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36 魔法使い
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一人と一匹の鬼教官に鍛えられた事で、俺はそれなりに『戦う』事に自信が持てた。
これでアデーレに危険が迫ったら、すぐに助けに行けるだろう。
***
アデーレの書斎で本を読んでいると、アデーレが珍しく憂鬱そうにため息をついた。
「どうしたんだ?」
「……今月も一匹のワンコが、飼い主の虐待から保護されたんだ」
俺は眉尻を下げる。
「虐待……か」
「犬を譲渡する時、オルバイス家は相手の人となりをしっかりと調べるんだ。信頼出来る人物にだけ、譲渡する」
アデーレは悲しそうな顔をする。
「けど、そうやって調べても、悲しい結果に至る事はある」
俺は立ち上がって彼の側に行き、アデーレの頭を引き寄せて撫でてやる。
「はぁ……。虐待を早期発見する為に、定期検診を義務化しているとは言え、そもそも連れて来ない飼い主もいるんだよね。
……もっと完璧な方法で把握出来ないものかなぁ……」
憂鬱そうに嘆くアデーレの髪を撫でる。
「把握か……」
(犬が虐待を受けたら、すぐに報せが来るような機械があれば良いんだけどなぁ。まぁ、この世界の科学レベルじゃ、まだ難しいか……)
二人、憂鬱な話題にどんよりしていると、部屋にノック音が響く。
「アデーレ様、お客様がいらっしゃっています」
執事のエルドさんが、固い表情で言う。
「誰が来たんだい?」
「それが……」
「人狼が、ここにいると聞いた」
知らない声が扉の向こうでする。
「こ、困ります。お客様、客間でお待ちください」
背を向けたエルドさんが困っている。
「俺が会いたい奴はそこにいるのだろう? 部屋など、どこでも良いじゃないか」
若い男の声だった。
(ヤバイ奴か……?)
俺は拳を握り込む。
「ミツアキ……!」
俺はアデーレの側を離れ、少し開いた扉の元へ行く。
「エルドさん、大丈夫ですか」
「ミ、ミツアキ様。出て来てはいけません!」
(扉の向こうの男は『人狼』を探している。また俺を捕まえに来た奴か)
暴漢を殴り飛ばす為に拳を握り込んで、扉を開き後ろ手に素早く閉じた。
「おぉ、これは!」
俺の目の前にいたのは、まだ若い少年だった。
ただ特殊なのは、彼が大きなトンガリ帽子を被っていた事だ。
「おまえが噂の人狼か!」
トンガリ帽子、裾の長いマント。手に持った、飾りの多い謎の杖。
正に物語の『魔法使い』を彷彿とさせるような少年だった。
「だ、誰だおまえ。なんの用があるんだ」
俺は犬歯を剥き出して、うなる。
「俺は、クリストフェル。この世の神秘を読み解く『魔法使い』だ」
少年は優雅にお辞儀をして、笑みを浮かべる。
「『人狼』である君に会いに来た」
少年と睨みあっていると、後ろでドンドンと音がする。
「ミツアキ! ここを開けるんだ!」
アデーレが怒っている。
「おい、俺の主人に何かしたらタダじゃすまないからな。お前の喉笛を噛みちぎってやる」
「おぉ、怖い。獣に食い殺されて、死にたくはないのでね、その約束は守ろう」
「必ず、守れよ」
俺は押さえていた扉を開ける。
「ミツアキ!」
怒った顔のアデーレが出て来た。
「ダメじゃないか! 危ない事しちゃ!!」
「すまん」
「まったくもう」
アデーレが客人を見る。
「それで君は『魔法使い』なんだって? ペテン師じゃないのかい。この世で自ら『魔法使い』と名乗る奴の十割は嘘付きだ」
少年が唇を歪めて笑う。
人差し指をくるっと回した。
すると、空中に犬の絵が現れて光る線がカタカタと走る犬を表現した。
「どうかな?」
「むむっ」
間近で見ていたが、マジックだとしても俺には種がわからなかった。
「……どうやら君は世にも稀な、魔法使いを自称する、『本物の魔法使い』のようだ」
「信用してくれてありがとう。それで、ココで立ち話を続けるのか?」
ここは廊下である。
「客間へ案内致します」
エルドさんが、俺達を客間へ連れて行く。
「へー、尻尾もあるのか。実に興味深い」
後ろをついて来る、魔法使い少年クリストフェルは言った。
「ぐるる」
俺は少年と離れた位置にアデーレを置いて、抱き寄せつつ体で庇いながら唸る。
「立派な犬歯だね」
クリストフェルは気にしていないようだった。
「どうぞ」
客間に入って、椅子に座り改めて少年と向き合う。
テーブルにはお菓子があり、エルドさんが茶を入れてくれている。
「それで、私のミツアキになんのようかな?」
「私の? なんだ、主従契約でも結んでいるのか? それとも、おまえの『犬』と言う話か?」
アデーレがむっとする。
「違う。ミツアキは私の恋人だ!」
俺はぴゃっと、尻尾と耳を立てた。
「恋人……? それは合体する前から恋人同士なのか?」
少年は首をかしげる。
「合体後だよ」
アデーレがきっぱり答える。
少年は少し考える様子を見せる。
「まぁ、良い。では本題に入る」
(こ、恋人……)
アデーレの衝撃発言のせいで、俺は少年の話を若干、上の空で聞いてしまう。
「俺は、異世界転移による、二つの生命の合体現象について調べている」
少年が俺をチラリと見る。
「おまえは、異世界転移者なのだろう? そしてこちらに来る時に、獣と体が合体した」
「……よく『人狼』の噂だけで、その予測をたてたね」
アデーレが冷たい声で言う。
「ふっ、俺は自分の書いた論文には警報を付けている。こんな妙な研究に興味を持つ奴は、お仲間か、もしくは『異世界転移』の関係者だろうと思ってな」
俺は以前、アデーレに読ませて貰った論文を思い出した。
「!」
アデーレも気がついたのか唇を噛んでいる。
「しかし、獣と融合したわりに、理性的なんだな」
クリストフェルが俺をまじまじと見る。
俺とアデーレは少年を睨む。
「まったく、そんなに警戒するな」
クリストフェルは肩をすくめる。
「俺はただ別生物同士の融合に興味を持っているだけなんだ」
「ミツアキは渡さないよ。もしもさらえば、地の果てまで追いかけて捕まえてやる」
アデーレは固い声で言う。
「さらったりしないさ。少し体を見せて欲しいだけだ」
「解剖の許可は出さない」
「腹を開くつもりはない。そんなのは不要だからな」
少年とアデーレは睨み合っている。
「ただ、手をあてて触るだけだ。それで充分、情報は得られる」
「……」
アデーレが黙り込む。
「やっぱりダメだ! ミツアキに触る許可は出さない!」
「全く、過保護な男だな」
クリストフェルは呆れている。
(魔法使い……)
アデーレに以前聞いたのだが、この世界の魔法使いは人数が少なく、いずれも奇人変人が多いらしい。
アデーレがこんなに警戒しているのも、そう言う前提があるからだ。
彼らは巨大な力を持っているので、道徳心の欠如した者も多いのだとか。
(魔法使いって事は……なんでも作れるんだよなぁ……)
俺はぼんやりと、一つの計画をたてる。
「なぁ」
「何かな、人狼くん」
「ミツアキだ」
「ふむ、ミツアキくん」
俺は頭の中で計画をたてつつ、口を開く。
「俺がおまえに体を診せたとして、その見返りを要求する事は出来るか?」
「なっ、ミツアキ!」
アデーレが声を荒らげる。
「……世にも珍しい、精神的な安定に成功した異世界召喚合体者。実に興味深い対象だ。おまえの体を診せてくれるなら、おまえの望みをなんでも一つ叶えてやろう」
魔法使いクリストフェルは歪んだ笑みを見せる。
「その言葉、信用して良いんだな」
「あぁ、もちろんだとも」
「ストップ!!!!!」
見つめ合う俺たちの間に、アデーレが入って来る。
「ダメだよ!! 絶対!!! 願いなら私が叶えてあげるから!!!」
アデーレは顔を赤くしたり、青くしたりしている。
「……少し、二人で話し合って来て良いか」
「あぁ、ごゆっくり」
俺は立ち上がり、アデーレと客間を出る。
部屋から離れ、アデーレと話す。
「ダメだよミツアキ! ダメ!」
「少し、話を聞いてくれないか」
アデーレをじっと見る。
「むぅ」
アデーレが黙る。
「あいつは不思議な力を操る『魔法使い』だ、つまりアデーレの欲しがってた物を作れる可能性がある」
「私の欲しがってた物……?」
「虐待された犬たちをすぐに察知する道具だ」
アデーレが目を丸くする。
「それがあれば、犬達がひどい目にあう前にすぐに助けに行けるだろ?」
「そ、それは……そうだけど……」
「俺がちょっと体を診せるだけで、その夢の道具が手に入るんだ。こんなに良い取引はないだろ?」
アデーレは考え込む。
「……いや、でもやっぱりダメだ。魔法使いは信用できない。君に触れた瞬間、君を殺すかもしれない」
アデーレが震える。
「やっぱり断ろう……あの男は信用できない……」
(どうにか説得できねぇもんかな)
二人話していると、執事のエルドさんが近づいて来る。
「あのう、少し宜しいでしょうか?」
若干困った表情をしている。
「どうかしたんです?」
「実は、客間にセナが入ってしまいまして……」
「なっ、セナは大丈夫なのか!?」
アデーレが慌てる。
「はぁ、それが、楽しそうにしていらっしゃるんです」
俺達は顔を見合わせて、そっと客間に向かう。
「そら、取って来い」
小さく扉を開けて覗くと、クリストフェルは笑ってセナにおもちゃを投げてやっている。
セナはそれをくわえて持って行き、クリストフェルに手渡す。
「よしよし、おまえは賢い奴だな」
俺とアデーレは再び顔を見合わせる。
「セナは人の心の機微に敏い子だ、あいつに敵意があるのならすぐに気づくはずだ。あんな風に懐くはずがない」
「てことは、あいつは良い奴ってことか?」
アデーレは眉間にぐっと眉を寄せる。
「あいつ撫でる前に、下から手を出してセナが近づいて来てから顎の下や首のあたりを撫でてやってる……初対面の犬への対応を知っているんだ……」
俺は悩むアデーレを見つめる。
そして突然、扉を開いて中に入る。
「おまえに聞きたい事がある」
セナを撫でていたクリストフェルが顔をあげる。
舐められた手が、よだれでベトベトになっていた。
「おまえは犬が好きか?」
「……それはどういう質問だ」
「答えろ」
「はぁ、好きだよ」
「犬を飼った事はあるか」
「ある。飼っている」
(あ、今も飼ってるのか)
「その犬の犬種と名前を教えろ」
「ラフコリー、名前はシャーロットだ」
「少し待て」
しばらくすると、執事のエルドさんが、何かの資料を片手に戻って来る。
「こちらです」
アデーレはそれを受け取って読む。
「ふむ……」
アデーレはその資料を読む。そして、顔をあげた。
「わかった、君を信用しよう」
「えっ」
アデーレの突然の言葉に俺は驚く。
「随分、いきなりだな」
アデーレは資料をクリストフェルに見せる。
「君の飼っているラフコリー犬の健康状態の記録を読んだんだ。子犬から五年間、しっかりと面倒を見ているようだね。一度病気をしたようだけど、すぐに連れて来て大事も無かったようだ……うん、信用に値する人物だ」
どうやらアデーレは、クリストフェルの飼っている犬のカルテを読んでいたらしい。
「犬バカ貴族のオルバイス家が、犬達のカルテ記録を全て管理していると言う噂は本当だったのか……」
「あぁ、全ての犬の幸福の為に必要な事だよ」
アデーレは椅子に座る。
「ミツアキ、交渉をしたまえ」
「お、おう」
俺も椅子に座ってクリストフェルと向き合う。
「俺の体を診る代償に、俺はある物の作成をおまえに欲求する」
「ふむ、それはなんだ?」
「飼われた犬達が虐待を受けた時、すぐに警報が鳴って助けにいける装置が欲しいんだ」
それを聞いたクリストフェルは、数度瞬きをする。
何を言ってるんだこいつ、と言う感じだった。
「いや、これ、凄く大事な装置なんだぞ」
「ふふっ、あっはっはっはっ!!」
クリストフェルがおかしそうに高笑いする。
「犬バカ貴族の恋人も、犬バカなのか」
そう言いながら彼は杖で空中を混ぜる。
「犬への身体的、精神的虐待が行われた時にすぐに知らせる魔道具が欲しいのだな。虐待の範囲とは、曖昧でもあるのだが、それは犬の感じるストレス値を元に判定するか……」
杖にぐーっと光が集まり、ピカピカと光始める。
「装着して外せる道具だと、飼い主が外す可能性があるな。液体と言う形をとるか。飲ませれば、一生根付く。もちろん身体的害の無いものだ」
強くなった光が弾ける。
金の台座に赤い石のはまったアクセサリーが浮いている。
それがふよふよ下におりて来る。
クリストフェルはアクセサリーを手に取って見せる。
「この赤い石の中には、薬が入っている。飲ませれば、犬の体のストレスを判定する呪術がかかる」
金の台座の下の角が折れて、中から液体が出て来る。
「そして犬の虐待の気配を察知したら、この道具が光り音を出して教える。こんな感じだ」
赤い石が突如、光りビービー! と大きな音をたてた。
俺は思わず耳を押さえる。
「わ、わかったよ!」
音が止む。
「どうだ、望みの物にはなったか?」
アデーレはその道具を受け取る。
「君の言う性能が本当なら、正しく私の欲しかった物だ」
「ふふっ、何一つ嘘は言っていないさ」
「なぁ、コレ量産とか出来るのか? オルバイス家が管理してる犬達の分、全部を」
するとクリストフェルが杖を回す。
机の上にどさっと、同じアクセサリーが山と積まれる。
「言われると思って今、作っているところだ。時間はかかるが、全ての犬の分を用意しよう。これから先の犬達の分もな」
俺とアデーレは顔を見合わせる。
「ありがとうクリストフェル!!」
アデーレが礼を言う。
「礼なんか良いさ」
彼は首をすくめる。
「それじゃ、契約成立だ。俺の体を診ていいぞ」
クリストフェルがにやりと笑う。
「ようやく俺の望みが叶うな」
少年は立ち上がり、俺の側に寄る。
「立った方が良いか……?」
「いや、そのままで……」
俺の前に魔法陣のような物が現れた。
「分析開始」
魔法陣が更に広がる。
(お、おぉお……ファンタジー……!)
俺は驚きつつ、その様子を見ていた。
ちなみに分析される俺自身は、特に痛くも痒くも無いのであった。
二十分後、魔法陣が消えてクリストフェルが離れる。
「ふぅ……大変、興味深い結果だった……そうか、魂だけが合体したのか……だから、合成体が安定しているんだな……対象者同士の相性も良かったのか……」
クリストフェルはブツブツとつぶやく。
「お疲れ、ミツアキ。痛くなかったかい?」
横からアデーレが抱きついて来る。
「いや、痛くは無かったよ」
アデーレにクッキーを差し出されたのでもぐもぐ食べる。
「あぁ、そう言えば。おまえの体は、変化するのだな」
「ん、むぐもぐ。あぁ、そうだ。前は、頭も獣になって体も大きくなったんだ」
「心理的影響が引き金になって、身体的変化が現れたのか……。まぁ、しかし基本は、魂の変化だ。おまえの魂の形に、体が引っ張られる」
グレーも魂の形が変わったと言っていた。
「だから、おまえの意思しだいで、体を変化させる事は出来るだろう」
「え、本当に」
「あぁ」
「またあの獣頭になったり、これに戻ったり出来るってわけか?」
「訓練次第では、人になる事も出来ると思うぞ」
「えぇ!?」
俺はとても驚く。
「ま、まじか! それは、なりたいな!!」
「魂の形を変える訓練は、魔法を使う者の精神修行とも似ている。必要なら訓練をつけてやろうか? 俺も興味がある」
「是非! お願いします!!!」
「良いだろう」
クリストフェルが扉に向かう。
「ひとまず今日はこれで失礼する。あの魔道具は、でき次第屋敷に届ける」
「ありがとなクリストフェル!」
「今度は、君のワンコと一緒に遊びにおいでよ!」
アデーレも手を振る。
「ふん」
少年魔法使いは最後まで素直じゃ無い感じの様子で、帰って行った。
つづく
これでアデーレに危険が迫ったら、すぐに助けに行けるだろう。
***
アデーレの書斎で本を読んでいると、アデーレが珍しく憂鬱そうにため息をついた。
「どうしたんだ?」
「……今月も一匹のワンコが、飼い主の虐待から保護されたんだ」
俺は眉尻を下げる。
「虐待……か」
「犬を譲渡する時、オルバイス家は相手の人となりをしっかりと調べるんだ。信頼出来る人物にだけ、譲渡する」
アデーレは悲しそうな顔をする。
「けど、そうやって調べても、悲しい結果に至る事はある」
俺は立ち上がって彼の側に行き、アデーレの頭を引き寄せて撫でてやる。
「はぁ……。虐待を早期発見する為に、定期検診を義務化しているとは言え、そもそも連れて来ない飼い主もいるんだよね。
……もっと完璧な方法で把握出来ないものかなぁ……」
憂鬱そうに嘆くアデーレの髪を撫でる。
「把握か……」
(犬が虐待を受けたら、すぐに報せが来るような機械があれば良いんだけどなぁ。まぁ、この世界の科学レベルじゃ、まだ難しいか……)
二人、憂鬱な話題にどんよりしていると、部屋にノック音が響く。
「アデーレ様、お客様がいらっしゃっています」
執事のエルドさんが、固い表情で言う。
「誰が来たんだい?」
「それが……」
「人狼が、ここにいると聞いた」
知らない声が扉の向こうでする。
「こ、困ります。お客様、客間でお待ちください」
背を向けたエルドさんが困っている。
「俺が会いたい奴はそこにいるのだろう? 部屋など、どこでも良いじゃないか」
若い男の声だった。
(ヤバイ奴か……?)
俺は拳を握り込む。
「ミツアキ……!」
俺はアデーレの側を離れ、少し開いた扉の元へ行く。
「エルドさん、大丈夫ですか」
「ミ、ミツアキ様。出て来てはいけません!」
(扉の向こうの男は『人狼』を探している。また俺を捕まえに来た奴か)
暴漢を殴り飛ばす為に拳を握り込んで、扉を開き後ろ手に素早く閉じた。
「おぉ、これは!」
俺の目の前にいたのは、まだ若い少年だった。
ただ特殊なのは、彼が大きなトンガリ帽子を被っていた事だ。
「おまえが噂の人狼か!」
トンガリ帽子、裾の長いマント。手に持った、飾りの多い謎の杖。
正に物語の『魔法使い』を彷彿とさせるような少年だった。
「だ、誰だおまえ。なんの用があるんだ」
俺は犬歯を剥き出して、うなる。
「俺は、クリストフェル。この世の神秘を読み解く『魔法使い』だ」
少年は優雅にお辞儀をして、笑みを浮かべる。
「『人狼』である君に会いに来た」
少年と睨みあっていると、後ろでドンドンと音がする。
「ミツアキ! ここを開けるんだ!」
アデーレが怒っている。
「おい、俺の主人に何かしたらタダじゃすまないからな。お前の喉笛を噛みちぎってやる」
「おぉ、怖い。獣に食い殺されて、死にたくはないのでね、その約束は守ろう」
「必ず、守れよ」
俺は押さえていた扉を開ける。
「ミツアキ!」
怒った顔のアデーレが出て来た。
「ダメじゃないか! 危ない事しちゃ!!」
「すまん」
「まったくもう」
アデーレが客人を見る。
「それで君は『魔法使い』なんだって? ペテン師じゃないのかい。この世で自ら『魔法使い』と名乗る奴の十割は嘘付きだ」
少年が唇を歪めて笑う。
人差し指をくるっと回した。
すると、空中に犬の絵が現れて光る線がカタカタと走る犬を表現した。
「どうかな?」
「むむっ」
間近で見ていたが、マジックだとしても俺には種がわからなかった。
「……どうやら君は世にも稀な、魔法使いを自称する、『本物の魔法使い』のようだ」
「信用してくれてありがとう。それで、ココで立ち話を続けるのか?」
ここは廊下である。
「客間へ案内致します」
エルドさんが、俺達を客間へ連れて行く。
「へー、尻尾もあるのか。実に興味深い」
後ろをついて来る、魔法使い少年クリストフェルは言った。
「ぐるる」
俺は少年と離れた位置にアデーレを置いて、抱き寄せつつ体で庇いながら唸る。
「立派な犬歯だね」
クリストフェルは気にしていないようだった。
「どうぞ」
客間に入って、椅子に座り改めて少年と向き合う。
テーブルにはお菓子があり、エルドさんが茶を入れてくれている。
「それで、私のミツアキになんのようかな?」
「私の? なんだ、主従契約でも結んでいるのか? それとも、おまえの『犬』と言う話か?」
アデーレがむっとする。
「違う。ミツアキは私の恋人だ!」
俺はぴゃっと、尻尾と耳を立てた。
「恋人……? それは合体する前から恋人同士なのか?」
少年は首をかしげる。
「合体後だよ」
アデーレがきっぱり答える。
少年は少し考える様子を見せる。
「まぁ、良い。では本題に入る」
(こ、恋人……)
アデーレの衝撃発言のせいで、俺は少年の話を若干、上の空で聞いてしまう。
「俺は、異世界転移による、二つの生命の合体現象について調べている」
少年が俺をチラリと見る。
「おまえは、異世界転移者なのだろう? そしてこちらに来る時に、獣と体が合体した」
「……よく『人狼』の噂だけで、その予測をたてたね」
アデーレが冷たい声で言う。
「ふっ、俺は自分の書いた論文には警報を付けている。こんな妙な研究に興味を持つ奴は、お仲間か、もしくは『異世界転移』の関係者だろうと思ってな」
俺は以前、アデーレに読ませて貰った論文を思い出した。
「!」
アデーレも気がついたのか唇を噛んでいる。
「しかし、獣と融合したわりに、理性的なんだな」
クリストフェルが俺をまじまじと見る。
俺とアデーレは少年を睨む。
「まったく、そんなに警戒するな」
クリストフェルは肩をすくめる。
「俺はただ別生物同士の融合に興味を持っているだけなんだ」
「ミツアキは渡さないよ。もしもさらえば、地の果てまで追いかけて捕まえてやる」
アデーレは固い声で言う。
「さらったりしないさ。少し体を見せて欲しいだけだ」
「解剖の許可は出さない」
「腹を開くつもりはない。そんなのは不要だからな」
少年とアデーレは睨み合っている。
「ただ、手をあてて触るだけだ。それで充分、情報は得られる」
「……」
アデーレが黙り込む。
「やっぱりダメだ! ミツアキに触る許可は出さない!」
「全く、過保護な男だな」
クリストフェルは呆れている。
(魔法使い……)
アデーレに以前聞いたのだが、この世界の魔法使いは人数が少なく、いずれも奇人変人が多いらしい。
アデーレがこんなに警戒しているのも、そう言う前提があるからだ。
彼らは巨大な力を持っているので、道徳心の欠如した者も多いのだとか。
(魔法使いって事は……なんでも作れるんだよなぁ……)
俺はぼんやりと、一つの計画をたてる。
「なぁ」
「何かな、人狼くん」
「ミツアキだ」
「ふむ、ミツアキくん」
俺は頭の中で計画をたてつつ、口を開く。
「俺がおまえに体を診せたとして、その見返りを要求する事は出来るか?」
「なっ、ミツアキ!」
アデーレが声を荒らげる。
「……世にも珍しい、精神的な安定に成功した異世界召喚合体者。実に興味深い対象だ。おまえの体を診せてくれるなら、おまえの望みをなんでも一つ叶えてやろう」
魔法使いクリストフェルは歪んだ笑みを見せる。
「その言葉、信用して良いんだな」
「あぁ、もちろんだとも」
「ストップ!!!!!」
見つめ合う俺たちの間に、アデーレが入って来る。
「ダメだよ!! 絶対!!! 願いなら私が叶えてあげるから!!!」
アデーレは顔を赤くしたり、青くしたりしている。
「……少し、二人で話し合って来て良いか」
「あぁ、ごゆっくり」
俺は立ち上がり、アデーレと客間を出る。
部屋から離れ、アデーレと話す。
「ダメだよミツアキ! ダメ!」
「少し、話を聞いてくれないか」
アデーレをじっと見る。
「むぅ」
アデーレが黙る。
「あいつは不思議な力を操る『魔法使い』だ、つまりアデーレの欲しがってた物を作れる可能性がある」
「私の欲しがってた物……?」
「虐待された犬たちをすぐに察知する道具だ」
アデーレが目を丸くする。
「それがあれば、犬達がひどい目にあう前にすぐに助けに行けるだろ?」
「そ、それは……そうだけど……」
「俺がちょっと体を診せるだけで、その夢の道具が手に入るんだ。こんなに良い取引はないだろ?」
アデーレは考え込む。
「……いや、でもやっぱりダメだ。魔法使いは信用できない。君に触れた瞬間、君を殺すかもしれない」
アデーレが震える。
「やっぱり断ろう……あの男は信用できない……」
(どうにか説得できねぇもんかな)
二人話していると、執事のエルドさんが近づいて来る。
「あのう、少し宜しいでしょうか?」
若干困った表情をしている。
「どうかしたんです?」
「実は、客間にセナが入ってしまいまして……」
「なっ、セナは大丈夫なのか!?」
アデーレが慌てる。
「はぁ、それが、楽しそうにしていらっしゃるんです」
俺達は顔を見合わせて、そっと客間に向かう。
「そら、取って来い」
小さく扉を開けて覗くと、クリストフェルは笑ってセナにおもちゃを投げてやっている。
セナはそれをくわえて持って行き、クリストフェルに手渡す。
「よしよし、おまえは賢い奴だな」
俺とアデーレは再び顔を見合わせる。
「セナは人の心の機微に敏い子だ、あいつに敵意があるのならすぐに気づくはずだ。あんな風に懐くはずがない」
「てことは、あいつは良い奴ってことか?」
アデーレは眉間にぐっと眉を寄せる。
「あいつ撫でる前に、下から手を出してセナが近づいて来てから顎の下や首のあたりを撫でてやってる……初対面の犬への対応を知っているんだ……」
俺は悩むアデーレを見つめる。
そして突然、扉を開いて中に入る。
「おまえに聞きたい事がある」
セナを撫でていたクリストフェルが顔をあげる。
舐められた手が、よだれでベトベトになっていた。
「おまえは犬が好きか?」
「……それはどういう質問だ」
「答えろ」
「はぁ、好きだよ」
「犬を飼った事はあるか」
「ある。飼っている」
(あ、今も飼ってるのか)
「その犬の犬種と名前を教えろ」
「ラフコリー、名前はシャーロットだ」
「少し待て」
しばらくすると、執事のエルドさんが、何かの資料を片手に戻って来る。
「こちらです」
アデーレはそれを受け取って読む。
「ふむ……」
アデーレはその資料を読む。そして、顔をあげた。
「わかった、君を信用しよう」
「えっ」
アデーレの突然の言葉に俺は驚く。
「随分、いきなりだな」
アデーレは資料をクリストフェルに見せる。
「君の飼っているラフコリー犬の健康状態の記録を読んだんだ。子犬から五年間、しっかりと面倒を見ているようだね。一度病気をしたようだけど、すぐに連れて来て大事も無かったようだ……うん、信用に値する人物だ」
どうやらアデーレは、クリストフェルの飼っている犬のカルテを読んでいたらしい。
「犬バカ貴族のオルバイス家が、犬達のカルテ記録を全て管理していると言う噂は本当だったのか……」
「あぁ、全ての犬の幸福の為に必要な事だよ」
アデーレは椅子に座る。
「ミツアキ、交渉をしたまえ」
「お、おう」
俺も椅子に座ってクリストフェルと向き合う。
「俺の体を診る代償に、俺はある物の作成をおまえに欲求する」
「ふむ、それはなんだ?」
「飼われた犬達が虐待を受けた時、すぐに警報が鳴って助けにいける装置が欲しいんだ」
それを聞いたクリストフェルは、数度瞬きをする。
何を言ってるんだこいつ、と言う感じだった。
「いや、これ、凄く大事な装置なんだぞ」
「ふふっ、あっはっはっはっ!!」
クリストフェルがおかしそうに高笑いする。
「犬バカ貴族の恋人も、犬バカなのか」
そう言いながら彼は杖で空中を混ぜる。
「犬への身体的、精神的虐待が行われた時にすぐに知らせる魔道具が欲しいのだな。虐待の範囲とは、曖昧でもあるのだが、それは犬の感じるストレス値を元に判定するか……」
杖にぐーっと光が集まり、ピカピカと光始める。
「装着して外せる道具だと、飼い主が外す可能性があるな。液体と言う形をとるか。飲ませれば、一生根付く。もちろん身体的害の無いものだ」
強くなった光が弾ける。
金の台座に赤い石のはまったアクセサリーが浮いている。
それがふよふよ下におりて来る。
クリストフェルはアクセサリーを手に取って見せる。
「この赤い石の中には、薬が入っている。飲ませれば、犬の体のストレスを判定する呪術がかかる」
金の台座の下の角が折れて、中から液体が出て来る。
「そして犬の虐待の気配を察知したら、この道具が光り音を出して教える。こんな感じだ」
赤い石が突如、光りビービー! と大きな音をたてた。
俺は思わず耳を押さえる。
「わ、わかったよ!」
音が止む。
「どうだ、望みの物にはなったか?」
アデーレはその道具を受け取る。
「君の言う性能が本当なら、正しく私の欲しかった物だ」
「ふふっ、何一つ嘘は言っていないさ」
「なぁ、コレ量産とか出来るのか? オルバイス家が管理してる犬達の分、全部を」
するとクリストフェルが杖を回す。
机の上にどさっと、同じアクセサリーが山と積まれる。
「言われると思って今、作っているところだ。時間はかかるが、全ての犬の分を用意しよう。これから先の犬達の分もな」
俺とアデーレは顔を見合わせる。
「ありがとうクリストフェル!!」
アデーレが礼を言う。
「礼なんか良いさ」
彼は首をすくめる。
「それじゃ、契約成立だ。俺の体を診ていいぞ」
クリストフェルがにやりと笑う。
「ようやく俺の望みが叶うな」
少年は立ち上がり、俺の側に寄る。
「立った方が良いか……?」
「いや、そのままで……」
俺の前に魔法陣のような物が現れた。
「分析開始」
魔法陣が更に広がる。
(お、おぉお……ファンタジー……!)
俺は驚きつつ、その様子を見ていた。
ちなみに分析される俺自身は、特に痛くも痒くも無いのであった。
二十分後、魔法陣が消えてクリストフェルが離れる。
「ふぅ……大変、興味深い結果だった……そうか、魂だけが合体したのか……だから、合成体が安定しているんだな……対象者同士の相性も良かったのか……」
クリストフェルはブツブツとつぶやく。
「お疲れ、ミツアキ。痛くなかったかい?」
横からアデーレが抱きついて来る。
「いや、痛くは無かったよ」
アデーレにクッキーを差し出されたのでもぐもぐ食べる。
「あぁ、そう言えば。おまえの体は、変化するのだな」
「ん、むぐもぐ。あぁ、そうだ。前は、頭も獣になって体も大きくなったんだ」
「心理的影響が引き金になって、身体的変化が現れたのか……。まぁ、しかし基本は、魂の変化だ。おまえの魂の形に、体が引っ張られる」
グレーも魂の形が変わったと言っていた。
「だから、おまえの意思しだいで、体を変化させる事は出来るだろう」
「え、本当に」
「あぁ」
「またあの獣頭になったり、これに戻ったり出来るってわけか?」
「訓練次第では、人になる事も出来ると思うぞ」
「えぇ!?」
俺はとても驚く。
「ま、まじか! それは、なりたいな!!」
「魂の形を変える訓練は、魔法を使う者の精神修行とも似ている。必要なら訓練をつけてやろうか? 俺も興味がある」
「是非! お願いします!!!」
「良いだろう」
クリストフェルが扉に向かう。
「ひとまず今日はこれで失礼する。あの魔道具は、でき次第屋敷に届ける」
「ありがとなクリストフェル!」
「今度は、君のワンコと一緒に遊びにおいでよ!」
アデーレも手を振る。
「ふん」
少年魔法使いは最後まで素直じゃ無い感じの様子で、帰って行った。
つづく
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