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17 ※血の出る、ショッキングなシーンがあります。

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 平和な日々が続いていた。この世界に来た頃の絶望が嘘のようだった。
 俺は深い眠りの最中、遠くで何かが高く割れる音で目を覚ます。
 はっとして、体を起こす。
 獣の耳をピンと立てて、音を聞く。
(何か聞こえた)
 気の所為ではない。
 遠くで、足音がする。この屋敷の人間の誰にも該当しない足音だった。
 俺は部屋を飛び出す。
 屋敷の広い廊下を走る。女の悲鳴が聞こえる。
 俺は暗い廊下を走って、そいつらの元へ行く。
 見知らぬ数人の男達が目に入った瞬間に、俺は唸る。
「グルルルル!!!!」
 歯を剥き出して手の爪を構える。毛が逆立つのを感じる。
 男達とはまだ距離がある。
「人狼だ! やはり、人狼が居たぞ!!」
 襲撃者の男が叫び、銃を構える。
 俺は足を踏ん張って男達の元に走って行こうとした。
「やめろ!!!」
 その時、アデーレが俺の前に身を翻す。
 興奮した俺は、裸足で走って来る彼の足音を聞き逃したのだ。
 ドーンと大きな音が響く。
「っ!」
 アデーレの体がこちら側に倒れて来る。
 俺はそれを慌てて、受け止める。
 床に崩れるように倒れた彼のお腹に、みるみる赤く血が滲んで行く。
「!」
 それを見た瞬間、頭を殴られたような衝撃がある。
「ガッ……アッ……アッ……」
 胸が痛い、視界が滲む。アデーレは動かなくなってしまった。
 体が熱い、筋肉がひきつり、骨がバキバキと鳴る。
「ひ、怯むな! もう一度撃つぞ!!」
 俺はアデーレの体をそっと床に横たえて、立ち上がる。
 以前よりも視界が高い気がする。
「撃て!」
 男達が撃つ前に跳躍する。
 俺の体は高く飛翔する。広い廊下の天井近くまで飛んで行き、左側の壁を走りながら男達に接近した。
(殺す)
 銃を構えた男達に飛びかかり、鋭い爪の横薙ぎの攻撃で銃をへし折る。
「ガアアアア!!!」
 獣のように吠えながら、男達に体当たりをして吹き飛ばす。
 俺はナイフを構えた男の体を爪で切り裂く。
 床を這う男の足を踏んで折る。
 男達の悲鳴を聞きながら、周囲を見渡す。
 もう一人、遠くに逃げようとする男がいる。
 俺は足を踏ん張って、男に近づいて行き飛びかかる。
「ひいいいい!!!!!」
 悲鳴をあげる男を床に押さえ付け、口を開く。
 大きな口、鋭い牙。
 こんな頭すぐに、噛み砕ける。
(ダメだよ……)
 男の頭に牙を食い込ませようとした時。
 そう声が聞こえた気がした。
 振り向くと、倒れた男達の向こうでアデーレがメイドや執事、そして犬達に囲まれている。
 彼の顔を見る事は出来ない。ぐったりと力の抜けた手だけが見える。
 俺はもう一度、押さえつけた男を見る。
(この男が憎い)
 彼らはアデーレを撃った。
(けれど、彼らを殺したらアデーレは悲しむかもしれない……)
「グルルルルルル……オンッ!!!!」
 俺は男の目の前で唸り、そして大きな声で吠えた。
「っ!?」
 青い顔をした男は、恐怖で泡を吹いて気絶する。
 俺は男から無造作に手を離す。
「ハッ……ハッハッ……」
 立ち上がり、強張った体の呼吸を整える。
「早く、アデーレ様をベッドへ!!」
 遠くで、執事達がアデーレを抱えようとしている。
 俺は彼らの側に行く。
 皆に囲まれたアデーレは、死人のように顔が青白い。
 犬達は、悲しみの声をあげる。
 俺は執事達をそっと押しのけて、彼の体を抱える。
 その体はとても冷たく、彼の背は血によってぐっしょりと濡れていた。
 執事達が俺を見て、一瞬ざわめく。
「こちらです!」
 しかし執事のエルドが大きな声をあげて、俺を先導する。
 俺は、目眩を覚えるような絶望を感じながら歩く。
(アデーレ……)
 彼はピクリとも動かない。
 こんなに近くで抱いているのに、わずかな心音すらも聞こえない。
(アデーレ……!)
 胸が締め付けられるような痛みを感じる。
「ここに寝かせてください!」
 アデーレの部屋に入り、彼のベッドに横たえる。
 彼の着た白い服は赤い染みがとても目立つ。
 その服のボタンを、エルドが外して服を開く。
 部屋の中に鉄さびの匂いが広がる。
 俺は悲しみの中に居た。
(アデーレは死んだ……)
 青白い顔、流し過ぎた血、止まった心音。
 みんなは必死に処置しようとしているが、アデーレがもう助からない事を俺は理解している。
 犬達が悲しそうに遠吠えをする。
(アデーレ……)
「ミツアキ様!!」
 悲しみの中に身を投じていたら、エルドに大きな声で名前を呼ばれる。
「アデーレ様の手を握ってあげてください!!!」
「け、けど。もうアデーレは……!」
 俺は戸惑う。   
「いいえ、まだ助かります!!!」
 エルドは間違いでは無いように、強い口調で言う。
 俺はそれを聞いて、すぐにアデーレの手を握る。
 彼の手はやはり冷たく、力は入っていない。
「エルド様! お持ちしました!!」
 別の執事が何か小瓶の用な物を持って来た。
 それをエルドが丁寧に受け取る。
「それは……なんですか……」
 透明な液体の入った小瓶の蓋を開けると、なんとその液体はほんのりと光を放ち始める。
「エリクサーです。オルバイス家の家宝の一つとして代々伝わって来た奇跡の秘薬です」
 エルドは瓶をそっと傾けて、傷口に垂らす。
 血が滲んだ生々しい傷に、液体が触れる。
 すると、光が強くなる。まるで星が瞬くように、小さな光が浮かんでは消える。
「……!」
 俺はその神秘的な光景に息を呑む。
「アデーレ様の名前を呼んであげてください。こちらに呼び戻しましょう」
 俺はアデーレの顔を見る。
「アデーレ様!!」
 エルドが大きな声で呼ぶ。
「アデーレ様! 起きてください!」
 新米メイドのジルが言う。
 エリクサーに触れた傷は、みるみる治っていく。血が止まり、抉れた皮膚すらも修復していく。
 ベッドの周りを取り囲んだ犬達も、彼にパワーを与えるように大きな声で吠える。
「キャンキャン!!(アデーレ様!!)」
「ワンワン!!(アデーレ様!!)」
「わふっわふっ!!「アデーレ様!」」
 俺も彼らに続く。 
「目を開けろ、アデーレ!!」
 腹に力を入れて、大きな声で呼ぶ。
(起きろ! 起きろ! 起きろ!!!)
「アデーレ!!!」『アデーレ様!』
 俺の中のグレーと一緒に、彼の名前を何度も呼んだ。
 エリクサーの奇跡の光が止む。
「アデーレ……」 
 俺の声に応えるように、彼がきゅっと俺の手を握る。
「!」
 弱い力だった。けれど、彼は確実に俺の手を握っている。
「けほっ、けほっ、はぁ、はぁ……」
 アデーレが止まっていた呼吸を再開する。
 彼はこの数分間、確実に死んでいた。
 それを、エリクサーと言う秘薬によって呼び戻したのだ。
 アデーレが目を開けて、目だけで周囲を見渡す。
「……心配を……かけたようだね……」
 彼は絞り出すように声を出して、笑みを浮かべる。
 俺は力が抜けて、握った彼の手に頭を押し付ける。
(よかった……本当に……よかった……)
 すると彼が俺の頭をゆっくりと撫でてくれた。

 その後、襲撃犯は縄で縛って町の自警団に引き渡された。
 アデーレはエリクサーのおかげでどうにか傷は治ったが、しばらく療養生活を送る事となった。



つづく




 この世界は、科学と魔法技術が両方ある世界です。
ですが、魔法の神秘の技術は特定の人間だけに与えられた才能なので、大抵の人間はそれを扱う事はできません。
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