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 ある日、葵の元に彼女はやって来た。その子は、下半身が蛇の娘だった。前髪が長く、片目しか見えない。
「あの……」
 彼女は言葉を探してもぞもぞする。葵は彼女が誰なのか知らず、彼女の言葉を待つ。
「あの、私、パティです……」
 消え入りそうな声で彼女は言う。
「えっ!? パティって、あの『キーロン冒険記』を書いてる!?」
 それは葵が今、魔界で激推ししている少年漫画だった。
「はい……」 
 彼女の声はかすれて小さい。葵は冷や汗を背中に流す。
(やばい、やばい、やばい。作者直接来ちゃったよ!! やっぱいくらなんでも薄い本出されて嫌悪感持っちゃったよね!!)
「あの、コレ……」
 彼女は鞄の中から、薄い本を取り出す。それはまさに、葵の書いた同人誌だった。胃がキリっとする。
「申し訳ありませんでした!!」
「サインください!!!」
 まっ直角に腰を折る葵。大きな声で叫ぶ、パティ。
「へ?」
「え?」
 二人は顔を見合わせる。
「い、今なんて言いました?」
 するとパティが顔を赤くする。
「サ、サインくだしゃい……」
 パティは噛んでしまっていた。
「は、はい」
 葵は言われるままに、万年筆で自分の同人誌にサインをした。
「パティちゃんへ…って書いてくだしゃい……」
 『パティちゃんへ』と書き足す。
「ありがとうございましゅ……」  
 パティは本を受け取りながら、顔を赤くして小さくなる。
「こ、こちらこそ」
(あれ?????)
 怒られると思ったら、サインを求められてしまった。
「あの、怒ってないんですか?」
「なにがですか?」
「か、勝手にこんな本を出して」
「そんな、アオイ先生に自分の作品のキャラを書いて貰えて、私は幸せです!!」
 パティが笑顔を見せる。
「そ、そっかー」
(よかった! 怒られなかった!)
「私、アオイ先生のファンで……いや、もうファンって言うか、アオイ先生は神って言うか……この世に生まれてきてくれてありがとうございます」
(生誕を祝福された)
「こ、こちらこそ、いつも素敵な漫画をありがとうございます」
 アオイは、ヘコヘコと頭を下げる。
「そんな、私こそ、いつもアオイ先生の作品に生かされていますぅ」
(すごい、極まったオタク女子の感じがする。シンパシーを感じてしまう)
「それでですね! こんど一緒に本を出しませんか?」
「ふぁっ!?」
「実は私も『二次創作同人誌』を出してみたくて」
「え、ちなみに、どの作品で……」
「もちろん、『キーロン冒険記』で!」
(それ自分の作品!!!!!)
「パティさん、それは、ちょっと問題があるのでは????」
「どうしてですか?」
「だって、原作作家である貴方が、自分の作品で二次創作しちゃったら、それはスピンオフみたいなものですよ……」
「いいえ、これはifです! メーダとエックルのカプ本は原作と関係ありません! 例え、原作者の私が書いたとしても!!」
「そうかなぁ」
「そうです!!」
 パティが葵の手をがしっと両手で握る。
「お願いですアオイ様。私と一緒にメダエク本出しましょう?」
「はいっ!!!」
 原作者自らのカプ本など、喉から手が出る程欲しかった。葵は数秒の葛藤をかなぐり捨てて、了承した。



 城の地下の階段を背の高い男が一人上っている。
「ひひっ、何か騒がしいな……」
 男は白く長い髪をしていた。その髪を三つ編みに片側に垂らしている。右目にモノクルを付けている。白いスーツを着て、更に白衣を着ていた。医者のような見た目だが、男のかもし出す雰囲気は他者に危機感を覚えさせる物があった。
 男は地下を出て、スンと匂いを嗅ぐ。
「匂いが違うな……」
 男は城の中を歩きながら、あたりを観察する。
「五〇年程度でこの城に大きな変化などあるはずもないと思ったが……」
 床に落ちた髪を拾う。
「茶色……髪の長さは肩あたりか」
 匂いを嗅いで、髪を舐める。
「二十代くらいの女だな」
 そのまま髪を食べてしまう。
「うーん? なんだこれは」
 男は首をかしげる。
「無味乾燥な味だ、味わいが無い。魔力の残滓が一欠片も無い」
 髪を飲み込む。
「奇妙だ、実に奇妙だ、この謎は、解きに行かねばなるまい」
 男は長い足を伸ばして、廊下を歩いた。



 ベッドの上、葵の横で、イルブランドは漫画本を読んでいた。最近は葵の書いた漫画本以外も彼は読むようになっていた。それだけ漫画文化も、多様なジャンルを内包するようになったと言える。
「イルブランド様、今、何を読んでるの?」
「ネズミが主人公の話でな、巨大な猫に立ち向かうんだ」
「え、なんかかわいい本を読んでるね」
 葵はネームの手を止める。
「いや、これが……なかなかシリアスでな。敵の猫が本当に化物のように怖いんだ」
 ちらっとページを覗く。
(おっと、劇画系だ)
 漫画文化の成長の一端を見てしまった。最近は発売される漫画本が多すぎて、葵ですら追いかけられなくなっている。
「漫画好きなら、イルブランド様も同人イベント一緒に行きません?」
「何を言っている。私は外に出れない事をおまえは知っているだろ」
「いえ、そっちの姿じゃなくて、子供の姿で」
 あれならイルブランドも一時間くらい外に出れる。
「子供の姿で、私が【受け】の本を売っているおまえの姿を見ていろと言うのか」
「具体的に言うと酷いもんですね……」
 葵は遠い目をした。
「けど、やっぱり、たまには外に出た方が良いと思うんですよね」
「考えておく」
「えぇ、そうしてください。きっと、楽しいですよ」
 葵は笑みを浮かべた。
 

  
 ルーセルは若干困っていた。最近、城の外に出ると女性達に遠巻きに見られるのだ。話しかけて来る事はなく、黄色い悲鳴をあげながら女性達はルーセルを見ていた。あぁ言うのを、【ファン】と言うらしい。そしてその原因の十割がアオイにある事はわかった。
「まったく……」
 あの女性達は、みなアオイの薄い本を読んで何か目覚めてしまって、今ではルーセルのファンになってしまったのだ。その本と言うのが、これまた荒唐無稽で、ありえない事が延々と書いてある。ルーセルがイルブランドを慕い、抱いているなど……。
「そんなわけがないだろう……いや、慕っているのは事実だが……」
 頭痛がして来て額を押さえる。
 そもそもイルブランドに愛されまくっているアオイがあんな本を書いているのだから、理解できない。
『BLを理解しようなんて思っちゃいけません。BLは心で感じるものです』
 とはアオイの談である。
「あのルーセル様……」
 珍しく話しかけて来た女が居た。ロバ頭の女は、ルーセルに花束を差し出す。
「いつも、警備ご苦労様です。ルーセル様と、イルブランド様のおかげで我々は平和に暮らせています。本当にありがとうございます」
 女は頭を下げて、足早に去って行く。
 ルーセルは色とりどりの花束を見下ろす。
「まったく……」
 悪態をつきながら、ルーセルはその花束を捨てることなく城に持って帰った。



 葵とイルブランドは庭園でバラを眺めながら、他愛も無い話をしていた。
「イルブランド様、この世界の通信事情ってどんなものなんでしょうか?」
「通信?」
「情報通信です。手紙のやりとりとかって、出来るんですよね?」
「あぁ、魔界鳩を使ってな」
(鳩!!!)
「古典的ですね……」
「そうか? 彼らは賢い魔物だがな……」
「それじゃ、音声や文字情報のやり取りって魔法じゃ出来ないんですか?」
「出来るぞ」
「出来るんですね!」
「何をそんなに喜んでいるんだ」
「あの、あの、それじゃ、それで遠くの人とお話したり出来るんですよね!」
「可能だぞ」
 葵は笑顔を浮かべる。
「イルブランド様、それって私にも出来るようになりませんか?」
「アオイには、魔力が無いだろう」
「そうなんですけど、そこをどうにか」
 遠くの人間と文字端末でやりとリ出来れば、情報を素早く送受信出来ると言う事だ。欲を言えば、画像情報を送れれば最高なのだが。
「ふむ……少し考えてみる」
 魔界最高の魔法使いである魔王は思案する。
「何か、楽しそうな話をしていますね」
「!」 
 突然、知らない声に話しかけられて葵は驚いた。この城の中で声をかけて来る相手など、だいたい決まっているからだ。
 振り返った先にいるのは、白い髪の白衣を着た男だった。
(マッドサイエンティスト!!!!)
 葵は直感で、そう感じた。
「ドニスエイメ、貴様いつ地下を出た」
「半日ほど前ですよ。なんだか、城が騒がしかったので」
 彼は肩をすくめて言う。死人みたいに白い肌、道化のような動き。胡散臭い表情。
「おふっ……」
 完全に葵の好みどストライクキャラクターだった。
「おや、お嬢さん。具合でも悪いのかな?」
 白衣の男が近づいて来る。
「私は、医者なのでね。診てあげよう」
 冷たい手が頬に触れる。目を覗き込まれた。
「おやぁ?」
 その瞬間、首根っこをイルブランドに掴まれて後ろに引っ張られる。そして、彼は自分の背の後ろに葵を隠した。
「なんですか魔王さま」
「この娘を見るな」
「医者として、具合の悪い者を放っておけませんよ」
 葵の視界は完全にイルブランドによって塞がれている。手を後ろにまわして、イルブランドが必死に防衛している。
「けっこうだ。おまえは、見るな」
「どうしたんだい魔王様、随分邪険じゃないか。五〇年も放っておいたから、怒っているのかな?」
「怒ってなどいない……!!」
(はぁ……最高……)
 葵はイルブランドの後ろで神に感謝の祈りを捧げていた。
(神よ、最高の新キャラを登場させてくれてありがとう)
 これで五年は、薄い本が出せるほどのエネルギー投下を葵は受けた。
「アオイに見るな! 触れるな! 興味を持つな!!!」
「へーその子、アオイって言うんだ。珍しい名前だよね、このあたりじゃ聞かない。ていうか、この世界じゃ聞かない名前だ」
 葵はドキリとする。
「んー、そう言えば、たまに異界からやって来る人がいるんだっけ?」
 ドキ、ドキ!
「その子もそうだったりして♡」
「ドニスエイメ。何度も言わせるな。彼女に興味を持つな。これ以上近づくな、近づけば相応の報いを受けるぞ」
「……地下から出て早々、魔王様とのバトルは遠慮したいな」
 男が後ろに下がる音がする。
「それじゃ、私は城下の方に行って来るよ。失礼したね」
 投げキッスのような音の後に、足音は遠ざかっていく。
「はぁ」
 イルブランドが大きくため息をついた。葵は彼の背の後ろから出る。ドニスエイメはもういないようだった。
(もうちょっと観察したかったなぁ)
「イルブランド様、あの人、誰なんですか?」
「見ての通りの気狂いだ」
「そこまで、変な人にも見えませんでしたけど」
(キャラはめちゃくちゃ立ってたけど)
「あの男は、解剖医であり、ネクロマンサーでもある。話では、自分の体も弄っているらしい」
(美味しい属性が足されていく……)
 イルブランドが葵の両肩をガッと握る。
「良いかアオイ。あの男には近づくな。見かけたらすぐに逃げろ」
「ど、どうして、そんな警戒するんですか?」
「……解剖医だと言ったろ。異世界から来たら『魔力の〇』のおまえの体に興味を持たないはずがない」
(あ、そう言う事か)
「解剖されたくなかったら、あの男に近づかない事だ」
「そうですね……私もさすがにリョナ趣味はないので……」
 葵はあははっと笑った。
(でも、それはそれとして、イルブランドとドニスエイメの関係気になるぅ)


つづく

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