35 / 70
二章 コノート編 一年生
35
しおりを挟む
次の休みに、私はフランに会いに行った。もちろん、ディランさんも誘った。城の中に入って、アドニスの執務室に行くと以前より部屋の中が綺麗になっていた。爪痕は仕方ないとして、今日は花瓶も倒れていないし書類や本も散乱していない。フランは一人用のソファの上で丸まって眠っている。
「やぁ、君たち」
アドニスがフランを起こさないように、小声で出迎える。この人あれだ、猫に布団取られるタイプの人だ。
「ゆっくりしていきたまえ」
彼はメイドに紅茶を頼んだ後、ゆっくりと執務机に座った。部屋の中はフランを起こさない為に静まり返っている。これ、完全に邪魔なんじゃないか私達。
「スカーレットは、特級魔法使いの選考を断ったそうですね」
そんな中、普通の声の大きさで話しを切り出すディランさん。フランは起きない。結構図太い猫なのだ。
「そうなのか?」
お兄さんは、まだ小声だった。
「はい、私には荷が重そうだったので」
私は微妙な声の大きさで返事をした。
「スカーレットが認定魔法使いになっていたら、職場が一緒だったろうにな」
「そうなんですか?」
「火の特級魔法使いは力が強いから特に、魔物退治等の遠征任務が多いんだ」
「それを聞くと、スカーレットは断って正解でしたね」
ディランがため息をつく。
「そうですね。私も、戦う為に魔法をあまり使った事が無かったので、やっぱり断って良かったです」
アドニスが腕を組む。
「しかし、そうなると選考はまた難航しそうだな」
「そうなんですか?」
「俺も火の特級魔法使いの選考の話しはよく聞いていたんだ。なかなか良い奴が見つからず、ずっと難航していたのが少し前に、ようやく決まったと聞いていたんだ。しかし、それがスカーレットの事なら……また、選考はやり直しだな」
それを聞くと大変申し訳無いのだが、捕らぬ狸の皮算用でぬか喜びした上の人達も悪いのだから気にしないでおく。
ノックをしてメイドが入って来て、紅茶を置いて行く。ついでに、小皿に盛られた煮干しが床に置かれる。フランが目ざとく起きて、伸びをする。頭を下げてメイドは出て行った。フランは置かれた小皿の煮干しをばりばり食べ始める。
「フランは魚類が好きだな」
皿の中の煮干しはすぐに空になった。この子、舌が肥えて城から出れなくなったりしないか。
「随分、猫も慣れて来たみたいだね」
「そうだろう。最近は、あまり噛まなくなったんだ」
アドニスがフランの頭を撫でる。二回、三回、四回。五回目でフランは噛み付いて、後ろ足で腕をキックした。
「ほらな」
「……うん、そうだね」
弟さんが、お兄さんの事を悲しそうな顔で見ていた。
帰り道、突然ディランの家にお呼ばれする。家の中に入る前に、念入りに風の魔法で猫の毛を飛ばして貰ってから屋敷に入った。
ディランさんのお家はさすがの大きさである。広すぎて庭の中に森がある。先輩の話しでは、湖もあるらしい。
屋敷に入って、奥に通される。扉を開けた向こうには、長身の美女が立っていた。
「まぁ、愛らしいお嬢さん!!」
彼女は私の方にやって来て、視線を合わせる。
「かわいいわねあなた。お名前は?」
「ス、スカーレットです」
「よろしくスカーレット。わたくしはヴィオラよ」
「母上、ここにあなたの息子もいるわけですが」
あ、やっぱり先輩のお母さんなのか。
「ディランおかえりなさい! そうして髪を伸ばしていると、益々昔のあの人に似ているわね」
「そうでしょうか……」
先輩が押されている。
「ところでスカーレットちゃんを少しお借り出来なくて?」
「スカーレット、少し母に付き合って貰えるかな」
何するんだろうと思いつつ、私は頷いた。
部屋の中に散らばる服達。あがる黄色い歓声。私は仕切りの向こうでメイド達に服を着せられて、婦人に愛でられた後に再び別の服を着せられる作業を永遠繰り返していた。今、十着目である。並べられた服はまだ、二十着以上あった。まさか、こんな事になるとは思わなかった。人の頼みを安請け合いするものじゃない。
しこたま服を着せられた後に、よやく私は開放された。
「スカーレットちゃん、困った事があったらいつでもウチに来てね!」
とても名残惜しげな婦人に見送られて、私はようやく帰路につく。
「いやはや、大変だったね」
「大変でした……」
こうなる事を見越して、私を家に連れて行ったな先輩。
「私の母は王族、貴族の中でも顔が広い方です。気に入られておいて、損は無いよ」
私は首を傾げる。
「すまない、今後の為に布石を打たせて貰った。何も無いなら、それで良いんだがね」
先輩は意味深な事を言う。
「何か、心配な事でもあるんですか?」
先輩は少し考えて、私を腕に抱え上げてから声を潜める。
「君、特級魔法使いを断っただろ。アレに君を推していた魔術師や貴族も多くいたから、強行手段に出ないとも限らない。だから、後ろ盾として私の家を付けておこうかと思ってね」
この距離だと、ひそひそ話しができる。
「ありがとうございます……」
間近で見ると、先輩の紫の目が宝石みたいにキラキラしている事に気づく。
「でも、どうして私にそこまでよくしてくださるんですか?」
先輩は空を見上げて少し考える顔をする。空はもう夜空だ。
「僕は生徒会長だ。学校の事全てに気を配る必要がある。生徒一人一人の問題も把握するようにしている。もちろん僕、一人ではどうしようも出来ない事もあるが、助けられる事ならば手を尽くしたいと思っている」
その言葉を言う生徒会長さんは本音なのだろう。けれど、それはとても大変な事だ。学校の生徒全てに気を配ると言う事は、一五〇〇人の生徒全てに心を砕くと言う事。そんな事出来るんだろうか。
「あぁ、もちろん生徒会員でそれぞれ負担は分け合うよ」
そうなのか。
「けど、やっぱり大変じゃないですか」
「……そりゃもちろん大変さ。でも僕はいずれ、この国の宰相を目指している。学校内の生徒達を見守れなくて、国の民は守れないだろ?」
大っきい。凄く、大っきい事言ってる。
「そのとおりです」
「そういうわけだから、遠慮せず僕の事を頼って欲しい。君は置かれた立場が特に特別だから、僕とは今後も長い付き合いになりそうだしね」
「お世話になります。私もいつか先輩に恩返しできる人間になりたいです」
「うん、それは楽しみにしているよ。僕の願いはみんなが幸せな一生を送れる国を運営する事だからね」
なんて大きい人だろう。そうスカーレットはしみじみと思うのだった。
つづく
「やぁ、君たち」
アドニスがフランを起こさないように、小声で出迎える。この人あれだ、猫に布団取られるタイプの人だ。
「ゆっくりしていきたまえ」
彼はメイドに紅茶を頼んだ後、ゆっくりと執務机に座った。部屋の中はフランを起こさない為に静まり返っている。これ、完全に邪魔なんじゃないか私達。
「スカーレットは、特級魔法使いの選考を断ったそうですね」
そんな中、普通の声の大きさで話しを切り出すディランさん。フランは起きない。結構図太い猫なのだ。
「そうなのか?」
お兄さんは、まだ小声だった。
「はい、私には荷が重そうだったので」
私は微妙な声の大きさで返事をした。
「スカーレットが認定魔法使いになっていたら、職場が一緒だったろうにな」
「そうなんですか?」
「火の特級魔法使いは力が強いから特に、魔物退治等の遠征任務が多いんだ」
「それを聞くと、スカーレットは断って正解でしたね」
ディランがため息をつく。
「そうですね。私も、戦う為に魔法をあまり使った事が無かったので、やっぱり断って良かったです」
アドニスが腕を組む。
「しかし、そうなると選考はまた難航しそうだな」
「そうなんですか?」
「俺も火の特級魔法使いの選考の話しはよく聞いていたんだ。なかなか良い奴が見つからず、ずっと難航していたのが少し前に、ようやく決まったと聞いていたんだ。しかし、それがスカーレットの事なら……また、選考はやり直しだな」
それを聞くと大変申し訳無いのだが、捕らぬ狸の皮算用でぬか喜びした上の人達も悪いのだから気にしないでおく。
ノックをしてメイドが入って来て、紅茶を置いて行く。ついでに、小皿に盛られた煮干しが床に置かれる。フランが目ざとく起きて、伸びをする。頭を下げてメイドは出て行った。フランは置かれた小皿の煮干しをばりばり食べ始める。
「フランは魚類が好きだな」
皿の中の煮干しはすぐに空になった。この子、舌が肥えて城から出れなくなったりしないか。
「随分、猫も慣れて来たみたいだね」
「そうだろう。最近は、あまり噛まなくなったんだ」
アドニスがフランの頭を撫でる。二回、三回、四回。五回目でフランは噛み付いて、後ろ足で腕をキックした。
「ほらな」
「……うん、そうだね」
弟さんが、お兄さんの事を悲しそうな顔で見ていた。
帰り道、突然ディランの家にお呼ばれする。家の中に入る前に、念入りに風の魔法で猫の毛を飛ばして貰ってから屋敷に入った。
ディランさんのお家はさすがの大きさである。広すぎて庭の中に森がある。先輩の話しでは、湖もあるらしい。
屋敷に入って、奥に通される。扉を開けた向こうには、長身の美女が立っていた。
「まぁ、愛らしいお嬢さん!!」
彼女は私の方にやって来て、視線を合わせる。
「かわいいわねあなた。お名前は?」
「ス、スカーレットです」
「よろしくスカーレット。わたくしはヴィオラよ」
「母上、ここにあなたの息子もいるわけですが」
あ、やっぱり先輩のお母さんなのか。
「ディランおかえりなさい! そうして髪を伸ばしていると、益々昔のあの人に似ているわね」
「そうでしょうか……」
先輩が押されている。
「ところでスカーレットちゃんを少しお借り出来なくて?」
「スカーレット、少し母に付き合って貰えるかな」
何するんだろうと思いつつ、私は頷いた。
部屋の中に散らばる服達。あがる黄色い歓声。私は仕切りの向こうでメイド達に服を着せられて、婦人に愛でられた後に再び別の服を着せられる作業を永遠繰り返していた。今、十着目である。並べられた服はまだ、二十着以上あった。まさか、こんな事になるとは思わなかった。人の頼みを安請け合いするものじゃない。
しこたま服を着せられた後に、よやく私は開放された。
「スカーレットちゃん、困った事があったらいつでもウチに来てね!」
とても名残惜しげな婦人に見送られて、私はようやく帰路につく。
「いやはや、大変だったね」
「大変でした……」
こうなる事を見越して、私を家に連れて行ったな先輩。
「私の母は王族、貴族の中でも顔が広い方です。気に入られておいて、損は無いよ」
私は首を傾げる。
「すまない、今後の為に布石を打たせて貰った。何も無いなら、それで良いんだがね」
先輩は意味深な事を言う。
「何か、心配な事でもあるんですか?」
先輩は少し考えて、私を腕に抱え上げてから声を潜める。
「君、特級魔法使いを断っただろ。アレに君を推していた魔術師や貴族も多くいたから、強行手段に出ないとも限らない。だから、後ろ盾として私の家を付けておこうかと思ってね」
この距離だと、ひそひそ話しができる。
「ありがとうございます……」
間近で見ると、先輩の紫の目が宝石みたいにキラキラしている事に気づく。
「でも、どうして私にそこまでよくしてくださるんですか?」
先輩は空を見上げて少し考える顔をする。空はもう夜空だ。
「僕は生徒会長だ。学校の事全てに気を配る必要がある。生徒一人一人の問題も把握するようにしている。もちろん僕、一人ではどうしようも出来ない事もあるが、助けられる事ならば手を尽くしたいと思っている」
その言葉を言う生徒会長さんは本音なのだろう。けれど、それはとても大変な事だ。学校の生徒全てに気を配ると言う事は、一五〇〇人の生徒全てに心を砕くと言う事。そんな事出来るんだろうか。
「あぁ、もちろん生徒会員でそれぞれ負担は分け合うよ」
そうなのか。
「けど、やっぱり大変じゃないですか」
「……そりゃもちろん大変さ。でも僕はいずれ、この国の宰相を目指している。学校内の生徒達を見守れなくて、国の民は守れないだろ?」
大っきい。凄く、大っきい事言ってる。
「そのとおりです」
「そういうわけだから、遠慮せず僕の事を頼って欲しい。君は置かれた立場が特に特別だから、僕とは今後も長い付き合いになりそうだしね」
「お世話になります。私もいつか先輩に恩返しできる人間になりたいです」
「うん、それは楽しみにしているよ。僕の願いはみんなが幸せな一生を送れる国を運営する事だからね」
なんて大きい人だろう。そうスカーレットはしみじみと思うのだった。
つづく
0
お気に入りに追加
763
あなたにおすすめの小説
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
魔道具作ってたら断罪回避できてたわw
かぜかおる
ファンタジー
転生して魔法があったからそっちを楽しんで生きてます!
って、あれまあ私悪役令嬢だったんですか(笑)
フワッと設定、ざまあなし、落ちなし、軽〜く読んでくださいな。
使えないと言われ続けた悪役令嬢のその後
有木珠乃
恋愛
アベリア・ハイドフェルド公爵令嬢は「使えない」悪役令嬢である。
乙女ゲームの悪役令嬢に転生したのに、最低限の義務である、王子の婚約者にすらなれなったほどの。
だから簡単に、ヒロインは王子の婚約者の座を得る。
それを見た父、ハイドフェルド公爵は怒り心頭でアベリアを修道院へ行くように命じる。
王子の婚約者にもなれず、断罪やざまぁもされていないのに、修道院!?
けれど、そこには……。
※この作品は小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる