8 / 56
8 九日目 10/10
しおりを挟む
■
匡伸はしばらく泊まりに必要な道具を旅行カートに押し込んで、アパートを出た。
カートは駅のロッカーに預けて、一端授業へ行く。
恐ろしい事に、夢の記憶と寸分違わぬ出来事が続いた。
ヒロ君は記憶通りの場所で掛け算を間違え、ミユキちゃんは同じ設定で人形遊びを繰り広げた。
俺はそれを狼狽しながら見つつ、授業を終えた。
家には帰らず、駅のロッカーからカートを引っ張り出してネットカフェに運び込んだ。
「夜のパックをお願いします」
会計を済ませて、奥に進む。
広い空間には、沢山の仕切られたブースがあった。
駅前な事もあって、夜の利用者は多い。
匡伸はそのウチの一つの個室ブースに入って扉を閉じて腰を下ろした。
「はぁ……」
ふかふかとしたクッションのような物が敷かれたブース内は、全体がベッドのようだった。
机もあり、パソコンが置いてある。
貴重品入れの金庫もあった。
「至れりつくせりだな……」
ネットカフェに泊まるのは初めてだったが、これならしばらく泊まっても大丈夫なように思えた。
ネットカフェ内でレトルトの味のするカレーを食べて、シャワーを借りてブースに戻る。
カウンターで薄い毛布と、茶色のクッションも借りて来た。
「ふあぁぁ」
十時過ぎ。周囲に沢山の人の気配がして、いびきも聞こえる。
店内は薄暗く、寝るのに丁度いい。
人が沢山いる事に安心する。
ブースの鍵がかかっているのを確認して、クッションベッドに横になって眠った。
ネットカフェの寝心地はあまりよくなかった。
人の気配があるのは安心するが、同時に気になってなかなか寝付けなかった。
包丁男を気にして、小さい物音に過敏になっていた。
寝不足の頭で、歯を磨き顔を洗ってみだしなみを整えてネットカフェを出る。コンビニで買ったアンパンを公園のベンチでかじって牛乳で流し込む。
(なにやってるんだか……)
ネットカフェのナイトパックは安いが、一八時~五時までの利用しかできなかった。
早朝五時過ぎ、少し肌寒い公園でパンを食べていると、奇妙な気分になる。
自分の行動が馬鹿らしくすら感じる。
(俺は本当に殺されるのか?)
寝不足の頭は頭痛がする。
(俺の妄想じゃないのか?)
その時、内臓を刺された痛みを思い出す。
自分の赤い血を思い出し、吐き気がこみ上げる。
「……っ」
俯いて、ぐっと吐き気をこらえる。
(……これも全て妄想なのだとしても、あの男からは離れたい)
健やかな精神衛生を保つ為に、包丁男と距離をとりたかった。
公園でスマホをいじってぼんやり動画を眺める。
動画の内容は全く、頭に入って来なかった。
軽くランニングして行く老人、幼稚園を連れて行く母親、通り過ぎて行く野良猫。
それらをぼんやり眺めていたら、十時過ぎになった。緩慢に立ち上がって不動産屋に向かう。
「いらっしゃいませ」
きっちりとしたスーツ姿の男が、カウンターの奥で出迎えてくれる。
「どうぞこちらへ」
椅子に座って、引っ越し先を探している事を伝えた。だいたいの場所を指定して、探して貰う。
「その価格ですと、この辺りの部屋が該当しますね」
どの部屋も条件は似たり寄ったりだった。
「この部屋にします」
一番家賃の安い部屋を指差す。
「こちらで良いですか? 下見に行きますか?」
「いえ、すぐに契約する方向で」
この後は授業があった。
「……下見はしなくて良いのですか?」
不動産屋は念を押すように尋ねる。
「はい」
「わかりました。では書類の記入をお願いします」
出された書類を書く。それを見た不動産屋の男が、片眉をあげる。
「近いところに住んでいらっしゃるんですね」
「……はい」
近い場所からわざわざ引っ越すのは奇妙なのだろう。
「前のアパートにはちょっと……障りがありまして……」
「そうですか……今度の部屋は良い生活おくれると良いですね」
匡伸は曖昧に笑みを返した。
入居申込書を出して、審査が通ればすぐに住める。
匡伸は、やや軽い足取りで仕事に向かった。
(これであの男との縁も切れるだろう……)
つづく
匡伸はしばらく泊まりに必要な道具を旅行カートに押し込んで、アパートを出た。
カートは駅のロッカーに預けて、一端授業へ行く。
恐ろしい事に、夢の記憶と寸分違わぬ出来事が続いた。
ヒロ君は記憶通りの場所で掛け算を間違え、ミユキちゃんは同じ設定で人形遊びを繰り広げた。
俺はそれを狼狽しながら見つつ、授業を終えた。
家には帰らず、駅のロッカーからカートを引っ張り出してネットカフェに運び込んだ。
「夜のパックをお願いします」
会計を済ませて、奥に進む。
広い空間には、沢山の仕切られたブースがあった。
駅前な事もあって、夜の利用者は多い。
匡伸はそのウチの一つの個室ブースに入って扉を閉じて腰を下ろした。
「はぁ……」
ふかふかとしたクッションのような物が敷かれたブース内は、全体がベッドのようだった。
机もあり、パソコンが置いてある。
貴重品入れの金庫もあった。
「至れりつくせりだな……」
ネットカフェに泊まるのは初めてだったが、これならしばらく泊まっても大丈夫なように思えた。
ネットカフェ内でレトルトの味のするカレーを食べて、シャワーを借りてブースに戻る。
カウンターで薄い毛布と、茶色のクッションも借りて来た。
「ふあぁぁ」
十時過ぎ。周囲に沢山の人の気配がして、いびきも聞こえる。
店内は薄暗く、寝るのに丁度いい。
人が沢山いる事に安心する。
ブースの鍵がかかっているのを確認して、クッションベッドに横になって眠った。
ネットカフェの寝心地はあまりよくなかった。
人の気配があるのは安心するが、同時に気になってなかなか寝付けなかった。
包丁男を気にして、小さい物音に過敏になっていた。
寝不足の頭で、歯を磨き顔を洗ってみだしなみを整えてネットカフェを出る。コンビニで買ったアンパンを公園のベンチでかじって牛乳で流し込む。
(なにやってるんだか……)
ネットカフェのナイトパックは安いが、一八時~五時までの利用しかできなかった。
早朝五時過ぎ、少し肌寒い公園でパンを食べていると、奇妙な気分になる。
自分の行動が馬鹿らしくすら感じる。
(俺は本当に殺されるのか?)
寝不足の頭は頭痛がする。
(俺の妄想じゃないのか?)
その時、内臓を刺された痛みを思い出す。
自分の赤い血を思い出し、吐き気がこみ上げる。
「……っ」
俯いて、ぐっと吐き気をこらえる。
(……これも全て妄想なのだとしても、あの男からは離れたい)
健やかな精神衛生を保つ為に、包丁男と距離をとりたかった。
公園でスマホをいじってぼんやり動画を眺める。
動画の内容は全く、頭に入って来なかった。
軽くランニングして行く老人、幼稚園を連れて行く母親、通り過ぎて行く野良猫。
それらをぼんやり眺めていたら、十時過ぎになった。緩慢に立ち上がって不動産屋に向かう。
「いらっしゃいませ」
きっちりとしたスーツ姿の男が、カウンターの奥で出迎えてくれる。
「どうぞこちらへ」
椅子に座って、引っ越し先を探している事を伝えた。だいたいの場所を指定して、探して貰う。
「その価格ですと、この辺りの部屋が該当しますね」
どの部屋も条件は似たり寄ったりだった。
「この部屋にします」
一番家賃の安い部屋を指差す。
「こちらで良いですか? 下見に行きますか?」
「いえ、すぐに契約する方向で」
この後は授業があった。
「……下見はしなくて良いのですか?」
不動産屋は念を押すように尋ねる。
「はい」
「わかりました。では書類の記入をお願いします」
出された書類を書く。それを見た不動産屋の男が、片眉をあげる。
「近いところに住んでいらっしゃるんですね」
「……はい」
近い場所からわざわざ引っ越すのは奇妙なのだろう。
「前のアパートにはちょっと……障りがありまして……」
「そうですか……今度の部屋は良い生活おくれると良いですね」
匡伸は曖昧に笑みを返した。
入居申込書を出して、審査が通ればすぐに住める。
匡伸は、やや軽い足取りで仕事に向かった。
(これであの男との縁も切れるだろう……)
つづく
5
お気に入りに追加
181
あなたにおすすめの小説
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
漢方薬局「泡影堂」調剤録
珈琲屋
BL
母子家庭苦労人真面目長男(17)× 生活力0放浪癖漢方医(32)の体格差&年の差恋愛(予定)。じりじり片恋。
キヨフミには最近悩みがあった。3歳児と5歳児を抱えての家事と諸々、加えて勉強。父はとうになく、母はいっさい頼りにならず、妹は受験真っ最中だ。この先俺が生き残るには…そうだ、「泡影堂」にいこう。
高校生×漢方医の先生の話をメインに、二人に関わる人々の話を閑話で書いていく予定です。
メイン2章、閑話1章の順で進めていきます。恋愛は非常にゆっくりです。
有能社長秘書のマンションでテレワークすることになった平社員の俺
高菜あやめ
BL
【マイペース美形社長秘書×平凡新人営業マン】会社の方針で社員全員リモートワークを義務付けられたが、中途入社二年目の営業・野宮は困っていた。なぜならアパートのインターネットは遅すぎて仕事にならないから。なんとか出社を許可して欲しいと上司に直談判したら、社長の呼び出しをくらってしまい、なりゆきで社長秘書・入江のマンションに居候することに。少し冷たそうでマイペースな入江と、ちょっとビビりな野宮はうまく同居できるだろうか? のんびりほのぼのテレワークしてるリーマンのラブコメディです
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
次男は愛される
那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男
佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。
素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡
無断転載は厳禁です。
【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】
12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。
近況ボードをご覧下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる