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3 貴族登場

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 ペロペロと左手を舐められている奇妙な感じがして、目を開ける。
「ん……」
 見上げた天井には、なんだか神々しい犬の絵が絵画のように描かれている。
 そして左手を見れば、俺の手を犬がペロペロと舐めている。毛足が長くモップのような見た目で、小型犬のヨークシャテリアに似ていた。
「いつつ……」
 痛む体を起こすと、自分がキングサイズのベッドに寝ている事がわかった。クッションはフカフカで、かけられた毛布と布団も肌触りが良い。天蓋ベッドから、部屋の周囲を見渡すとアンティーク調の高そうな家具が並んでいる。
(なんだこりゃ)
 この一ヶ月間、自分の置かれていた状況から、あまりにも様変わりした場所に自分は居た。
 一瞬、人に戻ったのかと思ったが、見下ろした自分の体にはフサフサと灰色の毛が生えている。
 ちなみに、白い寸胴型の簡素な服を着せられていた。丈は、膝下まであるようだった。
「おまえが助けてくれたのか?」
 未だ左手をペロペロ舐めるヨークシャを見る。
「キャン!(ちがうぞ)」
 すると彼は、返事をした。
「キャンキャン!(僕の主人が助けたんだぞ!!)」
 獣化した影響か、俺は犬達の吠えている意味がわかるのだった。
「おまえの主人って誰なんだ?」
「キャウン!(アデーレ様だ!!!)」
 その時、突然扉が開く。
「お客人! 目が覚めたんだね!!!!!」 
 突如部屋に入って来たのは、赤い貴族服に金髪のそれは美しい男だった。
「ひっ」
「あぁ、怖がらなくて良いよ。私は、君を傷つけたりしないから」
 男はゆっくりと側に寄って来る。
「怪我の具合はどうだい。医者に治療させて弾丸は抜いているよ」
 右足はまだ痛かったが、一応動く。
「あ、ありがとう」
 一応、男に礼を言う。
「あぁ!! 君はやはり、人の言葉が喋れるんだね!!!」
 男が更に近づいて来る。近づいて来る程に、男の容姿の完璧さがよくわかる。
「私はアデーレ、君の名前を教えて貰っても良いかな?」
「……ミツアキだ」
「ミチ…アキ?」
「ミツアキ」
「ミツ…アキ……この辺りでは聞かない音の響きだね。遠くから来たのかな?」
「……たぶん」
 男はうんうんと頷く。
「大変な思いをしたようだね。しかしひとまず、食事にしよう。腹が減っただろう?」
 聞かれて、俺は急激な空腹感を覚えた。
「あぁ、すごく減ってる」
「OK。すぐに料理を作らせるよ」
 貴族の男、アデーレが部屋を出て行く。
「なんなんだ、あいつ……」
「キャウキャウ!(アデーレ様だよ! おまえアデーレ様に拾われてよかったな!!)
 ヨークシャがキャンキャン吠える。 
「ところでお前の名前はなんて言うんだ?」
「キャウン!(俺はヨークシャンだぞ!!)」 
(覚えやすい名前だな)
 しばらくキャンキャン吠えるヨークシャンに、アデーレの素晴らしさについて説明された。

 俺はベッドテーブルに次々運び込まれる料理を、目を白黒させながら見た。
「さぁ、たべたまえ!」
「ほ、本当に食べて良いのか?」
 巨大な肉の塊、十人前と思える野菜スープ、器からこぼれそうな程盛られたフルーツなど、沢山の料理が部屋に運び込まれた。
「もちろんだよ!」
 余談なのだが、何故かここのメイドさんや執事は全員頭に犬耳カチューシャを付けていた。俺は突っ込みたいのを、ぐっとこらえた。
 俺は並べられた料理を目移りしながら眺めた後、肉の塊を手に取ってかぶりついた。
「うーん、ワイルド!」
 アデーレはそれを見て喜んでいる。
 肉は野性味のある味でとても上手い。もぐり、もぐりと大きな口を開けて食べる。この体になってから、なんだか顎が強くなった気がする。肉だけでなく、骨も一緒にバリバリと食べる。
(うまっ、うまい)
 肉を食べながら、でかい器ごとつかんでスープも飲む。薄味で美味しい。
(こっちも、うまいっ!!)
 カゴに入ったパンも、もしゃもしゃ食べて俺は瞬く間に置かれた料理を完食した。
 最後に、マンゴーっぽい赤黄色のフルーツを口に入れて、もにゃもにゃ食べて種を出した。
「ごちそうさま!」
 久しぶりに腹いっぱい食べてしまった。
(ていうか、食べ過ぎたな)
 以前の俺はココまで大食いではない。
「満足してくれたようで嬉しいよ。いやー実に見事な食べっぷりだったな」
 アデーレはニコニコして、水の入った器を差し出す。俺はそれを受け取って、飲み干す。
「えっと……アンタが俺を助けてくれたんだよな?」
 俺は首を傾げて尋ねる。
「はうん!」
 すると男は突然、妙な声をあげる。
「だ、大丈夫かアンタ……?」
「いや、大丈夫だよ。君の仕草にやられてしまってね……。そう、私が君を助けたんだ」
「そっか……ありがとうな。けどよく廃屋に倒れてる俺に気づいたな」
 意識が朦朧としていたとは言え、廃屋のけっこう奥の方に居たはずなのだ。偶然、見つけられるものだろうか?
「あぁ、実は私は君を探していてね」
「え、俺を」
「この町に人狼が出ると噂で聞いて、探索をしていたんだ。そしたら、丁度町の人間が雇ったハンターが、人狼狩りをしているところに鉢合わせてしまってね……私が先に見つけられて本当に良かったよ」
 アデーレはうんうんと頷く。
「……俺を探してた?」
 その言葉に警戒する。
「あぁ、誤解しないでほしい! 私は君を保護したかったんだ」
「保護……?」
「キャンキャン!(アデーレ様は、犬に優しいんだ!!)」 
 ヨークシャンがキャンキャン吠える。
「実は私の家は代々、犬を大事にする家系でね。紋章にも犬が刻まれているんだよ」
 彼が指差した暖炉の上には、二匹の大きな犬がかっこよくポーズを決めた紋章があった。
「へぇ」
「犬は我がオルバイス家に幸福と富を運んで来ると言われている。だから、大事にするように私も言われて育ったのさ!」
(犬がここ掘れワンワンでもしてくれるのかな)
「そして、人狼の君を、私は是非とも保護する必要があると思ったわけさ!!」
 彼は強く拳を握った。
 それに俺は困ってしまう。
「俺、おまえが望んでるような幸福や富は持ってこれないと思うぞ?」 
「あぁ! いやいや、それは物の例えと言うか! 良いんだよ! 君たちは、何もする必要はない! そこに居てくれるだけで、私たちは勝手に幸福を感じるからね!!」
「へ、へぇ?」
 俺は首を傾げながら頷く。
「キャオーン!(アデーレ様は素晴らしいだろう!!)」 
 俺は興奮して吠えるヨークシャンの頭を撫でて、なだめた。
「そう言うわけだから、君は好きなだけ我が家に居てくれて良いんだよ。君の安全は私が保証しよう」
 男に、にっこり微笑まれる。
「キャンキャン!(ずっと、ここにいろよ! ここは天国だぜ!!)」
 まぁ、彼に飼われている小型犬の様子を見ても、彼の言葉に嘘は無いようだった。
「そ、それじゃ……よろしくお世話になります……」
 小さくペコリと頭を下げる。
「うむ、そうしたまえ!」
 アデーレは満足そうに笑みを浮かべた。 





つづく
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