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 『ケムプフェンエーレ』は十ステージ事に、ランダムで巨大化したボスキャラが出て来る。その出現するボスキャラ次第では、育成が追いつかずに詰む事がある。今回は、一番弱いゴブリンの巨大化ボスで安心した。ドラゴン等が出た日には、どうしようかと思った。
「さて、次からまた敵が一周目に戻るわね」
 『ケムプフェンエーレ』は十ステージ分の敵グラフィックしか用意してないので、後は同じ見た目で色違いの敵がまた出て来る。しかし、実力は大きくあがる。十二ステージ目では、再びゴブリンが出て来るのだが、今度のは赤いレッドゴブリン達がやって来る。ノーマルゴブリンより、レベルが高く当然のようにHPも攻撃力も高い。ゴブリンの厄介な点は、一匹一匹は弱いのだが、なにしろ攻めて来る数が多い。弱い兵士を配置しているとじわじわと体力を削られて、死んでしまう。なので、兵士達を全体的にレベルアップさせる必要があった。
 美桜は立ち上がり部屋を出る。砦の兵士の育成がどれくらい出来ているかチェックする必要があった。カミロ王子の部屋を訪ねる。ノックすると、彼が出て来る。
「あぁ、ミオ。今日はどんな要件かな?」
 部屋の中に入る。
「砦の兵士達の鍛錬具合を知りたくて」
「それか……」
 彼は腕を組んで少し唸る。
「どうかしたの?」
「いや、兵士達が、この間の戦争から少し腑抜けているんだ……」
 美桜は驚く。
「どうして?」
「この間の戦争で強い敵が出て来ただろ?」
「巨大ゴブリンね」
「あれで、戦争は終わるんじゃないかと言う噂が砦に流れていてな……」
 美桜は目を見開く。
「なるほど。皆は、あれが敵の最後の隠し玉だと思ったんですね。それを倒したのだから、戦争を終わると考えた……」
「あぁ、そのようだ」
 この世界の人間にゲートの向こうの事を知る事は一切出来ない。ただ、無限に湧き続ける敵を倒す事しか出来ないのだ。地続きの国と国との戦いなら、相手の戦力を推し量る事も出来るが、異世界同士のせいでそれも出来ない。美桜だけが、この戦争がまだこの先も続く事を知っている。
「カミロ王子はどうお考えですか」
 彼は腕を組みを、少し考える。
「……俺は、そう思わない」
 美桜は彼を見つめる。
「巨大ゴブリンは強かったが、あれが相手の用意出来る最大の敵だとは思えない。だから、気を抜かずに戦の準備を続けるべきだ」
「『勝って兜の帯を締めよ』……ですね」
「ん? なんだいそれは」
「異国のことわざです。勝っても、気を抜かずに次の戦の準備をしなさいって意味ですよ」
「なるほど、正に俺達の状況だな」
 彼は笑みを浮かべる。
「やはり、君も気を抜くべきじゃないと思ってるんだね」
「はい、あれで終わりとは思えません」
 実際終わりでは無いのだ。こんなところで、気を抜いて兵の死者を増やしたく無い。
「では、兵士達に演説を行おう。緩んだ気を引き締めなければ」 
 彼には人を率いる才能がある。きっと、彼の言葉を聞けば兵士達も鍛錬に身を入れてくれるだろう。
「貴方のような素晴らしい王子が、前線に居てくださって良かったです」
 兵士達の士気に上下に関しては、美桜は完全に専門外である。
「そうかい?」
「えぇ、安心します」
「君にそう言われると、素直に嬉しいな」
 彼は照れたように頭を掻く。そう言う仕草に、年相応の若さが見える。
「俺も君のような人が、この砦に居てくれて良かったよ」
 カミロに少し疲れた様子が見える。
「何かあったんですか?」
「……実は、マリアと喧嘩してしまってね」
 彼は少し恥ずかしそうに目を伏せる。
「喧嘩ですか? 珍しい」
「兵士達にこれ以上の鍛錬は無駄だと彼女に言われてね。ただでさえ急ごしらえの軍で、無理な鍛錬をさせて来た。巨大ゴブリンを倒した今、これ以上の過度な鍛錬は不必要だと言われたのさ……それは俺の王子としての名前に傷を付けるかもしれないってね」
 美桜は眉を寄せる。
「確かに……異界の魔物を倒す為に、辛い鍛錬を兵士の皆さんには課しています……」
 それは美桜の進言のせいもあった。
「しかし、それは彼らを生き残らせる為の事です。中には根を上げて、逃げて行き、妙な噂を流す方もいらっしゃいますが……それは仕方のない事です」
 カミロ王子は軍から逃げ出した人間に、特に罰則をもけていなかった。シメオンは規律が乱れると言っていたが、カミロは人徳で人を統べるタイプの人間だった。なので、この方法で良いのだろう。
「いろんな意見もあるでしょうが、今は気を緩めず次の戦争に備えるべきです。あれで終わりなんて、誰も保証出来る事では無いのですから」
「うん……君の言う通りだ。ありがとう、腹が決まったよ」
 カミロ王子は笑みを浮かべる。
「人の上に立つ勉強は沢山したつもりだが、こうして実際に立ってみると悩む事も多い……時に、友人に反対される事もある……」
 カミロ王子は片手で顔を押さえる。
「まだまだ俺は未熟だな」
「これから成長して行けば良いんですよ」
「あぁ、そのとおりだ。立ち止まらず、最善だと思う道を選び続けるよ」
 カミロ王子は、ふっきれたように爽やかな笑みを浮かべた。この王子の成長もまた、この戦争の正否を左右する大きなポイントとなるのだろう。



 ゲートが開いて、敵が攻めて来た。戦場へ行くと、そこには赤ゴブリンが居た。
「また、ゴブリンなの!!」
 同じ隊に居たマリアが憤慨する。
「気を抜かずに、行くぞ!」
 剣を抜き、赤ゴブリンを切る。しかし、一度では倒れない。
「む……」
 カミロ王子はゴブリンの攻撃を避けながら、二度三度と切りつけてゴブリンを倒した。
「やはり、敵が強くなっている……!」
 他の兵士達もゴブリンに苦戦している。
「一対一で戦うな! 必ず三人一組となって、敵にあたるんだ!!」
 それは、美桜が進言した事でもあった。もしも兵士の練度が足りなくても、三対一であれば勝機があると思ったのだ。
「ふん!」
 シメオン王子が、近づいて来た赤ゴブリンを一刀の元に切り捨てる。
「さすがです、シメオン様」
「世辞は良い、早く倒すぞ」
 やはりこの戦場において、美桜を抜けばもっとも練度の高い兵士はシメオン王子だろう。彼が一人、鍛錬をしに行く姿を美桜は何度も見ていた。馬を駆って、苦戦する部隊の応援に向かった。



 一二ステージの赤ゴブリン戦は、辛くも勝利する事が出来た。実力は足りなかったが三人一組で戦っていた事で、どうにか被害は押さえられた。しかし、ギリギリの勝利だった。あともう少しゴブリンが強ければ、負け戦となっていただろう。
「はぁ……」
 カミロ王子は、戦果報告を見て小さくため息をもらす。
「やはり練度不足だったか……」
「そのようですね。『勝って兜の帯を締めよ』と言っても、その意味を末端の兵士まで理解させる事は難しいものです……」
 実のところ一~十までのイージーステージは、お試しステージと言っても良い。それぞれの敵が弱く、余程手を抜かなければ死なないのだ。しかし、十二ステージからはノーマルステージになり、難易度が上がる。イージーステージの時に、どんな兵士の雇用をしていたか、育成をしていたかが関わって来るのだ。例えば、強いからと言って雇用費の高い騎馬兵ばかりを雇えは、兵士が足りずに敵に押し負けてしまう。反対に、歩兵ばかり山のように居ても強敵に蹂躙されて負ける。
「しかし、今回の戦いはどうにか生き残れた。おかげで、次に備えられる」
「えぇ。強い敵を体感した事で、兵士達も実感として敵の戦力がまだまだ底を着いて無い事を理解したでしょう」
「次はもっと強い敵が出て来るのだろうな……君ならどう采配する?」
 現在の兵士の雇用状況を見る。
「……兵士の数はこれで十分でしょう。騎馬兵をもう少し増やしたいですね」
「騎馬兵か……」 
 騎馬兵は兵士より、少し高い。しかし、機動力がある。
「では君の進言通りにしよう」
「……良いのですか?」
「賢い者の知恵に耳を傾けた方が良い。俺より君の方が、戦場での采配をわかっているようだ」
 美桜は少し顔が熱くなる。
「ありがとうございます」
「いや、助かる。君の助言のおかげで俺は兵士を失わずにすんでいるからね」
 美桜はカミロ王子から、信頼を得られた事を感じた。

***

 夜にシメオン王子の部屋を訪ねると彼の姿が無い。
「……また、鍛錬かな」
 美桜は鍛錬場に向かう。すると、松明の近くで剣を振る人物が目に入る。長い髪を束ねて、彼は素早く剣を振っている。美桜は柱の影に隠れてその様子を見る。
(綺麗な人……)
 美醜で人を判断してはいけないと言うが、美桜がシメオン王子に惚れたのは彼が特別美しかったからだ。ゲームのドットグラフィックに表現された、彼の怪しい美しさに胸を貫かれたおかげで美桜はこの場所にいる。そして、今も彼の美しさは美桜を惹きつけていた。彼の背負った悲哀は、彼の美しさを際だたせた。
(私はこの人を救うんだ……死んで讃えられる英雄にするのではなく、生きて英雄となって欲しい)
 それが美桜の願いである。
「誰だ」
 声をかけられる。美桜はそっと、柱の影から出る。
「おまえか」
 シメオン王子は剣を下ろし、タオルで汗を拭く。
「鍛錬の邪魔をしてしまい、申し訳ありません」
「……なんのようだ」
「いえ、部屋にお姿が無かったので探しただけです」
「ふん、私が攫われでもしたかと思ったか」
「攫われた時は、必ず私がお助けします」
 彼は右手に青い炎をまとわせて、遠くの的を撃った。的は青い炎に包まれて燃える。
「私はもう少し、鍛錬をする。おまえは部屋にもどれ」
「はい、失礼いたします」
 美桜は頭を下げて、その場を後にした。彼は剣を振り上げて、見えない敵と戦っている。シメオン王子はいつも一人だ、誰も側に寄せず、誰とも馴れ合わずに生きている。彼が美桜に心を開いてくれる事も無いだろう。
(それでも私はあの人を助けたい)
 彼の姿を見る度に、幾度もその思いは積み重なって行くのだった。



 第一三ステージの敵はレッドウルフである。陣営の後ろに配置された美桜とシメオンは、伝令の言葉を聞く。
『ゲートから出て来た狼達は、組織だった動きをしています!』
 ゲーム中は気にしなかったが、野生動物としての狼は群れで狩りを行うと言う。この世界でも、彼らがそんな風に動くのは当然なのだろう。遠くで狼の遠吠えの音がする。 
「そろそろか……」
 ゲートの手前に配置された隊から逃げ出た敵を、シメオンと美桜で撃つ事になっている。遠くから狼達が走って来る。
「一、ニ、三……全部で十一体いるようです」
「問題ない、切り捨てる」
 シメオン王子が馬上から槍で狼を突く。赤狼は一撃で動かなくなる。
「お見事です」
 レッドウルフは歯を剥き出して、騎馬隊を囲むように動く。美桜は周囲を見ながら警戒する。しばらく警戒の姿勢が続いた後、狼達は突如飛びついて来た。後方で、部下がレッドウルフに襲われる。
(弱そうな奴を狙っているわね……)
 美桜は馬を走らせて、レッドウルフに襲われている部下を助けた。唸るレッドウルフの脳天を槍で一突きにし、更に飛びかかって来たレッドウルフを剣で切り捨てた。遠くで、レッドウルフのキャインと言う鳴き声が聞こえる。美桜がそこに行くと、シメオンがレッドウルフを六匹殺した後だった。
「邪魔だ、おまえ達は下がれ。ここは私とミオで防衛を行う」
「し、しかし!」
「くどい。今は生き残る事を考えろ。生き残ったら、死ぬ気で鍛錬をしろ。二度と惨めな撤退を命令されないようにな」
「くっ……了解しました……」
 シメオンの隊の兵士達が下がって行く。美桜はシメオンの隣に並ぶ。
「正しい判断だと思います」
「ふんっ、次の狼達が来るぞ」
「はい! ここは通しません!!」
 美桜とシメオンは、共に槍を構えた。



つづく
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