う事。そんな事出来るんだろうか。

「あぁ、もちろん生徒会員でそれぞれ負担は分け合うよ」

 そうなのか。

「けど、やっぱり大変じゃないですか」

「……そりゃもちろん大変さ。でも僕はいずれ、この国の宰相を目指している。学校内の生徒達を見守れなくて、国の民は守れないだろ?」

 大っきい。凄く、大っきい事言ってる。

「そのとおりです」

「そういうわけだから、遠慮せず僕の事を頼って欲しい。君は置かれた立場が特に特別だから、僕とは今後も長い付き合いになりそうだしね」

「お世話になります。私もいつか先輩に恩返しできる人間になりたいです」

「うん、それは楽しみにしているよ。僕の願いはみんなが幸せな一生を送れる国を運営する事だからね」

 なんて大きい人だろう。そうスカーレットはしみじみと思うのだった。





つづく

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