上 下
21 / 56

21 ママとパパとグレーの絵画

しおりを挟む
 本邸のあるリンドルと言う町は大きな町だった。
 オルバイス家はここの領主らしい。
 町の高台にあるオルバイス家の屋敷が見えると、俺は緊張で震える。
「大丈夫だよ」
 アデーレが俺の手を握る。
「あぁ……」
 俺は彼の手を握り返す。
 屋敷前の門がゆっくり開き、馬車は門の中に入って行った。
 大きな屋敷だからか、武装した立派な衛兵が左右に立っているのが印象的だった。 

 俺は本邸に着いて早々、アデーレと一緒に彼の両親の元に行った。
 執事が扉を開ける。
 ちなみに、こちらの屋敷の使用人達も皆犬耳を着けている。
 アデーレが先に入る。
「あぁ、よく帰って来たねアデーレ!」
「さぁ、私にお顔を見せて」
「ただいま、パパ、ママ」
 両親が息子の帰省を喜んでいる。
 部屋の中では、彼らの犬達二匹がわんわんと吠えてアデーレを歓迎している。
 その声を聞きながら、俺は大きな体を屈めて部屋の中に入る。
「おや」
「まぁ!」
 二人が後ろに立った俺を見て、目を見開く。
 犬達も驚いている。
「紹介するよ。友人の、ミツアキだ!」
 アデーレが俺を紹介してくれる。
 俺はぺこりと行儀よく頭を下げる。
「ミツアキです。よろしくお願いします」
 しばらく部屋の中に沈黙が落ちる。
 俺は不安に思って、視線を彼らに向ける。
 すると彼らは顔を真っ赤にしていた。
(おっと、この表情見た事あるぞ)
「まぁ!!! 本当に喋れるのね!!♡」
「想像したよりずっと大きくて、モフモフしてるじゃないか!♡」
 両親二人が俺の側に近づいて来る。
「ミツアキはニホンから来たのでしょう? 知らない世界に来て苦労も多かったのでしょうね。我が家は貴方を歓迎するわ! ところで握手をして貰えるかしら?」
 俺ははっとして、彼女の差し出した手を取り、鼻先でツンとキスをする。
 貴族の女性に対する挨拶らしい。
「まぁ♡ 紳士なのね♡♡♡」
「ミツアキ君は、運動能力に優れていると聞いたぞ。今度、私の犬達と一緒にサッカーをやらないかい?♡ きっと、楽しいぞ♡」
「そうですね、是非」
 俺は笑顔を浮かべる。
「あぁ♡」
「はあぁ♡」
 両親二人の心をしっかり摑む事が出来たようだ。

***

 俺はアデーレの部屋にやって来ていた。
「ね? 心配無かっただろ」
「本当だな」
 俺は話しながら窮屈な首元を指で引っ張る。
 やっぱり人間の格好は苦手だ。
「あはは、苦しいならボタンを取っちゃおう」
 アデーレが俺の首に付けたスカーフを取り、首元のボタンを緩める。
「すまん」
 アデーレがにこっと笑う。
「両親が晩餐に呼んでるから、それまでゆっくりしよう」
 彼はキングサイズのベッドの上に乗り、枕を背にして座る。
「おいで♡」
 両手を広げられて歓迎される。
 俺は顔が熱くなるのを感じながら、ベッドの上に乗って彼の膝に頭を乗せる。
「よしよし、お疲れ様」
 俺は、久々の撫でテクに目を細める。
 そんな俺の鼻先には、犬のぬいぐるみがある。 
 それはハスキーを模したぬいぐるみだった。
 そもそもこの部屋に入った瞬間、俺の目には巨大なハスキー犬の絵画が目に入っていた。
 キリっとした顔で絵に描かれた犬は、おそらくグレーだろう。
 彼はアデーレのベッドの目の前に絵を飾られていた。
 他にも、ハスキーグッズは沢山部屋に飾られている。
 置物もハスキーだし、花瓶の絵もよく見ればハスキーが走ってるし、絨毯もハスキーを彷彿とさせる色味だ、ベッド下に置かれたスリッパもハスキーだった。
(グレー、おまえ、めちゃくちゃ愛されてたんだな)
 俺はそっと、枕の横のハスキー犬ぬいぐるみを手に取る。
「ん? あぁ、それかい」
 彼がそのぬいぐるみの頭を撫でる。
「昔ね、『グレー』って言うワンコを飼っていたんだ」
 彼は懐かしそうに言う。
「とても面白い子で、親友だったんだ」
 ぬいぐるみを手に取って彼は笑みを浮かべる。
「私は沢山の犬達を飼っている。もちろんみんな大事だよ。けど、彼は特別だったんだ。だって、生まれた頃からずっーと一緒に居たからね」
 アデーレはそのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。
「私は彼と出会えて本当に幸せだったよ」
 俺は口を開いて、グレーの事を言いそうになって慌てて口をつぐむ。
『私の事は、アデーレ様に言わないでくださいね。アデーレ様はとっても泣き虫だから、私が死んでから毎日のように泣いてたんです。最近ようやく泣かなくなったんですよ。でも、私が幽霊になって側にいる事を知ったら、また泣いてしまいます。だから、言わないでください。私はアデーレ様に泣かれると悲しいんです。だって、慰めて差し上げる事が出来ないから』
 以前俺は、グレーにそう言われた。
 思い出に浸るアデーレの目元には涙が浮いている。
 俺はそれがこぼれる前に、ペロリと舌で舐める。
「!」
 彼が驚いて俺を見る。
「ふふっ、ありががとう」
 ぬいぐるみを大事そうに抱えたまま、アデーレは俺の頭を優しく撫でた。

***

 アデーレの両親、そして犬達との、にぎやかな晩餐を終えて俺はあてがわれた部屋に戻る。
 広い部屋は、まだ慣れない匂いがする。
 くんくんと匂いを嗅いでいると、ベッド上に前の屋敷で使っていた毛布が置かれている。
 俺は親しみのあるその匂いを嗅ぎながら、毛布をくしゃくしゃにして抱えベッドの上に横になる。
「はぁ」
 天蓋ベッドの天井を見上げると、犬達が楽しそうに跳ねている絵が描かれている。
 他には誰もおらず、部屋の中は静かだった。
「グレー!」
 名前を呼んでも彼は返事をしない。
「……グレー!」
 もう一度呼んでも、出て来ない。
「グレー……どこに行っちまったんだ……」
 幽霊犬グレーは、俺が姿を変えたあの日から俺の前に出て来なくなった。
 最初はアデーレを守れなかった俺を不甲斐なく思って怒っているのかと思った。
 けれど何度、宙に向かって謝っても彼は出て来なかった。
「俺の獣化が進んだせいなのかな……」
 俺は自分の突き出た鼻と口を撫でる。
 ココはマズルと言う名称らしい。
 これがあるだけで、随分、獣らしくなってしまう。
「グレー……おまえと話したいよ」
 愉快な幽霊犬グレーとの毎夜の会話は、知らぬ異世界での俺の心をいつも癒やしてくれていた。
 小さくため息をついて、部屋の明かりを消した。


つづく

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

憧れのあの子

BL / 完結 24h.ポイント:106pt お気に入り:2

待ってました。婚約破棄

恋愛 / 完結 24h.ポイント:142pt お気に入り:95

自由を求めた第二王子の勝手気ままな辺境ライフ

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,895pt お気に入り:2,571

どこまでも続く執着 〜私を愛してくれたのは誰?〜

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,257pt お気に入り:87

時を戻して、今度こそ好きな人と幸せになります

恋愛 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:2,430

処理中です...